035.趣味は程々でお願いしたい
意味もなく文字数多めです。
意味もなく甘さも多めです。
趣味に走ったのは、わたくしにございます。
セラを部屋から追い出し、アウローラもオリヴィエも追い出して、部屋に引きこもる。
引きこもりたくなった理由は一つ。
祖母が次の女皇に決まったからだ。皇嗣殿下と呼ばれるようになるらしい。つまり皇太子。ただ、祖母は年齢の事もあるから、正式な女皇と言うよりは、皇室の主筋を変える時や、皇帝不在を防ぐ為の暫定的な対応──。
このままの流れだと私も女皇になっちゃう。
イエスかノーかで聞かれたら、ノー!余裕でノー!全世界の平和の為にも別の人を推薦する!
……とは言えですよ?祖母が私にとって不利益な事をするとは思えないから、理由があるんだと思う。
だけど!
どいつもこいつも私の血ばっかり欲しがって!!
私の血筋が大人気ですよ!
腹が立って仕方がないので、枕をギュウギュウに抱きしめて顔を埋めて「もーーっ!」と声を出す。
「あぁ、やっぱり」
声がした方を振り向くとルシアンが困ったような顔をしてドアの前に立っていた。
枕をほっぽり投げて立ち上がると、ルシアンに駆け寄って抱き付く。胸に顔を埋めて、背中に腕を回して、ルシアンの匂いをかぐ。変態結構、上等ですYO!
髪にルシアンのキスが降ってくる。
抱き締められてちょっとだけ気持ちが落ち着いてきた。
「大丈夫ですよ」
胸から顔を上げてルシアンを見る。まぶたと頰にキスをされる。もっとすると良いよ。すみません、調子のりました。いつもありがとうゴザイマス。好きです。
「本当ですか?」
「ミチルが女皇になっても、ちゃんとサポートします」
「全然大丈夫じゃないです!」
抗議するとルシアンはハハハ、と笑った。
オノレ、その笑顔もカッコいいではないか…!
「あれだけ貴女を溺愛するイルレアナ様がそう選択されたのですから、理由があるのでしょう」
それは、そうなんだけど……。それは分かってるんですけどね。
またルシアンの胸に頭を預ける。
「いいですね」
何がいいですね?
「ミチルから抱き付かれたり、こうして甘えられているこの状況、大変好ましい」
ねぇねぇ、私、ケッコー真面目な話してたよね?
それなのにどうしていつもユーはそこに帰結するんだね?
……だから、安心するんだけどね。このブレなさが私の不安を払拭する。
「ルシアンがそうやっていて下さるから、安心します」
「それなら良かった。愛する妻には心安らかに日々を過ごして欲しいですから」
うぅーっ!きゅんきゅんするー!
もー!ルシアンの馬鹿ー!好きーっ!
照れ隠しにルシアンの胸に顔をぐりぐりしてたら、くすくす笑われた。
「近頃は、ミチルからの愛情表現の種類が増えましたね。とても嬉しい」
そうかな、出来てるかな。それなら嬉しいな。
そんな事したら恥ずか死ぬ!って思ってた事も、実際行動に移す時は緊張しまくるけど、回数を重ねる内に必要とする勇気も減っていって、己のレベルアップを感じる。
人間、死ぬ気になれば何でも出来るって知ったよ…!
「イルレアナ様は、ミチルを守る為に女皇になる事を決めたのだと思います」
私の為?
「公家はミチルの中に流れるアスペルラ姫の血がどうしても欲しい。その為にアルト家を取り込む程に。
父は劇薬のような人間です。何をされるか分からないものを身に取り込むのは一種の賭けのようなものでしょう」
実の父親捕まえて劇薬って……さすがルシアン、容赦ないネ……。
でも、本当にその通りで、お義父様は何を仕出かすか予測もつかない。そんな人間を取り込む事になっても、彼らは私の血を手に入れたいのだ。
「その公家がミチルをこのまま諦めると思いますか?」
ナイね……。
「それに、アレクシア陛下が退位を決めている今、リンデン殿下の動向が注目されます」
バフェット公爵夫人の動向……アレクシア様が退位するのが決まったら……何を望むんだろう……?
ずっと姉を憎み続けていた殿下の心の支えはアレクシア様だった筈。アレクシア様を立派な女皇にする。それがなくなったら……?
