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転生を希望します!  作者: 黛ちまた
イリダ編

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308/360

掌握

イルレアナ(ミチルの祖母)視点です。


刺繍をしていると、夫であるソルレが日々の鍛錬を終えて戻って来た。

ソルレはレイの夫であるルシアン様に稽古を付けている。レイの身は危険に晒されている。その為にもルシアン様には強くあっていただかねばならない。


「いかがですか、ルシアン様は」


「燕刀ありきの戦い方だ。混戦では思うように動けなくなる可能性がある」


かつてギウスとの戦争にも出た事のあるソルレからすれば、イリダやオーリーがどのように戦うかが不明なのだから従来通りでは済まないと考えているのだろう。


ソルレも私同様にレイを溺愛している。

子も孫も義両親に奪われてしまって、家族に愛を注ぐ事が出来なかった。

髪や瞳の色が私と同じだからと言う理由で忌避されたレイを、私は喜んで育てた。

泣き虫で甘えん坊で、私を愛し、必要としてくれるあの子が可愛くて可愛くて仕方が無かった。


潰されてしまったラルナダルト家に残ったのは"レイ"の名と、女神の雫だけ。

私があの子に残せるものは多くない。

持てる全てのものを残してあげたい。その思いから歌を教えた。教えて差し支えのないものは全て。

16歳になれば魔力の器がその身に宿る。その時には祈りを教えよう。女神に愛されたラルナダルト家の事を話して聞かせよう。その時に女神の雫を渡そうと心に決めて。


その衝動は突然私の中に沸き起こった。

ミチルを──レイの生きる世界を守りたい。

ラルナダルト家は潰えてしまったけれど、別の形でアスペルラ姫の思いを受け継げるのではないかと私は考えた。

家と言う形に拘らなくても良いのではないかと。

夫であるソルレにその思いを告げると、手伝うと言ってくれた。彼は本来根無し草な性質たちだ。

私の案に乗れば、彼は堅苦しい貴族社会から逃げられる、そう思ったのだろうし、レイを思う気持ちもあったからだろう。


私とソルレは、帝国に渡った。

あの子と離れる事は身を切るように辛かったが、自分を叱咤した。手紙は時折送ったが、レイの名だけ出せば息子やあの孫達が何をするか分からないから止めておいた。


老夫婦の私達を警戒する者は殆どいなかった。家が潰れてしまった元貴族の体でいた。

皇帝の伯父である大公の城で働き、遥か昔に皇国から奪われた"杖"が、既に帝国には無い事を知った。

ギウスに入り込む事も、大した事ではなかった。幸運にも族長の娘であるセオラと知り合った。

旅人に興味津々な様子のセオラに、歌を披露した。大地が悲鳴を上げ続けていたギウスでそんなものを見せたならどうなるかは分かっていた上で。


セオラは私達夫婦を客人として迎え入れた。城の者は私達を胡散臭いと警戒していたが、私の歌を知るなり、何も言わなくなった。むしろ優しくなった。

"杖"は直ぐに手に入れられそうだった。ギウスはアレが何なのか全く分からないままに奪って、使い方も知らずに宝物庫にしまっていた。

これを持って皇国に戻り、公家に祈りの儀の復古を願い出たなら、大陸は力を取り戻す。

"杖"を手にしようとして、はたと気付く。

そうなればギウスは勢いを取り戻す。再び帝国や皇国に攻め込むのは火を見るより明らかだった。

私は様子を見る事にした。この国は、そう遠くない未来に滅び、この大陸から消える。

そうなってから"杖"を取り戻した方が良いと判断した。

滅ぶにはあと数年かかるだろうと思っていた矢先、族長の息子が帝国に戦争を仕掛け、破れ、私はレイと再会した。


六年振りのレイは、美しく成長し、驚いた事に婚姻まで結んでいた。しかも、ラルナダルト家の再興まで果たしていたのだから、言葉もない。

何故そのような事が可能なのかと思えば、夫であるルシアン様はアルト家嫡子との事で、納得がいった。あの家は良くも悪くも有名だ。特に現当主になってからは、その名はこれまで以上に広がった。


最初は警戒した。アルト家が皇国に入り込む為にラルナダルト家を取り込んだのかと勘ぐった。その為にレイが利用されたのではないかと。

再会したニヒトもアルト家を警戒して調査したようで、その結果を教えてもらった。

アルト公はレイがラルナダルト家の血を引いているのを知りながら、ラルナダルト家には手を付けないでいた事。レイの夫であるルシアン様が、皇国公家からレイを守る為に敢えてラルナダルトを継ぎ、渦中に飛び込んだ事を教えられた。

ルシアン様はレイを守ってくれる方だと確信した。


彼は父君であるアルト公には劣るだろう。その点を公家が突いてくるだろう事も予想される。だからこそ、レイがレーゲンハイムを守りきったと聞いた時には、諸手を挙げて褒めてあげたくなった。

