それぞれの思惑 其の二
源之丞視点です。
一つ前の話を其の一、今回を其の二にしております。
成る程、成る程、と得心した様子で言綏は私が持って帰った一覧を見て頷いた。
『確かに準備途中の様子。この一覧にはオーリーの上級貴族の筆頭一族が記載されておりませぬものなぁ』
……この男はいつの間にそのような情報まで仕入れたのだ?
私がオメテオトル殿やホルヘ殿達と知り合うたように言綏とて誰かと誼を繋げていよう。言綏は口にした事を必ず実行する男である。誰かに近付いた事は間違いなかろうと思う。
普通であれば自分にとって味方になる人物に近付くだろうが、帝国での事もあるし、必要であれば敵方にも付きそうではある……。
誰に近付いたらオーリーの上級貴族の名を知れるのか。余程上位の者に近付いたか? いや、この男ならそうでなくとも情報を入手していそうだ……。
素直に尋ねてみようか?
『お考えが全て顔に出ておりまする』
……演技などは出来ぬが、そこまで表情を隠せないとは考えにくいのだが、出してしまっていたか……?
思わず顎に触れると、言綏が呆れたように目を細める。
『どれ程お側に居ると思ぅておられるのです。それに、何れ主人にと思ぅている御方の機微に気付けずしてどうします。
ご案じめされますな、今の表情で気付くは某ぐらいに御座りましょう』
『そ、そうか……』
安心したが、別の不安も湧いてきた。
僅かな事も言綏に見破られると言う事は隠し事など
『某に隠し事をなさろうなどとは、露ともお考えにならぬ方が宜しいでしょうなぁ。無駄に御座りますし、若君も敢えて隠し事をなされて、暴かれたくは御座りませんでしょう?』
そう言ってにやり、と笑う言綏に、眉間に皺が寄る。
……近頃優しいので忘れていたが、そうであった。この男はこういう男だった。外寛内深な奴であった……。
『……そなたは変わらぬな』
嫌味を込めて言う。
今も昔も意地が悪いと言ってやれば、いつものように飄々とした顔をしている。
『何を仰せになられますのか。敬愛する主君の御心が憂いなく健やかにあらせられますようにと考えれば、詳らかにしたいと考えるのは当然に御座りましょうや?』
胡散臭い。
あまりの胡散臭さに頭痛がしてきた。
『二条様で遊ぶのはこれくらいにしておきまする。
某が持つ情報を共有頂く事は容易い事に御座りまするが、若君ご自身もご認識の通り、演技は不得手に御座りましょう。知らねば嘘も何も御座りませぬからなぁ。
申し訳ありませぬが、若君が入手された情報は某に教えて頂く必要が御座ります。
オメテオトル殿の本意が明かにされぬままですし、ホルヘ殿とアドリアナ殿とて、全てを二条様にお伝えしていない可能性は高ぅ御座ります。革命を起こそうと言う者が何でもかんでも口にする筈もありますまい?』
その通り過ぎて返す言葉も無いが、それはそれで何となく悔しい。悪あがきはみっともないが、何か言い返したい。
『私で遊ぶな』
『公方になられた時の為の練習に御座りまする。遊びだなどと、酷い仰せ』
『遊ぶのはこれぐらいにすると言わなかったか?!』
扇子を開き、口元を隠して言綏は笑う。
『おや、聞こえておいででしたか?』
あれだけはっきりと面と向かって言っておきながらこの態度……!
言綏が私を主人に定めたのは、こうして遊ぶ為なのでは? こやつの頭からすれば誰が主人になっても物足りなかろうが、一番御し易いから……。
駄目だ。完全に言綏の流れだ。
悔しいが言綏には勝てぬ。
悔しがる私を無視して言綏が話を進める。
『さて、オメテオトル殿と革命者が若君を通して手を組まれたは、今後の流れとして重畳。
イリダとオーリーに巣食う悪鬼共を纏めて戦地に送り込む事がオメテオトル殿側の達成目標に御座りましょうな。
ホルヘ殿達には戦艦の無力化を進め、イリダの王侯貴族を滅ぼす。レジスタンスの最終目標にオメテオトル殿は入っているので御座りますか?』
『聞いてはおらぬが、可能性としては捨てきれぬであろう。今後の進み方次第であると思いたいが……私もオメテオトル殿の事を見知ったばかりであるし、ミチル殿を気にかけている事も気になる』
ミチル殿をイリダが狙っているとは聞かされていたが、オメテオトル殿の口から直接ミチル殿の名前を聞いた時に、本当に狙っているのだと思った。
彼女の持つ肩書から狙われているのかと思えば、どんな人物なのかと問われた。と言うよりも、存在すら若干疑っているように感じた。
欲しがる理由あればこそであるのに、何故今更そんな事を聞く? 知らずに求めているのか? 何の為に?
『まだ分からぬ事ばかりだな』
『存外、そうでも無いものに御座りますよ』
言綏を見る。
『既に見聞していたりするものです。ただ、それが点として捉えられておるからこそ、筋が見えぬだけの事』
点。
点と点が繋がる事で線になる。
分かってはいる。とするならば、点を認識出来ていないと言う事か。
『見えているものは同じでも、感じ方は違いますからなぁ』
それは分かる。こうして言綏と共にいて思う。この者には私には見えぬもの──違うか、見えたものから何かを導き出す力があるのだと。
ルシアン殿やアルト公もそうだ。
『オメテオトル殿がミチル殿を求める理由は何なのであろうな』
ルシアン殿が絶対に許さぬのは当然の事として。
『エテメンアンキの最上位層にいるオメテオトル殿は、一見何でも手に入れられるように見えて、そうではないもの。若君もお分かりになられましょう?』
言綏の問いに頷く。
恵まれた環境で育ったのは重々承知している。欲しいものは手に入ってきた。
兄に命を狙われて育った。母上が私を愛しんで下さったと言う思いがある。無い物ねだりなのは分かっているが、自分にはない兄弟の家族愛に憧れも?ある。
ルシアン殿のように、何もしてでも手に入れたい、守りたいと思える存在にもまた、恐れはあるものの関心はある。
『もしミチル様の美貌に感心を持ったとしても、女人の心をお持ちのオメテオトル殿が求めるのですから、そう言った欲求ではなさそうに御座りますものなぁ』
そうなのだ。オメテオトル殿は服装も好みも知る限りでは女性のそれである。
『わざわざ別の大陸にいるミチル殿を求めるのだ。重い理由なのであろうな』
重い理由に御座りますか、と言うと、珍しく言綏は眉間に皺を寄せる。
『御本人にとっては、それはそれは重要な理由に御座りましょうが、側から見ればただの迷惑と言うのはよくある事に御座ります』
オメテオトル殿は秘密は教えて下された。ご自身が本来の人格では無いと言う事も。ただ、それ以外の事は口になさらなかった。
オメテオトル殿の秘密を守る事に意識がいっていたが、もしそれがミチル殿に関わるのであれば、自分の胸の内だけに秘めていてはならぬのではないか。そう思うのに、言綏に話さなくてはと思うのに、躊躇ってしまう。
それに、試されているのかも知れぬ。オメテオトル殿の影は今も我らを監視して……。
言綏を見る。
私が演技も出来なければ嘘も下手であると言うのもあるが、この男がその事を失念する筈も無い。
影に聞かせられない事を言綏は掴んでいるかも知れぬ。
『良いお顔に御座りまするなぁ』
そう言って言綏は口元に笑みを浮かべた。




