007.国が消える時
暴挙に出たのは今の王ではなく、その父である前王だったんだろうけど、当時王太子だったのだろうから、知らない筈もない。
「久方ぶりに皇国八公家で集うのも良いと言う話になったのだ。ラルナダルト家の宮殿は美しい。春の夜空を愛でながら語ろうとな」
王の額に玉のような脂汗が浮かんでいる。
いぶし銀さんの顔色も悪い。
何の事かさっぱり分かっていない王太子が、「ラルナダルト家?そのような家、アドルガッサーにあったか?」と言ってしまった瞬間、貴族達の顔色が目に見えて悪くなった。
エステルハージ公が、わざとらしくメガネを中指で押し上げ、王太子を睥睨する。
「アドルガッサーの貴族が、ラルナダルト家を知らないと?」
良くも悪くも真っ直ぐな王太子殿下は、エステルハージ公にお辞儀をすると、更に言ってはいけない言葉を口にした。
「お初にお目にかかります。私はこの国の王太子を務めております。我が国にラルナダルトという名の家は存在致しません。お間違いではございませんでしょうか?」
色んな意味でアウト!!
ラルナダルト家を知らないでイエローカード1枚!
公家の言ってる事を真正面から否定したでイエローカード2枚!
累積で退場しちゃって下さい!いや、お願いします!
これ以上アレな発言をする前に強制退去させたい…見てるこっちがいたたまれない…!!
「この国の王太子は、随分と愉快な冗談を口にする。
ラルナダルト家は皇国から離れているとはいえ、公家の一つであり、皇室の血を引く。現当主は皇族に該当する」
クーデンホーフ公が口元に笑みを浮かべながら言った。
王太子はクーデンホーフ公と父親である王を交互に見る。
「父上…?」
王は膝を付くと、両手を床に付けて頭を垂れた。
「全ては我が父が犯した罪…!お許しを…!!」
「王を名乗る器ではないな。例えその罪が父の犯したものであろうと、今は己が王であるのに、その責を負う気も無いとは」
バフェット公が吐き捨てるように王を見下ろして言った。
……ごもっともです。
「どういう事か、説明していただけるかな?」
クレッシェン公が王に笑顔で尋ねる。
……笑顔、コワイ。
良いおじさんだと思ったのに、裏の顔あった。
観念した王は当時の事をポツリポツリと話し始めた。
全てを話し終えた後、王妃と王太子はその場にへたり込んでいた。
まぁ、無理もない。
皇家に手を出した国の末路は決まっている。
王家は断絶され、国は解体される。
ルシアンは、あるべきものをあるべき所に、って言ってたけど、それってラルナダルト家を皇国に戻す、って意味だったのだろうか。
いぶし銀さんも、青を通り越して白い顔をしている。
それをアウローラさんが支えている。
「ラルナダルト家を再興させる」
滅多に喋らないシドニア公が喋った!しかも結構長く!
「…アスペルラ様の血を引かぬ者がラルナダルト家を名乗るなど…」
嘲笑うように言うと、いぶし銀さんは床に膝を付いた。
いぶし銀家…レーゲンハイム家は、ラルナダルト家を支える為だけに存在していたのだろう。
だからこそ、祖母を探していたし、祖母のいる国を滅ぼさせない為に皇帝にも知らせなかった。
それが正しい事だったかは私には分からないけど。
なんか視線を感じる…と思って顔を上げると、公家の人達が私を見ていた。
……えっ!皆で勝手に企画したのに、最後の〆、私にやらせる気?!本気?!正気なの?!
