イリダ戦 前編
本日一つ目。
ルシアン視点です
ミチルを見送り、自分も馬車に乗り込んだ。
「……大丈夫でしょうか」
ロイエが呟く。
珍しい事だった。
ミチルがあんなにも抵抗するのは。
あれ程強く引き止められて、心が揺れない訳が無い。
確かに芳しい状況とは言い難い。かと言って動かないと言う選択肢は無い。
この大陸が蹂躙され彼女を奪われる。それだけは絶対に許さない。
ミチルの情緒の不安定さは予想を上回るものだった。
僅かな事で涙を零した。以前の彼女からは想像もつかない程に、はらはらと涙を流す姿に、胸が締め付けられた。
俺と離れる事は、日常が失われる事だと認識しているのだろう。
自分は優しくないと言いながら、性根が優しい彼女は結局の所、他者を救おうとする。
何時だってそうだった。
帝国の帝位争いに巻き込まれた時も、ギウスとの戦争についても。
彼女は解決する為に真摯に向き合った。
自分に害を為したアレクシア様に対しても。
ミチルは、誠実であり続けた。
だからこそ、滅びの祈りはミチルに精神的負担を強いた。
彼女の気持ちは揺れ続けた。
覚悟を決めたかと思えば、また揺れた。
悩んで、苦しんでいた。
代わってあげたいと何度思ったか知れない。
いつもそうだ。彼女は、理不尽を強いられる。
その優しさが仇になる事も一度や二度ではなかったろう。
消化できずに抱えている思いがある事も分かってる。
出来る事が無いと言っていたが、貴族の夫人が自身で何かを為すのは難しい。その許される範囲の中で、彼女は動いている方であったと言える。
俺が為そうとする事は間違っているかも知れない。だが、彼女に害を為す可能性があるものは全て排除したい。
誰もが自分が可愛い。無意識に彼女の優しさに付け込む者はいた。これからも出て来るだろう。
そんな事を許せる筈も無い。
オメテオトルだろうがショロトルだろうが、何でも良い。ミチルを通して女神を呼ぶなど、許せる筈も無い。
利用などさせはしない。
ミチルは道具では無い。
ドレイクは、完遂するだろう。
成し遂げなければどんな手段を使ってもアスラン王の息の根を止めると思い込ませる為、多岐殿に頼んでアスラン王の髪を送ってもらった。それ以外にも、アスラン王しか持っていないと思われる物を譲り受けた。
遠く離れていても、こうして手を出す事が可能なのだとドレイクに思い込ませるのは難しい事ではなかった。
完遂出来なかったとしても、この戦争の混乱に乗じてドレイク達がミチルに手を出す事を阻止したかった。その為にも全員エテメンアンキに送り返した。
不安要素、不確定要素は限りなく潰す。
海上でのイリダ艦隊とのやり取りは、台本でも渡したのかと思う程、父の言った通りになった。
本来、多岐殿と源之丞殿が今回の戦いの参謀に就く予定だった。海に囲まれた島国である燕国出身の彼等は、船の構造、特性、潮の流れ等に関する知識を豊富に持つ。
海上戦の戦術に長けており、源之丞殿は皇都留学中に俺に教えてくれた程だった。
イリダ国内を確実に落とす為に彼等がエテメンアンキに残留した為、俺が代わりに指揮を執る。
父ならそんな事も無視して策を練れるだろうに、何故俺にやらせるのか不思議だった。
ト国と燕国それぞれの国主は、艦隊から分裂した戦艦を受け持つ為、こちらには参戦出来ない。
"指揮官を務められるのは私ぐらいだろう?"
何か考えているのは間違い無い。
通常なら自分が前面に立つような事などしない。
俺の立てた案に満足気なのも気になった。
"何を考えてらっしゃるのですか"
"いや、アルトの跡継ぎとして良く育ったものだと思っていただけだよ。
なまじ父親が非凡だと、その息子は大変だろう?
