秘密の花園
高畠源之丞視点です。
いつも通りよりちょっと多めの内容なので、今日の更新は1つです。
言綏の後ろを付いて皇帝の居城敷地内に入る。
城の兵士達は言綏を視認すると、私とロイエ殿に目を向けた。
「タキ殿、こちらのお二人は?」
「某の従僕と、薬学に優れた者に御座います」
…従僕は間違いなく私の事だろう…。
いくら私の才を認めていないからと言って、主君の子を捕まえて従僕は如何かと思うのだが…。
言綏にはいくら言っても無駄だし、そんな事に拘って、せっかく皇城に入る機会をフイにしたくはない。
不快ではあるが、ここは我慢するしかない。
ルシアン殿のお役に立つ為に、無理を言って雷帝国に連れて来ていただいたのだから。
城内に入ってからは、兵士は付いて来なかった。
「随分と信用されているのだな」
『雷帝国は燕国の薬草を購入して下さるお得意様でございますから、折を見て顔を出させていただいております。
かれこれ半年ぐらいになりましょうか。それなりに信用を得ているのでしょうな』
言綏は帝国の言葉ではなく、燕国の言語で話し始めた。声の高さも、量も落として。
『わざわざ、そなたが?』
こう言ってはなんだが、いくら雷帝国が大国とは言え、貿易相手国に、わざわざ多岐家の人間が赴くなど考えられない。
他国との商いを行う者は専門でいるからだ。
『暇を持て余しておりました折に、燕国の懐事情が如何程のものか、興味本位で見たので御座います。
驚いた事にここ何年か、対雷帝国との貿易が黒字でございましてなぁ。
若君もご存知でしょうが、燕国は如何しても他国から輸入せねばならぬ物がある故に、他国との貿易で儲けるのは難しい。それなのに、雷帝国相手には立派な黒字なのです。
どんな物が雷帝国の心を掴んでいるのかと、胸を躍らせて帳簿を見たので御座いますよ』
そう言って目を細めて笑う言綏。
『高貴なお方が、お勧めしかねる薬を何年も前から燕国の商人からご購入頂いていると知りまして。
それは我が国でも貴重な薬。高値で設定しておりました。にも関わらず、定期的に、何年にも渡ってご購入頂いている様子。
使い方次第ではありましょうが、お遊びに使われるならまだしも、いくらでも後継者が欲しいお方が欲しがるような代物ではない、そんな薬に御座いますよ』
高値で設定されている薬はいくつもある。事実貴重な物が殆どだ。その上更に避妊効果のある薬となれば、限定されてくる。
『燕国は小国にございます。それが元で問題ごとに巻き込まれてはひとたまりもありません。
真意を確かめる為にこうして参った次第』
多岐家がわざわざ、言綏を出向かせた理由は、それだったのだ。
その薬の効能が露見した時に、燕国が帝国の血筋を絶やさんとしてこのような薬を寄越したのだと濡れ衣を被せられたら、こちらとしては弁解のしようもない。
『半年かけて探っていたのか?』
『探るなど、その様なまどろっこしい事を言綏がするとお思いで?』
…しないな。
振り向いた言綏は、眉を僅かに上げて笑みを浮かべた。
『燕国産と嘯いて、半年前からト国産の物をお渡ししておりますよ。あちらの物には我が国の物と異なって、そのような効能はございませんから。
斯様な事の為に態々薬をト国から買い求めねばならぬなど、無駄の極み』
露見すればただでは済むまいが、そもそもあのような効能のある物を、帝国皇帝の口に入ると分かっていながら売っていたと知れた時の方が恐ろしい。
いくらこちらが説明して、先方が了承したと言っても、なんとなればそんなもの、如何様にも出来てしまう物。
それならば、産地を偽装した方がまだマシである。
「さ、着き申した」
何も考えずに言綏の後ろを諾々と付いて来た先は、純白の観音開きの扉で、その高さは天井まで届く程だった。
控え目に見ても、この城の頂点付近に位置する者が中にいる事は分かった。
そのような所に、初見の私が入って大丈夫なのか?