えぇー…と思いながら、ちらりとルシアンを見ると笑顔で頷かれた。おまえもかー…。
もー…酷いよ…。
私はモブなんだってば…。
視線が刺さり過ぎて痛いので、諦めて壇から降り、レーゲンハイムの前に立った。
「私の髪と瞳は祖母譲りで、よく似ていると言われておりました」
いぶし銀さんは額に当てていた手を離すと、顔を上げ、信じられないものを見るように私を見た。
「カーライルではイリーナと名乗っておりましたが」
「そんな……」
「祖母の本当の名は、イルレアナといいます」
唇を震わせ、何かに耐えるように、私を、私を通して祖母を、いぶし銀さんは見ていた。
「……イルレアナ様……!」
悲鳴のようないぶし銀さんの声に、表情に、同年代の二人には思い出なり、何かしらがあったのだろうと思う。
気が付くと、私の横にルシアンが立っていた。
公家の人達を見ると、皆、満足気だ。
「ラルナダルト家はミチル殿下の伴侶であるアルト伯爵が継ぎ、お二人のお子がその血を繋いでいく」
シミオン様の言葉に、いぶし銀さんは両手で顔を覆った。
……私、何もしていないのに、良い所いただいてしまった気がシマス。
*****
離宮の屋上で、ルシアンと二人でいる。
春とは言え、まだ夜は冷える。
毛布に包まれながら、空一面に広がる星を眺めて、少し前まで起きていたカオスを思い出してぼんやりしていた。
っていうか呆然とするしかないって言うか。
あの後、夜会は閉会させられた。
王族は全員捕えられ、明後日には皇都に向けて輸送される。皇家を謀った罪、皇族を葬ろうとした事は反逆罪に問われ、お約束の不敬罪もあったりして、アドルガッサー王家も、国も消滅した。
こんな簡単に国が消えた事には驚きを隠せなかった。
なんかもうちょっと色々あるのかと思っていた。
ルシアンが言うには、普通はもっと酌量されるものらしい。前王の横暴であったとしても、現王が前王の過ちを正そうともせず、己に罪はないとした態度などが大変悪質であると看做されたとの事。
本当に悪いと思っていたらやりようはあったよね。祖母を探させるとか。それをしないって事は過ちだったとは思ってなかったって事だよね?って思われても致し方ない。
王太子は最後まで抵抗した。
自分がアドルガッサーを良くするんだとか、自分は知らなかっただとか、色々のたまった挙句、自分と私が結婚すれば良いとか言い出した時は、ルシアンがオリヴィエの剣を抜刀しちゃって大変な事になりかけた。
怖かった、アレほんっとうに怖かった!!
剣は王太子の顎先に突きつけられてるし、何処からか飛んできた短剣がへたり込んだ王太子の股間ギリギリの所に刺さってるし。しかも3本も。
いぶし銀さんも、何故だかアウローラさんも王太子を囲んでたし、シミオン様までいたし。当然オリヴィエもいるし。カオスだった。修羅場を見た。
呆れたバフェット公が、「本来ならとっくにアドルガッサー王家は滅ぼされ、そなたなどこの世に誕生する筈もなかったものを、生まれてその年まで王族として悠々と生きられたのだ。その事に感謝せよ」と言ったら、さすがの王太子も撃沈した。
王族退場後には、アウローラさんが私に跪いて、我が君とか言い出して私の護衛騎士になると言って聞かず。
いぶし銀さんも、レーゲンハイム家の一員として、ラルナダルト家にお仕えするのは至上命題だと言い出して。
誠心誠意、命をかけてミチル殿下をお守りせよとかアウローラさんに命令するし、ルシアンも、もう一人護衛が欲しかったんですって後押しするし!!
公家の人達は全員口を揃えて、アドルガッサーはカーライルに併吞させると言った。
それは私がラルナダルト家の血を引いてるからかと尋ねた所、それもあるけど、どうやらお義父様の思い通りに事が進んでいる事が、皆不満らしい。
バフェット公なんて、あの澄まし顔が気に入らんとか言ってた。
実の父をディスられているので、大丈夫ですか?と聞いてみた所、ルシアンまで、これぐらいで済んで良かったですとか言うし。
まぁ、お義父様なら、困ったねぇ、とか、全然困ってない顔で言うに違いないけど。
うー…また知恵熱出そう…。
ルシアンの膝の上で毛布にも包まれて、クロエに入れてもらったカフェインレスの紅茶を飲んでいる。
「疲れたでしょう」
優しく頰とか撫でてるけどさ、疲れさせる原因作ったのはユーでしょ?と抗議したい。したいのに、それすら疲れてて出来ない。
「知恵熱出そうです」
「看病しますね」と嬉しそうにルシアンが言う。
そこ、喜ぶ所じゃありませんけど?
