7:ここはハーブティーのお店(7)
「ところで、イザーク兄様。朗報ってなんですの?」
サーシャが兄の上着の端を引っぱりながら、そう尋ねた。首を傾げたサーシャの空色の髪がさらりと肩を滑り、毛先が愛らしく揺れる。
「ああ、そうだ! 俺たちが作ったハーブの商品が、ついに雑貨屋さんで扱ってもらえることになったんだ!」
「え、本当ですの?」
この店はハーブティーのお店というだけあって、多くのハーブを仕入れている。でも、お客様がなかなか来てくれない日が続いたりすると、せっかく準備しているハーブが無駄になってしまうことがあった。
ブレンドしたものはなるべく早く使い切らないといけないし、半年以上使わなかったハーブはもうハーブティーとして使わない方が良い。
最近そのハーブティーとして使えなくなったハーブが増えてきて、どうしたものかと頭を悩ませていたのだ。子爵家は貧乏だから、捨てるなんてもったいないことはできない。可能ならば、お金になる商品に変身させたかった。
そこで、そのハーブをポプリや入浴剤にしてみてはどうか、とサーシャが言い出した。
そこから三兄妹は協力しながら、なんとか試作品を作ってみたのだけど――。
「でも、前に試作品を雑貨屋さんに持って行った時は、これは売れそうにないって一刀両断されましたわよね?」
「そうだな。でも、あれから何回か試作品を作り直してみただろ? それで、今日、新しくリーニャが作ったデザインのやつを持っていったら、すごく反応が良くて」
「へ? 私の?」
リーニャはきょとんとして兄を見た。兄はにこにこしながら頷いてみせる。
「リーニャ、本当によくやった! 女性に人気が出そうなデザインだって、雑貨屋さんもすごく褒めてくれたぞ!」
「そうなんですか……えへへ、嬉しいです!」
自分の頑張りが認めてもらえたことが嬉しくて、リーニャはふにゃりと笑った。そんなリーニャの頭を兄が優しく撫でてくれる。
けれど、兄の手はまたすぐに別の手によって払われてしまった。
「だから、リーニャに気安く触れたら駄目だってば!」
フェリクスが不機嫌そうに口を尖らせる。そんな彼を見て、兄はくくっと楽しそうに笑いを漏らした。
「そうだ、フェリクス様。せっかくだし、リーニャの作った試作品を見てやってください。そして、リーニャを褒めてやれば……リーニャはもっとフェリクス様を好きになるかも」
「なっ!」
フェリクスの顔がばふっと赤く染まる。兄はすかさずリーニャがデザインした商品のサンプルを取り出し、フェリクスの前に並べ、囁いた。
「この入浴剤のパッケージのイラスト、リーニャが描いたんです。それに、こっちのポプリの瓶のふたに小さな布がついているでしょう? この布の隅に、花の刺しゅうがしてありますよね。これもリーニャがやってくれたんです。器用でしょう?」
「これを、リーニャが……?」
フェリクスの翠の瞳が、商品サンプルを見つめてキラキラと輝く。彼は頬を染め、キラキラした瞳のままリーニャを見上げてきた。
「リーニャってすごいんだね。この刺しゅうとか、本当に丁寧で綺麗だし……」
「え……」
どきりと心臓が高鳴る。瞳を輝かせたフェリクスが本物の天使かと思うくらいに眩しく見えてしまって、なんだか落ち着かなくなってしまう。
リーニャはもじもじと指を遊ばせながら、火照った顔をうつむかせた。
すると、フェリクスが慌てて言い繕う。
「べ、別にリーニャに好きになってもらいたくて、褒めたわけじゃないよ! いや、今以上に好きになってもらえたら嬉しいけど……って、そうじゃなくて! 本当にすごいと思ったから、だから……」
その言葉がまた嬉しくて、リーニャは顔を両手で覆って悶えてしまった。
兄はそんなリーニャの傍にすすっと寄ってきて、こそっと囁いてくる。
