028.次の祝祭はいかがしましょう?
本当なら登城したくないんだけど、お給料をいただいているのに登城しない訳にはいかない為、ドナドナで運ばれる子牛よろしく、ルシアンと馬車に揺られて出勤しております。
最近では国内の急ぎの事案がはけてきたらしく、ようやく本腰を入れて皇国の基盤安定の為の案件を進められるようになってきたらしい。
ステュアートが教えてくれた。
基盤安定の案件って何ぞや?と思っていたら、治水工事の事だった。水!それは超重要だよね!
皇都は内陸にあり、海に出るには周辺諸国を経由しなければならない。水は皇国内を通る川に頼っているとの事だった。
川の水は潤沢なものの、皇都に至るまでの途中で、大雨が降るたびに氾濫して、被害が甚大だったようだ。これまでも対策を練らねばならなかったにも関わらず、まともな対策をしないまま、被害だけいたずらに増やしていたらしい。というか、どう対策していいか分からなかったとの事。治水は難しいよね。
そんな時、雨も多く、王国内にいくつもの川を通しているカーライル王国から、キース先生が来た、という訳だ。
ルシアンは川の氾濫対策は未経験の為、キース先生に教えてもらうらしい。実際に経験も出来るんだから、いい勉強になるだろう。
どうもキース先生はお義父様に命令されて治水をかなりやらされていたらしい。聞いてると、それ以外にも結構面倒くさい案件を押し付け…いやいや、専門的にやっていたみたいで?それを皇都を使ってルシアンに教授する、という事だった。皇都、良い学習材料にされてる?
そんな訳で、ルシアンはキース先生の元に行く事が増え、執務室にはあまりいない。
私は私で魔力の本を読み進めている。暇だし。
[魔石作成で魔力を消費した場合は、少し時を置けば体内で再作成される為、問題はない。
変成術の場合は注意が必要である。変成術は使用する魔力は微量であるが、魔導値の低いものが術を使えば身体に負担がかかる為、望ましくない。魔導値は65を超える事が望ましい]
カーネリアン先生は、65あれば変成術を行う事が出来るけど、術者の内部に蓄積してしまうから、80以上じゃないと変成術を教えられないと言っていた。
この本はちょっと古いから、発行されてから魔導値の基準値が80に引き上げられたんだろうな。
[魔石作成は魔導値が1でもあれば理論上は作成が可能とされているが、最低でも魔導値が30はなければ排出は難しい]
ほぅほぅ、なるほどね。
ページをめくる。
色々カーネリアン先生から教わっていたけど、こうして具体的な数字が出てくると、より分かりやすい。
[魔導値を増やす事は不可能である。魔力とは魂が持つ力であり、女神マグダレナの加護である。魂の力を増やす術は現在の魔道学では解明されていない。マグダレナ教会もそれを推奨しない]
魔導値を増やせない、という事はカーネリアン先生も言ってたから、そこの所は不変なのか、まだ解明されてないか。
女神マグダレナの加護?何でここでいきなりマグダレナ教が出てくるんだろう?
[南の大陸より渡り来たるオーリーの民は魔力を保持しない。
我らマグダレナの民と同じ物を食し、この地に住まい、同じように女神マグダレナを崇拝しても、ご加護は得られない。
オーリーの民とマグダレナの民が交わる事は許されない。それは女神マグダレナの加護を持たぬ者を生み出すだけである。
気まぐれに加護をいただいたとしても、それはその者の魂が特別に加護をいただいたのであって、その子孫も同様に加護を得られるものではない]
オーリーの民?もしかして平民の祖先の事?だとするなら、貴族がマグダレナの民?
平民と貴族の間に生まれた子供には魔力がないって書いてある。
たまたま持って生まれても、遺伝しないって。
それは少し前に私達が研究していた事に通じる。
[女神マグダレナの加護により授かる魔力の器は、心臓、もしくは鳩尾付近に存在する事がほとんどである]
うんうん。そう思っていたら、もっと色んな場所に器があったんだよね。
[極稀に器を2つ持つ者が生まれるとの事だが、何故それ程の加護を得ているのかは謎である]
へーっ!そんな人いるんだー!
魔力の器が2つあると何が可能なんだろう?
変成術がより安定するとか?
