019.ケジメって大事ですよ
スタンキナ公とリュドミラも一緒に帝都に向かうらしい。
あの日、歌い終えてスタンキナ公の屋敷に戻ってしばらくしてから、何だかバタついていた。
私は例によって例の如く、ルシアンのおやつあーん攻撃にあっていたのだ。
何かあったんでしょうか、と聞いてるのに、新婚旅行中なんですから、私に集中して下さいとか言われちゃって、それは甘々なものを一方的にぶつけられてました、えぇ。
……嫌じゃないですよ?勿論。
その日の夕食会で、スタンキナ公が何か言いたそうな顔で私を見ていたけど、結局何も言わなかった。
やっぱりまだ謝りたいとか?
……何を言いたいのかは分かってるんだよね、本当は。
私が歌うと、種だったものが花咲くまで成長するのだ。それなんてミラクルですか。
どういう仕組みなのかは、ルシアンが教えてくれた。そして、それがお義父様の目的に関係しているだろうって事も。
あれからルシアンは、確証が得られないものに関しては時間が欲しいと言い、分かった事は知る範囲で教えてくれるようになった。これ、凄い嬉しい。
こんなに安心するとは思わなかった。
ちゃんと、一人の人間として認めてもらえた感じと言うのが一番近い感覚だろうか。
何て言うんだろ。とにかく、嬉しいのだ。
嬉しくってつい抱き付くよね。え?抱き付かない?まぁまぁ、そんな事言わず。
恥ずかしいは恥ずかしいんだけど、前よりルシアンに甘えやすくなったって言うか。
本当に、ちょっとした事なんだと思う。
ルシアンが色々と教えてくれた。
皇宮図書館で知り得た知識を。
いつかちゃんと自分の目で読んで下さいね、との言葉と一緒に。
大地に魔力が足りないらしい。だから、帝国領は緑が少ないのだと。
皇国と何が違うのかと尋ねると、意外な答えが返って来た。
『帝国は魔道を学びますが、それは生成術のみです。変成術は学ばないのです。それがどういう事か、分かりますか?』
変成を行わないと言う事は、色んな物が作れないと言う事だけど…皇国と交易はしてるって言うから、文化にそう差は出ていないような…。
『亜族がいない、とかですか?』
国境を越えてから、小さい村をいくつも通り過ぎた。
違和感があった。
皇国では、どんな小さな村でも集落を囲む壁があるのだ。
それは野生の動物対策と言うより、亜族対策だった。
亜族は人を襲う。
『そうです。ミチルもこの国では壁がない事に気付いていたんですね』
ルシアン先生に頭を撫でられる。
良かった、正解だった!
『亜族が入って来れないように壁を作っているのは確かですが、亜族対策に魔石は要らないんです』
魔石を納める理由は、装置を通して大地に魔力を送る事なのだそうだ。でも、殆どの領主がその事実を知らないだろうと言っていた。本来の意味が何処かで捻じ曲げられてしまい、今に至る。結果として魔力を大地に注いでいる事は間違いない為、皇国では飢饉は殆ど起きない。
帝国は女神マグダレナへの信仰は厚いものの、本来すべき祈りを捧げていないし、大地に魔力も送っていない。
装置がない訳ではないらしい。ただ、皇国のように定期的に魔石を入れないらしい。月に一度、教会のミサに行き、気が向いた人は魔石を納めて帰るらしい。
お賽銭なの?
さすがに、何日にも渡って馬車に乗っている所為でお尻が痛くなってきた。
「ルシアンは、ずっと座っていて辛くならないのですか?」
いつも通り涼しげな顔をしているルシアンを、恨めしげに見れば、大丈夫です、と言われてしまった。
「辛い?」
「身体が固まってしまいそうです」
ストレッチしたい、ストレッチ。
何処に行っても誰かがいるから、身体を伸ばす事が出来ない。帝都に着いたらちょっと一人にさせてもらって、ストレッチしよう、そうしよう。
「それはいけませんね。帝都に着いたらマッサージしてあげましょうね」
「イエッ、オ気遣イナク!」
ただでさえ近かった距離を更に詰めて来たルシアンを必死に押し返す。
「効率良く二人共ほぐれる方法を知っていますから、遠慮しないで良いんですよ?」
嫌な予感しかしないよ?!
効率良くって何ソレ!絶対破廉恥な事考えてる!!
「それとも」
それとも?
「今から予行演習しますか?」
「遠慮しますー!!」
二人きりの馬車の中で、逃げる私と迫るルシアンの攻防は帝都に着くまで続いた。
帝都に着いたのは夜で、スタンキナとリュドミラは城に行くと言ったので別れた。
宿屋に泊まるのかと思ったら、普通の貴族の屋敷だった。
借りたのかな?
「この前来た時に気に入ってね。買い上げたんだよ」
夕食時に笑顔でお義父様が言った。
確信犯がおる…!!
毎度の事ながらアルト家の財力が怖い…!!
