003.勝手過ぎる!
ルシアンは一体何を企んでいるのだろう?
突然、私を歓迎する為の夜会を開かせると言ったりして。
本気でお祖母様がその、ラルナダルト家の令嬢だったと思ってるのだろうか?
いくら共通点が多くても、勘違いである可能性の方が高い訳だし。
「まだ、秘密です」
お膝の上に自発的に座ってみたりして、自白させようとしたんだけど、ソッコーで先手打たれました!
「夜会を開くにしても時間がかかりますからね、一週間は最低でもかかります。
私は明日、皇都に戻ります」
「!」
えっ?なして?
「ミチルは宮を探索していて下さいね」
探索?ダンジョンか?
「アビス、オリヴィエ、私が不在の間、王族が離宮を訪れたとしても、絶対に入れてはなりません。例えミチルが良いと言っても、絶対に駄目です」
「かしこまりました」
「承知しております」
アビスとオリヴィエが同時に頷いた。
ぅぐ……以前何処ぞの坊々がルシアン不在中に来て、挙句私が安易に家に上げてしまった事を言ってるんですよね?
あの事は返す返すも申し訳ない…。
ルシアンが目配せすると、アビスもオリヴィエも部屋から出て行ってしまった。
こ、この流れは……!
顔に熱が集まる。
「顔が赤いですよ?」
腰に腕が回されて確保されてしまった。
分かってる事だけど、心臓が早鐘を打つ。
「ミチルは本当に、慣れませんね」
ルシアンはそう言って私の耳元でクスクス笑うと、耳たぶに口付けた。背中がぞくりとする。
至近距離で私を覗き込む金色の瞳に、胸が締め付けられる。
お言葉ですが、ルシアンをこの至近距離で長時間見ていられるようになっただけでも、ミチル的には進化なんですよ?!緊張はするけど!
「その初心な反応もとても可愛いけれど、時折見せてくれる大胆なミチルも、好きですよ」
バーサクしろと!
いや、あれはですね、そんな直ぐに出来るものではなくてですねっ。
ある時突然スイッチが入るとなると申しますか…!
って、そんな事ばっかり言ってられぬのです!
この前読んだ恋愛物語の主人公は、当初、私のように全然慣れられなくて、いちゃいちゃシーンにおいてヒーローに振り回されてアワアワしていた訳ですよ。
それを読みながら、分かるー!って親近感を感じていたのにも関わらず、気がつけば、自発的にぐいぐいいってて!
最後なんて……!
……あれは、普通の恋愛小説なのか?!
こめかみにキスをされて我に返った。
いかんいかん、また意識が別の所に…。
「ミチルからキスして」
ぅあっ!
何度言われても、慣れられぬ!
いや、もう、ルシアンからしてくれれば良いのに!
……そうだ!それを言ってみよう!
「ルシアンから…して下さいませ…」
ふふふ、とルシアンは笑った。うっとりした目で私を見つめながら、私の唇を指でなぞる。
「ミチルからのおねだり、ですね。
言葉にさせようとしても言わずに、行動に移す事の方が多いミチルが」
確かに!
言葉にされると恥ずかしい!!
前言撤回しようとした瞬間、唇を塞がれた。
逃がさないとばかりの、深いキスに、息が出来ない。
「……ミチル」
ルシアンの顔を見上げる。
また唇が重なった。
「貴女から少し離れるだけでも死にそうになる。だから、今夜は貴女で満たされたい」
今まさに私が恥ずか死にそうですが…!
