私の望み
アレクシア・ディンブーラ視点です。
今後、ミチル以外の視点が増えます。
よろしくお願いします。
「申し訳ありません」
アルト公、シドニア公、エヴァンズ公、クーデンホーフ公、オットー公に頭を下げる。
「……お気持ちは、変わらぬのですね?」
オットー公の問いに私は頷いた。
「はい」
ギウスの騎馬隊に襲われ、槍でフィオニア様と共に刺された時、死を予感した。
私を庇うフィオニア様が絶叫し、全身を何か力のようなものが駆け巡った。頭の中でいくつもの光が弾け、音が消え、視界が白くなった。
意識を取り戻した時、周囲に騎馬隊は一人もいなかった。
覆い被さるようにして私を守ってくれていたフィオニア様は意識を失っていた。
身体を動かすと左肩に痛みが走るものの、動けなくはない。
フィオニア様の下からそっと移動して、立ち上がる。
夜は明けていて、誰もいなかった。
あるのは帝国軍、皇国軍、ギウス、いずれかの遺体だった。その、夥しい数。
動いているものはいなかった。
私を守る為に命を失ってしまった兵士達に、手を合わせる。
ありがとう、ごめんなさい。
私なんかの為に命を失わせてしまった。戦争とは、こう言うものだと言う者もいるだろうけれど。
それでも。
「アレク……シア……」
「フィオニア様?!」
振り返ると、フィオニア様がうっすらと目を開けていた。
慌てて駆け寄り、フィオニア様の手に触れる。
凄い熱だ。傷の所為だと思う。槍や弓に毒物が塗布されている事も充分に考えられる。
「……怪我を……させてしまった……」
「そんな事!命を助けていただきました!」
私の事よりも、フィオニア様が!
「間に合って……良かった……」
涙が溢れる。
「力を……使い過ぎたから……オレはもう保たない……」
「嫌です、フィオニア様!」
先程よりも目が閉じられる。
このまま逝ってしまうのではないかと言う恐怖から、手を強く握り締めた。
「こんな事を……貴女に言うのは……間違っているのは……分かっている」
フィオニア様は浅く息を吐いた。
「貴女を……愛している……オレも……クレッシェン公も……バフェット公爵夫人も……貴女を……貴女が必要だからではなく……愛している」
そう言って、私に微笑む。
「私もっ!ずっと、フィオニア様をお慕いしておりました!」
フィオニア様は首を横に振った。
「幸せに……なって下さい……」
目が閉じられる。
「……っ!!
フィオニア様!フィオニア様っ!!
嫌です!嫌!!」
揺すっても、いくら名を呼んでもフィオニア様は動かない。
呼吸は、弱いけれどしている。
フィオニア様を死なせたくない。
怪我をしていない右肩にフィオニア様をのせるようにして、ギウス城の方に向かう。
ギウス城に行きたい訳ではない。少し近付いて、自分が何処にいるのかを把握したかった。
フィオニア様の身体は私には重く、どうしても引きずってしまう。
それが申し訳ない。
遠くから馬が駆けて来るのが見える。視認されたようで、こっちに向かって来ている。
フィオニア様を引きずったまま逃げられず、かと言ってフィオニア様を置いて逃げる気にはならない。
「ごめんなさい、フィオニア様。死ぬ時は一緒です」
向かって来るのがギウス兵ではない事を祈っていた。
現れたのは、銀髪に赤い目をした壮年の男性だった。
直ぐに馬から降りると、私の前に膝を付いた。
「あなたは……」
「陛下、ご無事で何よりです。私はアルト家の者でございます。当主の命を受け、探しておりました」
何人もの男性が、私からフィオニア様を剥がすと、馬に乗せた。
「陛下もお怪我をされている様子。急ぎ屋敷にて治療をしましょう」
助かったのだ、と分かった瞬間、全身の力が抜けた。
目が醒めると、そこは柔らかい寝台の上だった。
私が意識を取り戻した事は直ぐに伝えられたらしく、アルト公がやって来た。
アルト公は頭を下げた。
「騎馬隊が陛下の元へ向かう事を抑え切れなかった。申し訳ない。全ては私の読みが甘かったからだ」
「いいえ!そんな事はありません。
頭を上げて下さい、アルト公。あの騎馬隊を止めるのは難しいと思います」
「……お言葉感謝する。
陛下の左肩の傷は、小さくはなるだろうが、僅かに跡は残るだろうと思う」
「大丈夫です」
フィオニア様が守って下さった時に出来た傷だ。消えなくて良い。
もしフィオニア様が守って下さらなかったら、もっと酷い傷も、女性としての尊厳すら失われた可能性もあった。
