ご機嫌斜めな聖下
ゼファス従者のミルヒ視点です
ゼファス様は先日、ミチル殿下の祖母、イルレアナ・ラルナダルト様に、皇位継承権が与えられた事を報告に向かわれた。
別にゼファス様が直々に向かわれなくても良かったのに、ミチル殿下に会いたかったからだろうと思う。
ラルナダルト家は正式に皇国八公家となった為、生母が皇女であるイルレアナ様は皇族としてバフェット公爵夫人であるリンデン殿下と立場的に並んだ。いや、どうやらその上に立ったと言って差し支えないみたいで。
僅かでも外部の血が混じる事を厭うディンブーラ皇室においては、リンデン殿下は父親が皇帝であったとしても、血筋はそれだけで劣る、らしい。
イルレアナ様の生家は皇室よりも血の濃さを守る事に徹底した家であった。
ゼファス様がおっしゃるには、そもそも公家の大半が、リンデン殿下の血筋や、アレクシア陛下の血筋が継がれていく事を良く思ってらっしゃらなかったのだそうだ。
ミチル殿下にだって外の血がアレクシア姫より混じっているのにと思っていたら、リンデン殿下、前女帝、アレクシア様に見られるご気性を皇室の血にこれ以上取り込めば、皇国が滅ぶと懸念されての、忌避なのだそうだ。
前女帝のどうしようもなさは皇都民にも広く知られている。私も当然知っている。だから何となく言わんとする事は分からなくも無いけど、教育で何とかするしか無いのではないかとも思う。
そうゼファス様に言ったら、そんなのただのこじつけに決まってるだろう、と呆れ顔で言われてしまった。
では、公家の方達がミチル殿下に執着なさる理由は何ですかと尋ねると、血だ、と簡潔な答えが返って来た。
女神に愛された皇女。その愛を証明するように、歌う事で魔力を生み出す力を持っていたアスペルラ姫。
その力は姫の血筋にのみ伝わる。
千年の月日を経過しても維持されているその貴重な血筋を、公家の方達は強く欲している。
血筋そのものとしても、皇女を曽祖母に持つ。多少他の血が入ったとしてもそれを補ってあまりある血統。
殿下の何気ない一言は、周囲を動かした。帝国との関係性を修復させ、ギウスを事実上抱き込む事に成功した。
その上、これまで何ものにも組しなかったアルト家を引き込む事も、殿下がいれば可能となる。ラルナダルト家にしか仕えなかった名門、レーゲンハイム家まで付いて来た。
中途半端に血筋を守るよりも、多少皇室の血が薄まったとしても、ミチル殿下を皇室に取り込み、その特殊な血と、殿下を守る勢力を抱き込めば良い。
血の濃さはこれから皇国公家全体で濃くすれば何も問題が無い、と。
さすが公家の方々、発想が黒くて無駄が無い。
そこへ来てギウスとの戦争後にアレクシア陛下が退位したいと(空気も読まずに)おっしゃられたものだから、公家の方々は(表向き)お怒りになって、(内心大喜びで、これで堂々とミチル殿下を女皇に出来ると)イルレアナ様に継承権を付与したのだそうだ。
そうなると、血統の主筋がイルレアナ様、その孫であるミチル様になる。
姪であるアレクシア陛下を溺愛してらっしゃるリンデン殿下も、さすがに陛下を庇い切れないと言う、のっぴきならない状況なのだそうだ。
「ミチル殿下の女皇即位、待った無しな様子ですね」
私の言葉にゼファス様はムッとした顔をなさる。
猊下は殿下を女皇にする事を頑なに反対してらっしゃる。
私としては、皇都民にも人気が高いミチル殿下が女皇になるのは良いと思うんだけどれども。
皇都民の事も考えて下さるし、ゼファス様を御せるし、アルト家の御曹司が夫だし。
「アレにそんな大役が務まる訳ないだろう。ルシアンならまだしも」
ゼファス様は何故そこまでして殿下の即位を拒否されてるんだろう?
即位されたら頭を下げなきゃいけなくなるから?いや、さすがにその辺の使い分けが出来ない程愚かな方でも無いしなぁ。
「アルト公はイルレアナ様が皇位継承権を賜る事に難色は示されなかったのですか?」
「勝手にしろと言ってきた」
アルト公は実際そんな口調ではおっしゃらないだろうけど。
ゼファス様を通して、もう十年以上あの方を見知っているけど、何を考えてるのかさっぱり分からない。
凡人に天才の考えを推し量れと言うのは無理な相談なので気にしてない。
「ミチル殿下の事はアレクシア陛下も、リンデン殿下もお気に入りでらっしゃいますから、一番問題なく皇位を継げそうではありますよね」
あはは、と笑った所、クシャクシャに丸められた紙がポコポコと頭に当たった。
「何をなさるんですか、猊下」
「余計な事ばかり口にしていないで手を動かせ」
これはいけない。かなりイライラなさってらっしゃる。
猊下のイライラを解消出来るのは、現時点ではミチル殿下しかいない。アルト公は更にイライラさせるだけだし。
ミチル殿下は皇都にいない。大人しく言う事を聞いた方が良さそうだ。
「失礼致しました」
口を噤んで書類と向き合う。
目の前の書類に公家の方の名前が出て来た。
そう言えば、名を継いだと言う公家の方々は錬成術を習得されたのだろうか?
チラ、とゼファス様を見る。
「今度は何だ」
私の視線に気が付いて、イライラした様子で言われてしまった。
「いえ、公家の方達の錬成術の習得は進んでらっしゃるのかな、と思っただけです」
「ようやく5人まで習得した。あと二人だ」
イルレアナ様の元に行かれた時には3人だったのが、5人になったとは、なかなかに順調に思える。
「三人では?」
ゼファス様は顔を上げる。
「猊下も名をお継ぎになられたのですから、猊下もですよね?」
また紙をクシャクシャに丸めて投げてきた。避けるのも不敬かな、と思ったので、頭をゼファス様の方に向けてわざと当たる。
あいたっ。角が当たった。
「私はとっくに使える」
「左様でしたか。失礼しました」
さすが、無駄に優秀なだけある。
「そう言えば、ミチル殿下も名前を継いでらっしゃるんですよね?"レイ"がそうですか?」
「そうだ」
シミオン様も名を継いだとおっしゃっていたな。
確か、"ギ"。
バフェット公爵は"コウ"。エステルハージ公は"トモ"。
「猊下は何と言う名を継がれたのですか?」
「教えない」
ちょっといじりすぎてしまったかな。これは永久に教えてもらえなさそうだ。




