091.アレクサンドリアの課題と貴族の務め
皇都に行く前に、アレクサンドリア領に行きたかった私は、セラと一緒に馬車に揺られていた。
「アレクサンドリアになかなか戻れなくて、アビス達には悪いことをしてしまいましたわ。」
これじゃ、あの愚父と同じじゃないか。
アビスがいくら優秀だからって、己の職務を押し付けてはいかんのだ。
私がアビスより無能なのは事実としても、やれることはやらなくては!
「仕方ないでしょ、ミチルちゃんは学生だったのだし、ルシアン様が教団の事が落ち着くまで外出を許さなかったんだから。」
実際問題、私は安全な筈の学園で二度も襲われている訳で、更に治安レベルとしては下がるアレクサンドリア領に行くことを、ルシアンもそうだし、ロイエ達も許してはくれなかった。
というか、ロイエが最も酷かった。
ミチル様の身に何か発生しますとルシアン様の処理能力が著しく低下して仕事が累積した上に、その後の計画に遅延が発生し、その解消に必要以上の労力を必要とする事になるのですから、余計な事をせず、ルシアン様の妻としてお側に侍り、ご機嫌の維持にご協力下さい。その際は必要以上の刺激はご遠慮下さい。ご寵愛をいただくのは夜の褥の中でのみお願い致します。
そう言われた。慇懃無礼とか言う次元にあらず!
あまりの酷さに言葉もなかった。泣くよ?!
確かに私が襲われた後、ルシアンが私から離れなくて仕事が溜まったという話は聞きましたけどね。それについても大変申し訳なく思いましたよ。
でも、もうちょっと言い方ってあると思うの!
絶対ロイエは私の事、ルシアンのペットか何かだと認識してると思う!
そもそも、襲われたのは私の所為じゃないし!
私が余計な事をして巻き込まれたのならそのお言葉も甘んじて受け入れますけれども、純然たる被害者に言う言葉がそれか?!
流石にセラがロイエに怒りのアイアンクローをかましていた時は、もっとやれ!と思ったけど。
でも実は、ルシアン→セラ→ロイエの順ぐらいに、ロイエが私に過保護なのだということに最近気が付いた。
ホワイトデーの倍返しも、セラはロイエだけに言うつもりで、広める気はなかったらしい。
倍返しを知ったロイエがお義父様やラトリア様にまで伝えて、私を喜ばせたかったようだ。
何あれ、ツンデレ?それともツンツン?
ツンツンって、何処で喜べばいいの?
アレクサンドリア家に到着すると、ビシッと整列した使用人達に出迎えられた。
「ただいま戻りました。」
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
アビスが恭しく礼をする。
そのブレない魔王の参謀感、今日もステキです!
セラが側にいたメイドにお土産のお菓子を渡す。
「これ、お土産よ〜☆」
メイド達は恐縮した様子でお菓子の入った箱を受け取る。
ようやく来れたとは言え、泊まりは許されていない為、アビスの後に付いてさっさと書斎に向かう。
「アビス、先日のホワイトデーの贈り物、ありがとう。
とても美しくて、お気に入りです。」
っていうかあれ、何度も言うけど高いよね?
アルトファミリーって給与いいの?それともアレ?セラが実は侯爵家の出身うんぬんと同じでアビスも良家の令息でお金持ちとかそういう…?
もしかして一番貧乏なの私?
…はっ!だから皆私に優しくしてくれたり、私に何かプレゼントしたがるの?!