ルシアンの腕の中で、私は不貞腐れていた。
「こういう時は、もっと愛らしい表情をするのではないの?」
そう言って笑うと、私の髪を指で梳く。
「……皇都に戻るとおっしゃるからです……」
勝手に皇都に戻る癖に、離れたら死にそうとか、なんかちょっと、ムッとするっていうか。
だから拗ねてる。
「ミチルを守る為に、私がしておかなくてはならない事なんです。だから、許して?」
ね?と言ってまぶたに口付けて、抱き締める腕に力を入れてくる。
こういう時、惚れた弱みって奴だ、って思う。
私は結局、ルシアンの言う事を止められない。
ようやく、ずっと一緒にいられるようになったと思ったのに。
ため息が出ちゃうよ。
私の為とか言われちゃうと、反対も出来ない。
我儘だな、自分。
妻としてこんな事思っちゃいけないのに。
でも、私も連れて行ってくれたって良いのでは、とも思ってしまう。帝都に行く訳でもないし、皇都なら良いんじゃないの、って。戻るだけじゃないのと。
「……ルシアンの意地悪」
ルシアンの手が頰に触れる。
すりすりと優しく撫でられると、寂しさが増すから止めて欲しい。
「いつもいつも、そうやって守る為と言って、私を遠去けて寂しくさせるのです。それなのに、私が寂しさを紛らわせようとしたものは否定なさって。
さっきもご自身で私を置いて行くと言いながら、耐えられないからと私を……勝手過ぎます」
自分で言ってて分かった。
そうなのよ、このイケメン、勝手なのよ。
熟練の恋愛マスターがいたらきっと、男なんて皆、馬鹿なのよ、こっちの気持ちなんて全然分かってないんだから、とか言いそうだ。え?何でイキナリ恋愛マスターが出て来たかって?この前読んだ本にそういうキャラがいたからです。グ●グル先生に次ぐ、第2の心の師匠ですよ。
「!」
突然噛み付くようなキスをされた。
「る、ルシアン!」
唇が離れて、直ぐに抗議する。
自分に都合が悪くなったら、えっちして誤魔化そうとする男もいるって、前世で読んだ本に書いてあったよ!
だからそんなの許さぬのだ!
「もっと言って」
は?!
「ゾクゾクする。ミチル、もう一度言って」
なにを?!
ルシアンの目からは凄まじい程の色気が迸っており、もし往来の人が目にしたらレーザー光線に当たったかのように瞬殺されるのではないかと思われる程だ。
かく言う私も死にそう!目がああああ!
顔中にキスが落ちてくる。
何で!!
私はルシアンの勝手さを抗議したんであって!愛の言葉を囁いたのではないのに!
逃げようとしてルシアンの腕の中でもがく。もがいてもがいて、ルシアンに背を向けるも、強く抱きしめられて逃げられない。
背中にまでキスシャワーがががが!
「ルシアンッ、私は、抗議をしているんです…!」
ひぃっ!
キスシャワー以外の攻撃が始まった…!!
「えぇ、ですから、もっと言って下さい。
私がいなくて寂しいと」
そっち?!
「ミチル、愛してますよ」
ヤンデレは理解不能…!!
目が覚めた時にはルシアンはもういなかった。
それもその筈。既にお昼を回っている。
うぬぬ…やっぱりアレはごまかしだったのでは……。
エマとクロエに手伝ってもらって湯浴みをした。
「……旦那様の、奥様へのしゅうちゃ……愛情は海より深いのですね」
…クロエ、今、執着って言おうとした?
本当はクロエは皇都でずっと暮らす筈だったんだけど、リュドミラが帝都に帰ってしまったので、クロエは私の専属侍女になった。
エマが作ってくれたおにぎりを食べている間にも、侍女が来てはアビスに何やら伝えては拒否されていく。
…アレかな、ルシアンが言ってた、"お客様"と言う奴。
私自身に大した価値はないんだけど、肩書きだけは立派なんだよねぇ…。
アビスとルシアンの話からして、王家は権威を取り戻したい。そんな時、(一応)皇族の私が離宮にいるから、皇国を通して復権したい。……と、言う事だろうか?
えぇ?でもさ、それはちょっと考えが甘いんじゃないの?
もしそんな事になったら、ラルナダルト家の事を持ち出されて王家はお叱りを受けるんじゃ?