「これから、どうなるのですか?」
「……それは、アドルガッサーの事ですか?」
それ以外にまだ何かあるのか……。
うぅ…平穏…平穏が欲しい……。
「嫌がるミチルを置いて皇都で何をして来たのかを、まだ話していませんでしたね」
私を抱き締めるルシアンの腕に力がこもる。
「これまで、私はミチルの側にいる為に、ありとあらゆる書物に目を通して来ました。転生者に関する情報は国家機密に触れると言う事で、宰相にならなければ得られない。その為に兄から嫡子の立場を譲ってもらった事はミチルの知る所です。
在学中から宰相の職務に携わり、転生者関連の情報は得ました。ですが、父は私がどうやっても知り得ない情報を大量に保持していました」
……転生者の情報を得る為に学生時代から国の運営に携わったとか、言ってる事がおかしい事にそろそろ気付いて欲しい。
「教会の蔵書もひと通り読んでおりますが、あくまでそれは女神マグダレナに関するものでした。
魔道研究院の院長しか目に出来ないとされる物は、前院長から情報の方向性を確認していましたので、父の情報源は研究院でもない。
残るのは皇宮図書館でした」
なるほど。
皇宮図書館。
一度しか行ってないなぁ。
あの謎の司書は元気?だろうか。
「お義父様のような規格外な方の後継者となると、大変なのですね」
私の言葉にルシアンは苦笑した。
「違います」
違う?
「父は何か大きな事を考えているのです。その計画の中心にミチルがいるんです」
「え?私ですか?」
ルシアンが頷く。
「いくら息子の配偶者になるからと言って、ここまでミチルの事を調べる必要があると思いますか?」
……確かに。
転生者だから色々調べられたのかと思ってたんだけど、祖母の事まで調べてるのは些かやり過ぎだ。
「その計画が何なのか、私はずっと知りたかった。
父は己の目的の為ならば、非情な決断も造作なく下す人間です。
その計画でミチルが危険な目に遭うのか、どういう事を役割として与えられているのかを調べる為にも、皇宮図書館に入る権利を得る必要がありました。
父が皇宮図書館に出入りしている事は明らかでしたから」
でも、皇宮図書館は皇族しか出入り出来ない筈では?
ルシアンは微笑んだ。
「皇宮図書館は皇族だけしか入れない訳ではありません。血の証明が必要なのではありませんから、条件さえ合えば誰でも入れるんです」
「条件?もしかして、アンクですか?」
そうです、とルシアンは頷いた。
「私がそう思ったのは、ミチル、貴女からエザスナ・レミ・オットー殿下の名を聞いたからです」
あぁ、本借りっぱなしの人。
「エザスナ・レミ・オットー殿下は、ゼファス様とシミオン様の兄であり、30年程前に亡くなられています」
え?
「エザスナ殿下は皇族です。当然アンクを所持していました。……そのアンクは今、父の元にあります」
胸がざわつく。
これは、駄目。
駄目だと直感する。
「……何があったのかは調べていません。結果として父は皇宮図書館にエザスナ・レミ・オットーとして登録し、知識を得ました。そして計画を起こしています。その計画にはシミオン様も、ゼファス様も加わっています」
一瞬私の頭によぎった通りなら、弟であるシミオン様とゼファス様がお義父様に協力するのはおかしい気がした。
じゃあ、私の思い過ごし?
「…ミチルに聞きたい事があります」
「何ですか?」
「貴女は随分と陛下に対して好意的ですが、それは何故ですか?
貴女が皇国の貴族達から受けた嫌がらせなどに対する処罰は、叔父であるキースと陛下により半減されていた。その所為で貴女は、私達の不手際もあり、あのような目に遭いかけた。それなのに、何故?
私は未だに彼女の事が許せません」
あの後、多くの人がお義父様の手により罰を与えられた。
「いくら彼女の生い立ちが皇族でありながら不遇だったとしても。
彼女は己の立場を守る為に、皇国貴族におもねったと謗られてもおかしくありません。
貴女の立場が公になれば、即位したとは言え、彼女の立場は盤石では無い」
「え?」
「ミチル、貴女は皇位継承権を得ます。養子としてオットー家に入った当初とは状況が異なるのです」
背中を冷たいものが通った。
「継承権の順位など、あって無いようなものです。あんなものは直ぐにひっくり返せてしまう。問題は、継承権の有無です。
陛下が皇民に人気があるのは、貴女がいるからです。貴女が皇位継承権を持つとなれば皇民の中には思う者が出てきます。ミチル殿下が女皇になれば良いのに、と」
「!!」
待って。
待って待って待って。
そんなの望んでない。
私はただ、少しでも民の生活を良くしたかっただけで。
少しでもルシアンの役に立ちたかっただけなのに。
「そんな……」
金色の目は、私の心を見透かすように見つめてくる。
「私…は…」
手に持っていたカップを、ぎゅっと強く握った。