「もし、リンデン殿下が自分の息子を皇帝の座に就かせたいと望んだなら、どうなるでしょうね」
「……殿下が、私を狙うと言う事ですか……?」
「可能性が高いと言う事です。だからこそ、イルレアナ様は彼らの要求を満たす代わりに、リンデン殿下からミチルを守る事を公家に要求する筈です」
私を女皇にする為ではなく、私を守る為に女皇になる。
どちらにしろ女皇になるみたいだけど、受ける印象は確かに大きく違う。
いや、なりたくないですけど……。
「とてもではありませんが……務まる気がしません……」
「そうなったなら支えますが、そうならずに済む方法を模索します」
え。
公家の対応も考えるの?
イリダで十分過ぎる程に忙しいのに?
「……駄目です」
ルシアンの服を掴む。
きょとんとした顔で私を見る。
なんてことだジーザス!
「これ以上、ルシアンに負担をかけたくありません。イリダの事で大変なのに、その上公家の事まで……!」
過労で死んじゃうよ……!
そんなの駄目、絶対!あかんですよ!
必死に訴えてるのに、ルシアンは微笑んでるのだ。ちょっとちょっと、なんでそんなうっとり顔なのっ。
「疲れていたら慰めて下さい。そうしてもらえたなら私は大丈夫ですから」
「もぅ……っ!駄目です!」
「私を慰めるのは嫌?」
首を横に振る。
「そうではありません。慰めるのは疲れてなくてもいつで……」
蜂蜜色をした瞳が柔らかく細められる。
……あかん、コレ、罠やん。めっちゃ嵌められてるやん。
って言うかさ、この状況でこんな事言う?!
「ルシアンッ!」
ふふ、と笑ったルシアンは、きつく抱き締めてくると、私の肩に頭をのせてきた。
うきゃ!コレちょっと、ハジメテよ!どきっとする。
「ちょっと今、疲れているんです」
いやいや!
待て待て!
取ってつけたように疲れないで!
「私は真面目な話をですね!」
顔のあちこちに降ってくるキスに、負けそうになる気持ちを必死に鼓舞する。
負けるな、ミチル!
「ミチルの為だと思えば、辛くないんです」
「!」
心臓が鷲掴みされたようにときめく。
それ、ちょっと、駄目じゃない?駄目でしょう!
「私の腕の中に貴女がいる……幸せです」
あああああああ……。
ううううううう……。
反則だよ……!
「愛しい人」
額やら瞼に落ちていたキスが唇にされる。
…………負けマシタ……。
「公家全ての当主が錬成術を習得したようですな」
すっかりお約束と化した、祈りの歌後のおやつタイム。
銀さんは有平糖を口に入れる。ぬ、とひと言発すると、眉間に皺を寄せながら口の中の有平糖と格闘している。
それ、口にするとしばらく喋れないヨ。
そんな祖父をアウローラが面白いものを見る目で眺めている。さすがお祖父ちゃんっ子。
「このラクガン?美味しいわね」
甘い物好きのセラだから、落雁を気に入るとは思っていたけど、かなり気に入ったようだ。連続して食べてる。
口の中でしゅわーと溶けるようなお菓子だからね。安い奴はまずいんだけど、さすが公方家に仕える多岐家のお土産です。
アラレはしょっぱい味なので、ルシアンに沢山お裾分けしておいた。そうしたら翌日、大量のアラレを持って来た。
まさか食べただけで同じ味が再現出来るスキルを身に付けたんじゃあるまいな?と思っていたら、多岐様がルシアンに渡していたあの紙にレシピが書いてあったらしい。
なるほど?
そんな訳で、晴れてアラレ食べ放題です!
ザラメが塗された奴があまじょっぱくて好き。
でも梅味も捨てがたい……。
「先日のイルレアナ様と聖下がお会いした時は三人しか習得していないとおっしゃられていたのに、随分頑張ったのねぇ」
確かに。
全員が錬成術を使えるようになったと言う事は、祈りを捧げるのだろうか……?
「それは……祈りを捧げると言う事ですか……?」
有平糖で膨らんだ頰のままの、銀さんを見る。
喋りにくい。かと言って飴を出すのも憚られる、どうしたものかと悩んでる風の銀さんを見て、アウローラが笑う。
「私が代わりにご説明差し上げます」
銀さんとアウローラが位置替えした。ローテーション有りなんだ?それに倣ってか、セラとオリヴィエが入れ替わる。
セラがアウローラとオリヴィエにお茶を出して、オリヴィエが立っていた位置に立つ。
オリヴィエにも落雁を勧めてみたが、梅あられが気に入ったようだ。
「ミチル様が兼ねてよりお心を痛めてらっしゃる祈りの儀ですが、あの祈りは通常の祈りと異なる事はお分かりいただける事と思います」
私が女皇になる意志が無いと知ってから、アウローラは私を殿下ではなく、ミチル様と呼ぶようになった。
その方がありがたい。
頷くとアウローラも頷いた。
「使えば術者は魔力が枯渇寸前まで消耗すると言われています」
それは、フィオニアと同じ状況になると言う事?