扉の前に立つ二人の兵士が、言綏、私、ロイエ殿の所持品の確認をすると、睨みを利かせて言った。
「くれぐれも、悪心は起こさないように」
言綏に倣って頭を下げ、ゆっくりと開かれていく扉が、開ききるのを待った。
歩み出したので、それに付いて入室すると、背後で扉が閉まり、再び言綏が頭を下げた為、慌ててそれに倣う。
「お待ちしておりましたわ」
鈴のような美しい声がした。
頭を下げているので、相手の顔は分からないが、女人である事は分かった。
「ご機嫌如何にございましょうや、御正室様」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
燕国から、避妊効果のある薬を買い求めているのが、正妃だったとは──…。
齢二十五になると言う帝国皇帝の正妃は、どうしてどうして美しかった。
その地位に相応しい美しい衣装を纏い、丁寧に結い上げられた髪には生花が挿されており、彼女の美しさを引き立てていた。
満開に咲き誇る牡丹の花のような、そんな女人だ。
「お薬を頂きたいのだけれど、陛下は依然として私にお会いして下さらないのです。ですから少し前に頂いた物がまだ手元にあるの。
これまで心を尽くしてお仕えしておりましたのに。私と陛下の繋がりはその程度だったのかと、我が身を恥ずかしく思うばかりですわ」
正妃は悲しそうに眉根を寄せ、つらつらと心情を吐露していく。初見の私とロイエ殿がいるにも関わらず。
私とロイエ殿が気にならない程に言綏を信用しているのか、はたまたわざとそう言った事を聞かせているのか…。
「某如きが忖度する事も憚られますが、率直な意見を申し上げる事をお許し頂けるならば、陛下には陛下のお悩みがお有りで、その事で御正室様のお気持ちを煩わせたく無いのではと、思料致します」
「原因は分かっていてよ。お父様が陛下の命を遂行なさらないからですわ」
「なればこそ、陛下は御正室様にお会いしたくとも、お会い出来ますまい。
これだけの大国の頂点に立たれるお方、親族、夫婦の情があれど、時には強い態度で臨まねば成らぬ事も有ると言うもの。
御正室様へのご寵愛に影響を与えるとは思えませなんだ。御正室様はこれまで、心を込めて陛下にお仕えなされたので御座いますよね?」
心を込めて、の所を丁寧に言綏が尋ねれば、正妃の瞳が僅かに揺れたように見えた。
「勿論です。真心を持って、お仕えして参りましたわ」
言綏は頷いて、「なれば、何も心配なさる事は御座いますまい。いずれ陛下との御目通りも叶いましょう」と励ます。
言綏らしくない言葉の数々に、痒さを感じる。何だかんだ言っても、この男は時と場所を選んだ行動が出来るのだと安心もしたが、痒い。
「陛下の事をお気になさる余り、よく眠れていないのでは御座いませんか?少し、お顔に疲労の色が見えます」
まぁ、と言って正妃は頰に手を当てた。
「タキは何でもお見通しなのですね。近頃よく眠れないのです」
言綏がロイエ殿に目配せをする。
「眠りの質を上げるような物は?」
「お休み前に、ハーブティなどお飲みになられては如何でしょうか?」
ロイエ殿の言葉に、正妃は首を横に振った。
「カモミールティーなら飲んでいてよ」
2度頷いたロイエ殿は、膝の上に持ってきた鞄を置き、中から取り出した物をテーブルの上に置いた。
僅かに紫色を含んだ茶葉だ。
「こちらのハーブティは如何でしょう。精神的な緊張を解し、安眠を齎します」
「そうなのね。
ではこちらを頂こうかしら」
正妃が背後に控える侍従を呼ぼうとすると、ロイエ殿が笑顔で止めた。
正直に、ロイエ殿の笑顔を初めて見た。
「お身体やご体調、匂いなど、正妃様に合うかも分かりませんので、こちらでまずはお試し下さいませ」
正妃はにっこりと微笑み、ありがとう、と言った。
下々の者である私達にも感謝の言葉を口にするなど、お優しいお人柄、と言う噂は本当かも知れない。
それぐらい、感謝の言葉は自然に彼女の口から溢れたのだ。
本当にこの女人が、避妊効果を分かっていて、皇帝にあの薬を?強心効果の方が有名な薬だ。そちらだけをご存知なのではないか?
