先々を見通す
言綏視点です。
師走ですね。
寒くなりましたので、ご自愛下さい。
『定期船には間に合わなかったが、計画に影響は無いのか?』
僅かに不安を滲ませた顔で某にお尋ねになる。
『問題ありませぬな』
本来、早めに終結させる予定ではあったものの、被害を最小限に抑え、最大限の結果を出すには春まで待った方が良いと判断した。焚き付けるだけ焚き付けて帰国しても良かったが、それでは詰まらぬ。
どのような状況なのかを知らせる便りだけは送った。二条様にはご帰国を促したが断られた。
アスラン王は定期的に研究所に出入りし、ホルヘ殿、アドリアナ殿と今後について話し合いをしている。
その場に某は同席はせぬ。イリダとオーリーによる革命でなければならぬ、表向きは。革命に他国からの介入はよくある事なれど、それが表になるには時間を要するもの。
戦艦整備に時間が掛かれば掛かる程、税が国民に科されていく。この冬が終わる頃には戦争の準備は整うが、国民の生活は困窮を極めよう。
例えば春に採取される筈の作物が不作になれば、食べるものが無い事で国民の我慢にも限界が訪れ、いつ爆発してもおかしくない状況になる。
作物でなくとも良い。限界を越えさせる切っ掛けが一つでも起きれば良い。
それを、待っている。
ホルヘ殿達は王から無理を強いられて、戦艦に携わっている事になっている。鬱屈した不満は身近な者に向かい易いもの。其がホルヘ殿達に向かうのは望ましからず。
街の者達は、増やされた税の向く先が研究所である事を知っている。
アスラン王には、同じ被害者となる為にも、研究して頂きたい案件ありと伝えておいた。
ホルヘ殿が目の下に深い隈、少しずつ窶れていっている様を遠巻きに見るに、某が伝えた案件に取り組んで下さっているようで、上々。
自分達よりも先に倒れてしまいそうなホルヘ殿を見ては、街の者達は軽々しく責められぬ。彼等もまた、王の被害者なのだと思い込む。
ホルヘ殿達が取り組んでおられるのは、戦艦では無い。イリダ大陸に今も蔓延する毒を除去する為の研究である。
全てが片付けば、イリダの民は本来あるべき大陸に戻る事になる。そうなった際に毒が蔓延している大陸に戻っても生きてはいけぬ。
時間はないものの、資金は潤沢にあり、邪魔されぬ環境にある今が解毒方法を編み出す絶好の機会である。
ホルヘ殿達もそれが分かっているからこそ、必死に研究しているのだ。その鬼気迫る様相にはアスラン王も戸惑っていた。
『あちらへの文には何と報告したのだ?』
『春までしばしお待ち頂きたいと素直にお願いしておりまする』
『春まで待っては戦艦が全て整ってしまうのではないのか?』
二条様にはこれまで必要以上の情報をお知らせして来なんだが、準備はほぼほぼ完了したと言って差し支えない状況ではある。
『整いませぬよ。ホルヘ殿達が昼夜を惜しんで取り組まれておるのは、イリダ大陸の毒を除去する為の研究に御座りますれば』
若君は驚いた顔で瞬きを繰り返した。
『毒の除去? 別の事を研究している事が知れたら厳罰を受けるのではないか?』
なりませぬな、と答える。
『マグダレナ大陸を取り巻く毒に、こちらの方々は耐性が御座りませぬ。その毒を緩和させる装置を作っているとでも言えば宜しいでしょう。己が可愛い方達に御座りますから、軽く文句は仰せになられても、止められはしないでしょうな』
愚かな王族達は新兵器を積まずともマグダレナ如き捻り潰せると考えていよう。圧政を強いられているオーリーと同様だと思っている節がある。何処まで思考が停止しているのやら。
『だが、王は?』
トラロック王。
己が地位を万全な物にする為に研究所に圧をかける王は、早く侵攻を開始したかろうな。
『流氷があって春まで実行不能とでも嘯けば宜しいのでは?』
誰もあちらがどうなっているのかなど詳しくは知らぬ。何とでも言いようがあろう。
全てを人任せにし、上に立つ者としての責務を放棄すれば、真実と嘘の見分けも付かなくなる。
ましてや、嘘と真実を混ぜ込めば、尚の事。
『ではなぜ定期船は航行可能なのかと問われたら何とする』
『定期船は中型に御座ります。流氷と流氷の間を通れる大きさにて。戦艦はそうもなりませぬ。無理をして進もうとなさば、そうですなぁ、氷を砕くだけの装備を戦艦に付けねばなりませぬなぁ』
そも、流氷など見た事もなかろうが。
眉間に皺を寄せ、若君はため息をお吐きになる。これは頭痛を堪えておられる時の表情である。
茶を淹れてお出しするか。
『濃い目で宜しゅう御座りますか?』
『頼む……』
茶をお出しすると、皺を寄せたまま、碗に口をお付けになる。