ルシアンの命を受けて、絶対に誰も取り継がれないって事だし、心置きなく離宮を散策しよう。
アビス、オリヴィエを連れて宮殿内を散策する事にした。
クロエも付いて来てくれる事になった。
過去の失敗があるので、絶対に一人でなんて歩かない。
私が一人で歩いて平気なのは、カーライルの屋敷と、皇都の屋敷の中だけだ。
アルト家以外の人間が一人でもいるなら、もう駄目なのだと認識しました。
本当に、もう、まっぴらごめんなのです。
痛い思いも怖い思いも。
皆に迷惑もかけたくない。セラのように何処かに行かれるのも嫌だ。だから、臆病者で結構。私はアビスとオリヴィエから離れないのです。
*****
散策3日目。
この離宮、かなり見応えがあって。
何しろ、宮と言うだけあって、本当に巨大なのだ。
初日に一番高い場所である、屋上庭園から宮殿の全景を見た時には、淑女らしくなく、でかっ!…っと言いそうになったのを、抑え切った事を褒めていただきたい。
広大な森にぐるりと囲まれている湖の真ん中に、聳え立つこの宮殿は、それこそモンサンミッシェルのように、小高い小さな山を削られて作られているのだ。
風の谷のナウ●カの城のようとも言えるけど、二股に分かれていないから、やっぱりモンサンミッシェルの方が近いのかも。あんなに大きくはないけど。
壁紙かと思われた黒い壁は、全て石だった。宮殿と言うよりは、神殿のようだと思った。
宮殿の中庭にある四阿の周囲は、季節の花が咲き乱れて、風が吹くと花の香りが届く。
欠陥淑女な私だって、この中庭が素晴らしい事ぐらい分かりますよ!
所で、アドルガッサー王家からと思われる使者はずっと来ているみたいで。よくもまぁ、飽きもしないものだと、逆に感心した。
エマに日傘をさしてもらいながら、湖観察をしていた。
ここの生態系はどうなってんのかな、と思って見に来たんだよね。クロエも興味あるらしく、一緒に来た。
この湖はさ、淡水なのか、海水なのか?
不意に騒がしくなる。
「殿下!!」
「なりません!!」
必死に止めようとしてる人がいて、見るとこの国の王太子が兵士を振り切ってこっちに向かって来ようとする。
オリヴィエとアビスが私を守るように立ちはだかった。
クロエも私を守る位置に立つ。
王太子は私の前まで来ると、嬉しそうに微笑んだ。
「やっとお会い出来た」
一応ね、一応私は皇族なので、私が話しかけないと、話しちゃいけないのですよ、いくら王太子殿下であっても。
「王太子殿下!なりません!許可をいただいていないのですよ!!」
「そんな事は分かっている!
アルト伯が殿下を人目に付けたくないが為にそうなさっているのだろうが、私はそんな疾しい思いなど抱いておらぬ!」
従者の手を勢いよく振りほどき、私に更に一歩近付こうとした王太子の喉元に、オリヴィエの剣が突き付けられる。
「何の真似か」
咎めるような視線をオリヴィエに向けてるけど、おまえこそ何の真似だ、って思われてるんだけど。
「皇族であるミチル殿下に、許可なく近付き、許しも無く発言するなど、不敬である。この国の王族は貴族の基本すら学ばぬのか?」
オリヴィエがそう言って咎めると、王太子は一瞬狼狽えた。
「そのような事は分かっておる!だが、こうでもしなければ、我が王家が受ける理不尽さを、殿下に分かってはいただけぬ!」
理不尽?
「殿下、そこまでです」
眼光の鋭い老齢の男性と兵士が現れ、あっという間に王太子を捕獲した。
「離せ!不敬だぞ!!」
おまえが不敬を語るな、とは言えないので心の中でツッコミを入れておく。
王太子は連れて行かれ、老齢の男性だけが残った。
男性はその場に跪き、頭を垂れた。
アビスが視線で許可を求めてきたので、頷いた。
「直答をお許し下さるそうです」
「お見苦しいものをお見せしました事、心よりお詫び申し上げます」
「少し驚きましたが、大過ありません」
顔を上げるよう促すと、男性は顔を上げた。そして私を見て大きく目を見開いた。
「…イルレアナ様……?」