期待しながら読み進めるものの、器を2つ持つ人の話はそれ以上書いてなかった。
「ミチル様」
顔を上げるとクロエが分厚い資料を持って立っていた。
今日も美少女ですね、クロエ。例え中身がマッドサイエンティストだったとしても。
「こちら、ミチル様ご所望の、植物の魔力抽出実験の結果をまとめたものになります。結論からから申し上げますと、従来の方法では植物から魔力を抽出するのは不可能でした」
そっかー…。
その結果だけで十分な気もするんだけど、この厚みの報告書、読まないと駄目かなー、駄目だよねー、凄いなー、読めるかなー…。
「…ありがとう、クロエ。読ませていただきますわ」
報告書を私に提出すると、クロエは下がった。
「随分気合い入った報告書ねぇ…」
横にいるセラが引きつった笑みを浮かべて、報告書をペラペラとめくる。ちらりと見えた報告書にはびっしりと文字が書かれている。図とかない感じ。なんなのクロエ、空白恐怖症かなんかなの?!
グラフとか、数字をまとめた表とかもなく、この厚み…?!
逆に凄くない?!
「…お茶、淹れるわね」
「…ありがとう、セラ」
クロエが提出してくれた報告書は、思った通りガッチガチな論文形式だった。図解やらがない分、理解に時間を要した…。
今更ながらに、図解って偉大なんだな、って実感した。
仕方がないから、自分が理解する為に、論文を読みながら図なんかも書いてみたりして、読み進める。
まず、一般的な抽出方法である水蒸気蒸留法。
原料植物を蒸留釜に入れてそこに水蒸気を送り込むと、精油部分が遊離、気化し、水蒸気と一緒に上昇する。精油部分が混入した水蒸気を冷却層で冷却すると液体に戻るが、精油は水に溶けない性質を持っているのと、水より軽い為、水と精油部分の二層に分かれて溜まる。この精油部分がアロマオイルで、水の部分がアロマウォーターになると。
ふむふむ。
クロエは、様々な植物が混在する物と、単一の植物を集めた物の2パターン用意して、水蒸気蒸留法を試してみたものの、当然の如くアロマオイルとアロマウォーターは抽出出来たけど、魔石は取れなかったと。
次に圧搾法。
柑橘系の果実から精油を抽出するのに向いている手法であると。
手でやっても出来るらしいけど、今回は果実ではなく植物なので、ローラーを使ってプレスしたと書いてある。
対象となる植物は、水蒸気蒸留法と同じで、混在する植物と、単一植物の2パターン。
結論として、押し花と微量のアロマオイルとアロマウォーターが出来たとの事。
植物からすると、圧を加えられても、生命の危機とはならないって事なのか?
3つ目は溶剤抽出法。
水や熱、圧で壊れてしまう成分を抽出する場合に使う方法で、原料植物を必要以上に壊す事がない為、香りが損なわれない方法らしい。
温めた揮発性の溶剤の中に原料植物を入れると、精油部分が他の物質と一緒に植物から出てきて、固まるらしい。この塊にエタノールを使って、精油部分と、一緒に出て来ちゃった他の部分を分離させて、精油部分のアルコール部分に低圧をかけて蒸発させると完成する。
混在植物は、それぞれの香りが自己主張して凄い匂いになったようで、単一の方は良い匂いになったようだ。
当然の如く、魔石は生成されず。
次に油脂吸着法。
これは脂に植物の中の精油部分が吸着しやすいという性質を利用した方法。
前世で焼肉とか食べると、髪の毛に匂いが付いたりしたのはこの所為か、と納得。髪の脂に、焼肉で飛んだ脂部分が吸着されてあぁなるらしい。
…で、今回は脂を吸着したい訳ではないので、魔石を用意して、その魔石の上に原料植物を並べて、吸着されるかを試してみたものの、魔力にそういった性質はなかったようで、失敗に終わったようだ。うん、これは最初から期待してなかったので、納得です。
アルコールの中に原料植物を入れてみる、という方法だけど、これも精油部分の抽出は出来たけど、魔石は取れずとの事だった。
最後に、魔石を液体化させる溶剤を使っての実験も試してみてくれたようだ。
溶剤を原料植物にかけてみたり、浸けてみたり、加熱してみたりとやってみたものの、固形化したものも生成されず、かと言って液体の総量も変わらなかったとの事なので、失敗に終わったようだ。
うーん…手強い!
魔力があるという事は判明してるらしいけど、むしろこれ、よく分かったね?
私が読み終えた報告書を、セラも読んでいる。眉間にめっちゃ皺が寄ってる。そして、眉間に皺が寄っても美人だね?
