弾劾
議会とは本来、呈された議題について議論する場である筈だが、我が皇国にて開かれた貴族議会と言うものは、そうではない。
議会という形を取った、バフェット公爵を頂点とし、現皇室に制限をかけ、圧力をかける為に存在する。
最上段にいる女帝は、今日も苛立たし気に眉間に皺を寄せている。
黒地のドレスは色味こそ黒だが、全面に散りばめるように縫われた光は全て宝石だ。決して目立つ色は使用されていないものの、全ては一級品だ。
女帝のドレス1枚で、皇国国民のひと月分の税が使われる、と言われる程に贅を尽くした衣装を女帝は好む。
口元を隠す扇子も、南国の珍しい鳥の羽根をふんだんに使用されている。
女帝は美しさで言えば、他の追随を許さない程だ。
齢を経た今でさえ、その美貌はほんの僅かの陰りを見せるだけだ。
女帝が産んだ三人の子供は、女帝に似ても、父である伯爵に似ても、どちらに転んでも美しく生まれる事は分かっていた。事実、美しい。
父であるトラスト伯爵も、それはそれは美しい容姿をしており、一目惚れした女帝が身分差を無視して強引に結婚したのだから。
次女である皇女もまた、その美しさで皇国の花と呼ばれているが、如何せんその気性故に敬遠される。
カーライル王国のアルト公爵家の嫡子ルシアン・アルトに懸想して押し掛け、相手にされない所か問題を起こして帰国させられた皇女について、女帝は議会から激しく糾弾された。
北の雷帝国と東のギウス国との境界線に位置するカーライル王国は、ここ、ディンブーラ皇国にとっても重要な防衛の要である。その国と問題を起こして、雷帝国やギウス国に寝返られては困った事になる。
その重要性を、女帝も皇女も分かっていない。
だからこそ、あのような暴挙に出たのだろうが、それでは困ると言う事で、議会から吊し上げられたのがついこの前の事だ。
それなのに、先日何を思ったか、昨今ディンブーラ皇国圏内を騒がせるウィルニア教団の聖女が、皇女であると女帝は大々的に喧伝したのだ。
それまで表立って衝突して来なかったバフェット公爵が、ウィルニア教団の反対勢力として突然台頭して来たマグダレナ教会の庇護を公言し、援助を始めた。
これにより、皇室とバフェット公爵家は完全な対立関係となった。
マグダレナ教会は古くから存在し、大陸全土に信徒を持つとされる宗教だが、権威主義ではなく、形ばかりの存在となっていた。つい先日まで。
直系の皇室の血を引く新教皇が立ち、これまでとは一線を画す活動を始めたマグダレナ教会は、カーライル王国のアルト公爵家の庇護を受けている。
ウィルニア教団から逃げるようにマグダレナ教会の門を叩く者は多く、ウィルニア教団とマグダレナ教会は対立するかと思いきや、マグダレナ教会はこれまで通りの方針を崩さず、決してウィルニア教団とぶつかろうとはしなかった。
ただただ、悩める者、苦しむ者に手を差し伸べた。
カーンカーン、と木槌が叩かれる。
議長が口を開く。
「静粛に、静粛に。」
陛下が議会に入場され、本日の議題が伝えられた後、議会場は俄かに騒然とした。
無理からぬ事だ。
本日の議題は──皇太子殿下の皇位継承権の正当性について──であったからだ。
私はこの議題が議長の口から告げられた瞬間に、遂に始まったのだ、と唾を飲み込んだ。
アルト公爵家から持たされた時から、謀に加わる者として、この時をずっとずっと待っていた。
「本日の議題、皇太子殿下の皇位継承権、並びに皇女殿下の皇位継承権保持の正当性についてだが、先日の魔力覚醒の儀において、皇太子殿下が魔力の器をお持ちで無いことが発覚した。」
会場が再度騒然とする。
木槌が叩かれる。
今日は、何度この木槌の音を聞く事になるだろうか。
「魔道研究員カーライル王国所属 デネブ・カーネリアンが報告した研究結果によれば、父、母共に純粋な貴族であれば咽頭より丹田下の何れかの場所に魔力の器が存在するとされる。
皇太子殿下、並びに皇女殿下におかれては、どちらも魔力の器をお持ちではないことが証明された。
それはつまり、いと高き血筋に下賤の血が混じった事を意味する。」
あちこちから、とんでもない、嘆かわしい、そう言った声が上がる。
「純血を守らねばならぬ皇室に、平民の血が流れる事は赦されない。」
「そうだそうだ!」
立ち上がって声を上げる者もいる。
「両殿下から皇位継承権の剥奪を!」
何処からか起こった声に対して、「ならぬ!!」と最上段にいた女帝から声が上がる。
女帝が皇太子に並々ならぬ愛情を注いでいる事は周知の事実だった。
その為に通常なら許されない強権を発動した事も一度や二度ではない。
「下賤の血など混じってはおらぬ!何を根拠にそんな下卑た事をぬかすか!」
「ここに証拠がございます、陛下。」
立ち上がったのは、バフェット公爵。
議会場は一瞬にして沈黙に包まれた。
手にはなにやら書類を持っている。その書類を頭上より上に掲げ、ひらひらと揺らす。
「これは、トラスト伯爵、皇配殿下の父君が、皇配殿下の母君とやりとりした手紙です。」
そう言って手紙の内容をバフェット公爵は読み始めた。
そこには、女性が平民であるが故に妻としては迎えられない事。
自分と同じように他に恋人を持つ女性と契約結婚をし、その妻との子として女性との間に生まれた子を育てるという事。
そういった事が書かれていた。愛の言葉と共に。
読み終えたバフェット公爵は微笑んだ。
「この手紙には、トラスト伯爵しか押せない花押が押されている。偽造などではない。」
女帝は立ち上がり、決定的な発言をした。
「ばっ、馬鹿な…!証拠となる物は全て廃棄させた筈…!!」
会場の目が一斉に女帝に向けられる。
「陛下がそのようになさるのも無理からぬ事。」
陛下はバフェット公爵を睨みつける。
扇子で口元は隠されているものの、怒りに震えていることだろう。
「何故なら陛下は、トラスト伯爵に下賤の血が流れている事など、ご存じなかった。本来であれば、トラスト伯爵はその事実を陛下にお伝えするべきでした。
陛下を愛するが故に、言えなかったのでしょう。罪深い事です。」
演技でもするように、やれやれ、と大袈裟に首を横に振り、肩をすくませる。
「本来であれば皇室を謀った罪として、皇配殿下はその罰を受けなくてはなりませんが、皇配殿下は既にご他界なさってらっしゃる。その罪を一身に受けて。
もしかしたら、その罪の重さに耐えきれずにご短命だったのやも知れませんね?」
公爵の言葉に明らかに女帝に動揺が走る。
畳み掛けるようにバフェット公爵は言った。
「皇女殿下にも、皇太子殿下にも罪はございません。ですが、皇国の安寧の為にも、皇位継承権のご返上を拒否はなさいませんな?」
音を立てて女帝は立ち上がると、議会場を出て行った。
場内は再び騒然とするが、議長が再び木槌を叩くと、ゆるやかに落ち着いて行った。
バフェット公爵は悠然と微笑んだ。
勝利の微笑みだった。
あともう少しで、私の願いは成就する──。




