零れ落ちる命
とある大国の、地位ある女性の嘆きです。
私が物心付いた時には、大地は乾いていた。
祖父が子供の時はまだマシだったと言う。
子供の頃に、馬を駆り、禁忌を破って隣国の領地に入り込み、山の頂上から見た景色は、私の国と違って緑に溢れていた。
何故?
山を隔てただけでこれ程迄に差があるのは何故なのか?
作物も育ちはするが、実入りが少ないなど、年々収穫量が減っていく。
水が足りないのか、土に栄養が足りないのか、考えられる事は全て試した。
それなのに、一向に良くならない。
今年の冬は、一体何人が命を落とすのだろう。
貴重な食料を、無駄に食べ、無駄に残す兄達。
いくらその事について物を申しても聞いてはくれない。
何故こんなにも兄達は愚かなのか。
自分達が必要以上に食べれば、それだけ民に行き渡る量が減る。
何故それを分かってくれないのか。
何故民をないがしろにするのか。
「何をそんなにカリカリしている。春になれば隣国に攻め込む。そうすればこんな枯れた土地などに煩わされる事もない」
やめろ。
「そうだ。米も麦も食い放題だ」
何を馬鹿な。
「あちらの女はどんなものかな」
やめろ。
「肌が雪のように白いと聞くぞ」
やめてくれ。
「それは是非手にしたいものだ」
あぁ、なんと愚かな。
攻め込み、一番に命を散らすのは貴方達ではないだろう。
食べるものにも困り、家族で少ない食料を分け合って食べている者達が、何故先陣に立たねばならぬのか。
戦をしたいのはこの愚か者達なのだから、この者達だけがゆけば良い。そして殺されてしまえば良い。
朱の悪魔に。かつての将軍のように。
その欲ごと、葬られてしまえば良いのに。
長引く病。
栄養が足りない所為で、治るものも治らない。
足りない薬。
これまで取れていた薬草が取れなくなり、薬が作れない。
いつも何処かで子供が泣いている。大人達は何処か諦めた顔で、俯きがちに歩く。
覇気のない顔。
今採れる薬草で何とか出来ないかと、組み合わせたりと色々やるものの、成果は芳しくない。
私はこの大陸の女神からすれば異教徒の民になる。
でも、生まれてからずっと、この大陸に生きている。
私達の神ではない為、誰も祈りに来ない教会は、屋根も剥がれ、壁もボロボロで、扉もなく。
女神マグダレナ、分を弁えぬ願いである事は重々承知の上です。どうか、どうか、この国に緑を。どうかお慈悲を。
…祈りは届かない。
…分かっている。
我らの祖は女神の大地を蹂躙したのだ。侵略者の末裔が苦しんでいたとして、女神からすれば痛痒も感じないだろう。
女神の民を屠った我らを、助けてくれる筈もない。むしろ呪いを受けてもおかしくない。
でも、我らの神は祈っても助けてはくれない。誰に祈るのが正解なのか。
私の愛する民達からは笑顔が消えた。私は何もしてあげられない。
かつては国一番の調合師と呼ばれたが、それも薬草あってのものだ。枯れた大地では薬草が育たない。
自分の手で掬い上げたものすら、指の間からこぼれ落ちていくのを止められず、ただ泣く事しか出来ない。
私は無力だ──。




