蛇の道は蛇
ロイエ・ルフト視点です
ルシアン様はご夫婦の寝室として使用している部屋を出るなり、書斎に戻って来た。
「お側にいなくてよろしいのですか?」
ミチル様の事を尋ねると、一瞬だけ眼差しが柔らぐ。
「……眠っている」
差し出された手に書類を乗せる。
そのまま椅子にお座りになると、報告書に視線を落とす。
「ルシアン様のご発案通り、燕国にはこれまでと同じようにしていただいております」
報告書は、燕国が知りうる限りのイリダに関する情報をまとめたものを提出して来たものだ。
まとめたのは、以前帝国で会った、多岐 言綏と言う人物だ。なかなかな食わせ者に見えたのを覚えている。
お読みいただいている間にコーヒーを淹れる。
ワタシのも☆とセラが目で訴えてくる。…まったく。
燕国国主――公方の長男はイリダの人間がこのマグダレナの大陸に上陸する手伝いをしていた。しかもそれを誰にも気付かせないようにして。
長男ではあるものの、側室の子であり、己に公方の座が回って来ない事を受け入れ難かった長男は、イリダに接近する事にした。これまで誰もなし得なかった事をすれば、それが功績となり、状況を覆せると考えた。
次男も側室の子であり、自身に公方の座が来る事は期待出来ないものの、欲は少なからず持っていたようだ。
燕国では必要としていないが、魔石の存在は知られている。大陸に訪れれば魔石は普通に利用されているからだ。
かつての転生者が作成した物の中には、魔石を動力源として使用する物がある。そこから、魔石にそう言った用途がある事を知る事も、難しい事では無い。
イリダの発達した文明は、深刻なエネルギー問題を引き起こした。自然資源は枯渇寸前であり、可及的速やかな対応が必要となっている。
そこに魔石を投入する事は、本来であれば良策だ。イリダが相手でなければ。
イリダに倫理は通じない。
創造神イリダに良く似た気質で、知的探究心が旺盛で、傲慢で、目的の為なら手段を選ばない、と聞く。
自国民の中でも階級があるらしい。
我らマグダレナにもある貴族制度とは異なる。貴族制度は国への貢献度に応じて与えられるものだが、イリダは生まれのみで完全に分け、それが覆る事は絶対に無いそうだ。
大きく上級国民と下級国民に分かれる。
上級国民は下級国民を同じイリダとして見做さないらしい。道具、だそうだ。
こちらの貴族にも平民を見下すどうしようもない者はいる。だが、そのような振る舞いは己の格を下げるだけな為、大概の貴族はやらない。
生まれによる所は要素としては大きいだろうが、それが全てと言うのは理解に苦しむ。
報告書を読み終えられたようで、書類を机に置くとコーヒーを召し上がる。
「読ませていただいてもいいかしら?」
セラの問いにルシアン様は頷かれる。
予め許可を頂いて先に読ませていただいた報告書には、二条様の兄二人が犯した罪科と、それに対する処罰。
今回の汚名を雪ぐ為の機会を与えてくれた事に対する感謝と、打ち合わせ通り、オーリーからの密入国者の手引きを行う事。その日付や人数に関しては逐次報告する事。
突如魔石の取り引きを止めると怪しがられる為、これからも購入させて欲しい事。
イリダに潜入する為の献上品として魔石を多く入手する事を許して欲しいと書かれていた。
それとは別の書に、燕国が知るイリダの事がまとめられていた。
そこに、上級国民と下級国民の事、オーリーの王族が謀反を起こさない為に、名誉国民として同じ都市の中で暮らしている事等が仔細に書かれていた。
交易の為にイリダに入る事のある者達から集めて来た情報なのだそうだ。
オーリーの大陸中央に、イリダの民が建造した階層型都市──エテメンアンキは存在する。
森等の自然を住居の為に開墾する事をイリダは嫌う。自然を愛する為ではなく、自然資源を動力源と見做す為だ。その為に人々が暮らす都市その物を階層型にしたのだそうだ。
都市の周辺には、畑が存在するが、その確保の為にも開墾は抑えられたと言う。
そこまでして自然を守っているにも関わらず、足りなくなって来ているとは。どれだけ動力を必要とする物を用いているのだろう?
