032.溺れる愛
溺れるミチル
ミチル、良いですか。
どんな苦難が貴女を襲っても、決して心を折ってはいけませんよ。
貴女を守ってくれる人の為にも。
祖母と再会したにも関わらず、私は未だに子供の頃に言われた事を夢に見る。
その話をすると、祖母は嬉しそうに笑う。
私としては、何だか複雑な気持ちだ。私の気持ちがまだ定まってないと言われてるみたいで。
事実、迷いはまだあるんだけど。
何となくもやもやとした気持ちを抱えながら、カウチに腰掛ける。
「そうやって口を尖らせていると、キスをせがんでいるように見える」
声がした方を見ると、ルシアンがドアを開けて入って来た所だった。
んなっ?!
慌てて口を手で隠すと、ルシアンは笑って私の横に座り、顳顬にキスを落とす。
「惜しい。言う前に口付ければ良かった」
「もう、ルシアンはそうやって…!」
「そうやって、何?」
私の両の頰を、ルシアンの大きな手が包む。
あぁ、ヤバイ。ヤバ過ぎです、このイケメン。
その色気は出し入れ可能ですか?それとも出し始めたら放出しっぱなしですか?
「私を困らせます」
「ごめんね?」
絶対悪いと思ってない!1ミリも思ってないな、コレは!
艶然と微笑むと、頰に触れていた手をスライドさせて私の頭を掴んで引き寄せると、噛み付くようにキスをしてきた。
一瞬で、さっきまでのもやもやとした気持ちが霧散する。
あぁ、なんてゲンキンなんだ、私と言う奴は!
私が不安を感じると、ルシアンはこうやって、強引に見えるようなやり方で私を甘やかす。
何て破廉恥な!と思っていたけど、いや、今でも破廉恥だとは思うけどさ、計算された破廉恥と言うか。
衝動的にとか、つまり、ムラムラしちゃったから襲ってきてるんじゃないんですよ、このイケメン。
理性的破廉恥と申しますか……なんだそれ?!
人の好意は無碍にしちゃいけないよね。せっかくなんだしね。いや、私がルシアンに甘えたいとか、そう言う事じゃないですよ?そう言う事じゃ……うううううう、そう言う事です!そう言う事なの!
ああああああ!もう!何で自分に言い訳してるんだ!
いいじゃないか。バーサクしたって良いじゃない!
夫婦なんだし!
「葛藤しています、と言う顔をしてる」
色々見抜き過ぎですよ。
「……以前に比べると、私、成長しましたよね?」
ルシアンのキスがおでこに落ちてくる。
「えぇ、本当に。
以前なんて私が口付けただけで逆上せていたのにね?」
顔が熱くなる。変な汗出てきた!
「あれは…っ!まだ婚約状態でしたのに、あんな、もう…っ!ルシアンの破廉恥!」
抗議の意味を込めてルシアンの胸を叩くと、くすくすと笑って腕を掴んでしまう。
「私を意識させたかったし、貴女に触れたかった。誰にも渡したくなかった。だから許して?」
うううううう、胸がうずうずしてしまうー!
必死に耐えてる私の鼻に、ルシアンが軽くキスをする。
わああああああっ!これ以上燃料投下しないでっ!
「そういえば、ミチルは何度か、自分の何が良いのかと尋ねてきたけど、むしろ他の人間は絞り込める程にしか相手を好きじゃないのかと驚いたんです」
?!
「私はミチルの事を溺れる程愛しているけど、ミチルの良くない部分に目を背けたりはしていないし、その点まで反転して長所に見えたりはしていませんよ?」
そうなの?!
欲目が鬼のように激しい事になってるのかと思っていたよ!
驚きを隠せない私を見て、ルシアンは苦笑を浮かべる。
「幸運にもミチルのそう言った点は、大きな問題を起こすようなものではありませんし、私自身にも当然欠点はあります。
それを補う為に人を配していますし、そんな状況を作らせないようにもしています」
なんですかその凄まじい深謀遠慮っぷりは?!
ガチすぎないか、このイケメン?!
「その上で、私は貴女の全てを愛してますよ、ミチル」
掴んでいる私の手にキスをする。
「……っ!」
し、死ぬ…!
ルシアンは私を殺そうとしてるとしか思えない!
「だから、諦めて?」
諦める?何を?
「諦めて、貴女の全部を私に下さい、ミチル」
「溺愛、寵愛、掌中の珠、熱烈、最愛、偏愛、盲愛、狂恋、激愛」
な、何を言ってるんだい、セラ?
私の前にほうじ茶ミルクティーを置くと、セラは先程の単語を羅列した。
「ルシアン様のミチルちゃんへの対応?」
そんな気はしてた!
