021.鶏を召しませ
ゼファス様と従者のミルヒがアルト家の屋敷に着いた頃には、招待客は大体揃っていた。
フローレスとステュアート、フィオニア、オリヴィエ様。
後は先生夫妻。
料理長が頑張ってくれた鶏料理が、テーブルに並べられている。立食でも食べやすいように、ひと口サイズで、手も汚れないようにと工夫が凝らされている。
ものによっては、小ぶりのグラスに入ってるものもある。
まだ並んでないけど、親子丼とかどうするのかな…不安。
全員の手にお酒の入ったグラスが行き渡ったのを確認して、ホストのルシアンが言った。
「無事、感謝祭初日が終わった事に、乾杯を」
みんなグラスを少し持ち上げると、お酒を口にする。
…え?私のグラス?フレッシュジュースですー。少しなら良いと言われたけど、怖いから辞退した!
みんな、チキン南蛮に集まっております。
ゼファス様なんてわざわざ食べたいって言ってぐらいだもんね。
「うん、美味しい。リオンの所で食べたのより美味しい気がする」
「鶏肉の揚げ方にコツがあるのを思い出したのです。
カラッとしてますでしょう?」
立食とは思えない程に、ゼファス様はもりもりとチキン南蛮を食べていく。食い尽くす気か?!
そんなゼファス様の勢いに、みんな慌ててチキン南蛮を食べる。
ルシアンも、もくもくと食べてるし。君は食べたいって直ぐに言える立場でしょうに。
「んー、美味しいわぁ☆」
「こんな美味しい鶏肉、食べた事がない」
オリヴィエ様も美味しいと喜んでる、っていうか驚いてる。
チキン南蛮はこっちにはないもんね。
きっとお義父様はこの味を広めないだろうし。
みんながチキン南蛮を食べているので、私は鶏肉の酒蒸しのあるテーブルに移動する。
中濃ソースと和辛子を混ぜたソースがかけられた鶏肉を、口に入れる。
んー、肉汁がじゅわっとして、ソースのしょっぱさと和辛子の辛味が絶妙です!美味しい。
「ミチル、私も食べたい」
いつの間にか隣に立ったルシアンが、自分で食べられるのに言ってきた。
片手にはグラス。もう片方は私の腰に手を回している。
もー、確信犯めー。
「あーん」
ルシアンの口に、鶏肉の酒蒸しを入れる。
予想していなかった味なのか、一瞬驚いていたものの、食べ終えると笑顔になった。
「これも、とても美味しい。もう一つ食べたいです」
もう一つ取ってルシアンに食べさせる。
フローレスとステュアートが驚いた顔で見てるけど、気付かないフリをする。
アルト宰相補佐官が妻にあーん、されてる姿とかね、びっくりだよねー…。
っていうか、部下がいるのにお構いなしなんだね、ルシアン…。
「肉汁が噛むと溢れてくる。これは、燕国の酒ですか?凄くすっきりした味ですね」
そうそう。酒蒸しした鶏肉に、こってり目の中濃ソースと、味をしめる和辛子なんだよー。
たまに無性に食べたくなるんだよね。
もっとチキン南蛮が食べたかった、とゼファス様がいつの間にか横に来てぶーぶー言ってた。見るとチキン南蛮がのっていたお皿は空になってる。
早っ!
鶏肉の酒蒸しもゼファス様はむしゃむしゃ食べてる。
…この人も、食べても太らないタイプ?
ミルヒさんも隣で無言になって食べてる。
育ち盛りなの?!
「お口に合いまして?」
ミルヒさんは微笑んで頷いた。
おぉ、ひさびさにこんな穢れのない微笑みを見たよ?!
さすが司教!
ゼファス様付きのミルヒさんは、階級としては司教らしい。
「初めて見る料理ばかりで驚いております。そしてとても美味しいです。
聖下がずっと楽しみにしてらっしゃったのが、よく分かります」
「ありがとうございます。沢山召し上がって下さいませ」
チキン南蛮を置いていたテーブルの上は片付けられ、奥から白いドーム型の物がのった大皿を、レシャンテとセラが持って来た。
見た感じ食べ物には見えないので、みんな興味津々でテーブルに集まる。
「ミチル、これは?」
「富貴鶏です」
レシャンテから木槌を渡された私を見て、みんなぎょっとする。
だよねー。何事かと思うよね、うんうん。
木槌を振り上げたら、ルシアンに腕を掴まれた。
「危ない」
木槌を振り上げた腕を掴む方が危ないと思うよ?とはツッコまないけど。
「大丈夫ですわ。2つ目はルシアンにお願いします」
そう言うと、ルシアンは私の腕から手を離した。
最初は軽めに、と思って富貴鶏を木槌で叩く。
ぴくりともしないので、もう少し強く木槌で叩いたら、ヒビが入った。更にもういっちょ。
全体的にヒビが入ったので良しとする。
レシャンテがささっと近付いて来て、塩の塊を持って来た別の皿にさっさと回収していく。
どんなものなのか理解したルシアンは、私の手から木槌を取ると、さっくりと塩を叩き割った。
なんでもかんでもさくさくこなしおってからに、このイケメンめ。
中には蓮の葉で包まれた鶏肉が入っていて、ほわり、と蓮の香りが広がる。
ナイフとフォークで蓮の葉が剥かれ、つやっつやの鶏肉が出てきた。
手慣れた手付きでレシャンテは鶏肉を食べやすい大きさに切り分けていく。切り分けられた肉にセラがピンを指していく。おぉ、流れるような連携作業…!
