エテメンアンキ
源之丞視点です
三週間に渡る船旅を終えて、私と言綏はオーリーの大陸にやって来た。
船酔いにならぬようにとロイエ殿が処方してくれた薬が功を奏して、然程苦もなく船旅は終わった。
港と都であるエテメンアンキの距離はそれ程離れてはおらず、馬車で向かう。所要時間は一刻程。
力の神であるオーリー神が作っただけあって、船からも大陸の壮大な山々が見えた。
資源が枯渇しかけていると言う話の通り、山は地肌が剥き出しになり、土の色ばかりが目に付く。
言綏が燕国の言葉で言った。
『植樹はされているようにございますが、伐採の速さが勝るのでありましょうなぁ。
……とは言え、草ぐらいは生えておりましょうに……』
確かに、と思う。
木材として木々を伐採したとしても、木々の足元には背の低い草花が茂るものであるのに、それも殆ど見られぬとは、どういう事なのだろうか。
『考えられるのは、草花を食材とする者達が存在する、と言った所でありましょう』
それは、きっとオーリーの民だろう。
重税に喘ぎ、食べる事もままならず、草花を食さねばならないのだとするなら、それは何と苦しい事だろうか。
『……二千年前の戦いに負けたからと言って、今を生きるオーリーの民には関係のない事なのに、このような事が許されるのか?』
怒りがふつふつと湧いてくる私の横で、言綏は涼しげな顔で言った。
『神の代理戦争に御座りますれば、期限など無いも等しいかと』
この身に流れるのは、イリダ、オーリーの血。燕国公方の血筋に連なる者にはいくらかマグダレナの血も流れていると聞き及ぶが。
己の祖に当たる者達の諍いは、聞き苦しい。
『言綏、そなた、何とも思わぬのか?』
『二条様、お気持ちはご立派に御座りまするが、ここを訪れた理由はお忘れにございましょうや?』
『忘れてはおらぬ。おらぬが、胸が痛む』
『ならば、確実にお役目を果たされませ。それこそが彼らを救う最短の道程になりましょう』
オーリー王の監視人であるドレイクを遣わしたイリダの王族、オメテオトル。オメテオトルはイリダとオーリーの関係性を正したいと言った。真意は分からぬ。
分からぬが、アルト公、ルシアン殿の考えは変わらぬ。
オメテオトルが真にその思いを抱えているならば必要な部分で手を組むし、そうでなければ新しい指導者を立てるとのお考えだ。
オーリーの民も、イリダの下級国民も虐げられている。虐げる者達を一掃出来たなら、全ての問題が解決しないにせよ、何かしらの光が見えてくるのではないかと思う。
『そうだな。多くの情報を公とルシアン殿にお伝えせねばなるまい』
『以前お渡しした情報と、ト国からの情報、それ以外となるとかなり奥まで入らねば無理でしょうなぁ』
言綏は顎を撫でながら、手元の書類を熱心に読んでいる。
『ト国?』
左様に御座ります、と訳知り顔で答えてくる。
今、目にしているアレは、きっとト国から送られてきた情報がまとめられた文書なのであろう。
考えなくとも、燕国は此度大失態を犯した国。そんな国が送った情報だけを鵜呑みにする筈はない。当たり前の事である。それなのに、僅かに胸が痛む。
本来であれば、このように汚名を雪ぐ機会すら与えられなくともなんら不思議はない。これは好意では無い。必要であるからこうして偵察に来られただけであり、役目を果たせなければ、燕国を滅ぼす相手が変わるだけの事なのだ。
アルト公の、読めない笑顔が思い出される。
『本来であればこの情報は、我らの目には入らぬ物でありましょうなぁ』
漸く顔を上げた言綏は、読み終えたのか書類を私に差し出した。受け取り、書類に目を落とす。
『ルシアン殿の源之丞様へのご好意に御座りましょう。我らが無駄をせぬようにとの。これは、源之丞様へのルシアン殿からの期待の表れでもあり、試されているのでありましょう』
言綏を見ると、呆れたような顔をされた。
試されている──ルシアン殿に?
『当然に御座りましょう。二条様は既に一度、ミチル様の事でルシアン様を裏切っておいででしょうに』
指先から血の気が引いていくようだった。
『燕国にとっても、若君におかれても、崖っぷちと言う事に御座りますよ』
そう言って言綏は意地の悪い笑みを浮かべた。
馬車を降りた私は、天を見上げて呆然としていた。
……何だ、これは……。
山かと思う程の巨大な建造物──エテメンアンキを前に、私は言葉も無かった。