「溺愛では弱い気がして、色々調べてみたのよ。どれが良いかしら?」
何で選ぶの?!
しかも最後の方、あからさまに怪しい感じだった!
誤魔化す?ようにほうじ茶ミルクティーを飲む。
温かい飲み物が美味しく感じられる季節になってきたナー。美味しいナー。
「燕国から手紙が届いたの。
オーリーが大陸にやって来るわ」
自然と身体に力が入る。
私の顔が強張ったのに気付いたセラが、優しく微笑む。
「大丈夫よ。私もオリヴィエもアウローラも、レーゲンハイム翁もいるし、ロイエもルシアン様もいるんだから。
ベネフィス様もいるわ。ゼファス様が付けて下さった影も、アビスもいる」
そうだった。今は皆揃ってるんだった。
とは言え、ですよ。
「いつもいつも私を狙うとは限らないでしょう?魔石を欲して皆を襲う事だって考えられるのですから、決して無茶はしないで下さい」
勿論よ、とセラは頷いた。
私を囲い込む準備が出来てないのだとしたら、狙われるのは他の人達の筈だ。
いくら皆が強くたって、多勢に無勢って事もある。
オーリーは肉体派みたいだし。
「そうそう、郵便ギルドが無事に立ち上がったわよ」
遂に!
俄然、テンションが上がってくる。
シミオン様は治安を気にしていたけど、きちんとそれが守られるならと、最後は受け入れていた。
ギウスの族長も、自分達が尊厳を損なう事なく生き延びられるのだから、徹底させると強い口調で言っていたしね。
これまでなぁなぁになっていた、他国の貴族や平民を罰する事が出来るようになる、と言うのがギウスの郵便ギルド立ち上げを後押ししたのだとルシアンは言っていた。
郵送には冒険者ギルドも同行し、配達を行う者と物品を守ると言うのを建前として、あちこちに出向く事で、大陸外からの侵入者などがいないか、目を向ける役割を担うのだそうだ。
なるほどなぁ、と思った。
私なんて、物が遠くまで運んでもらえたら便利!ぐらいにしか思ってなかったのに。そこに更なる価値をプラスするんだから、さすがとしか言いようがない。
「馴染むまでは時間がかかるでしょうが、とても便利なものです。ギルドが使用してくれるのが一番良いですね」
B to Bの方が収入や業務量が安定すると思うんだよねー。
収入を得て、魔石を入手して、大地を回復させる。食糧も買えるようになる。辛いと思うけど、頑張って欲しい。
「ギウスの馬は本当に早いわね。皇国の馬を飛ばしてもあの早さは出ないわ。燕国からの手紙がたった三日で皇国に届くのよ?」
前がどうだったのかは分からないけど、大陸の大きさを考えてみても、かなり早いのだと言う事は分かる。
さすが騎馬隊用の馬。
「それにしても、イリダも必死ね。この大陸に来れば毒に侵されるのに。そこまでして魔石を欲しているなんて」
「オーリー達は来たくないかも知れないわよ?イリダの命令だから仕方なく来ている可能性もあるわ。
まぁ、捕まえてみれば分かる事だけど」
お義父様達は潜入して来たオーリーを捕まえる気だ。
でも、それ用に訓練された人間がペラペラと内情を話してくれるとも思えないんだけど、自白剤とか使うんだろうか?
その道のプロはこちらにもいるけど。
「自白剤は使わないそうよ」
私の考えを読んだセラが言った。
え?使わないの?何で?
「滅ぼす気なら使うんでしょうけど、大旦那様はイリダの国家転覆を狙おうとしてるみたいだから、自白剤を使って警戒されるのは本意ではないのよ」
あぁ、そうか。
ガチでぶつかるのは悪手だから、内部から崩壊させるつもりなのか。
ギウスの民は実際会ってみたら気さくな人も結構いた。
争う事を好む野蛮な民族だと聞かされていたのに。
国規模で見れば嫌な存在でも、人と人として接すれば良き隣人になれる、なんてのは良くある話だ。
イリダやオーリーの民もそうであれば良いなと思う。
この大陸に来てるけど、本当は来たくなくて、イリダの上級国民を何とかしたいと思ってると良い。
そうすれば手を組める。争わないで済む。
民の命を犠牲にするような祈りを捧げないで済む。
「魔王様の企みが上手くいきますように」
「魔王って……ミチルちゃんてば」
呆れ顔でセラが言う。
「だってセラ、全部お義父様の思い通りに進んでいるのよ?ルシアンがラルナダルトを継ぐのを決めたのは計画してなかったとしても、想定内なのよ?あれはもはや、魔王様としか呼びようがないと思うの」
気持ちは分かるケドね、と言ってセラは苦笑した。
「そんな魔王の予想をいつも裏切ってるのはミチルちゃんなんだけど?」
え?私?