「ルシアン達の部屋は一番端で邪魔が入りにくいから安心してね」
それ全然安心出来ない奴!駄目な奴です、あかん奴ですオトーサマ!!
「陛下との謁見も明々後日しか空いてなかったからね。私も明日、明後日は用事があるから、ゆっくりすると良いよ。長旅で疲れたろう?」
「ありがとうございます、父上」
ぅわぁ……ルシアンが極上の微笑みをお義父様に向けてる…!ちょ、お義父様、何その、緩み切った顔?!初めて見た、そんな顔…!!
「息子に喜んでもらえて、父は嬉しい」
その為に私を犠牲にしないで!
「あ、あの、私、祈りを捧げなくてはなりませんし…」
だから軟禁、駄目、絶対。
「まぁ、数日休んだ所で問題ありますまい。それより、お世継ぎ問題の方が重要でしょうな」
銀さん!伏せてたのに直球で言わないで!!
「そんなに嫌なの?」
湯浴みも済んで、エマとクロエにマッサージしてもらったので、お尻の痛みも背中の強張りも緩和しました!
ルシアンの破廉恥マッサージなんて不要です!
でも、湯浴み後ソッコーで部屋に軟禁されました。鍵カケテタ。逃走不可。へるぷ。
「こんな、あからさま過ぎますっ」
いかにも溺愛されてます、みたいな!
ルシアンが目をぱちぱち、と瞬きした。ん?なんか珍しい反応。
「今までも散々、あからさまに溺愛してきましたよ?」
自分で言った!
いやっ、そうなんだけどっ!
「うーー……」
私を抱き上げてベッドに下ろすと、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる。ぎゅっ、じゃないんだよ。ぎゅうぎゅう、が正しい。
「何でしたら、ミチルが私を溺愛して下さっても良いんですよ?あぁ、それも嬉しいけど、愛したくなった時、どうすれば良いかな」
何の心配なの、ソレ?!
次々降ってくる言葉攻めに、恥ずかしさがピークに達しそう。
もー!普通に!
普通にして欲しいのにーっ!
くすくすとルシアンが楽しそうに笑う。
イケメンだな、こんちくしょー。
「皆、ミチルが可愛くて仕方ないんです。昔と違って表情に出すようになったミチルに構いたくて仕方ないんでしょうね」
そっかぁ…(照)
って、何処の世界に反応が面白いからって軟禁を家族ぐるみで勧めるかって話しですよ!
騙されんぞ!!
顔の左半分に降り注ぐキスシャワーは、くすぐったい。時折本気なのが混じって、ゾワゾワする。
「マッサージ、しましょうか」
「私はしていただきましたから、不要です。それから、私はマッサージは出来ませんからね、あしからずっ」
早口でまくし立てると、またしてもルシアンはクスクス笑う。
「そんなに、必死に…くく…っ、あぁ、本当に可愛い」
いかん!何でも可愛い病にかかってる…!
何をやってもそう見えてしまうという、重症患者ですよ。
何処かに閉じ込めないと!ここじゃない何処かに!
「明々後日には迷惑兄弟に会いますからね。
夫としては嫉妬で気がおかしくなりそうです」
何だこの胡散臭い物言いは?!
迷惑兄弟って皇帝とレーフ殿下の事だよね?その通りだけど、大分不敬だよ!
「以前ルシアンは、相手が誰であれ関係ないとおっしゃってましたわ。邪魔するなら遠慮しないって」
そんなの気にするタイプじゃないって分かってますよーだ。
ふふ、とルシアンは耳元で笑った。息がかかってこそばゆい。
「そうです、覚えて下さっていて、嬉しいです、ミチル。貴女は誰にも渡しはしない」
耳に唇が触れて、そのまま押し倒される。
まっ、マッサージはせんぞ?!
「ここに至るまで、あの手この手で攻めても、何の為に皇帝に会いたいのか、教えてくれませんでしたから、今夜から追い込みをかけようと思うんです」
ひぃ…っ!
鬼…っ!
「どちらが勝つか、勝負しましょう、ミチル」
圧倒的に私が不利!
で、でも負けないぞ!絶対に言わない!
明々後日までの辛抱?ですよ!
*****
勝った……!
ルシアンに、勝ったー!!
二日間、ルシアンの猛攻を耐えきりましたよ!!
途中ちょっと危ないとこあったけど。
皇帝に会う為に湯浴みをして、いつの間にか用意されていたドレスに着替える。
アンクのチョーカーを付け、ルシアンの瞳の色のイヤリングを付けた。
私の姿を見たルシアンは、イヤリングが自分の色だと言う事に気が付いて、嬉しそうに微笑んだ。
お義父様、ルシアン、私の三人で皇城に向かう。
馬車の中でお義父様の話を聞いていた。
ルシアンに置いていかれて、馬車が戻って来るまで帝都にいたのだそうだ。その時に見つけたのがあの屋敷らしい。
アレな仕打ちをされた割には、息子が喜びそうな部屋を与えたりするんだネ……。
聞けばお義父様は最後の方茶飲み相手をしてたって言うんだから、呆れた。何やってるんだ。ってルシアンに置いて行かれたからだった…!