私に文句などありようもなかった。
「公、フィオニア様は、ご無事ですか?」
アルト公は苦笑した。
「貴女は、やはりそこを気にするのだね」
言ってから、一番に尋ねるべき内容は、戦いの行方だったと気付いた。
「先に戦いの結果を報告しよう。陛下の軍は壊滅したが、他の部隊によりギウスの騎馬隊は殲滅した。
戦争は皇国、帝国の連合軍の勝利で終わったよ」
良かった。
私の所為で戦争そのものが危うくなったのでは、本当に申し訳ない。
「では、貴女の一番の懸念事項を話そうか」
その様子に、良い知らせは聞けないのだと言う事が分かった。最悪の事態も考えた。手を握り締め、公が続きを話すのを待った。
「フィオニアの怪我は致命傷の物はない。使われた毒も薄い。ただ、傷の数が多いし、深い傷口もある。その所為で非常に高い熱を出している」
あの時既に高熱を出していたのだ。今もそれが続いていても不思議はない。
「ただね」
そこでアルト公は言葉を切った。
「貴女もフィオニアの力を目の当たりにしただろう?」
力を使い過ぎた、とフィオニア様はおっしゃっていた。
「フィオニアはね、触れた者に暗示をかける力を持つ。
基本的には、対象者に触れてから力を使うのだよ。
だが、騎馬に囲まれた状態でそんな悠長な事はやれないからね。そのまま、放出したのだろう」
放出、と繰り返せば、公は頷いた。
フィオニア様が叫んだ後、身体を駆け巡った力は、きっとそれなのだろう。
「魔力の器にある魔力を使い切ると、どうなるか知っているかね?」
ひやりとする。
「……絶命……ですか?」
「そうだ」
肯定された事に、分かっていても、苦しくなる。
僅かな望みが消えていく。
「もう意識はない。身体が持つかどうかは、今夜が山場だろうね」
立ち上がり、「お大事に」と言って公は去って行った。
無理を言ってフィオニア様の側にいさせてもらった。
勿論、意識は戻らない。
それでも。
高熱を出しているにも関わらず、声の一つも出ない。
何度も額の上の布を、水でぬらした。
顔に浮かぶ汗を乾いた布で拭き、口元に、僅かに水を差し入れた。
目覚めている時には、触れる事すら叶わなかったフィオニア様の手を、ずっと、握りしめていた。
幸いにも、熱はひいた。
ロイエという青年と、クロエという名の少女が、日に三度は訪れて、フィオニア様の身体の傷を清潔にし、薬を塗布していった。
お願いをして、私も手伝わせてもらった。
ロイエはフィオニア様の口に魔石を入れた。
枯渇してから時間が経ち過ぎているから、効果は期待出来ませんと言いながら。
謀に長け、陰鬱、狡猾と言われるアルト家の人達は、私の知る限りでは、他の貴族より余程温かいと感じる。
率直に答えてくれるロイエとクロエに、フィオニア様はどうなるのかと尋ねた。
「一命は取り留めましたが、意識は戻らないでしょう。
魔石をこれだけ摂取させても、魔力の器に蓄積されていく気配がありませんから」
「ずっと、眠り続けると言う事ですか?」
「魔力が枯渇した場合、結果は様々です。
そのまま命を落とす者、生きてはいるものの二度と目を覚まさないまま老衰した者、眠り続け、老衰を待たずに死んだ者。
……正直に、フィオニアがどうなるのかは分かりません」
私は頷いた。
「理解しました、ありがとう」
アルト公、シドニア公、エヴァンズ公、クーデンホーフ公、オットー公に、自分の意思を伝えた。
「私をこの戦争で死んだ事にして欲しいのです」
エヴァンズ公の眉がハの字になった。
困らせている自覚はある。
「その後はどうなさるおつもりですか?」
「アルト公がお許し下さるなら、フィオニア様のお世話をさせていただきたいのです」
困った顔でアルト公はため息を吐いた。
「……アレはいつ死んでもおかしくないと、ロイエ達から聞かなかったかい?」
「分かっています。その時が来たら、修道院に入るつもりでおります」
例え意識が戻らなくても、フィオニア様の側にいたい。
フィオニア様は私に幸せになれと言ったけれど、私はお側にいたい。
それこそが、私の幸せなのだ。
シドニア公達、皇国公家の視線がアルト公に注がれる。
「まぁ、何とかするよ」
そう言ってアルト公は笑った。
私は頭を下げた。
これで良い。
私は女皇として、相応しくない。
今回の事で嫌と言う程に分かった。
この地位には、然るべき人間こそが、就くべきなのだと。




