お望みのままに
ベネフィス・ルフト(ロイエとクロエの父)視点です。
サイドテーブルの上に、主人が所望した赤ワインの入ったグラスを置き、そっと後ろに下がった。
主人は先程届いたばかりの書類に目を通している。
「セラフィナはどうかな?」
「…セラフィナにしては、耐えているかと」
セラフィナと一緒に放り込まれた者達はものの一週間で根を上げていたが。
思った以上にセラフィナは耐えている。その点は正直に驚いている。
サーシス家長男として生まれ、ラトリア様に仕えるべく育てられたセラフィナは、精神的に弱い部分があった。
当主に仕えるには弱すぎる精神構造であったから、嫡男の座を弟に譲った際には最適解であると思った。
能力としてはセラフィナが全てにおいてフィオニアを上回るが、弱き者は不要だ。その点フィオニアには精神のブレがない。
そのセラフィナがミチル様の執事に就いた際には、思う所が無い訳では無かったが、問題は無いと考えていた。
正直あれ程ミチル様が狙われるとは誰も思わなかった。
「それは重畳」
主人は2度頷いた。2度頷いた時はとても満足している時だ。そうであるなら、主人はセラフィナがミチル様の元に戻る事を本気で望んでいると言う事だ。
「…質問をお許しいただけますか」
ちらと私を振り返ると、口元に笑みを浮かべる。
「珍しいね。いいよ、答えてあげよう」
「何をお考えです。貴方ともあろう方が失敗した者をこのように生かして置く事が理解出来ません」
主人の命令とあらば、セラフィナを鍛える事は吝かではない。だが、真意が見えない。
「これは手厳しいね。それにそんな事は無いと思うよ?
たまには生かしておくだろう、キースのように」
そう言って肩を竦ませる。
苦笑しながら、ワインを口にする。
キース様のあの状態を、生かしておいている、と表現するのは些か無理を感じる。
ルシアン様の怒りから逃す為とは言え、あれには主人そのものの怒りも多分に含まれているだろう。
「セラフィナを処分すれば、私の全ての計画が狂うからだよ。思った以上にセラフィナはミチルに愛されていてね、セラフィナに何かしたら、ミチルは私を許さないだろう。それは困るんだよ、とてもね」
ミチル様から私宛の手紙を渡され、その内容を見た身としては、主人のその言葉には頷くしかない。
" 来るべき時、私の元にセラを返して下さい "
鍛えて、私に返せと書かれている。
間違えても死なせる訳にはいかない。かと言って甘やかす訳にもいかない。
仕方がないので見極めながらセラを鍛えている所だ。ロイエの育成の時よりも気を使っている。
主人は多方面に罠を張り巡らせている為、ミチル様がどの計画に組み込まれているのか、私には分からない。
私は主人の手足となって動くが、全てを教えられている訳ではない。
「それに、今回の皇帝兄弟の確執については、セラフィナが最初に気付いた。捨ててしまうのは勿体無いと思わないかい?使い方次第では有益だろう。
唯一の問題は、ミチルが必要以上にトラブルに巻き込まれやすいという一点だった。でももう、ミチルに悪さは出来ないからね」
これで解決したよ、と言ってグラスの中のワインを回転させて香りを楽しむ。
ミチル様が皇族入りした事で、ミチル様を守る為の影が付いた。もはやミチル様に危害を加える事は不可能な程に守られている。
理解出来ないのは、何故主人がここまでミチル様に執着するのかと言う事だ。
「皇族入りを、どうやって七公家に認めさせたのでございますか?」
主人は嫌そうに私を見る。
「そなたはそうやって、人が悪い事をしたような言い方をして。私は無理を通してなどいないよ。
ミチルを養子にしたいとゼファスが強く望んだし、その方がミチルを守る為にも良かったし、皇国の膿を出すのにも使える。全員の希望通りになる素晴らしい案だと賛同をいただいたんだよ?」
「左様にございますか」
「その顔は信用していないだろう」
とんでもございません、と答えると、主人は肩を竦める。
「それはさておいて、どう遊んであげたら喜んでくれると思う?」
「…皇帝にございますか?」
「アルト家に手を出してタダで済ませては、ご先祖様に申し訳が立たないからね、遊んであげなくてはね。そうしないと私が天国でご先祖様に叱られてしまうもの。
ホラ、これをご覧」
ワインを飲みながら読んでいた書類を私に差し出されたので、失礼しますと言って受け取り、読んでいく。
「…これは…」
ふふふっ、と主人は笑った。
「愉快だろう?」
「…左様でございますね」
「よく隠し通せたよね。ミチルからの手紙がなければ分からなかった」
これは、ミチル様から教えていただかなければ、分からないまま月日ばかり悪戯に過ぎた事だろう。
「お望み通り、たっぷりと、遊んであげようではないか」
「御意に」




