遠き異国の地で
高畠源之丞視点です。
一つ一つが短めになるので、目標は一日に2話アップです。そうしないと話がなかなか進まないので…。
(出来るかなー)
私はアルト公に無理を言って雷帝国に付いて来た。
立場が露見すればとんでもない事になるからと断られたが、どうしても付いて来たかった。
それに、私の容姿は雷帝国では目立ってしまう為、一緒に行動は出来ない。
だから、私には役割は与えられていない。ただ、勝手をしないようにと、お目付役のロイエ殿が付いた。私自身に生活力と言うものが無い所為もある。
お茶一つ満足に己で淹れた事がない私を慮って、執事であるロイエ殿を付けてくれたのだ。
本当に、重ね重ね申し訳ない。
…とは言え、どうしたものか。
アルト公には帝都観光していても良いんだよ、と言われているが、無理を言って来たのだ。少しでも役に立ちたい。
反面、観光していた方が迷惑はかけない気もしている。
帝都には、燕国の物を専門に扱う店があるとの事だったので、ロイエ殿に付いて来てもらった。
店に入ろうとした時、背後から冷淡な声がした。
「斯様な所で何をしておいでなのですか、二条様」
聞き覚えのある声。
もしやと思いながら振り返ると、思った通りの人物が立っていた。私の顔を見て呆れた顔をする。
「言綏」
「…中でお茶をお出し致します故、どうぞこちらへ」
言綏に案内されるまま付いて行く。
店の横の道を通り、奥に進んで行くと、店とは別の建物が建っていた。
随分と細い土地である。鰻の寝床のようだ。
建物の中に入り、促されるままに座る。ロイエ殿もと勧めたが、断られた。
「今は二条様の執事を勤めている身。横に座るなどとんでも御座いません」
ルシアン殿の専属執事であるロイエ殿とは、ルシアン殿が皇都に留学していた時からの顔見知りである。
口数は少なく、話せば毒舌。常にこちらの状況に合わせてきめ細やかな行動をしてくれる、大変優秀な執事だ。
「ご説明いただけましょうな?」
笑顔で圧力をかけてくる言綏。
彼は私の幼馴染であり、公方家に代々仕える多岐家の四男だ。言綏の才が余りに優れている為、既に多岐家の長男が自分に侍っているにも関わらず、兄は言綏を側仕えに迎えたいと言った。
言綏は、兄が既に仕えて居りますものを、私如きがお側近くに侍るなど、申し訳なき事、と、無下に断っていた。しかも、己より優れたる方にお仕えしたいものです、と言ったものだから、その場に居た者達が顔面蒼白になった。
兄上が無礼な、と言綏を手打ちにしようと刀に手を掛けた時、父上が声をたてて笑い、言綏に直々にお声をかけられた。
「では此方に敢えて問う。此処に仕えたき者はおるか」
「否」
言綏の返答に、兄上達は青筋を立てていたが、父上がまた笑った。
自分にすら仕えたくないと言われているのに、笑う父上も凄い、とその時の私は思ったものだ。
「皇都にご留学されていたと記憶しておりましたが、某の記憶違いでありましたか」
「…いや、留学していたが、諸事情があって、帰国が早まったのだ」
「ほぅ、帰国が早まられたのに、何故雷帝国に?」
言綏が目を細める。
「発言をお許しいただけますでしょうか」
ロイエ殿だった。
言綏が私に視線を向ける。私は頷いた。
「どうぞ」
ありがとうございます、と言ってロイエ殿が話し始めた。
「二条様は当家と皇国貴族との諍いに巻き込まれた事により、皇都での留学終了を余儀なくされたので御座います。
当家の事情に巻き込んでしまった事、主人が大変悔いておりました。その上で、そのお詫びをしたいとカーライル王国にご招待し、雷帝国へもお誘いした次第です」
成る程、と答え、私を直視する言綏に、私は居心地の悪さを感じる。
