024.アレクシア
こんな戦略あり得ない、と言ったご意見はごもっともでございます。
凡人にはこれが限界にて、もっと凄い戦術を思い付かれた場合、それで脳内補完をよろしくお願い致します。
帝国軍勝利の知らせが入って来て、わっと歓声が上がる。
ソコロフ将軍は気まずそうな顔をする。
「今回、ギウス軍の指揮をしたのは族長では無いよ。族長の異母兄殿だ。だからこんなに簡単に罠にはまってくれただけだよ」
そう言ってワインを口にするお義父様だったが、帝国軍の将校達は目をキラキラさせながら、見ている。
「では、次戦に余は参戦すれば良いか?」
皇帝の言葉にアレクシア様の肩がびくりと揺れる。
アレクシア様は鎧を纏い、戦地に立つ事が決まっている。
怖くない筈が無い。
「その前に、少しやっておきたい事があるから、もう少し待ってもらえるかな。
向こうは連勝の勢いが崩れて精神的に揺れているだろうからね、今、追い込みをかけたい所だよね。
ギウスは騎馬隊も強いけど、遠隔攻撃も得意なのだよ」
遠隔攻撃。
…と聞くと飛び道具を思い浮かべてしまう。
「弓だね。それを物理的に削ぐ。
ルシアン、準備は出来ているね?」
「ギウス城の東側を開始位置として設置は全て完了しております。未明には始められます」
お義父様の命を受けて、ルシアンはフィオニアやロイエ、銀さん達に細かく指示を出していた。
「結構」
二度頷く。
「今夜は新月。絶好の日和だね」
そう言って、お義父様はにっこり微笑んだ。
未明がどうのと話していたので、ルシアンも参加するのかと思っていたら、そんな事はなかったようで、私と一緒にいる。
「ルシアン、今夜、何が起こるのですか?」
弓がどうのと言っていたけど。
「新月で見通せないのを利用して、明かりを使って、帝国兵が夜襲をかけたように見せかけます。
ギウスは幼い頃より性別に関係なく弓の練習をします。
攻城戦になると、城から射られる弓が馬鹿にならないんです」
「明かりに向かって弓を射らせて、矢の在庫を減らそうと言う事ですか?」
そうです、とルシアンは頷いた。
当たったからだろうか、撫でられた。
「族長の息子が二人も捕まり、いよいよ攻めて来るかも知れないと警戒している時だからこそ、恐怖心から矢を惜しまず射るだろうと考えます。
全ての矢を消費するまではいかないでしょうが、それなりに減ってくれれば良い。
本隊との決戦時に、被害を減らす為です」
なるほど。
外から、捕虜のギウス兵達の歌声が聞こえる。
兵の数が多い為、まるで囲まれて歌われているような気持ちになる。
二人とも、自然と耳を傾けてしまう。大勢で歌っているけど、それなりにまとまっていて、物悲しいのと相俟って、しんみりした気持ちになる。
「四面楚歌のようです」
「シメンソカ?」
「あちらの言葉です。
漢という国と、楚という国が戦っていました。最初は楚が有利だったのですが、最終的に漢が勝つのです。
最後の戦いが始まって、楚の将軍がいる城を楚の兵士だった者達が取り囲み、歌うんです。祖国、楚の歌を。
それを聞いて、自分の味方だった筈の者達も敵に回り、自分には敵しかいないのだと思い知らされ、将軍は自らの命を絶つんです」
確かそんな感じだった。
「あぁ、だから四面楚歌と言うんですね。とても興味深いです。上手く利用出来れば、被害を広げる事なく、戦いを終わらせられるかも知れない」
そう言って微笑むルシアンに、胸が痛む。
本当に、諦めないのだ、ルシアンは。
まだ方法が見つからないのに。それでも、諦めない。
そっと手を伸ばしてルシアンの頰に触れる。途端にとろけそうな目を私に向ける。
「……ルシアンは、諦めないのですね」
「勿論。貴女を諦める事は絶対にしません」
ルシアンが諦めないなら、私も諦めない。
必ず、方法があると信じる。
「ルシアン、好きって言って下さいませ」
「愛してます、ミチル」
どちらからともなく、キスをする。
「私の、最愛」
誰よりも、大切な人。
私も貴方を守りたい。
どんな事をしても。
*****
帝国と皇国の連合軍と、ギウスがぶつかる日が、遂にやって来た。
皇帝とアレクシア様も鎧を纏い、参戦する。
驚いた事に、これだけの大軍なのに、敢えて分散させるのだと言う。
大軍で囲んだ方が、騎馬隊の弱点になる横に攻撃出来るのではないかと思うのに、軍師であるお義父様の考えは違うらしい。
私は砦に待機。
砦の上から、見える範囲で戦局を見る予定だ。
ギウスという国は、前世で言う所のモンゴルみたいな国で、人はゲルみたいな移動可能な住居に住んでるらしい。
そんなだから、城だけがぽつんとあるような感じだ。
元はマグダレナの民が住んでいた街があったのだろうけど、さすがにギウスが攻め込んで来てから何百年も経っているから、ほとんど残っていない。
ごく稀に朽ちた建物があるぐらいのものなのだ。
良いのか悪いのか、高さのある砦の上からだと結構よく見える。
雷帝国皇帝の部隊、皇弟であるレーフ殿下の部隊、スタンキナ公の部隊、ソコロフ将軍の部隊に分かれた。
皇国はアレクシア様とエヴァンズ公の部隊、クーデンホーフ公の部隊、シミオン様の部隊、シドニア公の部隊に分かれ、合計で8つの部隊に分かれた。
それぞれがギウス城を中心として、8方向に散らばる。