私の顔色が変わったからか、アウローラは慌てて否定した。
「ご安心下さい。命を落としたり、意識を失うようなものではございません」
ほっと息を吐く。
オリヴィエがアウローラをちょっと冷めた目で見ている。
「アウローラは少し勿体ぶった物言いをするから、そのようにミチル様のお気持ちを乱す事になるのだ」
心当たりがあるのか、ほんの少しバツが悪そうな顔でアウローラは肩を竦めた。
「申し訳ありません」
オリヴィエは梅あられをポリポリと食べている。壁際に立つセラが苦笑してる。
なんかちょっと、むずっとする。セラとオリヴィエの関係が進んでる感じがする……!
聞きたいナー。でもこういうの、大体藪蛇になって痛い目に遭うんだよね……。
チラリとセラを見たら半眼になってた。慌てて目を逸らす。ヤバイヤバイ。勘付かれた。私は何も気にしてませんヨー。本当デスヨー。
「件の祈りは皇帝および公家全員の魔力を枯渇寸前まで消費するものであるとの記述はありますが、ミチル様が思うような事にはならないと思料します。
有史以来捧げられた事の無い祈りではありますが、初代女皇が女神に尋ねたそうです。祈りの内容が内容ですから、祈りを捧げた者の命も捧げる事になるのかと心配になったのかも知れません。
女神の答えは、そのような祈りではないと。
ですが、この祈りは他の祈りと異なり、大気中の魔素を消費しません。祈りを捧げる者達の魔力のみを使用します」
ふーむ?
「通常の祈りはどのように行われるものなのですか?」
アウローラの口振りからして、普通の祈りは魔素を錬成術で魔力に変えて捧げるものみたいだけど。
「従来の祈りは、神器を中心にして皇帝と公家当主が立ち並びます。
簡単に申し上げれば、時計回りに祈りを始めていき、祈りを一周させました後に皇帝が魔力を女神に送り、大地に送って終わります。
それぞれの当主が捧げる祈りは、アンクにより増幅され、大陸全土に及ぶように出来ているのです」
なるほどー?
それで、どちらの祈りにも錬成術が欠かせないって事ですね、分かります。
「皆様、錬成術で祈りを捧げられる訳ですが、私は錬成術を習得しておりません。歌で参加すれば良いのかしら?」
アウローラは首を振り、にっこり微笑んだ。
「祈りの歌を捧げられるミチル様は、もう錬成術がお使いになれる筈です。錬成術の習得において最も難しいと言われている軌道が構築されておりますから」
以前魔力酔いとして説明されたあの現象は、本当は軌道の構築と呼ぶのだそうだ。アウローラはルシアンから教えてもらったらしいよ。あのイケメン、いつの間にそんな知識まで……。
魔素を器に取り込んだ後、魔素を分解するのではなく、魔力に作り変える必要がある。その為に必要なのが軌道であり、その軌道が無いと錬成は勿論、器の許容量を超えた魔力を持つ事が出来ないのだそうだ。許容量──魔導値の上限に達すると、それ以上魔力は生成出来ない。
軌道は器を起点と終点とするリングのようなもので、魔素は器に入ってからそのリングをぐるぐる回転していく中で魔力へと変容する。
なんでそれで魔力になるのかさっぱり分からんけど、神秘って事で。
実際女神サマが作ったらしいし。
……で、ぐるぐる回って魔素は晴れて魔力になると。しかもこの回転時に変成術で取り込んでしまった不純物を分解して魔素に変えて、ついでに魔力に変えてしまうらしいよ。そんな万能感すら感じちゃう錬成術は、努力では超えられない壁があるらしい。まぁ、だからこそ公家が出来た訳なんですけどね。
器の許容量を超えた魔力を一時的に保管する役割を持つ軌道は、構築するのに時間がかかるのだそうだ。
トンネルを掘るようにコツコツと作り上げるんだって。
それを、アスペルラ姫の血を引くラルナダルト家は歌を歌って一気にトンネル開通させるらしく、それはかなり強引な手法だから、その反動で寝込むと。
手っ取り早いって言えば手っ取り早いんだけど、強引すぎやしませんか……。
しかも私は器が二つあるから、倍の期間寝込んだって言うじゃないですか……。
アウローラは、私が歌ってたから、もう軌道の構築も済ませてたのかと思ったんだって言うしさ。
「祈りを捧げる際には公家の皆様は、名を名乗ります。ミチル様でしたら、"レイ"と」
「そう言えば、他の公家の名前は何なのですか?」
ラルナダルト家は"レイ"。
オットー家は"ギ"。
クレッシェン家は"ジン"。
エステルハージ家は"トモ"。
クーデンホーフ家は"チュウ"。
シドニア家は"シン"。
バフェット家は"コウ"。
エヴァンズ家は"テイ"。
……んんっ?!
