001.掛け違えた釦
第3章を始めます。
よろしくお願いします。
皇都を去る日がやって来た。
皇族なんぞになってしまったので、去るとは言っても、また来るんだけどね。
ゼファス様やシミオン様、アレクシア姫…もといアレクシア様(陛下って呼んだら、凄い笑顔で威圧をかけられた…)とか、また会いたい人がいるから、会いに来れるのは嬉しい。
貴族の妻は、余程の事がなければ自国から出る事はない。本来であれば、私もカーライルから出る事はなかった。
それがまぁ、あれよアレヨと言う間にねー、いやー、人生何があるか分からないですよねー(棒読み)。
って言うかミチルの人生に"平穏"って文字、絶対無いと思うんだ…。入れようよ、"平穏"!
それぞれへの挨拶は済んでいるので、後はもう馬車に乗り込むのみ。
「手を」
ルシアンの手を取り、支えてもらって馬車に乗り込む。長距離用の馬車だ。
乗り込むなりクッションを抱きしめた。
私の後からルシアンが乗り込んで、馬車のドアは閉まった。
「どうしたの?」
大きな手が私の頰に触れる。
「……フィオニア、変じゃありません?」
「そうですか?アレはいつもあんな感じでしょう」
アレ呼ばわりですよ。
「私達には普段通りなんですけれど、アレクシア様に挨拶に伺った際、いつもと違っているように見えました」
ルシアンは目を細めた。
「以前、陛下がフィオニアに叱られた、と言う話をしたのを覚えていますか?」
頷く。
「あれから、二人の仲はぎこちないままなのです」
「そうなのですか?叱られたアレクシア様が、フィオニアに苦手意識を抱いているのですか?」
いえ、と否定される。
「アレが、陛下を」
「??」
何故?
困ったようにルシアンは笑うと、「こればかりはね」と言う。
「何をご存知なのですか?私にも教えて下さいませ」
ルシアンの腕を掴んで揺らす。
ねーねー、教えてよー。
「ミチル、人の恋路を邪魔するものは…と言う言葉がありますよ?」
「邪魔してませんよ?!」
聞いただけなのに?!
「アレは陛下と出会った事で己の中に芽生えた気持ちを認められないんでしょう。ずっと、私に仕える事だけを考えて生きて来ましたから」
「…フィオニアとアレクシア様は…」
私の問いに、ルシアンは首を横に振った。
「サーシス家はその力故に、アルト一門以外との婚姻が認められていません。受け入れるのは可能ですが、門外に出す事は出来ないのです」
アレクシア様は女皇だ。嫁に行けない。って言う事は、あの二人は絶対に一緒になれないって事?
「そんな……」
「婚姻だけが最終地点ではないと思いますよ」
もしもし?かなり強引に私との結婚を進めたのは何処のどなたでしたっけ?
じとっとした目で見つめると、ふふふ、と笑って誤魔化された。こんにゃろー。
「……私なら、家が捨てられないなら、ミチルを女皇になど、絶対にさせません」
どきっとする。
「女皇という事は、必ず誰かと添わねばなりません。そんな事、許せる筈がない。私以外がミチルの横に立つなんて、受け入れ難い」
そう言ってルシアンは私を膝の上に乗せた。
不満気な私の頰を、大きな手が撫でる。
「陛下をまだクレッシェン公の屋敷にて匿っていた際、私も、父上も、何度かフィオニアに尋ねたのです。
姫として公に認められれば、手の届かない存在になる。それでも構わないのかと」
お義父様もルシアンも、優しい…!
「フィオニアは頑として聞きませんでした。まだ、己の気持ちに気付いてなかったんでしょうね」
ようやく自分の気持ちに気が付いた時にはアレクシア様が女皇になってたとか…そんなぁ……。
「ミチルがそんなに気落ちする事はないでしょう」
「……フィオニアはそれで良いとして、アレクシア様は、どう思ってらっしゃるのかと思ったのです」
己の気持ちに気付いてなかったとして、フィオニアは自分で選択をしてるけど、アレクシア様は?
