011.ここぞと使う権力です
私は、何が出来るんだろう。
ルシアンの為に。
転生者だなんだ言っても、大した事も出来ない。
知識だって、周りの人が形にしてくれてるから何とかなってるんであって、何一つ私は出来ていない。
血筋が良いって言ったって、ルシアンに負担をかけるだけなら、マイナスにしかなってない。
好きな人の負担にしかなってない。
「ミチル、泣かないで」
ルシアンはいつも優しい。いつでも優しく私を甘やかしてくれる。
「私…何もルシアンにあげられるものがありません…何もしてあげられない」
「そんな事」
ルシアンは笑うと私の頰を手で包み込んだ。
金色の瞳が優しく私に微笑みかける。
「貴女がこうして私の腕の中にいて、私を見てくれるだけで、私がどれだけ満たされるか。言葉では言い尽くせないぐらいなのに。貴女は分かっていない」
「ルシアンこそ、分かっておりませんわ」
溢れた涙がルシアンの唇に吸い取られていく。
なんだか、泣いてばかりだ。
駄目だ、こんなの。
強くなりたい。
もっと、強くなりたい。
守られてばかりじゃなくて、ルシアンを守れるようになりたいのに。
……駄目だ。
なりたいじゃ駄目なんだ。
どう足掻いても無理かも知れない。いや、絶対無理なのは分かってる。分かってるけど、始まる前から諦めちゃ駄目だ。
駄目なら駄目なりに、努力だけは怠らない人間だった筈だ、私は。
出し抜けなくても良い。少しでも近付かなくちゃ。
ルシアンに抱きつき、背中に腕を回す。ルシアンの心臓の鼓動が聞こえる。
守るんだ、私が。ルシアンを。
*****
アドルガッサーの貴族が全て王城に召集され、皇国七公家の面々がズラリと並ぶ中で、私とルシアンはその中央に立たされた。
戸惑いを隠せない者、何かに耐えているように見える者、期待を隠し切れない者、三者三様の視線が注がれる。
シミオン様が一歩前に出ると、よく通る声で話し始めた。
「既に聞き及んでいる者などもいるだろうが、アドルガッサーと呼ばれた国は、王が捕縛された瞬間にこの世から消えた。属国扱いを解除し、本日よりこの国はカーライル王国に正式に併吞するものとする」
群衆から戸惑いの声が上がる。ザワザワとざわめきが広がる。
「本来であれば、皇国公家の筆頭であるラルナダルト家の事を隠匿した罪でここにいる貴族全てを罰するべき所ではある」
罰する、という単語が出た途端に誰もが口を閉じた。
迂闊な事を言って罰せられる事を恐れたんだろう。
「ラルナダルト家の正当な後継者であられるイルレアナ様の血を引くミチル殿下が、正式にラルナダルト家を継がれる事が決まった。
殿下はアドルガッサーの貴族を罰する事を望まれていない」
あちこちからホッとしたのか、息がもれるのが聞こえる。
「これまで、アドルガッサー王家と誼を結んでいた者達は覚悟しておくように」
王家と懇意にしていた貴族達から、他の貴族達があからさまに距離を取る。
「レーゲンハイム」
シミオン様に呼ばれたいぶし銀さんは、物怖じする事なく、前までやって来て跪いた。
「前レーゲンハイム候が主体となってラルナダルト家の事を隠匿したと聞いている。何か申し開きはあるか?」
「ございません」
短く答えたいぶし銀さんは、顔を上げ、真っ直ぐにシミオン様を見る。
「当家の前当主が犯しました罪は明白にございます。その罪科は、当時嫡子であった私も背負うべき罪にございます」
この前のアドルガッサー王とは違って潔いその返答に、シミオン様は満足げに頷いた。
いぶし銀さんは私を見て、笑顔になる。
「謹んで、この身に罰を受ける所存にございます」
悪手であっても、した事がした事だから、罰を受けなくてはならない。
「レーゲンハイム家は、本日を持ってここに」
「なりません」
私が突然発言した為、シミオン様を始めとした公家の人達が、戸惑っているのが分かる。
緊張する。でも、言わなくては駄目だ。
「レーゲンハイムは、我がラルナダルト家を長きに渡り支えた家。ラルナダルト家の再建には必要な存在です。
そなたの父が行った事は、決して許される事ではありません。爵位は返上し、領地も全て国に渡すように。