正妃の元を辞して歩いていた所、正面から煌びやかな女人の集団が歩いて来た。
年齢、振る舞い、衣装からして、皇帝の側妃達であろう。
私と言綏、ロイエ殿は廊下の端に寄り、頭を垂れ、彼女達が通り過ぎるのを待つ。
先頭の女人は我らの前で立ち止まった。
「タキ様ではございませんか」
「ご機嫌如何にございますか」
「優れませんからお茶会をして発散しようと思っておりますのよ。
そうですわ、タキ様も如何?」
困ったような顔を見せた言綏。
「女人の花園に入るのは気後れ致しますが、お誘いを何度もお断りするのも無礼で御座いますな」
言綏が痒くて堪らぬ。
「まぁ、嬉しい事。
そちらの従者の方達もどうぞ。
美しき者は花に色を添えますもの」
言われるがままに付いて行った先は、文字通り女人ばかりで、その煌びやかな様子と、彼女達の付ける噎せ返るような甘い香りに頭痛がしてきた。
一つひとつは良い香りなのだろうが、混ざり合うとかくも凄まじいものになるのかと。
側妃達のお喋りは延々と続き、終わりが見えない。
この手の集まりが苦手な私は、従僕という立場で本当に良かった、と思った。
ひっきりなしに言綏は意見を求められるからだ。意見と言う名の賛同を。
それを全て上手く丸めて、むしろ相手の望み以上の言葉を返していく言綏に、素直に感心した。
嫌だからと逃げるのは楽だが、そのツケは何処かに行くのだ。私が深く考えずに逃げた事、嫌がった事も、誰かが何とかしてくれていたのだろう。
家臣の役目として当然だと思っていた。だが、こうして言綏を見て、私は逃げられたが、私の代わりを押し付けられた彼等は逃げられない。私の代わりとなれば、失敗も許されない。
当たり前に思っていた事が、当たり前ではない事に、今更ながらに気付く、己の愚かさに恥じ入る。
言綏は、こうなる事を予見していたのではないだろうか。
そうなった時の為、私の立場を従僕としておけば、私が黙り込んでいても何ら問題がない。ただ私は立っていれば良いだけなのだ。
とは言え、それでは駄目な事は分かっている。
何の為に無理を言って帝都まで連れて来ていただいたのか。
隣に立っていたロイエ殿が、側妃達に小さな包みを配り始めた。
「キャラメルに御座います」
帝都では特段珍しい物でもないキャラメルだが、珍しくもない故に食べるのが久しぶりだったのであろう、側妃達は童心に帰ったように、喜びながらキャラメルを食べ始めた。
「あら、このキャラメル、とても美味しいわ」
「本当。とても贅沢な味わいだわ、キャラメルとは思えない」
「お口に合いましたようで、何よりに御座います。
企業秘密ですので、何が入っているかは、お教え出来ませんが、しあわせな気持ちになるキャラメルで御座います」
そう言ってウインクをするロイエ殿。
ロイエ殿まで別人のようである…。
…それもそうか。
目的があってこうして潜り込んでいるのに、自尊心だのなんだの、言ってる場合ではないのだな。
尊き血を持つ者として、幼い頃より他者に媚びるような真似などはしてはならぬと教えられて来たが。
あれは、傲慢であれ、と言う意味ではないのだろう。
額面通りに受け止めて、私のなんと愚かな事か。
私は本当に、何も知らぬし、愚かなままだ。
知識ばかり詰め込んでも、それを活かす事も出来ず。
こんな私が公方になど、やはりならぬ方が平和と言うものだ。
「皆様のお茶会に、正妃様はお呼びにならないのですか?」
側妃達は、すべからく大公の派閥に属する者達の息女だと聞いている。
であるならば、主人として担ぎ上げても良いぐらいであろうに。
「正妃様は、私達とは違うの」
「そうですわ」
どう違うのだろうか。
「そうなのですか?」
思わず疑問を口にしてしまった。
「あら、貴方、とてもステキな声をしてらっしゃるのね」
「本当」
突然褒められて何とも居心地が悪くなったが、精一杯の笑顔を、褒めてくれた側妃に向けた。
「お美しい方に、そのようにお褒めいただき、光栄に御座います」
側妃達は口元を扇子で隠し、うふふ、と笑う。
「正妃様も皆様も、高貴なお生まれの上に大変お美しくていらっしゃいます。私如きには、どのような差がお有りなのか、皆目検討もつきません」
一度言ってみて分かったのだが、上っ面を滑る軽薄な発言と言うのは、己が自尊心を取り払うと、適当に口から出せるようになるものなのだ。
いや、それでも言えない言葉はあると思うが。世辞ぐらいなら言えるが、偽りで愛の言葉などは言えそうにない。
「正妃様は素晴らしいお方なのよ。
尊きお生まれであるのに、下々の者にも分け隔てなくお優しくて」
「そうよ」
それは先程の対応でもそう思った。
「あのお方の為なら、少しばかり手が汚れる事など、厭わないわ」
「まったくあの時の陛下は、どうかしてましたわ。
正妃様という方がおありなのに、大公様に与せぬ伯爵家の令嬢などにご寵愛を与えるなど」
まったくですわ、ありえませんわ、と言った声が上がる。
不快感が胃の腑のあたりに溜まっていくのが分かるが、私は笑みを絶やさぬようにした。ただ、目だけは偽れそうになかった為、目を細めた。
「でも良かったですわ。陛下が目を覚まして下さって」
「本当に。罰を与えた甲斐があったというもの」
罰という言葉にぎくりとする。
皇帝相手にそのような…?
「それは…」
「うふふ。愚かな令嬢にですわ」
そうですわ、と頷く側妃達。
うっとりするような表情をする側妃達。
それ以上は怖くて聞けなかった。
集団心理とでも言うのか、怖気付いてしまった。
そこからは他愛の無い話を聞いて、笑顔を向けて、ひたすら褒めてやり過ごした。
頭の片隅でずっと散らつく事があった。
皇帝に召し上げられた令嬢達が、次々と誰かの手にかかった、という話だ。
誰が犯人かは分からない。だが、犯人は正妃ではなかったと言う。
それは、つまり、そう言う事なのだろう。




