ショロトルとオメテオトル
イリダ王族のショロトルと、オメテオトル視点です
彼女に初めて会った時、僕は恐怖に震えた。
もう、僕は駄目なのだと悟った。
彼女は僕の持つ全てを奪う存在なのだと、ひと目で分かってしまった。
でも、彼女は優しく微笑み、僕を愛おしそうに撫でた。母にすらこんな風に撫でられた事なんてない。温かさと柔らかさと心地よさに、僕は直ぐに彼女を受け入れた。
これ以上努力出来ない、限界だと軋む心を抱え、息苦しさに耐える、いつ終わるとも知れない日々。
彼女が僕を利用して僕を終わらせるなら、それもまた良いのではないかと思った。
この苦しみから解放されるなら。
彼女は、オメテオトルは僕から何も奪わない。むしろ僕に寄り添い、僕をひたすらに慰め、僕の全てを受け入れた。
僕が苦しむのは僕の所為ではない。僕が弱いからではないと言ってくれた。
その囁きの何と甘美な事か。
それでも、僕の傷は消えない。生きている限り消えない傷が、僕を責め苛む。
お前はどちらにもなれないのだと、不完全な存在だと思い知らされる。
「ショロトル、また泣いていたの?可哀想に…」
僕はオメテオトルに抱き付いた。
オメテオトルの手が僕の髪を撫でる。
「大丈夫、側にいるわ。最近眠れていないでしょう?私が側にいるから、眠ると良いわ…」
それでも不安を隠せない僕に、オメテオトルは優しく微笑む。
「目が覚めても、ここにいるから」
その言葉にようやく安心して、僕は眠りにつく事が出来た。
王は僕に、トレニアの面倒を見ろと言ったけど、体の良い押し付けなのは分かっていた。
アスラン王の妹であるトレニア姫を、他の王族が悪戯に穢そうと画策していると言う噂が耳に届いた。
今までも、オーリーの姫は人質としてイリダの王族に預けられて、身も心も、王族の、暇つぶしに消費される。
僕はそのやり方が嫌いだった。かと言って率先して止める気にはならなかった。
でも、トレニアの成長が遅いと言う話を聞いて、関心が湧いた。
調べさせると、姫は年齢の割に成長が遅いそうだ。確かにたまに義務として会う姫は、いつも幼かった。
成長障害と言うのだそうだ。
不完全な、姫。
不完全な、僕。
あぁ、姫は僕と同じなのだと思った。
だから、姫を守ろうと思った。
トレニアに手を出そうとした、再従弟だとか言う王族の両手をケツァに切り落とさせた。
ケツァは僕の側にいつもいて、僕が出来ない事を代わりにやってくれる。僕よりも年齢は下だけど、僕よりも度胸が据わっているから、頼りになる。
床が血で汚れていく。あぁ、後で掃除をさせなくては。何て汚いんだろう。
痛みにのたうち回る再従弟に言った。
「彼女は僕の庇護下にある。つまりは僕の物だ。人の物に手を出すような手癖の悪い手なんて、不要だよね?」
散々手を出させないように警告していたのに、行動に移したのは彼だ。
再従弟は本当に愚かな男で、両手を失った事を逆恨みして、僕に危害を加えようとしていると噂を聞いた。
トレニアの事が僕に漏れた時に、自分の計画が漏れている事に気が付かず、またこんな杜撰な計画を立てるなんて、度し難い愚か者だ。
僕も徒らに人を傷付けたくはない。
再従弟の計画は漏れて、僕の耳に届いているのだと言う噂を流しもしたし、再三警告をした。
それでも、彼は僕を襲おうとした。
だから今度はケツァに耳を切り落とさせた。耳から物理的に入る声すら聞こえないなら、要らないのではないかと思った。
それ以降、彼が僕の前に現れる事はなかった。両手を失い、耳を失った事に絶望して、自死したと聞いた。
「あの子もバカな事をしたわね…」
僕の髪を撫でながらオメテオトルは言った。
「でも、仕方がないわね。貴方は何度も警告をしてあげたのに、それを聞かなかったのだもの…」
それからしばらくして、僕の王位継承位が下がったけれど、どうでも良かった。
面と向かって僕に嫌味を言う奴が減って、以前より快適になった。
僕は王になどなりたくない。
「ショロトルは王位に興味はないのね」
「ないよ。オメテオトルが欲しいならあげるよ」
オメテオトルは笑った。
「私も要らないわ…私が欲しいのは、大切な貴方が心安らかに暮らせる日々だけよ」
「オメテオトル…ありがとう。そんな風に言ってくれるのは君だけだよ」
僕に優しいオメテオトル。僕を慈しんでくれる彼女なしでは、僕はもう生きていけない。
たとえ、彼女が僕が寝ている間に、僕の与り知らぬ事をしていたとしても、それが裏切りだったとしても。
ただ一つお願いしたいのは、僕を裏切るなら、僕を終わらせてからにして欲しい。
*****
私はオメテオトル。
ショロトルの半身。
この世界は汚れていて、傷付きやすいショロトルには辛い事ばかり。
落ち着いて眠る事も出来ないショロトル。
このままこの状況が続けば、彼の心は持たない。大切な大切な、私の半身。
ショロトルは私が側を離れる事を嫌がる。だから、彼が眠っている時しか動けない。
でも、大丈夫…。
為すべき事は分かっているから。
オーリーの王、アスランには新しい監視を付け、アスランの心がこれまで以上に民に向かうように、民もまた、アスランを慕うように誘導していかなくては。
他の王族が気付かないように細心の注意を払わなくては。
ショロトルの側にいるケツァとイツラコリウキにはきつく言っておかなければならないわね。
私に逆らうのなら、消してしまうわよ、と…。
トレニアの事を、ショロトルは気に入ったようだった。
気に入った、と言うのは正しい表現じゃないわね…。
自分と同じ不完全なモノとして、ショロトルはトレニアを守る事にしただけ。
それによってショロトルの心が満たされるなら、それで良い。そうじゃないなら、トレニアを壊すだけ。
イリダはもう駄目…。
駄目になってしまった…。
あの諍いが災いの元だった。
兄神が作ったオーリーの民に負けたくないが為に、毒を己の大陸に撒き散らすなんて、正気の沙汰じゃないわ。
長く続いた戦争で、働き手を失ったイリダは、働き手としてオーリーを使う事に決めた。
反乱を起こさせない為に、オーリーの力を削ぐと言う着眼点も悪くなかった。
ただ、ある程度経過した後、歪な、不健全な関係を解消すべきだったのだとは思う。……でも、それが容易い事では無い事もまた、分かっている。
それでも、滅びを回避する為にはそうすべきだった。
「今更……ね」
この腐った実の煩わしい所は、己だけ腐り落ちれば良いものを、他を巻き込むと言う点にある。
全てを食い尽くすまで、止めない。きっと滅びの瞬間も、見苦しく足掻くのだろうと思う。
その傲慢さは、創造神のイリダによく似ている。現し身とは言うけれど、本当にその通りだと思う。
ショロトルの苦しみを取り払う為にも、イリダを滅ぼさねばならないわ…。