お義父様の予想を裏切るような事なんて、あったっけ?
私が転生者だったとか、さすがに想定しようもない事ぐらいじゃない?
どちらかと言うと、ルシアンの方がお義父様を翻弄してる気がするケドなー。
人生初の挫折はルシアンの育児って言ってたし。って言うかさ、育児失敗って目の前で言われるってどうなの。
「どうしたの、突然不機嫌になって」
「先日の、お義父様がルシアンの育児に失敗した発言、ルシアンに失礼じゃありませんか?」
「そこ?!って言うか今?!遅いんじゃないのかしら、それを言うの」
「そうなんですけれど、あの時はお義父様でも失敗するんだな、って思っていたんです。よくよく考えなくても、大分ルシアンに失礼ですわ」
「……そうね?」
思い出したらなんか腹が立ってきたぞ?
「ルシアン様の事、慰めてきたら?」
そうだね、ルシアンが傷付いてるかも知れないもんね!
「行ってきますわ」
隣の書斎に入ってみたら、ルシアンはいなかった。
ロイエに行き先を尋ねる。
「ロイエ、ルシアンはどちらにいらっしゃるの?」
「……1階の東側の一番奥の部屋にいらっしゃるかと」
お礼を言って階段を降りる。
1階の東側の奥って、何だったかな?前に滞在していた時も行った記憶がないんだよね。
うーん?何だろう。何か大事な事を忘れているような気がする?
思い出そうと考えているうちに1階に到着した。
東側の階段から降りたから、言われた場所からも近かった。
ドアをノックする。
「ルシアン?」
失礼しますわ、と言ってドアを開ける。更に奥が明るい。
ルシアンはいない。奥にいるのかな?
奥に進んでみる。
「!」
見た瞬間、息が止まった。
ルシアンが湯船に浸かっていたからだ。しかも浸かったまま、こっち見てる。コッチ見ンナ。って勝手に入って来たの私なんだけどね?!
何で蒸気出てないの?!
「これは水風呂だから」
そう言って笑うルシアン。
「奥にサウナがあるんですよ」
確かに奥に扉があるな?!
水風呂から上がろうとするルシアンに、慌てて顔を背ける。
「一緒に入る?」
「入りませんっ!」
「それは残念」
もう大丈夫ですよ、と言われて振り返ると、腰から下をタオルで隠したルシアンが立っていた。
ぎゃーーっ!全然大丈夫じゃないです!
「こんな所まで、一緒に入るのでもないのに、どうしたの?」
何だっけ?!
……あー、えっと、アレですよ、アレ。
お義父様の発言にルシアンが傷付いてたんじゃないかって思ったんだけど、サウナに入ってるのを妨害するような事じゃなかった!
「で、出直してきますわっ!」
ここを出なくては!
逃げるように浴室から出て、ドアノブに手をかける。
ガチッ、と音がしてノブが回らない。
「?!」
開かない?!
慌てたから?もう一度丁寧に回してみるものの、やっぱり回らない。
「ミチル?」
振り返るとタオル姿のルシアンが立っている。
ひーーーーっ!
ドアに背を付けて、首を横に振る。
「あのっ、違うんですっ!」
「何が違うの?」
私の目の前に立つルシアンは、髪が濡れたままで、水も滴るいいオトコと言う奴です!
鍛えられた上半身まで惜しみなく露出してます!いや、入浴してたんだから当然なんですがっ!
ああ、もう駄目!ルシアンの色気に死にそう!!本当ヤバイんですって!助けてっ!
「ルシアンの入浴を邪魔しようとしたのではなくてっ、ただ、慰めようと……!」
「慰めてくれるの?」
艶めいた笑みを浮かべるルシアンに、失敗したと思った。
このシチュエーションで、慰めるとか!!馬鹿なのアホなの私?!
「あのっ」
ふふ、とルシアンは笑った。
「ロイエに褒美をあげようかな」
褒美?何で?分かってて私をここに行かせたって事?!
ルシアンの冷えた唇にキスをされる。
濡れた髪が頰に触れた。
「慰めてくれる?」
「……破廉恥過ぎます……」
私の言葉にルシアンは笑って、キスをしてきた。
髪を結んでいたリボンは解かれてしまう。
「そんな私は嫌い?」
分かってて聞くなんて、意地が悪い!
ああ、もう!
ルシアンの首に腕を回してキスをする。直ぐに腰に腕が回されて、身体がぴったりとくっつく。
ひんやりとした身体に、服を通して私の熱が奪われる。
「ミチルの熱が、欲しい」




