021.イリダの暗躍
本日2つ目です。
一週間夏休みだったので、自堕落生活をしながら書いてたのですが、その生活も今日で終わり。残念です。
説明ばかりが続いて申し訳ありません。
お義父様の話は続く。
時折ワインで咽喉を潤しながら。
「そうそう、何故女皇と言う縛りが設けられたかと言うとね、それも血を守る為だったんだよ。
もし、種が別の男のものだったら?皇帝が女であれば、間違いなく生まれたのはその女皇の子で間違いがない。この際取り違えと言ったものは考慮に入れないよ。
当初は血を守る為に、それが最善だった。まだ皇室も、公家も体制が万全ではなかった。
それらしい事を嘯いて女系を守ったけれど、それは必須ではなかった」
体制を作る為の嘘も、吐き続ければいずれ真になる。
皇帝は皇女が代々務めた。
だがその嘘に真っ向から反対したのが、アスペルラ姫の兄皇子だった。
残念な事に、彼は本当に優秀だったようで、第一皇女よりも多くの祈りを捧げられるだけの力を持っていた。
男であると言うだけで、己の全てが否定された皇子の心中はいかばかりだったろうね。
彼は、皇位を継ぐのはアスペルラ姫の方が相応しいと言い続けていた。
だが、第一皇女が継ぐ事が暗黙の了解となっていた皇室では、皇子の発言はあっさりと却下された。
誤解されないように言っておくと、決して第一皇女が無能だった訳では無い。彼女はただ、人より傲慢だっただけなんだよ。
国は分裂した。
新しく興った帝国は、熱心に女神マグダレナを崇拝した。
それこそが、彼が己を正当であると主張する理由の一つだったからね。
皇室による女神への信仰は形骸化している。これは女神への反逆であると。だからこそ女神は皇子に命じ、国を興したのだとね。
正当性を主張する為に、ご丁寧に皇室が祈りに使用する神器"杖"を持ち去ってね。
彼はね、知らなかったんだよ。
神器は一つでは用を成さない事を。三つ揃って初めて祈りに使えるのだと言う事を。
その教育が施されていたのは、皇位継承権を持つ第一皇女と、スペアであるアスペルラ姫だけだった。皇子は何一つ知らなかった。
知らぬまま、"杖"を手にひたすら女神に祈った。だが彼の祈りは女神に届かない。
そしてある時知ってしまうんだよ。神器が足りなかった事に。
皇国としても神器が足りない為に女神へ祈れない状況が続いていた。
神器を取り返す為の戦争が始まった。
十年に渡る戦争は、末姫のアスペルラの仲裁により終結を迎えた。
姉と兄は、妹が神器なしに女神へ祈りを捧げられている事に恐れを抱き、このまま意地を張り続けて女神からの怒りを買う事を恐れた。アスペルラは簡単に皇帝になり得ると言う事実は二人に冷水を浴びせただろうね。
神器の内、"アンク"と"天秤"は皇国に。"杖"は帝国に分かたれたままになった。
まぁ、アスペルラ姫はそんな事はお見通しだったんだけれどね。
え?アンク、皇族認定されると皆持てるよね?
という私の疑問に気付いたお義父様は、ふふふ、と笑うと、ポケットからアンクを取り出した。
「あぁ、神器なのに何故"アンク"がいくつもあるのか、と言う疑問があるだろうが、答えは簡単だ。
"アンク"として認められるのは九つだけだ。
私やルシアンが持っているものはアンクではあるが、神器の"アンク"では無い。
ミチルのアンクは、皇宮図書館で認定されたからね、神器の一つだよ。
さて、ここで三種の神器とは何ぞや、と言う話になるね。
三種の神器は、祈りを安定させ、増幅させるものだ。
あちこちの教会にあっただろう?あれよりも強力なものだよ。何せ、大陸全土に影響を及ぼせるのだからね」
えええええええぇっ?!
大陸全土?!
