019.ストレスフル
ストレス発散は大事ですが、結構難しいものです。
突如、心がぽっきり折れました。
えぇ、それはもうキレイにまっぷたつに。
屋敷に戻るなり、何もかも嫌になってしまって、誰も入らないでと言ってミチル部屋に閉じこもった。
家着に決めているワンピース持って。
ルシアン入室禁止、と書いた紙をドアに貼り付けてから部屋に入ってカギをしめた。
髪を結い上げていたリボンも髪飾りも解いて、一人では難しいけどドレスも脱いで、コルセットも解いて、持って来たワンピースに着替える。
やった事ないけど、前世だったらバッティングセンターとか行ってかっとばしたいぐらいむしゃくしゃしております、ハイ。
ちなみにアレ、全然当たらないらしい。
あまりに当たらないから、バントした、って同僚は言ってた。バント?!
枕とかベッドに放り投げたりしたらスッキリするかなー?と思って投げてみたけど、ぼふっとするだけでスッキリしない。
いっそ、走ってベッドにダイブしてみるかとやってみたら、鼻が痛くなっただけだった。
地味に痛い!
むきーーーーーっっ!!
お酒を飲んでストレス発散!もミチルの身体だと出来ないし!
何をしでかすか分からない己が怖い。
せめて記憶があればいいのに、それもこの前に関しては途中からないからもう、怖くて飲めない!
「もーーーーーっ!!」
ベッドで足をバタバタさせて、枕に顔を押し付けて大声を出してみる。
…ん、コレなかなかいいかも?
「あーーーーーーっ!!」
どんな叫びだと一番スッキリするだろか。
あー、うー、もー、むー…色々試しているうちに、意識が別の方向に飛んだ所為か、大声を出した効果なのか、若干もやもやが減った。
むくりと起き上がって、枕を抱きしめて息を吐いた所で、背後に気配を感じた。
…はっ!
振り返ると、ルシアンが壁に手をつき、もう片方の手で顔を押さえながら、肩を震わせていた。
笑ってるーー?!
いつから!?いつから見てた?!
っていうか、ドアに張り紙もしたし!カギもかけたし!ドア壊れてないし?!
恥ずかしさで顔が熱い。
もー!どうしてこう、見て欲しくない姿を見るの!!
「入っちゃ駄目ですのに!!
ちゃんとルシアン入室禁止って張り紙もしたのに!」
笑い終えたのかこっちを向いたルシアンは、目尻の涙を指で拭っていた。
そんなに笑わなくても!?
っていうかあのイケメンが、笑った所為とは言え、涙を浮かべたのを見たのは初めてだ?!
ルシアンは私の横に座ると、「何故?」と聞く。
「どうしても!
というか、カギをかけておいた筈ですのに、どうやって入ったのですか?」
あぁ、と言ってルシアンは私にカギ束を見せてくれた。
わぁ…誰かなー、こんな事しちゃう親切なヒトはー。
セラかなー、レシャンテかなー?
「扉を蹴破られると困ると言われて、渡されました。
それから、いつも聞かれるので先に答えておきますが、足をバタつかせていたあたりから見ていましたよ?」
そう言ってにっこり微笑むルシアン。
「………っ!!」
私のプライバシーが全く守られていない!
この前寝室で凹んでいたらルシアンが来ちゃったから、今回は自分専用の部屋に来たのに!
っていうか、いくら夫婦だからって、許可なく部屋に入って来ちゃうのは駄目なんだぞ!
まったくもって自分専用の意味がないではないか!
「私にだって、一人になりたい時はあるのですっ!」
「どんな時?」
ルシアンは私の髪をひと房手に取り、キスをする。
どんな時って…。
「胸がもやもやした時などです」
「それは、皇都での生活がミチルにとって辛いからですよね?」
ちょっと躊躇ったけども、頷いた。
「歓迎して欲しいとは言いませんが、男好きしそうだとか、端た女と言われたりですとか、邪魔者扱いですとか、いい気はしません…」
「男好きしそう…?」
ルシアンの声が一段低くなった。
「それは、誰に言われました?」
……あ。
ルシアンから目を逸らしたら、顔を両手で挟まれた。
「ミチル?
