兆し
デネブ・カーネリアン視点です。
講義を終えて執務室で紅茶を飲んでいた私の元に、従者のポワロが手紙を持ってやって来た。
「ご本家からでございます」
「あら…珍しい事もあるものね」
ポワロから手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切る。
中には便せんが1枚だけ入っていた。
手紙には皇都のミチルからもたらされた文房具の新商品の売り上げが大変良いという事が書かれていた。
それから、従弟のロッソが、発症したとの一文。
カーネリアン一族特有と言われる難病。
ある年齢に達すると発症する確率が上がる。
私よりも先にロッソが発症するなんて…。
立ち上がって机に向かうと、万年筆を手にする。
ミチルが前世の記憶から引っ張り出して来た文房具だ。これまでの羽ペンと違って、イライラする事がない。
本家への手紙を書いて封蝋を施すと、ポワロに渡した。
「本家へ送ってちょうだい」
私から手紙を受け取ったポワロは、礼をすると執務室を出て行った。
思わずため息がこぼれる。
立ち上がって窓の外を見る。
ぽつ、と音をたてて窓に雨粒が当たる。
見上げると、空は薄暗く、少し先は濃い色をした雨雲が見えた。
今夜は激しい雨になりそうだ。
従弟のロッソを思い出す。
私と一緒に魔道学を懸命に学んでいた従弟。
負けず嫌いで、成人してからも研究を怠らなかったロッソ。
難病を発症すると、大体一年が山だと言われる。
「私に残された時間も、そう長くはなさそうね…」
急がなくてはいけない。
我が一族特有のこの難病を何とかしたくて、私は魔道学を研究していたのだから。
*****
休暇を利用して本家に戻った私は、挨拶もそこそこにロッソの部屋に向かう。
部屋に入ると、寝台にはロッソが横になっていた。
私に気が付いたのか、上体を起こして、青ざめた顔でロッソは微笑んだ。
「やぁ、従姉殿。今日もお美しい」
寝台の横にある椅子に腰掛ける。
「軽口が叩けるようで安心したわ、ロッソ」
それから二人とも、何も話さないまま、時間が過ぎていった。
窓に雨粒が当たる音がした。
カーライル王国の春は、雨が多い。
「…君は、まだなんだろう?」
「えぇ、まだよ」
「このまま、君が発症せずに済む事を、心から祈っているよ」
「ありがとう、ロッソ」
そしてごめんなさい、ロッソ。
私は知っているの。
何故、カーネリアン一族が、難病を発症するのか。
何故、カーネリアン一族が、呪われているのか。
私はもう、答えを知っているの。
でも、その真実を伝える事は出来ない。
伝える時は、この難病を治癒出来る術を見出した時。
「そういえば、学園はどうだい?愛弟子のアルト伯爵夫人がいなくなってしまって、寂しいんじゃないかい?」
カーネリアン一族の中で、ミチルはよく知られた存在だ。
魔力の器の秘密を突き止め、貴族と平民の違いを詳らかにし、前世の記憶から、カーライル王国に富みをもたらした転生者。
ギルドの創設等も彼女のかつての記憶がもたらしたものだ。
「そうね…しばらく会ってないから会いたいわ。今は彼女も皇都にいるから会えなくなってしまったし」
「皇都と言えば、魔道研究院の院長は、歴代の院長の中でもずば抜けて優れていると聞く。一度お会いして魔道について話してみたかったよ」
研究院院長にあまり興味がない私は、侍女が持って来てくれた紅茶を口にする。
「院長の母も、カーネリアンと同じ病を患っていたと聞いたよ。きっと、私達は彼の苦しみを分かってあげられる数少ない人間だと思うんだよね」
院長の母が、同じ難病を?
「…それはお辛い事ですわね」
動揺を気取られないように、当たり障りのない言葉を返す。
「そうだろう?ねぇ君、私の代わりに院長に会って来てくれないか。いくらかなりと、彼の苦しみが和らぐと思うんだよ」
あり得ない。
カーネリアン一族特有のこの病を、他の一族が発症するなんて。
…でも、私に残された時間も、そう多くはない筈だ。
「…そうね、是非、そうして差し上げたいわ」
可能性を、最後まで模索しなくてはいけない。
この呪いを解く方法を。




