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転生を希望します!  作者: 黛ちまた
イリダ編

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立場により異なる思い

源之丞視点です。


いつも誤字脱字報告ありがとうございます。


書物でしか見た事の無かったエテメンアンキは、実に巨大な建造物だった。

街を丸ごと建物の中に閉じ込め、更にその上にも階があり、街が存在する。

我らが案内されたのは四層。建物で言うならば四階に該当するが、層で呼んだ方がしっくりくる程に、エテメンアンキは巨大だ。

街ごと建物の中に閉じ込めてしまうなど、誰が想像出来ようか。しかも、層が幾重にも重なり、十三層まであるなどと。更には地下にも五層あると言う。

イリダの技術力が恐ろしい。見せつける為なのだとしたら、その効果は覿面だ。

このような者達とアルト公達は戦おうと言うのか…?

……いやいや、ならぬ。

例え負け戦だとしても、決して譲れぬものと言うのはあるのだ。気持ちだけでも勝たねば。

ルシアン殿はイリダに渡すぐらいならミチル殿に手をかけるだろう。ミチル殿に関して言うなら若干危険思想の持ち主であるから……。


四層と五層はイリダの下級国民が利用する店が建ち並ぶ。

燕国の商品を扱う店舗は四層にあるものの、宿泊施設なるものは存在しない。

ト国の者も燕国の者も、滞在中は基本自国の船の中で宿泊するからだそうだ。

今回の我らのエテメンアンキに滞在したいと言う要望は、かなり変則的なものであったと言える。

言綏は笑顔で、次の定期船が来るまでの間滞在したいと言い、空いてる店舗があれば借り上げたいと言った。

流石にそれは、と交易を担当する者が渋ったが、言綏の持つ魔石に目が眩んだと思われるイリダの研究員が、実家が営む店舗の二階に空きがあるから、そこで良ければ貸し出そう、と申し出てくれた。


汚れていた部屋を、信じられぬ事に言綏がさっさと掃除をしてしまった。多岐家四男の言綏が。公方家と同じ水準の生活をしている筈の言綏が掃除を!しかも手慣れている。

呆然としている私に簡易的な物で作ったハタキを渡し、掃除を手伝わせる。

……なかなかに楽しい。床の雑巾掛けは流石にやらせてもらえなかったが。


皇都では左程広くない場所を借りて住んでいたのもあって、店舗の二階とやらの狭さも苦にならない。

帝都であまりに何も出来ない事を恥じて、自分の身の回りの事は出来るようになってきている。多少手間取りはするが。

お茶も淹れられる。言綏のように旨くは淹れられぬが飲めなくはない。


片付けが済んだ後は食料品を買いに行き、街並みを見学した。交易があるとは言え、燕国の者が頻繁に来るような場所ではない。

住民達は遠慮なく我らを見た。上から下までジロジロと。不躾な程に見られて居心地は悪かったが、言綏は涼しげで、目立たれませ、とまで言う始末。

偵察に来ているのだから、目立たぬ方が良いのでは?と思うのだが、言綏の考えは違うらしい。


今後の事を教えて欲しいと言ったが、言綏には素気無く断られてしまった……。

しかもだ。

今朝に至っては、朝食を済ませた後、では、と言って一人で何処かに行ってしまう始末。

まさか一人にされるとは思っていなかった為、どうしたものかと思案したが、これも修行であると思う事にした。

誰かに助けてもらう事が当たり前になっているのを何とかする機会である。

父上にはこれが無事に済んだ折には私を公方にしてくれ、と大言壮語を吐いたのだから、努力をせねば。


次の定期船が来るのは翌月だと聞いているが、ひと月などうかうかしていると直ぐに来てしまう。

それに言綏の足手纏いになりたくない。大きな事は出来ずとも、何か役に立ちたい。

言綏の為に。燕国の為に。ルシアン殿やミチル殿の為に。それと、己の為に。


階下に降りようとした所、階段の下からこちらを覗く二人の人物と目が合った。慌ててその場を離れる二人。

まさかここまで好奇心に駆られてやって来たのだろうか?