彼女は修道院から戻された後、自分が何者かも知らされないまま、女皇になるのに相応しいかを篩にかけられて、適性があるからと、自分が何者なのかを知ると同時に、選択の余地の無い場所に放り込まれた。女皇になる事だってそうだ。
皇族とはそういうものだ、と言われてしまったらそれで終わりだけど、それはその覚悟を持つように育成された人達ならば、割り切れるのかも知れない。
でも、アレクシア様はそうじゃない。そうじゃないのに。
アレクシア様は、ある意味被害者だ。
親の世代の諍いのツケを、一人で背負わされてる。
「怒っていますか?」
「怒っていません。ただ、気持ちの持って行きようが無いのです。私よりもアレクシア様の方が、そのお気持ちは強いと思います」
仕方ない、と言う言葉は自分に言って聞かせる時によく使うけど、人に言われると、嫌な言葉だ。
何で人の事を勝手に決めてんの、的な気持ちになる。
ルシアンは何度もフィオニアに言ってくれたのだ。お義父様も。それでもフィオニアが頷かなかった。
「……アレは、あの事件の後、陛下にきつく当たったのですよ。それはそれは酷い言葉で、陛下が泣いてもお構いなしに」
何それ、酷い!
「陛下は責任感のある方です。余程の事が無ければ、世継ぎの御子としての役目を降りるとは、おっしゃらないでしょう。その為に自分はここに戻されたのだと分かっていらっしゃるから、言える筈も無い。
周囲がいくら支えようとも、為政者の孤独は簡単に拭い去れるものではありません。
アレはずっと、陛下の心が潰れないかを気にかけていた。いつも笑顔を見せる姿を目にする度に、己の選択が正しかったのかと自問自答していたのでしょう」
ルシアンは息を吐いた。
「次々に起こる事に心を痛めて、自分を責めて、どうすれば良いのかと心を砕いていた陛下に、危うさを感じたのか、これ以上その姿を見ていられなかったのか、私には分かりません。
あの日、フィオニアは陛下の心を折るつもりでいたのでしょう。
……私には無理だと、言わせたかったのでしょうね」
面と向かって、世継ぎの御子を辞めたらなんて、言える筈もない。そんなの不敬罪で捕まる。
まぁ、罵るのだって十分不敬なんだけどさ。
「でも、辞めるとはおっしゃらなかった。言わせる事が出来なかった」
何も言えなかった。
言っちゃいけない気もした。
「一度かけ間違えた釦を、正すのは難しい」
泣かないけど、泣きたいような気持ちになっていた私を見て、ルシアンは困ったように微笑むと、私の頭を子供にするように撫でた。
「悲しい?」
頷く。
ルシアンは私を抱き締めた。
「少し、眠った方が良いですよ。
前回と同じようにアドルガッサーの離宮に泊まります。天気が良いですから、今夜も星が良く見えるでしょう」
温かい腕の中で、目を閉じた。
自分の心のもやもやを、どうしていいのか分からなかった。いや、一番もやもやしてるのは別の人だって分かってるんですけどね?分かってるんですけど、はぁ…。
夢だ、と直ぐに分かった。
幼い頃過ごした、アレクサンドリア家の、私の部屋。
眠れなくなってしまって、ベッドの中でぐずぐずしていた。
「レイ、眠れないの?」
私が眠れないでいると、いつも祖母がやって来た。
部屋の電気も消しているのに、何故だか祖母には分かるみたいで、必ずやって来た。
「お祖母様」
祖母は私の直ぐ側に腰掛けると、私の頭を優しく撫でた。
「昔話をしてあげましょうね」
昔話と言われて、胸がワクワクした。祖母の話が大好きで、よくおねだりしていたのだ。
特に、二人きりの時しかしてくれない昔話が大好きだった。
「アスペルラ姫のおはなしが良いです」
「レイはアスペルラ姫の事が好き?」
私が笑顔で頷くと、祖母も微笑んだ。
「アスペルラ姫は、キレイで、優しくて、女神様にも愛されてて、好きです」
「アスペルラ姫は確かに女神マグダレナに愛されていたわねぇ。あまりに愛され過ぎて、アスペルラ姫にだけ特別に贈り物を下さる程だったらしいわ」
「凄い!女神様からの贈り物!」
興奮して顔を真っ赤にする私を見て、祖母は困った顔をする。
「あらあら、そんなに興奮してしまって。眠れなくなってしまうわよ?」
はっとして、慌てておすましする幼い私の頭を、温かく優しい手が撫でる。
「お祖母様、姫様が女神様からいただいたものは、何なのですか?」
「雫の形をした宝石よ。女神の涙、と呼ばれているの」
再び興奮してしまった私の頭を撫でて、今日はここまでにしましょうね、と言って祖母は部屋を出て行った。
祖母がいなくなってからも、私は女神の涙と呼ばれる宝石の事を考えていた。雫型の宝石。
それから、私は雫型の宝石に興味を惹かれるようになったのだ。そうだったそうだった。
興奮し過ぎて翌日熱を出したんだった、という事も思い出した。
目を開けると、目の前にイケメンの顔があった。
…誰だっけ…こんなカッコいい人、屋敷にいたっけ…?