レーゲンハイムはラルナダルトの血を引くレイを守る為にアルト家との共闘を惜しまない。アルト家は大きな一門であり、レーゲンハイムもまた、長い年月をかけて大きな一門に育った。この二つが合わされば、易々とは公家にも引けを取らない。


「それより、イリーナ。本気なのか?」


真っ直ぐにソルレは私の目を見つめてくる。

以前、私が祖国を捨ててソルレについて行くと言った時も、同じ目をして聞いて来た。

だからあの時と同じように私は微笑んで頷いた。


「まだ決めていないわ。その前に好敵手ライバルにお会いしようと思っているの」


好敵手ライバル──バフェット公爵夫人。前女皇の妹であり、先々帝の娘。リンデン殿下。アレクシア陛下の叔母。現時点での皇位継承権一位。

二位は祖父が皇帝であり、正室の産んだ皇女を母、ラルナダルト公家当主を父に持つ私。

三位はゼファス聖下だけれど、あの方は教皇になってらっしゃるし、婚姻も結んではおられないから三位とは言っても、数には入らない。


リンデン殿下の曽祖母、祖母は皇国貴族の令嬢、皇国圏内の他国の王女と、二代続けて外からの血を入れてしまっている。我の強い皇帝が、公家の令嬢を正室として娶る事を厭うたのだ。皇帝の主筋とは言っても皇室の血が薄まっているのは間違いない。

皇国公家七家に顔を背けられた皇帝が、慌てて公家から三人の息女を娶って生まれたのが、前女皇エリーゼ、亡き皇太子デリア、リンデン殿下の三人の皇族。

その血の弱さの所為で、リンデン殿下もアレクシア陛下も立場が盤石ではない。

二代に渡り皇帝から遠ざけられた事により、公家は恥をかかされたと考えた。血を守ると言う彼らの存在意義を否定したのだ。恥をかかせた皇帝の血を好意的に受け止める事はない。

そこにきてアレクシア陛下の退位決意。せめてアレクシア陛下が女皇としての職務を全うされるだけの気概がお有りであればまだ救いようはあったというのに。


公家の当主達は血の濃さ、何よりも私とレイの身に流れる血を求めている。

──無理もない。

アスペルラ姫の血を、長きに渡って守り続けたラルナダルトの血は、何物にも代えがたいだろう。

だからこそ、レイの夫であるルシアン殿を受け入れたのだ。目の上のコブのアルト公から干渉されたとしても、釣りがくる。

公家はそう判断した。


「君は生まれながらの女王だから、向いてるとは思う」


「あら、お褒めいただきありがとう」


「だが、レイは?」


「あの子は向いていないわ。でも、それしか皇国にとって手段がなければ否やは言えないのよ、ソルレ。だからこそ、ルシアン様にはありとあらゆる面で強くなって頂かなくてはならないの」


私の可愛い孫娘。

美しく慈悲深いと皇都でも有名との事。魔道においても第一人者として名を馳せ、ギウスを救ったと誉れ高い。

あの子にそんなつもりはなかった筈。それをここまで広めたのは公家だろう。次の女皇として相応しいのはレイであると言う空気があちこちから醸成されていく。

その為の布石として、皇室の血統の主筋を変える事で、レイが即位しやすい状況を作り上げていく。


私としては皇族として育てられてきたのもあり、女皇の役割も理解している。即位する事に異論はない。

レイには悪いとは思うけれど、あの子が継ぐ事が皇国の為になるのであれば、泣いてもらうしかない。レイを愛してやまないルシアン様に上手く御してもらって、皇国を治めてもらうようにはするし、他の公家も全力で援助するだろう事は想像に難くない。

中途半端に公家である事に執着して公家に罠にハメられるぐらいなら、諦めてその地位に就いた方が良い事もある。


問題は、リンデン殿下がどう感じるか──。

亡き兄の忘れ形見を皇位につけるべく、長らく敵対していたアルト家を受け入れた。その為にまだ血筋が判明していなかったレイを養女に迎えようとまでした。

アレクシア陛下の治世を盤石にする為、敵ですら懐に入れる。そうなればバフェット家、陛下の祖父クレッシェン家、アルト家と誼みを結ぶオットー家とクーデンホーフ家、バフェット公爵の生家であるシドニア家が陛下を支える基盤となる。

こうなれば公家を手中にしたと言って過言では無い。


聖下のご実家であるオットー家がレイを養女とした事で、オットー家はアレクシア陛下には下らない意思表示を明示した。アルト公に心酔しているクーデンホーフ公がオットー家につく事は殿下にとっても想定の範囲内だったろうとは思う。内実、レイがラルナダルトの血を引く事を知っていたオットー家が、バフェットがラルナダルトの血を手に入れる事を忌避したのだろうと思う。

けれど、長く中立を保っていたエヴァンズ家が、ご息女がレイの臣下になったからと言う理由でオットー家についた。これには誰もが驚いたと思う。そのような些末な事を理由に判断するような家ではないのにも関わらず。