「ミチル様のお気に召したのであれば光栄にございます。所用で王都を訪れた際に見つけましたものです。」
無表情のアビスだけど、アビスがこうして喋るのは機嫌が良いってことだとセラに教えてもらった。
書斎の自分の机に座り、アビスがまとめておいてくれた詳細な書類に目を通していく。
手紙という形で簡易版の報告書は送ってもらってるけどそれだけでは分からないこととか、見落としもあるかも知れないから。
まぁ、アビスは超優秀なので、そんなことないだろうけど。
耕作放棄地になっていた場所に栽培を始めた教団対策用の薬草は、地植えしたことによって昔から自生していたかのように伸び伸びと育っているらしい。
旧ハウミーニア王国への輸出が決まっているから、いいんだけどね。後、マグダレナ教会にも献上してる。
教会からお金取るのはどうもね。お義父様から教会の内情を聞く限り、お金に余裕もなさそうだし、勝手にわさわさ育ってるものでお金をもらうのもやだし、何よりゼファス様が面倒…。
買ってあげるから仕事手伝えとか言われそうで。
塩トマトは契約先が見つかったらしく、収穫時には安定して出荷出来ているとのこと。
定期的に観察している塩分濃度も、変わらないということなので、まだしばらく塩トマトの栽培は続きそうだ。
味は良いものの香りの乏しかったアレクサンドリア領のお茶は、レンブラント領のラトリア様と作った合弁会社を母体として、工芸茶を製作して王都に出荷している。
脚が不自由とか、妊娠中で働けない、といった手は動かせるけど、といった人達を集めて、手作業で工芸茶を作ってもらっている。
領地の主要産業である野菜は、王都やサルタニア王国への輸出もあって、以前のような酷い価格帯にはならなくなった。
農業領地だから安いには安いけど、作ることが馬鹿馬鹿しくなるような値段ではなくなったので、領民達の懐にも少しずつ小金が入るようになっていると、アビスが教えてくれた。
「ご主人様が領主になられてから、暮らしやすくなったという声が増えております。
以前より生活が苦しくなくなったのもあって、治安もいくらかなりと向上しております。」
「そうですか、それは良かった。
貧民街と職業訓練所はどうですか?」
アビスが淹れてくれたお茶を飲む。
はぁ、美味しい。
いい香り…。
「職業訓練所で新しい職を身に付けた者達ですが、さすがに直ぐに一人前とはいきませんから、ギルドでの補助を受けたりと、試行錯誤が続いております。
中にはそのまま王都に行って戻らない者もおります。
いかがいたしましょう?領民の流出は防がねばならないことです。」
ふむ。やっぱりそうなったか。
「ある程度は想定の範囲内ですし、仕方ないことではありますが…。
当初の目的は、貧民街の住人が増えることによる治安の悪化を防ぎたかった為に始めたことです。
もっとジュビリーが良い街になれば、帰って来てくれるかも知れませんよ?より高い技術を身に付けて。」
Uターンって奴だよね。
実際問題、新しい職の人達が増えても、領民達の生活水準が依然として低い訳だから、無理に職人達を領地に縛り付けることは得策ではない筈だ。
アレクサンドリア領の現在の主要産業が農業であることは間違いないし、数ヶ月でどうこうなるものでもない。
であるなら、農業を主とする領民達の生活に、ゆとりが生まれるまでの少しの間は、このままで良い。
緩やかに変化させ、領民達の意識などを向上させないと、お金だけあっても知性や品性が未成熟な、倫理観の乏しい人間になって、むしろ領地が荒れる。
下手したら一部の人間によって格差が生まれる可能性もなきにしもあらず、だ。
だから、私の代で全てが完成出来なくても良い。今は領民達の生活基盤を安定させることに注力したい。
そう言ったことをアビスに説明したところ、アビスなりに納得してくれたようだった。
うむうむ。
メインでアレクサンドリア領を監督してくれているアビスにこの考えが伝わって欲しかったから、分かってもらえて嬉しい。
「教会で文字を覚えた子供達ですが、その後どうなさりますか?」
「そうですね。ギルドで行儀見習いをさせて下さい。」
行儀見習いですか?と聞き返されたので、私は頷く。
「今ジュビリーにいるギルドの方たちは、アレクサンドリア領出身ではありませんから、いずれ王都など別の場所に行かれるでしょうし、ジュビリーに愛着もないでしょう。
今はとにかく、ジュビリーそのものに力を付けなくてはいけない時期ですから、人材を育てなくてはね。」
ギルドの人達は貴族に仕えていた人達が多いから、所作が普通の平民に比べて段違いなのだそうだ。
子供の頃からそう言った所作を学んでいけば、ジュビリーがもう少し力を付けて来た時に、有難い存在になると思う。
まぁ、その子供達が別の所に行ってしまう可能性もあるけど、それを気にしたら何も出来なくなるから、片目を瞑ることにする。
「ご主人様の先見の明は、本当に素晴らしいです。
私が考えたらきっと、契約で縛り付け、ジュビリーから出て行けないようにすると思います。」
その発言だけ切り取ると、さすが魔王の副官!って感じになってるよ、アビス!