「ミチル?」
……あぁ、ルシアンだ。
そうか……さっきのは夢だ……。
「……夢を……見ていました……」
「夢?」
「……眠れない夜、いつも祖母が枕元に来てくれて……昔話をしてくれました……」
頭にもやがかかったように、ぼんやりする。
「アスペルラ姫の……話を……」
「アスペルラ姫?」
私はまた、夢に落ちていった。
自室の窓から、夜空を眺めていた。
女神は何処から人を見ているのだろう。
昼間は明るくて見えるけど、夜は空の上からだと暗くて見えないから、星をいっぱい空に浮かべているのかな、と、子供時代の私は思っていた。
「まぁ、レイ、風邪を引いてしまうわよ?」
そう言って祖母は私の肩にブランケットをかけた。
「お祖母様、女神様がお空に星を浮かべる理由が、分かりました!」
子供の拙い発想を口にしても、祖母は怒る事もなく、いつも話を聞いてくれた。
祖母は貴族の妻らしくなかった。立ち居振る舞いからして、間違いなく貴族として生まれた事は分かるのに、とても優しい人だった。
「アスペルラ姫もね、星がお好きだったのですよ」
大好きなアスペルラ姫が、星が好きだと聞いて、私のテンションが俄然上がる。
「星が好きで、ご自身がお住まいになる宮を小高い丘の上にお作りになられた程なのですよ」
祖母は私を抱き締めると、少し悲しそうな顔をした。
「お祖母様?どうなさったの?何処か痛いの?」
私の問いに、祖母は首を横に振った。
「大丈夫よ、レイ。優しい子ね」
祖母の手が私の頰を撫でる。
「レイ、貴女にも見せられたなら良かったのに、女神も愛されたあの美しい宮を見せてあげたかった…」
「今は、もうなくなってしまったの?」
「いいえ、あるわ。でも、入れないのよ」
どうして?と聞き返しても、祖母はそれ以上答えなかった。ただ、悲しそうにする。
「もし女神が貴女を導いたなら、あの宮に行けるでしょうね」
「良い子にしてれば、行ける?」
「…そうね、良い子にしていれば、きっとね」
目が覚めた時、頭の奥が鈍く痛んだ。
寝すぎてしまった時の、あのぼんやりした痛み。
「目が、覚めましたか?」
ルシアンの手が頰を撫でる。
「夢を見ました…」
どうして、突然祖母の夢を見たんだろう。
「途中目覚めた際にも、夢の話をしていましたよ」
そう言って私のまぶたにキスを落とす。
「アスペルラ姫が、と」
あぁ、そうそう。
祖母にアスペルラ姫の話ばかりせがんでいたからね。
私は姫が好きで、祖母から姫の話を聞くたびに、姫の真似をしていたっけ。
「子供の頃の私は…祖母が二人きりの時にして下さる昔話が大好きだったのです」
「うん」
「ルシアンに話した事はありましたか?レイと言う名は、祖母が私に下さった名前なのです」
「初めて聞きます。ミチルが良ければ、子供の頃の話を、聞かせて欲しい」
「私は、姉のドリューモアに疎まれていて…大切にしていたうさぎのぬいぐるみを壊されてしまって、庭で泣いていたのです。
両親も兄も、ぬいぐるみが壊れたら新しいものを買えば良い、と言う方達だったので、壊れたとしても、捨てたくなくて、庭に持って行ったのです」
ぬいぐるみを壊されて、のあたりでルシアンが私の頭を撫でてきたので、おかしくなって笑ってしまった。
「泣いていた私の元に祖母が来てくれて、私に"レイ"という名を下さったのです。祖母の家に古くから伝わる名なのだそうです。
……あ、お祖母様に二人きりの秘密と言われていたのに、ルシアンに話してしまいました」
ふふ、とルシアンは笑った。
「子供は秘密が好きですから、わざとそうおっしゃったのかも知れませんよ」
言われてみれば、そうかも知れない。
「そうですね」