それなのにそなたはそれすら利用するのだからね"
いつものように話の筋を逸らした事に、またか、と思いつつも違和感を覚えた。
俺の視線に、父は笑った。
"他意は無い。連合軍ではあるが、ディンブーラから立ってもらうとするならイルレアナ様になるが、そんな事ソルレ殿が許さぬだろう? 帝国皇帝やギウス族長がベリウム湾で総指揮を執るのは無理だし、誰も認めまい。ここはディンブーラ皇国内なのだから。消去法で私になっただけの事だよ"
肩を竦める父に、依然違和感はあるものの、答える気が無いのだけは分かる。
これ以上追求した所で無駄だと判断した。
やりとりを思い出して、今になって気付く。
父は死ぬ事を想定しているのではないか、と言う事に。
多岐殿から届いた報告書を、繰り返し見ていた。一度読めば頭に入る父が、繰り返し。
胸が少し、騒つく。
馬車が湾入り口の要塞前に止まる。
着いて直ぐに軍会議室に来るよう言われる。
「ミチルと離れられないのではないかと思っていたんだけど、思ったより早いお着きだね」
楕円のテーブルには、父と帝国皇帝、ギウスの族長が着席していた。
「遅くなり申し訳ございません」
皇帝は笑顔で頷いた。族長も無言で頷く。
末席に座る。
「夫人は息災か?」
「はい」
ロイエが置いたコーヒーを口にする。
「では、始めようか」
そう言って笑う父の顔は、いつも通りに見える。
考えが読めない。
息を吐き、議題に集中する。
「これまでの予想よりも早くに、艦隊は到着する」
「計画を変更したのか、他の継承者を出し抜くつもりなのか?」
皇帝の問いに、父は首を横に振る。
「艦隊の戦艦は全て同じだ。突出した装備の物は無い。
でも、エテメンアンキにはあったんだよ」
族長の片眉がぴくりと動く。
「ショロトルを除いた最後の継承者、チャルチウィトリクエ、彼女が試作艦と言う名の最新戦艦でマグダレナに向かっている」
試作艦の性能が、多岐殿の報告書に書いてあった通りなら、艦隊にも追い付くだろう。
攻撃力、射程距離、走行速度、装甲、どれを取っても艦隊のそれとは比較にならないものだ。
「……つまり、艦隊はチャルチ何とかの事を知って走行速度を上げたと言う事か?」
「多分ね」
先んじてマグダレナに入り、攻め落とせれば、自分達よりも水準の高い戦艦が来ても問題無い。
「艦隊はルシアンの策で殲滅出来るだろうが、問題はその後に来る試作艦になるね」
「何か案は思い付くか? アルト公」
「試作艦を現在のマグダレナでどうこうするのは、はっきり言って難しいね」
「試作艦は、デモンストレーション用に製作されている分、性能は高いでしょうが実用性に欠ける筈です」
「そうだね」
「エネルギーの使用効率が著しく低いとの事でしたから、被害を受ける場所を限定出来れば、早々に止められると考えますが、そうでは無い理由があるのですね?」
その通りだよ、と父が答える。
父は皇帝に顔を向ける。何を言われるのかと、皇帝の身体に力が入る。
「陛下、雷帝国で稼働していた貨幣偽造機を覚えているかね?」
「勿論」
「あの機械は、大地の魔力を吸い上げる事でエネルギーを確保し、稼働した」
その影響で魔力が枯渇した場所は雑草すら生えなくなった。動力源を失った機械を別の場所に移動させ、大公は貨幣を偽造し続けた。
「試作艦は、魔力を吸収する装置を積んでいると?」
皇帝の問いに父は頷いた。
「それは、大地の魔力だけですか?」
俺の問いに、父は困ったように笑った。
「後継者が優秀に育ってくれたのは嬉しいが、優秀過ぎるのも困ったものだ」
赤ワインを口にする。
「イリダの研究者は大変優秀だ。彼等はその大地の上に存在するありとあらゆる生物から魔力を奪う術を開発したのだからね。
無論、魔力を持たない者達には影響は無い」
「だが! この大陸は魔力を作れるマグダレナの民がいなければ大地が枯れる!」
族長の言葉の通りだった。
彼等ギウスの民はそれを身をもって知っている。
「イリダは……世界を滅ぼす気か……?」