「フェリクス様が興味を持ってくださっている今がチャンスだ! リーニャ、ここはしっかりアピールして、花嫁候補にしてもらおう!」
「ええっ? そんな、私は」
「頑張れ、リーニャ! 何と言えば良いのか分からないというなら、俺の言葉をそのまま復唱して、声に出せば良い! 行くぞ!」
兄はリーニャをフェリクスの目の前に押し出した。そして、斜め後ろからこそこそと耳打ちをしてくる。
「『私、ハーブティーを入れるのも、刺しゅうをするのも、得意なんです!』って言うんだ!」
「わ……私、ハーブティーを入れるのも、刺しゅうをするのも、得意なんです……?」
「『私、きっと良いお嫁さんになります』って言うんだ!」
「わ、私、きっと良いお嫁さんになります……?」
「『フェリクス様、好きです! 私と結婚してください!』って言うんだ!」
「フェリクス様、好きです! 私と結婚……って、えええー!」
リーニャは叫び、後ろの兄を振り返る。兄はものすごく良い顔をしていた。
「ちょっと、イザーク兄様! なんてこと言わせるんですか!」
「はは、リーニャのそういうとことん素直なところ、お兄ちゃんは大好きだぞ?」
「もう! フェリクス様だって、こんなのどう反応したら良いか困るでしょう? ……って、えええー!」
リーニャはフェリクスの様子を見て、再び叫んだ。
そこには真っ赤な顔をして、両手で口を覆っている天使がいた。その翠の瞳は大きく見開かれ、こちらを凝視している。彼の体は小刻みに震えつつ後ずさりをして、椅子が引きずられるような音がした。
「あの、フェリクス様、さっきのは……」
「やっぱりリーニャは僕のことが好きだったんだね! わ、嬉し……じゃなくて、し、仕方ないなあ。じゃあ、今度デートでもする?」
「え、いや、待ってください。さっきのは、その、兄のいたずらで」
「……リーニャは僕とデートしたくないの?」
途端にしゅんと悲しそうな顔になったフェリクスを見て、ちくりとリーニャの良心が痛む。
このような可愛らしい美少年を悲しませて良いだろうか。いや、良くない。
「したくない……というわけではないですけど」
「やったあ!」
ぱっとフェリクスの顔が輝き、その頬がほんのりと赤く染まっていく。その笑顔に、リーニャは完敗した。
(なんだか勘違いされちゃいましたけど……まあ、なんとかなりますよね)
デートなんてしたことがないのでよく分からないのだけど、一緒に出掛けて話をするくらいで良いのだろうと考える。
今更断るなんてできそうにないし、ここは割り切って、そのデートとやらでフェリクスの好みの女性像でも探ってみることにしよう。そして、その好みにぴったりの女性を探して、花嫁候補として紹介してしまえば良い。
そう、極度の人見知りであるリーニャは、やっぱりフェリクスの花嫁になる勇気はなかった。いくらフェリクスが素敵でも、玉の輿のチャンスだと言われても、無理なものは無理なのだ。
どうにかして、リーニャ以外の女性に興味を移してもらわないと。
(それにしても、なんだか厄介なことになっている気がします……)
フェリクスの花嫁になる気はさらさらないリーニャ。
なぜかリーニャを気に入っているらしいフェリクス。
フェリクスの花嫁としてリーニャを薦めようとする兄。
(うう……フェリクス様の花嫁さん探し、手伝うと言ってしまったのは失敗だったかもしれません……)
これからどうなるんだろうという不安を抱えつつ、リーニャはへにょりと眉を下げた。
フェリクスの花嫁探しは、まだまだ始まったばかり。
ここからが本番だ。
とりあえず、できることから頑張るしかないリーニャなのだった。
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本当にありがとうございます!
次からは、リーニャとフェリクスの初デートが始まります。
引き続きお楽しみください♪




