6:ここはハーブティーのお店(6)
ちりりんと明るい音がして、店内に外の光が入ってくる。扉の方に目をやると、そこには空色の髪に紫の瞳を持つ青年が立っていた。
「リーニャ! サーシャ! 朗報だ!」
その青年はリーニャの兄イザークだった。彼はやけに上機嫌で二人の妹の元へとやって来る。そして、ふんぞり返っているサーシャの頭をぐりぐりと撫でた。
いきなり撫でられたサーシャは、きょとんとした顔で目をぱちぱちさせる。
「な、なんですの? 急に……」
「サーシャは本当に賢い。良い子だ。そして、リーニャも偉い!」
サーシャを褒めた後、兄はリーニャの方を向いた。座り込んでいるリーニャの手を取ると、ぐいっと引っ張ってくる。
わけも分からず立ち上がったリーニャは、そのまま兄にぎゅっと抱き締められた。
「ひゃあ?」
一体、何が兄をここまで浮かれさせているのか。リーニャは目を白黒させたけれど、あまりにも兄が嬉しそうににこにこしているので、釣られて笑ってしまう。
ちらりと横を見ると、サーシャも釣られてにこにこしていた。
けれど、にこにこしない人が、ここにひとり。
「……ちょっと、リーニャ。この男、誰?」
今まで見たことのないくらいの冷たい目をしたフェリクスが、そこにいた。リーニャはびくりと体を震わせて兄にしがみつく。
フェリクスはその様子を目にした途端、眉をひそめた。
「婚約者とかいないって言ってたのに……嘘だったの?」
「へ? 嘘ではないですけど……」
どうしよう、なんだか天使がとても怒っている。ちょっと恐い。心なしか店内の気温が下がってきた気もする。
リーニャは寒さからますます兄に引っ付いた。
兄はというと、今、フェリクスの存在に気付いたようだった。不機嫌さをあらわにした美少年をじっと見て、首を傾げる。
その直後、はっとした顔でぽんと手を打った。
「リーニャ、この方はフェリクス様じゃないか!」
「そうですよ? 今日は仕事がお休みだそうで、わざわざ来てくださったんです」
「おおお!」
兄は感嘆の声をあげた後、片手でリーニャの肩をがしっと掴み、もう片方の手でサーシャを呼ぶ。
三兄妹は顔を突き合わせ、小声でひそひそ話し始めた。
「リーニャ、サーシャ。どっちでも良いから花嫁に立候補するんだ! これはチャンスだ……玉の輿にのる、チャンスなんだ!」
「わ、私は一度お断りしてしまっているので……サーシャ、お願いします!」
「ええっ? 先程ケンカしたばかりの私にっ? 絶対に嫌ですわよ! というか、あのツンツン魔術師も嫌がっていたではありませんの!」
妹がふたり揃ってぷるぷると首を振るのを見た兄が、心底残念そうに眉を下げた。
「リーニャもサーシャも無理か……! ああっ! 仕方ない!」
「諦めるんですの?」
「いや、ここは俺が花嫁に立候補する!」
「ぶふっ」
兄のとんでもない宣言に、サーシャが噴き出す。
リーニャはというと、目の前にいる兄が女装をした姿を想像していた。フリフリのドレスの裾をひるがえし、微笑む兄。ああ、意外と似合うかもしれない。
「ちょっと、リーニャ姉様、何を考えてますの? 駄目ですわよ?」
「駄目でしょうか」
「その素直すぎるところはリーニャ姉様の良いところですけれど! ……もう! それもこれも、イザーク兄様が突然変なことを言うからですわ!」
サーシャがぷくっと頬を膨らませ、兄の背中をぽかぽか叩く。兄は笑いながら妹の攻撃を甘んじて受けた。
「ははは! まあ、それは冗談として」
「え、冗談だったのですか……」
「リーニャ、そんな悲しそうな顔をするな。こんなの冗談に決まってるだろ……というか、なんで本気にするんだ、この子は……」
兄は困ったように苦笑しながら、リーニャの頬に手を添えた。兄の手のひらがほんのりと温かくて、リーニャは表情をふにゃりと緩める。
と、その時。
我慢も限界だとばかりに、苛立ったフェリクスの声が店内に響き渡った。
「……で? 結局、この男は誰なの?」
三十分後。
爽やかなフルーツと甘い花の香りが、店内を包み込んでいた。淡い橙色の明かりの下、つやつやとした木のテーブルの上に並んでいるのは、リーニャが入れたハーブティーだ。
透明なガラスでできたティーカップの中で、黄色に輝くハーブティーが微かに水面を揺らしている。リーニャはそのティーカップの傍に、小皿に乗せた甘めのクッキーを添えた。
「えっと、今日のハーブティーは、ジャーマンカモミール、ラベンダー、レモンバーベナをブレンドしたものになります。三種類とも鎮静作用に優れていて、ハーブの中でもトップクラスのリラックス効果があるんですよ。イライラを鎮めるのにもってこいのハーブティーなのです!」
「イライラを鎮める、ね……。別に僕、イライラなんてしてないけど」
フェリクスは優雅な手つきでティーカップを口元に運びながら、目を細める。
その目つきは鋭い。どう見てもイライラしている。
「それにしても、兄なら兄ってはじめから言ってよね。勘違いするでしょ」
「はあ、すみません……」
謝罪の言葉を口にしながらふと横を見ると、兄が目を丸くしてこちらを凝視していた。
彼はぽかんと口を開け、わたわたと両手を動かしている。兄の奇妙な動きにリーニャがこてりと首を傾げると、兄がぽつりと呟いた。
「あ、あの人見知りのリーニャが、他人と普通に会話している、だと……? 嘘だろ、こういう時はいつも奇声を発して逃げているというのに……!」
兄はリーニャのことをそんな人間だと思っていたのか。リーニャはなんとなく悔しくなって、ぷくっと頬を膨らませてしまう。
「私だって、会話くらいできます! それに、フェリクス様の花嫁さん探しも上手くやってみせますし!」
「おおお! リーニャ、偉いな! 成長したなあ!」
うるうると瞳を潤ませた兄が、リーニャの頭をぐりぐりと撫でた。
けれど、その手はすぐに別の手によって払われてしまう。ぱしっという軽い音に驚いて目線を上げると、そこには不機嫌そうな天使がいた。
「いくら兄だからって、リーニャに触れすぎでしょ。リーニャは子どもじゃないんだから、もっと淑女扱いしないと駄目!」
フェリクスのふてくされたような言い方に、兄が片眉を跳ね上げる。
「……フェリクス様。もしかして、うちのリーニャのことを好きなん」
「わああ! それ以上言わないでよ! 恥ずかしいから!」
ぶわっとフェリクスの顔が真っ赤に染まった。その反応に兄は驚き、それはそれは嬉しそうに口元を緩める。
「分かりました。フェリクス様、頑張ってください。応援しますから」
「ち、違うからね! 僕が好きっていうんじゃなくて……そう! リーニャが僕のことを好きだっていうから! だから、前向きに考えても良いかなって……それだけだから!」
必死に訴えるフェリクスを見て、兄はこらえきれずに噴き出した。
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