それから、今後もレーゲンハイムを名乗り、私を支える事を命じます」
事前に聞かされていたのは、いくらレーゲンハイム家にその気がなかったとしても、やってはいけない事をしたから、その罰からは逃れられないのだと。
いぶし銀さんは全部受け入れると、先んじて公家の人達と話し合う場をもらっていたらしい。
公家は、領地の一部をレーゲンハイムに与えると約束していた。それと、爵位を子爵まで下げる事も。ただ、残るのは一部の者のみで、あとは離散させられる事が決まった。
いぶし銀さんは何も言わず、一緒にいた孫であり、現当主は悔しそうにしていたらしい。
その悔しい、というのが何処にかかるのかは不明なんだけどね。
「その身、その血の一滴まで、ラルナダルトに捧げなさい」
何だっけ、こんな台詞、何かで見た気がするよ。
それっぽく言ってみたんだけど、コレ、絶対後で恥ずかしくなって悶絶しそう。いや、する。
ミチルの黒歴史に一つ加わった気がする!
今更ながらの厨二病発症か!?レベルですわ!
いぶし銀さんは平伏し、貴族の群れの中の一角に跪く人達がいた。アウローラさんがいたから、レーゲンハイム家の人達だろう。
シミオン様を真っ直ぐに見つめると、困ったような顔を一瞬見せたけど、頭を下げた。
「殿下がそう、お望みであるならば、仰せの通りに」
勝手な事は分かっているんだ。でも、レーゲンハイム家はラルナダルト家の為に命を投げ出すような一族だ。それなら、その一族を解体なんてさせない。
その後は、引き続きシミオン様から、今後のアドルガッサーについての説明がさらりと行われて閉会した。
閉会直後、笑顔の皆さんに強制的にサロンに連れ去られた。
あれですね、かの有名な校舎裏って奴ですね!えぇ、分かります!人生初呼び出しです!
「どういうつもりなのかな?」
シミオン様、顔は笑ってるけど、目が笑ってない。
「……前レーゲンハイム候がしてはいけない事をしたのは変えようのない事実です。
罰は与えました。侯爵の地位を奪われる事も、領地を召し上げる事も優しい罰ではありません。事実上、潰した事となんら変わりありません」
しれっとした顔で紅茶を口にする。
まだ何か言いたそうにしている公家の面々。
「あたら優秀な人材に罰を与えて恨みを買うよりは、恩を売って内に取り込んで働いていただいた方が有益です。
表面上は悪手ですが、彼らのやった事は国を守る事でした。それを上辺だけ見て罰を与えたら、アドルガッサーの貴族達はどう思いますか?
今後カーライルがアドルガッサーを治めていくのに、不安要素を内包する事になります。
その結果として何かあったら、皆さまはまた、力技でねじ伏せるのですか?」
それに、と付け加える。
「権力とは、こう言う時に使うものではないのですか?」
全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、一瞬間を置いて、バフェット公が声を上げて笑った。
「これは良い」
「一理ある」と、シドニア公が。
おぉ!喋った上に認めて?くれた!
「悪くはない」
仕方ないなぁ、という顔のクレッシェン公とエヴァンズ公には軽く会釈する。
ため息を吐きながら、エステルハージ公は、眼鏡を指で押し上げた。
「仕方のない。もう決まってしまった事ですし、アドルガッサーが報告出来ない状況を作り出していたのは皇国にも責はあります。今回は目をつむりますが」
次はありませんよ?と、眼鏡をキラリとさせて言われた。
「えぇ、次に何かありましたら、あらかじめ皆さまに相談させていただきますわ」
やらないなんて約束しないさ!
シミオン様は呆れた顔をしたが、直ぐに苦笑しつつ、「我が姪は、なかなか強かなようだ」と言って、ルシアンを見た。
「気をつけねば、尻に敷かれそうだな?アルト伯?」
ルシアンはにっこり微笑んで「それもまた、良さそうですね」と答えた。
「ルシアン、あの……」
私を膝の上に乗せて、色気光線をビシビシ送ってくる。
いやぁ、本当に。イケメンて、罪ですよね?