「先代や先々代の努力不足のツケを、これ以上領民に課す訳にはいきません。」
何故かセラに撫でられた。
「ミチルちゃんは良い子ねぇ、ホント。」
「良い子ではないです。」
恨まれたくないとか、そんな所ですよ、私の思いなんて。
とは言え、領民に幸せになって欲しいと言う気持ちがない訳でもないんだけどね。
「お手数ですけれど、皇都にも報告を送っていただけると嬉しいですわ。」
「よろしいのですか?皇都ではお忙しくお過ごしになるのでは?」
私は苦笑した。
「それはルシアンであって、私はそんなことにはならないと思いますよ?むしろ暇を持て余しているかも知れません。」
分かりました、と言ってアビスが微笑んだ。
「!!」
んなっ?!
あわわわわわ、アビスが微笑んだよ!!
魔王の参謀が微笑んだ!!
元々が美形だから、レア感とあいまって、破壊力抜群!!
「アビスも人の子なのですね…!」
帰りの馬車の中で興奮気味に私がそう言うと、セラが呆れた顔をした。
「当たり前でしょ、何だと思ってたの?」
「魔王の参謀?」
眉間に皺をよせ、セラがため息を吐く。
「…その魔王って誰よ?」
「お義父様か、ルシアンのどちらかですね。」
以前はお義父様一択だったんだけど、最近はルシアンも次代の魔王イケルんじゃね?って思い始めてきたー。
もう一度盛大にため息を吐いたセラは、シャレになってないわ、と言った。
あ、やっぱり?
「でもそうするとアレよ、ミチルちゃんてば魔王の義娘とか、魔王の嫁って事になるわね。」
揶揄うような顔をして言うセラ。
「えっ、強そう!」
凄くない?私は大したことないのに、それだけでグレードアップした感ある!
「何を想像したの?!」
「いえ、単純に冴えない私が、それだけで強くなったような気がしただけです。」
え?そんな感じするでしょ?
なんか魔法とか使えそう!
「まぁ、この話はどうでもいいわ。」
ひどっ!
夢があるじゃん!まほーとか!
私を無視して、セラが言った。
「それより、単刀直入に言うけれど、ミチルちゃん、体調の変化とかがあったら、些細な事でもいいから言うのよ。
ワタシにでも、エマでも構わないから。」
?体調?
あ、環境変わるから?
セラの目が半眼になる。
「ホント、自分の事になると途端に鈍感になるわよね、ミチルちゃんてば。
卒業式後、ルシアン様のご寵愛を以前よりもいただいてるでしょ?」
「?!」
んなっ?!
ごっ、ごっ、ゴチョーアイ?!
それってもしかして、あのっ?!
顔どころか全身が熱い。
全力疾走した後ともまた違う。
とにかく、熱い。
汗もダラダラ出てくる。良くない汗が!
「そのまま恥ずかしがって聞いてなさい。反論いらないからね。」
反論しようと思ったけど、口をパクパクさせることしか出来ない。
なん…なんて直球なの…!
デッドボールを超えてるよ?!完全に私の骨は折れました!
「だから、気持ち悪くなるとか、眠いとか、熱っぽいとか、なったら言うのよ?
別にそうなってなくても、慣れない場所で暮らすんだから、気にせず言ってちょうだいね?」
何て答えていいのか分からず、とりあえず頷いた。
王都の屋敷に戻った私を、ルシアンが抱きしめようとしたのを、つい避けてしまった。
「ミチル?」
セラが頭に手を当ててため息を吐いてる。
…分かってます!分かってますとも!
それが貴族の義務だってことはわかってますとも!
嫌な訳じゃないんだよ?!いずれはって、思ってたよ?!
でっ、でもっ!!
心の準備が!!
もう一度私を抱きしめようとしたルシアンを避けた瞬間、ルシアンが微笑んだ。
ひっ!
笑顔から黒いものを感じる!
「…話し合いを、しましょう?ミチル。」
あわわわわわわわ。
がっと両腕を掴まれた。
「…ね?」
ああああああああああああ!!