隣に座る皇帝も眉間に皺を寄せている。手にワインの入ったグラスはあるものの、飲もうとはしない。
「イリダの大陸は毒がまだ残ってる。オーリーの大陸は資源がもうないと聞く。マグダレナ大陸の資源は、女神の加護を受ける民あってこそ維持される。
魔力を失ったら死ぬのだろう? イリダが考えなしに魔力を奪えば残るのは滅びだけなのだぞ」
「……そうだね」
静かに笑みを浮かべる父から、目を背ける事が出来なかった。
艦隊の船影を認めたとして、要塞全てに伝令が伝わり、当初の予定通りに動くよう指示を飛ばした。
三方向に分かれた艦隊の内、七隻がこちらを目指した。
もっと来るかと思っていた。
戦艦の進行を妨げる為に、人為的に浅瀬になるように船を沈めた。
船体幅を考慮し、並走出来ないように。
縦んば並んだとして、二隻が限界となるように。
湾の中央に最初から入られても良い、要塞に寄っても良いように手配した。
最奥部の要塞には、ほぼほぼ火薬しか置いていない。
引き付けるだけ引き付けて、戦艦を転覆させる事に特化させた。戦艦の密集度にもよるが、ここでの爆発で戦艦五隻は殲滅出来るようには仕込んだ。爆発を免れたとしても直線であれば他の要塞からの魚雷の射程距離に入るように配備してある。
先行している戦艦はこれで殲滅出来るだろうが、試作艦は無理だと言うのは分かっている。
近付いただけで魔力を吸い上げられるまで技術が進んでいなくて良かったが、大陸に接岸されたら終わる。
今いる要塞は湾口に位置する。
ここから試作艦に攻撃をし、近付く前にエネルギーを枯渇させるのが最善か。
艦隊を湾内に追い込む為のこちらの戦艦を、先行して試作艦にぶつけるのが良いだろう。
いくら装甲を厚くしても、攻撃を無効化は出来ない。衝撃を受け、人間が死ぬ。
攻撃に対する装甲が受ける角度と言うのもある。常に正面から受けられれば装甲の防御力は意味を成すが、砲弾の入射角度が変われば話は変わる。
戦艦の装甲は正面と側面に持たせているが、被弾した際の衝撃如何ではそのまま横倒しになる事は想像に難くない。
どれだけ試作艦にエネルギーを消費させられるか。
試作艦の走力がある事を利用した攻撃の有効性。
多岐殿から届いた報告書に記された装甲を確認する。
材質、厚み、走力から計算し、どの入射角度なら試作艦の装甲板に風穴を開けられるか。
「ロイエ」
「控えております」
「艦隊を湾内に追い込む戦艦全てに魚雷を配備するように手配を。走行した経路に機雷を落としながら試作艦を包囲するように接近し、躊躇せず魚雷を撃ち込ませろ。あちらの攻撃からすればこちらの装甲など紙のようなものだ。全て使い切れ」
「かしこまりました」
「アビス」
「ここに」
側でアビスの気配がしたのを確認し、話を続ける。
「擬似要塞に配備していた曲射砲を湾口の湾岸に並列させるように。試作艦の接岸を出来る限り阻害するように」
「お言葉ですが、曲射砲では試作艦に意味は無いかと」
「目眩しとして使用する。意味が無くて構わない」
「試作艦に対する攻撃の主力は何でございますか?」
ロイエが口を開く。
「この要塞そのものだ」
「最奥部の要塞と同じようになさると言う事ですか?」
「そうだ。現時点のマグダレナは、単純な攻撃力、飛距離においてイリダの試作艦には遠く及ばない。要塞の爆発に巻き込む事でしか試作艦を止められない。
それから、試作艦の船影を確認次第、皇帝と族長を要塞から逃す段取りを」
あからさまに眉間に皺を寄せるロイエに、苦笑する。
「リオン様とルシアン様は如何なさるおつもりですか」
「最後まで引き付けてから逃げるしかない」
上手くいくかは分からない。
これしか手段が無い事が情け無い。
目を閉じ、息を吐く。
「開始しろ」
ロイエとアビスは一礼して去って行った。
闇の中、離れた高台に存在する要塞に目をやる。明かりを受けてぼんやりと浮かんでいるように見える。
ミチルや公家当主達が集まっている要塞だ。攻撃力は持たず、防御のみに特化させた要塞。
別れる際の、ミチルの泣く顔が思い出される。
絶対に、渡しはしない。