見慣れた筈なのに、こんなにどぎまぎさせられますもんね?
「なぁに?」
「…あの…そんなに見つめられると…恥ずかしいです…」
ふふ、と笑うと、私の顎を掴み、噛み付くようなキスをしてきた。
ひぇっ!
いつになくアグレッシブ!
「何故あのような行動を?」
ぎくり。
思わず身体を引いてしまう。でもそんな私の行動なんてお見通しで、腰に回された腕に力が入れられて、むしろさっきよりルシアンにぴったりくっつけられたって言うか。
「まぁ、聞かなくても分かっているんですが」
分かってるなら聞かないでー!
って言うか、ルシアンにはバレるよね。ハハ。
「ありがとう、ミチル」
まぶたにキスをされる。
「ルシアンのように先を見通したり、謀略を張り巡らせる事は私には出来ません。でも、レーゲンハイム家の人達は、私の、ひいてはルシアンの力になると思ったのです。だから、あのまま離散させたくなかったのです」
今回は意外性?もあったし、内容が内容だっただけに皆許してくれたけど、次はそうもいかないだろう。
「しばらく大人しくしておきます」
そう言うと、ルシアンがハハッと声を上げて笑った。
「?!」
ちょ?!イケメンが少年みたいな笑顔を?!
きゅんて!きゅんてきた!!
「ミチルは、突拍子もない行動をする。
しかもそれがいつ来るか分からない」
突如バーサクするしね…フフ…。
「そうですよ。気を付けないと、私の尻に敷かれてしまいますよ?」
「いいですよ?」
身体がゆっくりと傾いていく。
あっ、これは、カウチに押し倒されてしまうのでは?!
…と思ってる間に押し倒された。
「よくありませんわ」
「尻に敷かれる事が?それともこの状況?」
「ど…どちらも……」
キスをされる。
ルシアンにキスをされると、頭の中がルシアンでいっぱいになっていく。
触れたくて、触れられたくてたまらなくなる。
好きだって思い知らされて、しあわせな気持ちと、好きだから湧いてくる不安な気持ちが綯い交ぜになって、胸がいっぱいになってしまう。
「この状況も駄目なの?」
顎のラインに沿うようにキスされていく。
ぞわぞわする。
「駄目…です…」
「何故?」
理由なんかありませんけど?!
敢えて言うなら、恥ずかしくてドキドキし過ぎて死にそうだからですよ?!
「絶対に駄目?」
首の片側を片方の手がなぞり、反対側にルシアンの唇が触れる。
「絶対では……無い……ですが……入浴もまだですし……」
そうそう、お風呂入りたい。
宮のお風呂はとても立派で、前世の旅館やホテルの大浴場を思い出させた。
「あぁ、入浴ですか。それも良いですね」
嫌な予感!!
久々、墓穴掘った感!
ルシアンがにっこりと微笑んだ。
「だっ!駄目です!絶対に駄目です!!」
「まだ、何も言ってませんよ?」
詭弁!
「何を考えたのか、教えていただかなくてはね?」
「?!」
お、おかしい!
私は晴れてニクショクジョシになれた筈!なれた筈?!
でも、お、お風呂はまだ、勇気が出ないよ?!
って言う事は、ニクショクジョシとしてはまだまだって事?
「ルシアン!」
「肉食女子になるのであれば、この程度でそんな、初心な反応をしていては駄目ですよ?」
えっ、でもさ?お風呂だよ?
ハードル高いよ?
「何事も、慣れです。
以前は全く出来なかった事も、繰り返す内に慣れて、出来るようになったでしょう?」
そ、それは確かに……。
……いやいや!口車に乗せられてはいかん!
ひょいと身体を持ち上げられてしまう。
ジタバタと足をバタつかせて抵抗したものの、日頃の鍛錬を欠かさない男子に、引きこもりラブな私が敵う訳もなく。
まっ、まだ無理ーーーーっ!!




