心
ロイエ視点です。
ドレイク達間者から、殆ど情報を引き出したと思っていた私に、ルシアン様がもう一度面会なさりたいとおっしゃる。
「申し訳御座いません。何か聞き漏らした事が御座いましたでしょうか」
「……確かめたい事がある」
確かめたい事?
それきりルシアン様は何もおっしゃらず、間者の待つ部屋に足を向けられた。
後ろをついて歩きながら、己が気付かなかった点が何なのかを思案する。
扉を開けると、アビスが間者の背後に立った状態で待機していた。ルシアン様の姿を見て直ぐに頭を下げる。
上座に用意されている椅子に、ルシアン様は腰かけた。
「質問に答えて欲しい」
そう言って、間者達に質問を投げかけた。
最後に呼ばれたのはドレイクだった。
ルシアン様の正面、と言っても攻撃出来ない距離を取り、アビスに監視された状態で床に座る。
「先日よりは大分顔色が良いようだ」
「……お陰様で」
自分としても全て話したつもりでいるのだろう。ドレイクの表情に戸惑いが見える。
じっとドレイクの顔をルシアン様は見つめる。居心地が悪いのか、困ったようにドレイクが言う。
「……何も嘘は吐いていないぞ」
「疑ってはいない。ただ、確認したい事がある」
ルシアン様が用意した紙には、王族の名が並べられている。
ショロトル
オメテオトル
ケツァ
シペ・トテック
センテオトル
チャルチウィトリクエ
トラウィスカルパンテクートリ
チャンティコ
チコメコアトル
トラロック
ドレイクに近付き、紙が見えるように立つ。ドレイクは紙を見て眉間に皺を寄せる。
あぁ、やはりその反応をするのか。
何人もの間者に繰り返された質問。
三人目になった時には確信に変わっていたが、ルシアン様は全員を呼び出して質問していく。
「ドレイク、オメテオトルの容姿を教えて欲しい」
「少し暗めの金髪を、耳の辺りから結んで垂らしている。長さは腰ぐらいまである。目の色は茶の混じった黒で、肌は白い。とても美しい顔をしている」
ルシアン様は頷き、「では、ショロトルは?」と尋ねる。
ドレイクは二度瞬きをし、「言ってる意味が分からない」と答えた。
「オメテオトルの事を聞いたのに、何故ショロトルの事を聞く必要がある?」
ふ、とルシアン様が笑う。
それから、他の王族の容姿を尋ねていく。
「質問は以上だ」
肩透かしを食ったような顔をしたドレイクを、アビスが連れて部屋を出て行く。
「いつ、お気付きになられたのですか?」
「ミチルが作ってくれた料理を見てその可能性に気付いた」
ミチル様がお作りになった料理。
「オメテオトルと言う名の王族は存在しない。ケツァと言う者もいない」
始め、ルシアン様が何を意図して間者にショロトルやオメテオトルの外見について尋ねているのか分からなかった。
間者によってはショロトルしか知らない者、オメテオトルしか知らない者がいた。
双方と面識がある人間はドレイクだけだった。
オメテオトルしか知らない者は、オメテオトルの言う"彼"がショロトルを指している事を知っていた。
「一つの肉体に、複数の人格」
「そのような事が可能なのですか?」
「本来の人格にとって耐え難い事象が発生した際に、精神の崩壊を防ぐ為にその記憶を消したり、別の人格を生み出す事があるらしい」
別の人格──。
「オメテオトルとケツァは、ショロトルが生み出した別人格、と言う事なのですか?」
ルシアン様は頷いた。
「恐らく」
玉座に最も近いと言われ、容姿も才能も優れているとされるショロトルに、何があってそうなったのかは分からない。
「オメテオトルは主人格であるショロトルの人格崩壊を防ぐ為に計画を起こした。ミチルを何に用いようとしているのかは不明だが──」
オメテオトルが何者なのか分かったとしても、その狙いが未だ判然としない。
ショロトルの人格崩壊を防ぐ為に、イリダが邪魔?何故邪魔になる?それならばとっくに崩壊しているのではないか?
──分からない。どうしてもショロトルとイリダの崩壊が繋がらない。
「イリダと言う存在そのものを否定する為に、全てを滅ぼすのならまだ理解出来ますが、オメテオトルが望むのは現イリダの支配体制の解体です。イリダの王になりたくないショロトルの為に解体したとして、ショロトルはどうなるんでしょう?」
王族であるショロトルが、解体後のイリダの中で平穏に暮らしていけるのか、甚だ疑わしい。
滅ぼさずに王位を継いだ方がショロトルを守れるのではないかと思ってしまう。
「……私の考え通りであるなら、オメテオトルは特段イリダの崩壊を望んではいない。現体制がショロトルの人格に影響を及ぼした為に滅ぼそうとしているのだろう」
ルシアン様は目を閉じた。
「オメテオトルの一番の目的はミチルを入手する事」
「……ミチル様は女神に愛された血筋をお持ちですが、この大陸を出ては……」
何の為に?
繋がりかけていた点と点を結ぶ糸がバラバラになっていく。それとも、繋がっている?
「女神に愛された血筋」
反芻するようにルシアン様は呟かれる。
「ミチルを求めるオメテオトルにとって、マグダレナはどうでも良い存在だろう。たとえ攻め滅ぼされたとしても気にもしない」
ルシアン様は女神の愛し子とされた歴代の女皇やアスペルラ姫の事を調べさせた。
取り立てて有益な情報は無い。
女皇イルレアナと皇女アスペルラが特に愛されていたという事だけ。
「ショロトルの身体にオメテオトルと言う人格とケツァと言う人格が内在する確率は高い。
本体とも言える主人格の崩壊を防ごうとするオメテオトルは、ショロトルの願いを最大限まで叶えるだろう」
その願いが、イリダ政権の崩壊。
オメテオトルがショロトルを守る為に作られた人格であるなら、ショロトルにとって害にしかならないイリダ政権を破壊するだろう。
……破壊した後は?
「政権を破壊した後の事は考えているのでしょうか?」
閉じていた目を開けると、ルシアン様はひと言だけ呟く。
「どうかな」
そうしてまた、思考の海に入っていかれた。




