嘘と真実の境界線
アスラン王監視者のドレイク視点です
暴力表現があります。
苦手な方は飛ばして下さい。
マグダレナ側がオレ達を殺すつもりも、拷問するつもりも無いのだと知った時には驚いた。それから、甘いと思った。
オメテオトルはオレ達に言った。
"歌う姫を、何としても手に入れて来なさい"
何を目的として、そんな事を命じたのかは分からない。分からないが、オメテオトルは全ての人間の命を握ってる。
勿論、アスランの命も。
──いつでも殺せる。
それを思い知らせるように、ある令嬢の命が奪われた。
その令嬢はオーリーの上位貴族の中でも、それなりに力を持つ男が溺愛している孫娘だった。いずれアスランの妃にと育てられていた令嬢だった。
屋敷の中に閉じ込めて、大切に守られていた。それなのに。
逆らうなら容赦しないと言うメッセージだったのだろう。
その貴族はオメテオトル──ショロトルの次に玉座に近いと言われている王族 センテオトルに付いた。
その矢先の事だ。
掌中の珠である令嬢を失い、アスランの王妃候補には別の貴族の令嬢が選ばれ、その貴族は力を削がれた。
例え飾りの王であっても、王の妃には意味がある。
どれだけ厳重に守っても、絶対などはないのだと誰もが思い知らされた瞬間だったろう。
だから、オレ達は歌う姫を何としても手に入れなくてはならない。
オメテオトルが一番に望んだのは、マグダレナの有力者に協力を要請する事。その上で姫をもらい受けよと言った。
協力を取り付ける事が不可能だった場合は、姫を何としても手に入れて帰国しろと命じられていた。
協力は得られそうだ。だが姫を連れては戻れない。姫はマグダレナの有力者の妻だった。
……あの男は駄目だ。オメテオトルもそうだが、敵に回してはいけない。だが、そうするとオメテオトルの命に逆らう事になる。
何とかしなくてはと、頭の奥で鈍く焦る。
危害は加えられてはいないものの、身動きは封じられている。
……自分の命を投げ打ってでも、アスランを王にすると決めたのだ。
姫を手に入れる。その為にも他の奴らとも連絡を取る。そうすべきだと決意して直ぐの事だった。
「初めまして」
件の男に似た男が来た。奴よりも年上な所からして、父親か、血縁者か。
柔らかいその雰囲気は、奴とは全然似ていないな、と思った瞬間だった。
左手に違和感。軽くなった、そんな風にさえ思った。見ると手首から先がなかった。
「!」
正面の椅子に腰掛けた男は、微笑んでいる。
……なんだこの男は。オレを拷問しに来たのか……?
「痺れを切らす頃だろうと思ってね。それと、そろそろ油断しているだろうとも思ったんだが、君も間者なのだからこのぐらいの気配は察しなくてはね」
二人の男がオレの左手を止血する為に心臓より腕を高い位置に上げ、処置していく。
オレの左手は正面の男が持っている。
──いつ? いつだ? そんな隙を作ったつもりは無い。
……動揺してはいけない。このぐらいの事で反応しては相手の思う壺だ。
乱れかけた呼吸を整えていく。
「君達が何の為にこの大陸に来たかは分かっているよ。助力に感謝する──そう言いたい所だが、君をここに遣わした人間の思惑はこちらにとっては甚だ迷惑でね」
止血はされているものの、出血の為に身体中の血の巡りが早くなる。
「うちの姫をそちらの願望の為に差し出すくらいなら、私がこの大陸の命を全て滅ぼすよ」
物騒な事を、終始笑顔で話し続ける男。この男は一体何なんだ。
出血で脈打つ所為か、頭が上手く働かない。
ふふふ、と男は笑う。
「あぁ、すまないね。自己紹介が遅れてしまった。
私はリオン・アルト。愛する姫には魔王と呼ばれているよ。君が先日対峙した男の父親だ」
あの男の父。
雰囲気は全然違う。あの男は抜き身の短剣のようだったが、この男はよく分からない。判断しづらい。
「それにしても、君を遣わしたショロトル──オメテオトルと呼んだ方が良いのかな? オメテオトルには困ったものだ」
何かに気が付いたように、男はオレの手を従者に渡した。
「切り口は綺麗な筈だから、まだ間に合うかも知れないね。付けておあげ、ベネフィス」
ベネフィスと呼ばれた男は会釈するとオレの横に立ち、左手の切り口を眺め始める。
切り口は気になるが、男も気になる。オレは男に視線を戻す。
「己の神が不甲斐ないからと、我らが神に救いを求めるなんてね。
あぁ、違うのかな。目標を達成する為なら手段を選ばないやり方。そのように作られたのだからね。そう考えるとイリダ神もご満足だろうね。思っていた通りにかの民は立ち回る」
……この男は、オメテオトルの狙いが分かっているのか?
イリダ神が不甲斐ないから、女神マグダレナに救いを求める……? 救い……?
「大変良く出来ているよ、オメテオトルの案は。
イリダ、オーリー双方の膿を効率良く排除し、己の願いを叶える為にマグダレナを巻き込み、資源等の問題も解決に導く。その上オーリー側の恨みを逸らし、後々の関係の為に貸しまで作れるように練られている。
素晴らしいね。褒めてあげるよ」
褒めているようには、聞こえない。
この男の考えが見えない。余裕のある振りをしているのとも違う。本当に余裕がある──そう見える。
「私はマグダレナの民、そなたはオーリーの民。イリダの王族であるオメテオトルの為になる事に命をかける必要はないのではないかな?」
まさか、オメテオトルを出し抜こうと言うのか?
そんなのは不可能だ。
「オメテオトルは狡猾だ。騙す事など出来やしない」
そうだろうね、と男は頷いた。
「バレない嘘の秘訣は何だと思うかね?」
バレない嘘……?
「真実を半分混ぜ込む事だよ」
真実と虚偽を半分ずつ。
「何故、それをオレに話す? オレごと騙した方が手っ取り早いだろう?」
ハハハ、と男は笑う。実に良く笑う男だ。
「私は最初から全て真実だとも嘘だとも言っていないよ?」
ぞわり、とする。
「君も、アスラン王も、オメテオトルも、見抜けると良いね、真実が」
楽しそうに微笑むと男は立ち上がった。
「姫を預けてあげよう」
それは、本物の姫なのか──? そもそも、本当にそんな姫は存在するのか?
突然、何もかもに確信が持てなくなってくる。
歌う姫は本当にいるのか? いたとして奇跡を起こせるのか? オレ達の誰も見た事がない。
帝国の初代皇帝の残した日記と、その末裔が存在すると言う事。本当に女神に愛された血筋なのか?
──今も、愛されているのか……?