「皇帝と公家当主の祈りを、まず、各人が持っている"アンク"が増幅させる。
その祈りを"天秤"が吸収し、更に増幅させ、"杖"を通して天と地に魔力を納めるんだよ。
これが祈りの儀式だ。本来は年に四回、季節の変わり目に行われる」
ほほー。
そう言うものなんだ、神器って。
魔力が枯渇している大地に送り込むとか、大事じゃないですか。
「祈りが捧げられなくなった女皇達はここで策を講じる。兼ねてから亜族に成り果ててしまう者はいた。魔導値が足りぬのに変成を行った者がね。本来それは大した事では無い。己の魔力と適合する魔石を摂取すれば回復するのだからね。
だがその治癒を禁じた。そして野に放った。
亜族に襲われない為と言う事にして、各都市を城壁で取り囲み、装置を設置した。魔力を周囲の大地に送り込む物だ」
こうして皇国は、なんとか魔力を大地に送り込む術を見出した。だが、帝国はそうはいかなかった。
当初は問題なかった。教会に魔石を納めるようにとの発布に国民は従った。大地に魔力は送り込めていたんだよ。
その為に、変成術を敢えて禁じた。魔石だけを作らせ、教会に納めさせる為にね。
それが崩れたのは、オーリーとイリダの民の混血であるギウスが攻め込んで来た所為だ。
騎馬民族だったギウスに攻め込まれ、あっという間に帝国は領地を奪われた。皇国とて無傷ではなかった。
ここに来て、皇国と帝国は手を組む事にした。他民族に蹂躙されるなら、同族とのこれまでの関係を見直す方が遥かに楽だった。ギウスは皇国にも帝国にも服従を強いたからね。
皇国と帝国の共同戦線により、ギウスの侵攻は止まった。取り返せはしなかったが、皇国も帝国も戦争で大きなダメージを受けた。これ以上の痛手は民が望んでいなかった。
戦争の前線に立つ平民達はオーリーの民だ。元は同民族と言う事でギウスに寝返られてしまっては元も子もない。
ここが妥協点だった。
こうして大陸に三つの国が出来た。
知っていたことではあるけど、詳細が分かると何とも…。
事実と真実は異なる、の見本例みたいだ。
「何故帝国の大地に魔力が足りないのか。
一つ目はギウスの出現により皇国と帝国の国交が復活し、帝国に大量の魔道具が流入した為だ。魔道具は魔石を使用するからね。
魔石は飛ぶように売れた。そんな貴重な物を、教会に納めるかい?」
……納めませんな……。
「二つ目は…これはちょっと後で話そうか。
もう少し話してからにしよう。
さて、魔素とは何だか知っているかい、ミチル?」
「魔力の元になる元素みたいな物かと」
お義父様は頷いた。
「その通り。我等マグダレナの民は鼻や口から吸い込み、体内で魔素を分解し、魔力として蓄積する。
我等マグダレナはね」
重要なので二度言いました、ってヤツだよね、これ。
「オーリーやイリダの民は……」
この大陸で生活しているんだから、特に問題はないんだろうけど。
「オーリーやイリダの民は魔素を分解出来ないね。マグダレナの血を引いていても無駄だ。魔力の器が分解を行うのだから。ごく稀にマグダレナとオーリーの混血に器を持つ者が生まれる。彼らは分解出来るよ、当然ね」
グラスにワインが注がれる。
色とあいまって、魔王感が倍増です。
「魔素とは毒なのだよ」
毒!!
思わず息を飲んでしまった。
「ただ、魔力を含む物を口にすれば体内の毒は緩和される。だから皇国の平民達は普通だろう?
帝国の平民達は大分疲弊しているようだ。無理もない事だ。大地の魔力が減っているのだからね」
ギウスは……?
「もはやギウスは、まともに植物が育たぬ地となったよ。大地の魔力が完全に枯渇したんだよ。
力に絶大な自信を持つ者達の足元には枯れた大地。隣の国には緑がある。
何をするのかなんて、考えるまでもないだろう?」
戦争を起こす気満々なのだ、ギウスは。
帝国の資源を求めて。
「お義父様はギウスから"杖"を取り戻す為に帝国に入ったのですね?」
「大きい目的としてはそうだね。他にも目的はあるよ。
それは、ミチルにも関係する」
「私ですか…?」
お義父様は頷いてから言った。
「ギウスの城に、ミチルの祖父母は捕らえられているんだよ」
「!!」
私の後ろで大きく反応した人がいた。多分銀さんだ。
「祖父母は無事なのですか?」
「私の依頼でシミオンがずっと探してくれていてね。それが先日、ようやく見つかった。
無事なようだが、まともな栄養も摂れていないだろうね」
助けたい。会いたい。
でも、戦争が、始まろうとしてる。
戦争が始まったら、あの二人はどうなるの?