「乳兄弟を助ける為に友人のアルト伯爵を罠に嵌める事に加担なされたと、何故仰せになりませぬのか」
サッと血の気が引いた。
何故そこまで、言綏が知っているのか。
言綏はため息を吐いた。
「何故、乳兄弟をお見捨てにならなんだのです。皇国の貴族、それもアルト家が敵に回ったら、燕国に如何程の影響があるとお考えですか」
「……すまぬ」
上に立つ者であれば、乳兄弟の命よりもルシアン殿を取るべきだと言う事は分かっている。
決してルシアン殿がどうなっても良い訳ではない。
ただ、ルシアン殿はご自身で道を切り開ける方だが、あれは、ただの平民だ。簡単に切り捨てられてしまう命だ。
「いざとなれば、己の命で償う気でおられたのでしょうが、御身に流れる血を何と心得ておられますのか」
「皆、そうして私の身に流れる血の事ばかり言うが、尊き血が流れていても、正しい行いの出来ぬ者に意味などあるのか」
民の為に命をかける気概も無い。
血だけ尊いとして、何の意味があるのか。
おや、という顔で言綏が私を見る。
「二条様とも思えぬ珍しきお言葉にございますな」
「確かに私はルシアン殿に不義理を働いた。それは変えようもない事実だ。だがそれは、ルシアン殿なればあの状況を打破出来ると思っての事。その判断が絶対に正しい事だったとは言わぬ。あの謀の真の狙いを知っていれば、あの判断はせぬ。
あれがあの時の私の最善であった。結果として私はその責任を取って帰国する事になった。
最大限の配慮をいただいた事は十分に承知しておる。祖国に迷惑をかける事あらば、腹を切る覚悟はある。
この身に流れる血があればこそ、その責任の取り方も出来よう」
言綏は目を閉じて顎を撫でて、何も言わない。どうせいつものように幼稚なお考えにございますな、と言うに決まっている。
目を開けた言綏はまじまじと私を見た。
「…何だ、言いたい事があるなら申してみよ」
「仰るようになったな、と」
「な……」
「それに、良い顔をなさるようになりましたな。以前は某と目を合わせる事もなさいませなんだのに」
ふ、と目を細めた言綏は、私の後ろに立つロイエ殿の方を見た。
「お名前をお伺いして宜しいか?」
「ロイエ・ルフトと申します」
「ロイエ殿の主人、ルシアン殿との出会いは若君の成長に良い刺激となったようです。主人殿もこちらに?」
えぇ、とロイエ殿が頷く。
「近いうちにお礼にお伺いさせていただきたい。
そうですな、この謀が片付きし時にでも」
「勿論」
「さて、此度の謀の概要をお聞かせいただけましょうや?」
まさか、言綏まで加わるつもりか?!
そんな勝手をアルト公に申し出る事なんて出来ぬ。
「それはならぬ」
「ではお尋ね申す。具体的な案はお持ちなのですか?」
ぎくりとする。
「…それは、これから考える」
「阿呆なのですか、貴方は。ディンブーラ皇国の貴族のアルト家が雷帝国圏内で行動出来る時間が限られている事ぐらいお分かりになりますでしょう。そんな悠長な事で如何なさいます。
貴方様ご自身が思い付かない場合は猫でも言綏でもお使いなさいませ。猫よりは役に立ってみせます」
言綏なら確実に私より役に立つに違いない。
「それは間違いないだろうが、私の一存で決められぬ」
そんな事をして迷惑をかける訳にはいかぬ。
「では今すぐ取り次ぐなり、文を認めて下されませ」
「何故そんなに強引なのだ!」
「皇都でアルト家に迷惑を掛けてしまわれたのです。その汚名を雪がずに何とします。貴方様の不名誉は燕国の不名誉になるのです。ご自重出来ぬのであれば、働かれませ」
あぁ言えばこう言う言綏に、反論したいものの、返す言葉もない。
言綏はロイエ殿を見てにっこり微笑み、言った。
「お教えいただけますな?」