みんな、興味はあるものの、手が出ないようだったので、私が一番のりで口にする。
んー、美味しい!
蓮の葉に何枚も包まれてるから塩味も適度で、蓮の葉の香りもする。
言われる前にルシアンの口に運ぶと、嬉しそうに口を開ける。
「美味しいです、ミチル」
あまりにとろけきった顔に、フローレス達の顔が赤い。
…うむ、あの二人はまだ、このルシアンに免疫がないからね…。
「やだなぁ、うちの甥夫婦」
茶化すキース先生に、事もなげにルシアンが言う。
「叔父上も奥様にしていただいたらいかがです?」
その言葉に、キース先生は隣に立つ奥様を見る。
話だけは聞いていたけど、生で見るのは初めてのキース先生の奥様は、可愛い見た目の人だ。
最近ゴージャス系美人ばかり見ていたので、とても新鮮に思う。
エメラルドグリーンの髪って、初めて見たよ。瞳はグレーで、何て言うのか、不思議な色彩の人。
シンプルだけど細かい刺繍がびっしり入ったドレスを着ていて。
自然と人の目を引く人。たまにいるよね、何故だか目が離せなくなる人って。そういう人だった。
「キャスリーン、食べさせてくれる?」
「勿論ですわ」
キース先生の奥様──キャスリーン様はひょいと鶏肉をキース先生の口に入れた。
「キャスリーンが食べさせてくれたから、何倍も美味しいよ」
ありがとう、と言ってキャスリーン様の頰にキスを落とすキース先生。
そして、信じられない事に、キャスリーン様は全く動じていない!!
私がみんなの前であんな事をされたら、恥ずかしくて死にそうになると言うのに!
あ、あれが、最終形だろうか?!いつか私もあんな風に?!
「ルシアンより、よっぽどキースの方がどうかと思うけどね、私は」
呆れた口調のゼファス様に、周囲がうんうん、と頷く。
「そんな事ないですよ」とキース先生は笑う。
甥にあんな事言っておきながら、自分の方が惚気るって言うね。
…はっ!むしろやりたかったんじゃ?!だからわざと揶揄った?!
「ミチル、次は棒棒鶏が食べたいです」
「その前にお野菜も召し上がって下さいませ。お肉ばかりでは駄目ですよ?」
「ミチルが食べさせて下さるなら」
「もう」
温野菜は、葉物ではなく、アスパラガス、パプリカ、カブ、といった野菜を、ごまドレッシングに半熟卵を混ぜたソースに付けて食べる。
アスパラガスを口にする。
んー、瑞々しくて美味しい!
春のアスパラガスは美味しいよねぇ、本当に。
ルシアンの口にアスパラガスを運び、パプリカ、カブも運ぶ。
10代男子なルシアンは、やっぱり肉ばかりを好む為、どうしても野菜を食べる量が少ない気がする。
よしよし、口に直接運べば野菜をちゃんと食べるね。
「ルシアンはミチルに食べさせてもらわないと野菜も食べられないの?」
キース先生がルシアンを揶揄うように言った。
「そうです。野菜はミチルに食べさせてもらう事に決めているので」
そうなの?!
アレってわざとだったの?!
驚いている私を見て、ルシアンはふふっ、と笑う。
「次の野菜を食べさせて?」
甘い声でルシアンは言う。
あまりの声の甘さに、顔が熱くなる。
「キャスリーン、私も食べたい」
「新婚夫婦に張り合ってどうするのです?仕方のない人」
そう言いながら食べさせてあげるのだから、本当にラブラブだなー、この夫婦。
変にキース夫妻にルシアンが触発されてはたまらないので、次のテーブルに逃げる。
「ルシアン、次は棒棒鶏を食べさせて差し上げますわ」
棒棒鶏を食べに行くと、フローレスとステュアートがいた。
「お二人とも、お料理はお口に合いまして?」
話しかけると二人とも頷いた。
「とても美味しいです。こちらの料理は夫人が考案されたのですか?」
ニコニコしながら棒棒鶏を食べるフローレス。
「いえいえ、前世で食していた鶏肉を使った料理です。
この棒棒鶏は、暑い夏などに食べる事が多いですわ。
脂肪分の少ない部位ですからさっぱりしていますし、きゅうりもトマトも、水分が多くて暑い季節にピッタリなのです」
「確かに、夏に良さそうです」
ステュアートが頷いて棒棒鶏を口に入れる。
どうなるんだ棒棒鶏?!と思っていたら、鶏のササミを薄くスライスしたきゅうりでくるりとまいてピンで刺し、蓋をするようにミニトマトも刺してある。
なるほど、きゅうりをあえて平たくスライスして、巻くのに使ったのか。さすがですな。
ルシアンは新しいお酒の入ったグラスをレシャンテから受け取る。
…くそぅ、そんな僅かな動作すら様になるとか、半端ないな、このイケメンめ。
私の視線を勘違いしたのか、ルシアンが聞いてくる。
「飲みますか?」
「…お酒は結構ですわ」
記憶を失うのも困るけど、その前も問題ですよ!