今の、男好きしそう、というのは、どなたに?」
「……ツォード・オドレイ様です…」
「なるほど…それは、お礼をしなくてはなりませんね?」
真っ黒い笑顔でルシアンが言った。
すまぬ、ツォード様!骨はきっと、君のお父様が拾ってくれると思う!
ため息を吐くと、ルシアンは私の頰を撫でた。
「全然、私はミチルを守れていませんね」
「違います、守ってくれています」
守ってくれてると思う。私をこれ以上傷付けない為にカーライル王国に帰ろうとしてくれてるし。
皇室主催の夜会でだって、ずっと側にいてくれて、私にワインがかけられたら直ぐに屋敷に連れ帰ってくれた。
エルギン侯爵からだって守ってくれたし、私の為にペンダント買ってくれたし、いつもいつも愛してるって言ってくれるし、私が変成術で作った文房具を喜んでくれる。
ツォード様が押しかけて来た時だって、仕事中なのに直ぐに帰って来てくれて…。
「ルシアンは、これ以上ないぐらいに、私を大切にして下さってますわ」
カーライル王国で他の貴族達から優しくされすぎて、それを当たり前に感じちゃってるとか?
…考えてみたら、姉やらキャロルやら皇女やら、諸々あったけど、ずっと守られてきてるから、十分にありえる。
というかあの状況、貴族間ではありえない程ぬるま湯状態だよね…。
そもそも私は本来必要とされてない。
必要とされてるのはルシアンで、ルシアンが私がいないと嫌だからと、皇都に来てるだけなのだ。
だから、歓迎される筈なんてないし、何しに来たの?って思われてて当然で。
それなのに、ちょっと変成術で感謝されて、良い気になって…。
うわぁ…私かなりイタい奴なのでは?!
思わず顔を両手で覆う。
イタた…!
イタすぎる!!
「ミチル?どうしましたか?」
私を気遣うルシアンの声に、堪らなくなる。
「私、駄目な妻です。ルシアンの脚を引っ張ってばっかりです」
「何を言ってるんですか、そんな事ある訳ないでしょう?」
「私の事は大丈夫です。たまにこうしてジタバタするだけですから」
役に立ちたいのに、全然役に立ってない。立ってるつもりになっていただけだ…本当に、恥ずかしい奴です。
穴掘りたい!
「ミチル」
顔を覆っていた手を、ルシアンに掴まれて顔から剥がされた。
「そんな辛そうな顔が、大丈夫な筈がない」
…確かに辛いんだけど、自分だけ分かってなかったって言う、己のイタさが辛いと申しましょうか…。
「正しく現状を認識したので、明日からは大丈夫ですわ。ルシアンには本当にご心配をおかけしました」
頰をペチッと叩いたら、ルシアンが慌てて私の両手を掴んだ。
「何を」
「気合い?」
ちょっと強く叩きすぎたかも。ジーンッてする。いてて。
「気合い?何の気合ですか?」
「甘ったれていた己への喝と申しますか…」
「入れる必要ないでしょう。
もう、頰が赤くなってしまった」
ルシアンの手が私の頰を撫でる。優しい。
本当私に優しい。大好き。
「ふふ、ルシアン、優しい」
ルシアンが困った顔になる。
「その表情はちょっと、駄目ですよ、ミチル」
「変な顔になってました?」
「そうじゃありません、可愛いすぎる」
きゅんとした!このイケメンは、私をきゅんきゅんさせ過ぎですよ!
ルシアンに顔を向けて、目を閉じる。
我ながらあざとい!
分かってるけど、キスのおねだりを、してみたりして!
初おねだり!
唇に柔らかい感触。
おぉ…!キスのおねだり成功ですよ…!
凄い、私もやれば出来る…!
出来る子なのですよ!!
とは言え、目を開けるとちょっと恥ずかしい。
照れくさいので俯いちゃう。
「あぁ、もう。
何故貴女はこんなに可愛いんですか?」
ルシアンにぎゅっと抱きしめられた。
そっとルシアンの背中に手を回して、寄りかかる。
「そんな事言うの、ルシアンだけです」
と言うか、ルシアンだけがそう思ってくれれば良い。
ルシアンの指が私の髪を梳いてゆく。
「ルシアン」
「はい?」
「ちょっと、呼びたくなったのです」
ふふ、とルシアンは笑うと、おでこにキスをしてくれた。
「可愛い」
胸がぎゅっとする。
このやりとり…ラブラブっぽい…!