「行かない選択肢はないだろう?」
「それだけではないでしょう?」
ずっと黙っていたルシアンが鋭い視線をお義父様に向ける。ふふふ、と笑ってお義父様は目を細めた。明らかに楽しんでる。
「端的に言えば、真っ新な状況にしようと思っているよ。ただその前に入り込んだネズミを駆除せねばいけない」
ルシアンが目を細めた。
「話が、違うのではありませんか?」
声に怒りが滲んでいるように思える。
「状況が変わったからだよ、ルシアン。いつまでも幼い子供では無いのだ。聞き分けなさい。
それに、今やらねば、お前はまた後手に回って全てを失う事になる」
全てを失う……?
ルシアンの手に触れると、ルシアンは私を見た。瞳に動揺が見える。珍しい。
私の手を握りしめると、ルシアンはお義父様に向き直った。
「皆殺しにします」
ひぇっ!
不穏!!
「害虫の駆除が終わったら、ようやく私が長年に渡って成し遂げたかった事が実現可能になる」
一瞬にしてネズミから害虫にされてる…。
そう言ってグラスの中のワインを見つめるお義父様は、いつもと少し違っていた。
「この世界を取り戻す為に、ミチルの力を貸してもらいたい。神器が全て揃ったら、皇室と公家に祈りを再開してもらいたいのだよ」
魔王様の事だから、世界征服にでも使うのかと思っていたよ!!
「誤解があるようだが、私は普通の人間だよ?
人間離れと言う意味ならミチルの方だろう。
魔力の器を二つも持っているんだからね」
またしても背後で驚く気配を感じた。銀さんとアウローラだな……って、えぇ?!魔力の器が二つ?!
測定した時、そんな事言われなかったよ?!
「ミチルの二つ目の器は、頭にあるよ」
え?!貴族なのに?!
「転生者はね、魔力の器が二つあるんだよ。
八代目の女皇イルレアナもそうだった」
え……?
「まぁ……八代目女皇と言えば、皇国の基盤を盤石な物にしたと言われる女傑ではありませんか?そのようなお方と殿下は同じなのですね」
アウローラ!今ハードル上げたでしょ?!
私は同じ転生者でもそんな力は無いよ!
「さて、一番話しにくい事を話そうか」
そう言ってお義父様が話した内容は、神話がそのまま出て来たような内容だった。
イリダの民がマグダレナに攻めて来るだなんて。
もうずっと前から入り込んでいるのだそうだ。
皇国にもいて、別の大陸から来たイリダの民は直ぐ分かると言う。目が充血しているのだそうだ。
体内に入った毒の所為で、目が充血する。魔力を含む食べ物を口にすればいくらか緩和するが、全ては消えないらしい。祈りが長い間行われていなかった所為で、この大陸の魔素の濃度はかなり上がっているとの事だった。
確かに歌う時、場所によっては視界が真っ白になるぐらい魔素が大気中に溢れている場所はあった。
この大陸で生まれ育ったオーリーの民は、その毒性にいくらか耐性が付いているようで、目が赤くなる事は無いらしい。ただ、毒は毒であるから、どうしても寿命は短くなるのだと。
ではト国と燕国の人はどうなのかと言うと、海を隔てているとは言え、このマグダレナの大陸の側にずっといたから、魔素は風に乗って彼らの大陸まで流れるらしい。
その魔素の毒性を緩和する魔力を秘めた食物を大陸から購入して食する事で、彼らは生きて来た。
目や耳、鼻や口と言った、体内に繋がる穴から魔素は入り込む。それを避けようと思えば、防護服のような物を着る他無い。でもその格好で歩けば目立つ。この大陸外から来ましたと喧伝して歩いているようなものだと。
と言う訳で、絶対分かるらしい。
帝国に紛れ混んでいたという商人達は、いつも分厚い眼鏡をかけて、年中咳をしていたと言う。
…どういうつもりでそうしたのかは不明だけど、なかなかやりますね、女神サマ…。
「イリダはこの大陸と違って文明が発達している。
ただ彼らはある問題に直面していてね」
どのぐらい発達しているんだろうか?