皇国の皇城もなかなかだけど、帝国の皇城も荘厳、華麗、優美……えーと……ゴージャス!
……語彙力ないわぁ。
白い壁面に金で縁取りされており、気を付けないと成金趣味になりそうなのに、そう見えないのは凄いよね。
高名な建築家が作ったのだろう、きっと。
非公式な謁見なので、仰々しいものは無いらしく、ホッとした。
謁見の間に入ると、見た事のある人物が何人かいた。
玉座に座っているのが皇帝だろう、きっと。
壇の下にはレーフ殿下とスタンキナ公もいる。
「ご招待ありがとう」
立場無視でお義父様が話し始めた。
非公式だから許されるんだろうか、コレ……。
「ようこそ、アルト公。ルシアンも。それから、ミチル殿下。話はレーフから聞かせてもらった」
お義父様の無礼を全く気にしていないようで(ありがたや)、笑顔で声をかけてくれた。
優しそうなお顔である。
ルシアンは軽くお辞儀をした。コラ、ちゃんと挨拶して下さいよ!
皇帝陛下にカーテシーをする。
「帝国の太陽、皇帝陛下。ご尊顔を拝しましたる栄誉に預かり、光栄にございます」
「おや、帝国式の挨拶をしてくれるとは」
にっこりと微笑む陛下。
陛下の隣に立ってにこにこしている人が、さっきから気になって仕方ないんですけどね。
私の視線に気が付いた陛下は、「ご挨拶なさい」と隣に座る佳人に言った。
「はい、陛下」
佳人はカーテシーをした。
「リュドミラにございます」
知ってます!
あの後、スタンキナ公は爵位を取り戻した。対外的には大公の野望を砕く為に便宜的にあのような状況になっていた、という体にしたらしい。
その功績?が認められて陞爵。伯爵から一気に公爵へ。これはかなり異例な事ではあったらしいんだけど、先々帝の第一妃の事で公爵位を追われた人がいて、その空席に入ったらしい。さすがに、皇女を手篭めにしたとか、その子供を家から追い出したとかさ、許される訳ないよね……。
冷静に考えてから行動して、お願いだから……。
……で、リュドミラは帝国では、皇帝の(本当はお手が付いてないけど)お手が付いちゃった令嬢と言う扱いな訳で。
それで正妃も側妃もキレイさっぱりいなくなったので、正妃の座におさまったらしいよ。
リュドミラは皇弟に想いを寄せていたような?と、密かに疑問に思っていた所、リュドミラが言った。
アルト伯邸で過ごしていたので、皇弟の顔を見るとルシアンに見えてしまうようになって、とてもではないが結婚したいとは思えなくなっていたと。
……そんな事言って、私とルシアンで散々アレな話を書き過ぎた所為なんじゃないかな、と私は思ってマス。
「ルシアンには本当に迷惑をかけた。それにも関わらず余とレーフの絆を取り戻してくれただけではなく、レペンス達の野望も打ち砕いてくれた事、改めて礼を言う」
本当ですよねー。
その所為で私、悪夢もたらふく見ましたし、痩せましたからねー。
「妻である殿下にも、大分心労を掛けた事だろう。
何か願いがあれば、叶えたいと思うのだが、何かないか?」
まぁ、太っ腹!さすが帝国皇帝ですね。
私、柄にもないって思われるだろうけど、してみたい事があるんだよね。その為にここまで来たのですよー。
「そんな……よろしいのでしょうか……?」
ちら、とルシアンを見る。
ルシアンは私が何を考えているのか分からないみたいだ。
「ミチルは何か願いがあるのかい?」とお義父様。
「えぇ……陛下にしか、叶えていただけない事なんですが……でも、恐れ多いです」
ちょっと殊勝な態度とか取ってみたりする。
「何でも良い。言ってみるが良い」
私の人となりを少しは知ってる皇弟は怪訝な顔をしている。
「あの……私を罰しないと……お約束いただけますか?」
「うむ?良いぞ」
「嬉しゅうございます」
渾身の笑顔を向ける。ミチル史上最上の笑みを。
皇帝とレーフ殿下がちょっと赤くなった。
よし!上手くいくか心配だったけど、いい感じですよ。
隣から冷気が漏れてくる事以外は!
「さすがに私はそちらには上がれませんので、大変申し訳ございませんが、こちらまでお越しいただけますでしょうか?」
ヒロインをイメージして、申し訳なさそうに、上目遣いで言ってみる。
ルシアンからの冷気が増してきた!凍え死ぬ前に終わらせなくては。
照れた様子で陛下は立ち上がると、壇からを降り、私の前に立った。
「ありがとうございます、陛下」
「……それで、余は何を……」
「失礼致しますわ、陛下」
お辞儀をしてから、陛下の頰を引っ叩いた。