エヴァンズ家の役割は、公家内の和を保つ事。その為に中立であり続けていたのに、ここに来て立ち位置を明確にした。


残る中立派のエステルハージ家はオットー家についた。公家の存在理由は血を守り、皇国を守る事であり、二代に渡って外から血を受け入れ、かつ皇国の秩序を乱したバフェット家とは考え方が合わない、と。


「……マグダレナの民以外が滅ぶかも知れないし、マグダレナそのものも危ういと言う状況なのに、下らない事で争うのだな」


「そうよ、人間は愚かな生き物だもの。でもこの皇国において、血を保つのは皇族や公家にとって、大事なのよ。

先にそれを壊してしまったのは皇室だったの」


リンデン殿下はアレクシア陛下の退位を阻止しようと動くのか、それとも嫡子となった次男を皇太子にしようとするのか。はたまた自身が皇継として暫定的な位置に就こうとするのか。

その計略の中にはレイも排除対象として入って来るだろう。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。




*****




皇城に上がると、クーデンホーフ公、エヴァンズ公、エステルハージ公、オットー公が待っていた。

彼らに連絡はしていない。私が来る事を影から伝え聞いたのだろう。


「イルレアナ殿下、皇国によくぞお戻り下さいました」


エヴァンズ公の言葉にクーデンホーフ公とエステルハージ公、オットー公も頭を下げる。


療養中を名目にし、陛下はこの城にはいない。

皇太子もいない為に、皇帝しか決裁出来ないものが溜まりに溜まっているであろう。

クレッシェン公やバフェット公、リンデン殿下が代理を務めている可能性はあるけれど。


公らを従えてサロンに向かって歩いていると、正面からクレッシェン公、バフェット公、リンデン殿下が歩いてくるのが見えた。

私は敢えて道を譲らなかった。

向き合ったまま。カーテシーもしない。

リンデン殿下の眉がぴくりと動く。この程度の事で表情を崩すとは。


「ご機嫌よう、リンデン殿下」


「……無礼であろう」


扇子で口元を隠しながらはっきりと苦情を口にした。

堪え性がないのは祖父譲りだろうか。


ほほ、と笑って見せると、眉間の皺がより深くなっていく。


「リンデン殿下は、大伯父様によく似ておいでですね」


大伯父。それは彼女の祖父であり、かつての皇帝。傲慢で何でも己で決めたがった。私には優しかったけれど、その気性の荒さ故に潰された家はいくつもあった。


手の上で扇子をゆっくりと広げていく。


「殿下はご存知ないようですから、年の功のある私が教えて差し上げましょう。

私は祖父が皇帝であり、母が皇女です。父もアスペルラ姫の流れを汲むラルナダルト家の当主。

皇室の血は遡る程に濃さが増すと言われ、たっとばれるものなのですよ?

二代に渡って血が混じったどなたかに下げる頭は持ち合わせていないのです」


「…………っ!」


クレッシェン公に目を向けると、公は頭を下げ、その場で膝を折った。リンデン殿下はクレッシェン公を信じられないものを見るような目で見る。裏切られたとでも言いたげな目で。


「私の可愛いレイは今、皇国を救う為の祈りを日々捧げております。なんと健気なのかと、孫が大変誇らしい。

……殿下の姪御様は今、どちらに?」


扇子で口元を隠して目で笑う。


「あぁ、好いた殿方の側に侍っていらっしゃるんでしたわね、ふふふ」


退位が済んでいないのに、己が職務を放棄している皇帝は、城内ではよく知られている。皇都にもその噂は広がるだろう。

怒りを抑えきれないのだろう。きつく結んだ唇が小刻みに震えている。

私は扇子をぱちりと閉じ、真っ直ぐに殿下を見つめた。


「控えよ、リンデン」


殿下の横でバフェット公が跪いた。


「セオドア!」


悲鳴のようにバフェット公の名を呼ぶ。バフェット公は首を横に振る。殿下はこちらに向き直ると睨んできた。

子猫に睨まれているようなもので、何一つ怖くはない。


何の苦労も知らず、挫折も知らず、皇族としてぬくぬくと生きて来ただけの者など、怖くはない。

レイの為に、私はここでこの者を潰す必要がある。


「ディンブーラ皇国の皇族は、血さえ引いていれば良いのではないのですよ。その身に流れる血の意味を理解していなければならない。好き嫌いで行動する事があってはならないのです。

前女帝も、姉の行動を妨害して皇国に混乱を巻き起こした貴女も、辛いからと皇位から逃げようとする者も同様に、軽々しく、誉れある皇国の皇族を名乗る事がこの身に流れる血にどれだけ不敬な事か」


カッと殿下の顔が赤くなる。

笑みを向けて言う。


「私がお相手して差し上げましょう、殿下。世間知らずな殿下が、どれだけ頑張ってくれるか……楽しみですわ」


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