ぱっと見、どれが本隊なのかは分かりづらい。特に旗も掲げていないし。
夏の空が広がっている。こんな日に鎧を着て戦うとか、熱中症とか大丈夫なのだろうか…。
城の正面、西に位置するソコロフ将軍の軍が動き始めると、それに呼応するようにギウス城から騎馬隊が飛び出して来た。
騎馬隊が迫るとソコロフ将軍の軍は後方に逃げ、北西と南西に位置するスタンキナ公の軍とレーフ殿下の軍が騎馬隊目掛けて突撃して行く。
深追いして囲い込まれないように騎馬隊が逃げると、スタンキナ軍とレーフ軍は元いた場所に戻って行き、ソコロフ軍も元の位置に戻る。
東に構えるクーデンホーフ公の軍が城に向かって突撃する。城から新たな騎馬隊が飛び出してクーデンホーフ軍を蹴散らそうとする。これもまた、北東のシドニア軍と南東のオットー軍に側面を狙われる。
騎馬隊の動きに合わせて各軍が形を変え、逃げるように誘い、囲い込んで行く。
ラチがあかないと思ったのか、騎馬隊はソコロフ軍に突っ込んで行った。ソコロフ軍は逃げるかと思いきや、軍の後方にいた大盾を持った兵士達が騎馬隊の正面に立ち、槍を投げる。ファランクスと言う、騎馬隊に対する兵らしい。
ファランクスに手こずっている間にスタンキナ軍とレーフ軍が迫り、騎馬隊の側面を叩く。
騎馬隊は強引にソコロフ軍を突き抜けて行く。
あぁ、抜けられてしまった!と思ったのも束の間、騎馬隊の後方めがけて大量の矢が放たれる。昨日、ギウス城から放たれた矢だ。
全滅は免れたものの、騎馬隊は逃げて行く。
東側のクーデンホーフ軍も同様に騎馬隊の数を減らしていく。
補充するように城から出てきた騎馬隊は、北に位置する皇帝軍を攻めた。ソコロフ軍とクーデンホーフ軍から逃れた騎馬隊は北に回り、皇帝軍の背後を取ろうという作戦のようだ。
挟み撃ちを避ける為に兵がどう動くのかと、固唾を呑んで見守っていたら、一斉に兵が蜘蛛の子を散らすように散り散りになり、全面衝突はしなかったものの、ギウスの騎馬隊と騎馬隊がぶつかる場面もあった。
逃げたと思われた兵達は直ぐに元の位置に戻って来て騎馬隊を取り囲もうとする。それをギリギリでかわして行く騎馬隊。
そうこうする間にも、他の軍が城に攻撃を仕掛けていく。
バラバラに意思を持って城を攻めて行く。
それを騎馬隊が阻止しようとすると、隣接する軍が援助して騎馬隊に攻撃を仕掛ける。
騎馬隊は機動力がある故にあちこちへと振り回されていく。
一回毎の衝突は大きく無い。それでも、絶対数が少ない騎馬隊は、着実に削られていく。
兵達は馬に乗っているギウス兵ではなく、馬を集中的に狙って行く。
そろそろ日が暮れる。
今日はこのまま終わるのかと思っていた時、騎馬隊の全てが南側に一斉に向かって行った。
南側はアレクシア姫がいる。同じように守るのだとは思う。でも、騎馬隊は恐ろしい程に臨機応変に動いていく。同じ攻撃をしない。
だから、アレクシア姫の軍にどんな攻撃をするのか分からない。
私のいる場所からは城があって、南側で何が起きているのか全然分からない。上がってくる報告で、遅れて何があったのかを知る感じだった。
嫌な…嫌な予感がする。
日が暮れ、ルシアンが戻って来た。
私も砦から帝国領の南端の街に戻っていた。
私は南側の戦況がどうなったのか気になって気になって仕方なくて。
戻って来たルシアンに駆け寄った。
「ルシアン!」
ルシアンに抱き締められた。
ちょ、そうじゃないんだってば!
腕の中でもがいて、何とか顔を出した私は尋ねた。
「あのっ、戦いはどうなったのですか?
南側の、アレクシア様の方に騎馬隊が集中したようにこちらからは見えたのですが……」
ルシアンは答えない。
何で?
何で答えてくれないの?
「それは、私から説明しよう」
ルシアンの背後から声がした。
見るとお義父様が、少し悲しそうな顔で言った。
その表情から、何かがあったのだと分かった。
アレクシア様に、何かが。
食事を終え、サロンに場所を移動する。
落ち着かなくて、食事の味もあんまり覚えていない。
そんな私の様子に、お義父様は苦笑する。
「ミチルは何処まで知っているのかな?」
「夕方になって、騎馬隊が一斉に南側に向かって行くのが見えました。そこからは何も分かりません」
なるほど、とお義父様は頷いた。
「ミチルも認識している通り、南側はアレクシア陛下が軍を構えていた。
ギウス側はアレクシア陛下の軍を壊滅させる事を目標として、騎馬隊3000騎を全て南に向けた」
3000騎……!
「何処から漏れたのか、北と南にそれぞれ帝国と皇国の皇帝がいる事を知られていた。
最初に北を狙ったが、上手く行かなかった為、南に全精力を傾けたようだ。
どちらか片方だけでも落とせれば、帝国か皇国のどちらかが機能しなくなるからね。それを見越しての攻撃だろう」
心臓が早鐘をうつ。
お義父様の次の言葉を待つ。
「……ギウスの集中攻撃を受けて、アレクシア陛下の軍は壊滅した」
ザッと血の気が引いていく。
指先が冷たくなる。
「アレクシア様は……」
お義父様は何も答えなかった。
「そんな……」
縋るようにルシアンを見ても、首を振られるだけで、何も言ってくれなかった。
「そんな……!」
どうして…!!