イリダの民は好奇心旺盛である。日頃接点はないものの、燕国に関心があるのかも知れぬ。

階下に降りた私に、先程の二人が視線を向ける。


「……何か?」


「あの、燕国から来たんだよね?」


「そうだが……」


二人は私の前に駆け寄ると、目を輝かせて言った。


「お礼はするので、燕国の事を教えて欲しい!」




『そのお礼が、この夕餉に御座りますか?』


テーブルの上に並ぶ料理からは湯気が出ている。

あの二人──ホルへとアドリアナに散々燕国に関して質問攻めにあった後、料理をもらった。


『うむ……』


『では折角のご好意。頂戴致しましょう。まだ不慣れですから、料理をこうして頂戴出来るのは有難い。資金も有限で御座りますからなぁ』


それにしても、と言綏が料理を眺めて言った。


『お二人はイリダの下級国民の中でも裕福な部類に入るのでありましょうな』


食べながらお互いの知り得た事を情報共有する事にした。


イリダ王直轄の研究施設に勤める研究員は、下級国民から選ばれるのは知っていた。

頭脳が優れていると言われるイリダの中でもかなり頭の良い、それでいて善良な者が選ばれるのだそうだ。

頭が良くても野心があるとか、狡猾であるとか、人格的に火種になりそうな者は選ばれないらしい。

……言綏のような者は選ばれない、と言う事だ。


『どなたかが人を信じ過ぎる傾向があります故に、某は必要に駆られて斯様かようになりましたのに、酷ぅ御座りますな、我が君は』


やれやれ、と言った顔をする言綏に、ぐうの音も出ない。

私の考えている事はお見通しのようだ……。

だが、私だけの所為では無いように思う。


『イリダは徹底しておりますな。自国民に対しても、オーリーに対しても。反抗させない為ならばどんな手段も取るのでありましょう』


『何故そこまで己の民を信じられぬのか……』


言綏は茶を飲み、懐から懐紙を取り出すと、落雁をのせてテーブルの中央に置いた。


『ト国と燕国の所為に御座りますよ』


かつての神の代理戦争は長きに渡った。

お互いの民がもう嫌だと思っても続いた。


好戦的な民であるとは言っても、終わりのない戦いには流石のオーリーも疲れ、元より戦を好まぬイリダの民は疲弊し、手を組んだのだ。

ここまで戦ったのだから、神もご満足であろうと。


イリダ側が敗戦に向けて折れた。オーリーに情報を流したのだ。資源も枯渇した。このまま負けてしまうよりは、取引をして良い条件を引き出した方が良いとの判断だった。


だが、イリダの王族は隷属するくらいならばと毒を撒いたのだ。結果としてオーリーは敗れ、オーリーと手を組んだイリダは共に追放された。

それがト国と燕国の祖に当たる。


初めて知る事実に、言葉も無い。

ただ、知れば知る程に、何と愚かな戦いだったのかとの思いは強まったし、自分達の祖先が無用な戦いを終わらせようとした事は間違っていないと思った。

命は限りあるもの。それをあたら散らせて、何が神なのかと、口にこそ出さないものの感じていた。

それとも己の被造物であるから如何様にしても良いと…?