先日の定期船で、公方様、若君の母君であらしゃる三条の方、実家である多岐家、アルト伯からかなりの差し入れがあり、在庫を気にせず緑茶が飲めるようになったのは嬉しき事。
何より助かるのは米と、調味料、乾物、調理器具をお送り頂いた事である。
季節を一つここで過ごすのであれば、食事は重要。
某が調理する姿に若君は驚かれていたが、趣味と実益を兼ねて料理は以前よりしていた。
毒の耐性を増すにしても、人任せよりも自分で管理した方が効率が良い。それらを己でやる内に、どうせ食するならば旨し物をと行っていたら趣味になっていただけの事であるが。
アルト伯はこちらを見通されていらしたのか、魔石をお送り下された。アスラン王を通して、魔石の在庫が足りなくなって来ていると聞かされていたので、実に有難い。
『そなたは春を待っているのか?』
『始めてもよう御座りましたが、春を待った方が若君のお望みを最大限叶えられまする』
『途中で王侯貴族に知られたらどうなる?』
己の分の茶も碗に淹れ、座る。
『どうにもなりませぬよ。勢いよく走り出した車輪を止めるには、倍の力が必要となりましょう。民草の車輪は、もはや容易には止まりますまい』
一度走り出したら、安易には止まらぬもの。
一人ひとりの力は弱くとも、これだけの民草が蜂起すればただでは済まぬ。
ここまで順調に進んでいる。王に知られはしまいかと、些か不安を感じていたが、良い感じにイリダ教が王に付き纏ぅたり、民草の前で演説をしてくれたお陰で、宮に閉じこもって下された。
上級国民達は白けた目でイリダ教の神官長を見ていたが。
真意は知られていないようで、何よりである。
『ホルヘ殿達の研究は順調なのか?』
首を横に振る。
『難儀されているご様子』
神の代理戦争から二千年の時を経たにも関わらず、イリダ大陸の毒は自然と浄化する事が無い。正しくは、浄化は進んでいるものの、酷く遅いとの事であった。
オーリーを完全に滅ぼすつもりで作ったとは言え、何と言う威力なのか。本来毒を作成する際はその解毒剤なるものも製法するのが常套であるが、その余裕もなかった、と言う事なのであろう。
それを冬の間に糸口を見つけよと言ぅておるのだから、王より某の方が無体を強いているとは思う。然れど、それぐらいの思いで取り組まねば、解決はすまい。
某の読み通りに進まばオーリーとイリダは、手に手を取ってとは行かずとも、それなりの関係性を築ける筈ではある。が、何事も絶対と言うものは無い。万全の体制を準備したとして、蓋を開けたら予想外の結果になる事など、ざらにある。その時になってみなければ、どうなるのかなど分からぬもの。
イリダの下級国民とオーリーの民の関係性は、某が懸念した程悪いものではなかったのは僥倖であった。そもそも親の仇程に拗れていたならば、今回の案は採用出来なかったのである。
然り乍ら、最悪の状況を予想し、その為にも今出来る事は為さねばならぬ。然ればこそ、ホルヘ殿には精進して頂かねばならぬ。
『……そうであろうな』
碗の茶で咽喉を潤す。
若君は眉間に皺を寄せたままである。
『全て上手くいく、そんな気がしておりまする。勘に御座りますが』
『そなたが、勘などと口にするとは思わなかった』
『はて、おかしな事を仰せに御座りますな』
立ち上がり、棚にしまっておいた落雁を懐紙にのせて出すと、早速にお口になされた。
『勘とは、己が積んだ経験によって裏打ちされるものに御座りまする。何の経験も無い者の言う勘は当てにはなりませぬが』
『若君も勘の良い女人をお相手なさる際はお気を付けなされませ』
『何の話をしておる』
笑って若君の顔を見やると、不満げな顔をなさる。
『ご帰国なされ、公方の座にお就き遊ばされた後は、相応しいお方と婚姻を結ばれましょう』
そんな事、微塵も考えておらなんだろう。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をなさっておいでである。
そんな事であろうとは思うていたが。
『アルト伯とて既婚の身。落ち着かれし後は、後継を望まれましょう』
途端に俯き、思案を始められる。
『マグダレナの方でも問題御座りませぬよ?』
『そのような相手はおらぬ! ……え? 良いのか? そう言えば私もそなたも、マグダレナの血が入っておったな』
燕国はそもそもがイリダとオーリーの混血である。マグダレナの血も入っている。多くはないが。
『いや、だからと言ってそのような相手はおらぬのだが……』
何やらぶつぶつ言い始めたので放置しておくが宜しかろう。目先の事も大事なれど、その先々の事も考え始めねばならぬ。
窓の外を見やる。
巨大な建造物の中にある為に、天候が全く変わらぬ、詰まらなぬ窓の外を。
久しく空を見ておらぬな。