燕国の交易担当者は、エテメンアンキの七階層までしか上がれないらしい。
七階層はイリダの研究機関があり、そこに魔石を納入するのだそうだ。
それ以外の燕国特産品は四〜五階層に納入するとの事。四〜五階層は店舗施設区域らしい。
「それで……」
報告書を読み終えたセラが口を開く。
「二条様と言綏殿はイリダで何をする予定なのかしら?」
「先ずは潜入したオーリーを捕える。オーリーからどれだけの情報を引き出せるかによって、二人の行動も変わる」
「オーリーの潜入部隊って、上位貴族なのかしら、下位貴族?それとも平民?この報告書だと、オーリーの上位貴族達は随分と良い思いをしているみたいじゃない?」
該当する頁をめくりながら、セラが眉間に皺を寄せて言う。
オーリーの王族と上位貴族は、イリダでは名誉国民と呼ばれる。そうして自分達の中に取り込み、甘い汁を吸わせ、反逆心を削ぐやり方のようだ。
「オーリーは力を誇りに思う民族だ。与えられた権威に満足するような気質ではないだろう。そのオーリーが永きに渡ってイリダの下に甘んじているのには訳がある筈だ」
そう言ってコーヒーを召し上がると、言葉を続ける。
「民そのものが人質になっている、などが考えられる」
「悪辣ねぇ……」
セラの感想に同意する。
「想定される中で最悪なのは、オーリーの王がそれを良しとしている場合よね」
「関係ない」
ルシアン様はメモを書き続けている。
「そのような者は王に相応しくない。
現時点の駒を効率良く動かせれば最短だが、最善を用意するのもまた、手としては有り得る」
確かにおっしゃる通りだ。
メモを書き終えたルシアン様は、紙を私に差し出す。
「心の無いものを動かす事は難しいが、心があるなら何とでもなる」
立ち上がったルシアン様は部屋を出て行かれた。ミチル様の元に向かったのだろう。出る間際にセラをご覧になっていたし、セラも頷いていた。
ルシアン様は元からミチル様の側でお過ごしになる事を好まれるが、イリダに狙われている事が分かってからは、殊更にお側にミチル様を置かれる。
胸の内を言葉に出されないミチル様は、一人で抱え込んでしまうからだ。不安を取り除く為に、寄り添われる。
「ルシアン様のメモ、何て書いてあるの?」
コーヒーのお代わりをカップに注ぎながら聞いてくる。
ルシアン様がミチル様と一緒にいるから、セラは主人の側に侍れない。
現時点での主要な動力源と動力の使用先
文明のレベル(判別不能な場合は機械の名称やどう言った効果を生み出す物なのか等、断片でも可)
魔石の現在の利用方法(実用済みか、実験段階か)
組織構成(知り得る限り)
研究内容
洗脳の有無
階級毎に抱える問題や潜在的不満
着目に値する人物
メモを目にし、セラがなるほど、と頷く。
「どのぐらいでイリダが攻めて来るかの概算と、技術水準の確認。それから取り込めそうな組織の有無と、あぁ、洗脳とかされてたら最悪ねぇ」
「洗脳の方向性を変えるのも手だ」
洗脳の方向性?と、訝しげに聞き返してくる。
「ウィルニア教団」
「ヤダ、そんな利用方法があったなんて!」
「手段ならいくらでもあるだろう。それこそ、かつて皇国がやられたように宗教を作り出すのもありだ」
「……蛇の道は蛇、って所かしら」
そう言ってセラはうふふ、と笑った。