そう言えばアレクシア姫、戴冠式で"フセ"って名前もらってた……。
南総里見八犬伝じゃん!!
本当はエステルハージ家は"チ"なんだろうけど、変だと思ったんだろうな。だから"智"を訓読みして"トモ"。
名前を与えたのは確か転生者の八代目女皇だって言ってたし……八犬伝ファンか!
……なんだろう、このがっくり感と言うかぐったり感。
いや、悪くないけど、趣味に走り過ぎじゃない…?
頭痛がする頭を抑えていると、アウローラが不安そうに顔を覗き込んできた。
「ミチル様?大丈夫ですか?お加減がお悪いのでしたら、ルシアン様をお呼びしますが…」
「いえ、大丈夫です…」
……今なんか、アウローラ、変な事言わなかった?
何故にルシアン?そこはクロエでしょ?もしくはロイエ。
「アウローラ、私の不調を何故ルシアンに知らせるのですか?ルシアンはお忙しいのですから、そんな事で煩わせてはいけませんよ?」
「ミチル様の不調をお知らせしないとルシアン様に私共がお叱りを受けます、と言うのは建前にございますが、我らレーゲンハイムの者にとってはルシアン様よりもミチル様がご不調な事が問題ですので、お伝えします」
さすがレーゲンハイム…ブレませんね。
……いや、でも、何故にルシアン?
「それは分かりましたが、何故ルシアンなのですか?」
「ルシアン様が最もミチル様の事をご存知だからです」
一瞬にして顔に熱が集まる。
セラがにやにやしている。
「呼んで参ります」
慌ててアウローラの手を掴む。
「大丈夫ですから…!」
「ですが……」
「本当に大丈夫です!ルシアンに知らせるには及びません!」
「……そんなに、私に見られるのが嫌なんですか?」
「!」
この……声……は……。
ギギギギギ…と首をドアの方に向けるとルシアンが腕を組んで立っていた。
「既にルシアン様はお越しですと申し上げようと思いましたのに」
アウローラがにこにこしながら言う。
えっ、何?確信犯なの?!
ゾロゾロと皆が部屋から出て行く。
「まっ」
て、と言うより先にルシアンの腕が伸びてきて抱き上げられた。
大人になったのにまさかの高い高い状態…!
「!」
えっ!そんな軽々と?!
「ルシアンッ、重いですから、下ろして下さいませっ」
「ソルレ様から、いざとなったらミチルを抱えながら戦えるようになれと言われています」
お祖父様…?!
私は一体どんな混戦に巻き込まれる予定なの…?!
「ミチルはもう少し食べた方が良いですよ」
「え?軽いって事ですか?」
アレですか、羽根のように軽いとかそう言う?
それはちょっとお世辞でも言われてみたいって言うか。
「それもありますが、閨事の際にそう感じてます」
「!」
抱き心地が悪いって事?!
それとも胸か?!胸が無いって言いたいのか?!
離して欲しくてジタバタ暴れる。
牛乳飲んでくるから離してっ!
「そんな風に暴れたら危ないですよ」
それでも暴れていたら、両手がパッと離されて、慌ててルシアンの首に抱き付いた。
あっぶな!セーフ!!
ルシアンがくっくっ、と肩を震わせて笑ってる。
「もぅっ!ルシアン!」
「貴女は本当に、堪らなく可愛い」
額にキスが降ってくる。
「可愛くありません」
「可愛い」
今度は頰にキスされる。
「可愛くないです」
「良いんですよ、私には可愛いんだから」
ぐはっ!吐血する!
甘い!砂どころか砂糖吐けそう!
「ほら、もう観念して?」
うきゃ……。
抵抗を止めた私の唇にルシアンの唇が触れて。
甘くて、本当に甘くて。
糖度で死にそーデス。