私、成長したのでは?!
さっきのキスのおねだりと言い、私ってば、大分進化した!!
えーと、自然にスキンシップが出来るようになってきたら、次はなんだろう?
…はっ!
そ、そこから先は大人の領域なんじゃないのか…?
しかもこの辺は諸々あって、既に経験済みな気が?!
えっと、何処まで経験するのが正しいんだろう?
あっちでは割と底なしに色々あったけど…いやいや待て待て!そんな事、淑女がしちゃ駄目だろう!
あんな事、そもそも出来ない!!
「ミチル?顔が赤いですよ?」
「…お気になさらず…」
本当、触れないで…。頭からこの件については記憶を抹消したい…。
「ミチルがそんな風に頰を赤らめてるのに、気にするなと言う方が無理です」
言うのも無理!
「言って?ミチルを赤面させたのは、何ですか?」
そう言ってルシアンは私の顔を両手で挟み、自分のおでこを私のおでこに付ける。
うぅ…超至近距離のイケメン。
しかも問い詰める気満々です…。
言わないとキス攻めとか、色々やられるに違いない…。
「…あの…」
「うん」
「私、頑張っておりましたの…その…」
まぶたにルシアンのキスが落ちてくる。
「ルシアンに…あ、愛情表現が…出来るように…」
するりとルシアンの手は頰から動いて、私の髪を優しく掴み、私の頰にキスをする。
「そうですね、それは私も感じます」
「本当ですか?良かった…」
いくら私がやったつもりになっていても、ルシアンに届いていなかったら意味がないからね!
「それで?」
「?」
ルシアンが何を促してるのか分からず、首を傾げた私の頰を、ルシアンが軽く噛んだ。
噛まれた?!
痛くないけど、噛まれたよ?!
「何に赤面したのですか?」
!
そうでした!
「わ、私は…経験がないものの…知識があるものですから…男女の…その…」
「うん」と言ってルシアンは耳朶を噛む。
「!!」
弱点が攻められ始めたー!!
「でも…これ以上は…私からは恥ずかしくて…無理です」
無理だからねっ!
肉食女子にならないと無理!
来世も記憶持ったままなら、このまま草食確定だし!
「なるほど、それで赤くなっていたんですね?」
こくこく、と壊れた人形のように頷く。
無理だからね、絶対無理だから!
「ではそれを私に教えて下さい。ミチルからが無理なら、私からならいいでしょう?」
良い笑顔で言う事じゃないから!このど鬼畜っ!!
「無理ですっ!絶対に、絶対に教えません!死んでも教えません!」
それは残念、と、まったく感情の籠らない声でルシアンは言う。
…おや?いつものルシアンっぽくない。
ルシアンは苦笑する。
「ミチル、私はノーマルです。様々な趣味嗜好を持つ方々がいますが、私は興味がない。
ネグリジェの所為で私の事をアブノーマルだと思ってませんか?」
思ってた!
でもあれはフィオニアが買って来てるって言ってたね、そういえば。
そっか、良かった!
自分の旦那さんが変態とか、ちょっと困るもんね!
「良かった」
ルシアンに抱きついた。
私の髪にルシアンのキスがいくつも落ちてくる。
くすぐったさに胸が疼いて、ルシアンの胸に頰をすりすりする。
次の瞬間、ベッドに押し倒されていた。いや、違う。
私が押し倒した格好になってる?!
アレ?
私に押し倒されてる?イケメンは、良い笑顔で言った。
「だから、安心して私を愛して下さいね?」
いやいや!
そういう事じゃなくて!
「何をおっしゃってるの、ルシアン!」
必死に抵抗を試みるも、両腕でしっかり腰をホールドされててびくともしない。
「先日ミチルが付けて下さった徴が、消えてしまったんです」
お願いだからそれ以上言わないで!!
「新しく付けて欲しい」
無理ーーーーーーーっ!!!!