「感謝祭で大量に出た植物はそのまま廃棄するしかないのかしらねぇ」
「さすがにそれは勿体ないので、堆肥にした方が良いとは思うけれど、魔石には出来そうにないわ」
ひと通り読み終えたので、セラが新たに淹れてくれたお茶を飲んでひと息吐く。
今日はもう、活字を見たくありません…。
魔石が取れたら良いのにと思ったんだけど、浅はかだったかー。
残念。
「あ、そうそう」
セラが何かを思い出したらしく、手をポン、と叩いた。
「本日の午後、教皇聖下が次の祝祭についてお話したいとの事で、皇城にお越しになるわ」
次の祝祭は8月だからね。
そろそろ決めて、前回の反省点があればそれも考慮しないとだし。
っていうか、何であの人いつも急なの。
貴族同士ならあらかじめ予定を伺ってから来るんだけどね?
皇族だから?それともゼファス様が自由なだけ?
どっちもありえそう!
「セラ、先日の感謝祭では問題などはなかったのかしら?皇城の担当者と、ギルド担当者から話を聞いてきてもらえると助かるのだけれど」
「了解よ〜」
えーっと、命あるものを食べない、みたいなのをやって、その後に命に感謝する流れでどうですかね。
3日間、卵とか肉を食べないようにして、お酒も駄目で。教会にろうそくたっぷり用意して、火を灯しに来て、帰ったら卵とか肉とか食べれるの。
今回は最終日だけ出店可にする?
それとも、イースターみたいに卵をペインティングして楽しむ?
分かった!
初日にろうそくを持って来てもらって、教会で火を灯して持って帰る。ランタン可。
それから3日間は卵も肉も食べないし、お酒も駄目。
それで、最終日に子供がいる家庭は中身の入ってない卵を持って昼間に教会に来てもらって、卵にペインティングして、家に持って帰っていいし、持って帰らない場合は、教会の木に飾って帰る。
紙でウサギの耳を作って、子供につける。
夜は肉、卵、酒解禁という事で夜だけの出店を出す、っていうのはどうだろうか。
大人も子供も楽しめるお祭りです。
「いや、無理だ」
午後に約束通り来たゼファス様に言ったら、即駄目出しされた。
「まず、染料が高価だから、そんな事の為に使えないだろう」
そうでした!
そっかー、じゃあ卵は駄目だなぁ。
「それに肉や卵が食べてはいけない事になったら、食べる物がない。これも無理だ。それにろうそくも平民にとっては高いものだ、そんな風には使えまい」
うぐ…確かに、海がある訳じゃないからなぁ…野菜も安くないし…。
「他にないのか、案は」
否定するだけして、ゼファス様自身は考える気がないらしく、セラが淹れた紅茶を優雅に飲んでらっしゃいます。
「ゼファス様も考えて下さいませ」
「私にそんな才能はない」
そんな事言って、考えたくないだけなんじゃないの?!
夏と言えば花火。海。かき氷。アイス。
「肝試しとか…」
「何だその、肝試しというのは?」
「お化けが出て来そうな場所ですとか、普通だったら入りたくないような場所に行って、特定の物を取ってくるというものです」
突然ゼファス様の顔が輝き出した。
「面白そうだ!それにしよう!」
「何をおっしゃってるのですか、復活祭だと申し上げてるではありませんか」
「復活した先祖に驚かされるという事でいいではないか」
えぇ?!期間限定で復活した先祖がわざわざ子孫を脅かすとか、意味分かりませんけど?!
「司教や司祭、シスター皆で驚かそう。そうだな、場所は先祖が眠る墓地にして、墓地の一番奥に祭壇を設けておいて、そこに置いてある札を持って来るのでどうだ」
ゼファス様、何故そんなに日本の肝試しに酷似した内容を思い付くんですか?!
子供みたいに目をキラッキラさせているゼファス様を見ていたら、とても止められそうにない…っていやいや、ここは譲っちゃ駄目でしょ!
「駄目です、ゼファス様、子供達が怖がって参加出来ません」
「親と参加すればいい」
「大人数でやる訳には参りませんし」
「それはそうだな…じゃあ、複数の道を用意するか!墓地は広いからな、簡単に用意出来るぞ!」
なんでこういう時だけそんなに臨機応変な思考なの?!
「よし!復活祭は、復活した先祖に負けずに奥まで行って札を取って来るという事で決まりだ!先祖は子孫の勇気を試すというお祭りだな!」
どんな勇気?!