私、かなりルシアンにやらかしてたよ!ミチルとは思えぬやらかしですよ?!
キスマークを自ら付けてたからね?!しかも結構な数!
「そうですか?」
くす、とルシアンが笑う。
「では、後で二人になったら飲みましょうか。明日も、お休みですし」
「イエッ、ケッコーデス」
「遠慮は不要ですよ?」
にっこりと意味有りげに浮かべられた笑顔に、一つの疑問がもたげてくる。
この前お酒を飲まされて泥酔した翌日、私が途中までしか覚えてない事、分かってるんじゃ?
あの後致してしまったようだけど、それは、ルシアンの言う"食べられたい願望"を本当に満たしたのか?
私は襲ったのか?それともいつも通りだったのか?
いや、でも、ルシアンは女神に感謝をって、言ってたし…。
細かい事を言えば、願いが叶った事を女神に感謝、とは言わなかったけど…。
「ミチル?」
アレ?
ルシアンの望み通り私がバーサクして、食べちゃったとしたら、覚えてなくても問題ないような?
私がキスマーク付けたあたりで満足して、ルシアンを食べてないとするなら、ルシアンはまだその願望を抱いてるという訳で?
待てよ?ルシアンの言う食べられたいと言うのは、何処までを指すんだろう?
あの時、ルシアンは何て言ってたっけ?
えっちならしてるのに、何故食べられたいのかとの私の問いに、
"分かっていないのですか?困った人ですね…"
って言ってた。
もしその理由が、私の思ってる内容なら、ルシアンの望みは半分叶っていて、半分叶っていない。
「ナンデモアリマセン」
そして最大の疑問は、それは、一度で満たされるものですか?
何もかも見透かすような目で、ルシアンは私を見て微笑む。
「お、お手柔らかに…お願い致しマス…」
艶っぽい笑みを浮かべたルシアンは、私の耳にキスをし、そっと呟いた。
「今度は最後まで覚えていていただかないとね?」
やっぱり分かってたーーーー!!!
何事も無かったように次の料理に向かうルシアンに、ドナドナのように着いて行くしかない私。
フローレスとステュアートが目に入って、宴が終わってからの事は正直恐ろしいものの、今は目の前の宴に集中せねばと思い直し、軽く頰を叩いた。
親子丼を立食でどうやるのか?という私の疑問。
レンゲのような深めのスプーンに、お米と、卵と鶏肉が甘辛く煮たもの、つまり、親子丼の具の部分がのっていた。
ひと口で食べれるように、親子丼をスプーンで掬った状態のものが並んでる。
ほーっ、丼物をこんな風にしたのかー。
おしゃれだのぅ。
でもこれ、親子丼でしかやれないね。カツ丼とか天丼とか絶対無理だ。
ルシアンが私の方を向いて口を開けるので、親子丼を食べさせる。
「美味しいです」
私も食べてみる。
おー、卵がトロフワです。美味しい!
あぁ、でも出来るなら普通に食べたかった!
今度改めて作ってもらおう、そうしよう!
親子丼スプーンの横には、ひと口スープが置いてあった。
おぉ、鶏ガラスープではありませぬか。さすがに肉団子は入れなかった模様。
スープをひと口飲む。うん、鶏の味がよく出ていて美味しい。
最後に出されてるのもあって、味も薄めですっきりして、美味しい。
ルシアンがキース先生に話しかけられ、ちょっと離れた所に行った。
秘密のお話らしい。
「ミチル様」
名前を呼ばれて振り返ると、フィオニアだった。
「本日はお招きいただきありがとうございます。
どれも美味しい鶏料理で、ちょっと、食べ過ぎました」
ふ、と笑うフィオニア。
「楽しんでいただけたなら、何よりですわ」
食事をひと通り終えたので、後は軽いおつまみと、お酒が供される。
「ミチル様は教会にいらして、出店を見てらっしゃらないと伺ったので、面白い物を探して参りました」
そう言ってフィオニアが差し出した袋に、私は警戒する。
私の様子に苦笑する。
「ネグリジェの出店なんてありませんよ、ミチル様」
言われてみれば確かにそうだ。
素直に受け取る。
「ありがとう、フィオニア」
お、親子丼…!