「動力源となる資源が枯渇した為、このマグダレナに目を付けたんだよ」
嫌な予感がした。
「帝国の大地から魔力が失われたのは、イリダの機械の所為だ。奴らは大地から魔力を吸い上げる事を覚えたんだよ。だが、帝国の大地はきちんと魔力が供給されていないからね。
不幸と言うものは続くものだ。奴らにとっては幸運だったろうがね。
マグダレナの民から魔石が取れる事に気付いてしまった」
全身の毛穴が開くようだった。
「ミチル、そなたは稀有な存在だ。その意味は分かるね?」
血の気が引いていく。
手が震える。
ルシアンが私の手を掴んだ。
私は、歌う事で魔素を魔力に変えられて、しかも倍増させる事が出来る。
それが、イリダ側に知られたら?
「イリダと分かれば直ぐに始末はさせているが、決して気を抜いてはいけないよ」
「そこまで分かっていながら、ミチルを目立たせた真意を教えて下さい、父上」
お義父様はベネフィスの方を向くと、あれを、と指示を出した。
頷いたベネフィスは部屋を出ると手に皮袋を持って戻って来た。袋を受け取ると、中身をテーブルの上に広げる。
かなりの数の魔石だった。
「帝国の人間だったモノ達だよ」
怖くて、直視出来なくて、腕にしがみつく。私の肩をルシアンが撫でてくれた。
「これを、一人の人間が一晩でやったと言う」
あんなに?!
結構な数の魔石だ。
人を人だと思っていたら絶対に出来ない個数だと思う。
つまり、そう言う事に特化した人間を、イリダ側はこの大陸に送り込んでいると言う事なのだ。
「ミチルを目立たせている理由は一つだ。その方が安全だからだ。奴らは人目のある場所では襲わない」
アサシン部隊って事だよね、つまり。
「ギウスとの戦争の前に、潜り込んだ害虫は全て葬りたい。戦争で雑然としている時に動かれるのは困るからね。
"杖"を手にしたら直ぐに旧アドルガッサーの離宮にて祈りの儀式を行う」
え、でも、また入って来ちゃうんじゃないの?
「女神は色々と準備したと言っただろう?例え兄達の民が来てもマグダレナの民が生き残れるようにと」
それは、オーリーの民を見殺しにするって事?
平民でも良い人達はいっぱいいるよ?
皇都で会った涙脆い石工職人の親方とか、やたら頭を掻き毟る木工職人の頭とか。
あの人達はどうなるの?
ゼファス様の従者のミルヒだって、私の侍女のエマだって平民だ。
「ミチルの言いたい事は分かっているよ。
だがね、選択しなければならないんだよ。そうしなければ、この大陸にある全ての命が失われる」
お義父様はじっと私を見て、冷たい声で言った。
「覚悟を決めなさい、ミチル。
選ばなければそなたは囚われの身となり、その血を活かす為に意に添わぬ者達との間に子を成す事になるだろう。
そうして、ずっと歌わされて、大地に魔力を送り続ける生きた装置となる」
「!!」
生涯、歌わされ続けて、ルシアン以外との間に子を…?
「父上、ミチルを何故隠さなかったのですか?」
「ルシアン、そなたの気持ちはもっともだが、先日帝国に入り込んだ際に捕らえたイリダの商人達は、既にある程度の情報を掴んでいたのだよ。
奴らは大公に取り入っていた。大公はあの通りの暗愚ではあったが、皇族だったのだよ。そこから情報を仕入れていた。
腐ってもイリダの民と褒めるべきかな。奴らは初代皇帝が残した日記から仮定を組み立てた。
皇国の皇室と公家のことも、アスペルラ姫の歌の事も掴んでしまっていた」
苦労したよ、とお義父様は言った。
「イリダの言語で書いてあった文書を解読するのは。
全文解読出来たのは帝国入りの直前だった」
苦々しそうに笑うその表情には、いつもの余裕は感じられなかった。
「我らには、時間がないんだよ、ルシアン」