……くだらぬ。


『過去は過去である。新しき命は常に生まれると言うのに、いつまでも過去に囚われては未来は無い。

過去を引きずらねば生きていけぬのであれば滅んだ方が良い』


言綏は頷き、落雁を口に入れた。


『当初はそうする事で無用な混乱を避け、再び戦争が始まらぬようにすると言う大義名分もありましたでしょうが、流石にこれだけの年月をその関係性の維持に費やすと言うのは、愚策に御座りますなぁ。良くなるも何もありますまい。枝先で熟れたまま腐らせただけに御座りましょう』


長い戦いで疲弊しきったからこそ、その安寧に縋ったのかも知れぬが、何事も限度と言うものがある。


『指導者が愚かな事は罪であり、民にとっては不幸な事だ』


兄達の事を思い出す。

我ら三人のうち、誰が公方を継いでも可もなく不可もないと思っていた。

だが、己が公方になりたいが為に他者を売るなどと言う発想を持つ兄達は、公方に相応しく無い。

選択を余儀なくされた時に、間違いなく罪なき民を犠牲にするだろう。何の躊躇もなく。

上に立つ者は痛みを知らねばならぬ。権利だけを享受し、義務を果たさぬなどもってのほか。

私が公方になったからとて、燕国は変わらぬだろう。


皇都やカーライル王国、帝都でそれぞれの国の民の暮らしを垣間見た。同じように私も生きた。

なんとつましい生活なのかと驚き、大なり小なりそれぞれ不満はあれど、目の前の事に一生懸命に生きる彼らは私よりも生き生きとしていた。

彼らの生活が損なわれぬように、守りたいと思う。


兄から逃げる為だけに皇都に向かったが、そこで私は得難いものを手にした。燕国にいては生涯気付く事もなかったであろうものを。


『それで、ホルへとアドリアナで御座りましたか?彼らに情報を提供しただけで何も得ていないなどはありますまいな?』


『研究施設が七層と八層に跨っている事と、大きく分けて三つに部署が分かれていると言う事であった』


エテメンアンキを維持する為の、所謂運用、保守を請け負う部署、新しい技術を開発する部署、動力源に関連する部署。

ホルへは新規開発部署、アドリアナはエネルギー開発管理部署に所属しているとの事だった。

イリダでは動力源の事をエネルギーと呼んでいるらしいので、それに倣う。

新しい技術はどうしてもエネルギーに依存する部分が大きいのだと言う。エネルギーを如何に確保出来るかで、新しい技術の導入が左右される。切っても切れない関係と言う奴だ。

アドリアナのエネルギー開発管理部署は、資源が枯渇しかけている事もあり、その人員の殆どを魔石研究に費やしていると言う。

魔石が如何に素晴らしいものであるかを、アドリアナは興奮気味に話していた。魔石が一つあるだけでどれだけの資源を失わずに済むか、どれだけの事が出来るかを熱く語られた。それにより、オーリーの民の作業負荷が下がり、資源が増えればまたこの大陸に緑がもどるだろうと。


兄、九条の功罪だと思った。

イリダとオーリーの民にとっては画期的な事であったろう。これまでの全ての問題が片付くと、期待に胸を躍らせた事だろう。

魔石を求める事が悪いのでは無い。その入手方法に問題があるのだ。

正当な対価を払わずに、美味しい部分だけを享受しようと、不当な手段に及ぼうとするイリダの王侯貴族の思考はとても危険だ。


どの民が優れているとか劣っていると言う問題では無い。

命があり、心を持つ存在を、踏みにじっても問題無いと思える事が恐ろしい。


『理屈のみで生きるイリダの陥りそうな思考ですなぁ』


言綏の言葉に私も頷く。


『ただ、私も以前はそうであった。書物などで読み、分かったつもりでいた。その実、分かっていなかった事を知った』


そこが兄と私の決定的な違いだろう。


『知っても尚、事実から目を背ける者も、理解出来ぬ者もおります。人と言うものは難しいので御座りますよ』


暗い気持ちになってくる。


『だからこそ、言葉を尽くし、心を尽くして分かってもらえた時の喜びは何とも言えませぬな』


言葉を巧みに操り、その頭脳でもって物事を円滑に進めている言綏でも、そう思うのだな。

そう考えると私は本当に言葉が足りぬ。


『言綏』


『はい?』


『いつもすまぬな』


『……この遣り取りは、想定外に御座りますよ』


言綏は困ったように笑った。


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