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5:ここはハーブティーのお店(5)

 数日後。店にまた、フェリクスが現れた。


 今日の彼は王都警邏隊の制服ではなく、貴族のお忍び風の服を着ていた。九月下旬になり、少し涼しく感じる日も増えてきたからか、薄めの青い上着を羽織っている。

 その上着がまた品が良くて、フェリクスがより輝いて見えた。


 見目麗しい人間は何を着ても似合うんだな、とリーニャはつい見惚れてしまう。


「あ、リーニャ!」


 フェリクスは店の奥にいたリーニャを見つけると、その端正な顔をふにゃりと緩めた。軽い足取りでカウンターの前までやって来て、キラキラとした翠の瞳で見つめてくる。


「僕の花嫁探し、手伝ってくれるって言ってたよね? 僕、今日は仕事が休みで時間があるんだ。だから、ちょっとでも良い話がないかなって思って、聞きに来た!」

「あわわ……えっと、あの」


 キラキラした天使の笑顔が眩しくて、リーニャはふいっと目を逸らした。


(こ、これのどこが「ツンツン魔術師」なんでしょうか? ものすごく人懐っこい気がするんですけど……)


 ああ、顔が熱い。胸もドキドキしていて、すごくうるさい。

 こんな美少年を前にしたら、人見知りじゃなくてもみんなこうなるに違いない。


 リーニャは熱く火照った顔を両手で隠すようにして覆った。


「リーニャ? 何やってるの?」


 フェリクスの不思議そうな声。その声に釣られて、ついフェリクスの方を指の隙間からちらりと見てしまう。

 こてりと首を傾げた金髪の天使が見えた。


「ひええー……」


 あまりに綺麗で可愛い天使をまともに見ることができず、リーニャはその場にうずくまってしまう。


 なぜだろう。初めて会った時よりも緊張する。フェリクスについて兄妹からいろいろ聞かされたせいか、前のように上手く話せる自信もない。

 というか、前はどんな風に話をしていたのかすら思い出せなくなっていた。


「大丈夫? 顔、赤いように見えるけど」

「え……きゃあ!」


 思ったよりもすぐ傍で聞こえた声に驚いて顔を上げると、心配そうな顔のフェリクスと思いきり目が合った。

 フェリクスはうずくまったリーニャと目線を合わせるために、しゃがみ込んでこちらを見ている。


 心臓が大きな音を立て始めた。


「……やっぱり、リーニャって僕のことが好きなの? 僕を見て真っ赤になるってことは、そうとしか考えられないよね?」


 いや、これはリーニャがものすごく人見知りだからだ。人見知りというのは、他人に声をかけられただけで赤くなってしまうものなのだ。

 それにこんな美少年を間近で見て、平然としていられる人なんていないはず。


 あわあわと焦るリーニャに、フェリクスは柔らかな笑みを浮かべた。

 それから、リーニャに触れようと手を伸ばす――と、その時。


 ひらりと紺色のスカートをひるがえし、愛くるしいウエイトレスが駆け寄ってきた。座り込むリーニャとフェリクスの前まで来ると、彼女は軽い音を立ててぴたりと止まる。

 それから、ぴしっと人差し指をフェリクスに向けた。


「ちょっと、お客様! うちの可愛いリーニャ姉様に手を出さないでいただけます?」

「……君は、誰?」

「私はサーシャ。リーニャ姉様の妹ですわ!」


 愛くるしいウエイトレスであるサーシャが、ふんっと鼻息を荒くして胸を張った。

 フェリクスは翠の瞳を細くしながら、サーシャを見上げる。その顔はどことなく不機嫌そうに歪んでいた。


「リーニャの妹にしては、ずいぶんと偉そうだね。全然似てない」

「なんですって! 似てますわよ! ほら、この空色の髪とか紫の瞳とか! 貴方の目は節穴ですの?」

「うわ、本当に偉そうで、しかも失礼だ! やっぱりリーニャと全然似てない!」


 リーニャの目の前で、天使な美少年と可愛い妹が睨み合いを始めた。


 じとりとした目線で妹を見上げ、ツンとした表情を見せる天使。

 ぷっくりと頬を膨らませ、仁王立ちする妹。


(……なんか険悪な雰囲気ですね。ああ、でもどっちも可愛いです)


 まるで、子猫と子犬のケンカを見ているような気持ちになって、リーニャはつい微笑んでしまった。


 そういえば、フェリクスは十七歳の伯爵令息。

 そして、妹サーシャは十六歳の子爵令嬢。

 年齢的にも、身分的にも、この二人は釣り合うのではないだろうか。


「あ、あの」

「なに?」

「なんですの?」


 リーニャの呼び掛けに、睨み合っていた二人が同時にこちらを向く。

 息ぴったりの動作。やっぱりこの二人は合うかもしれない。


「えっと、フェリクス様の花嫁さんに、うちのサーシャはどうですか?」

「は? 嫌だよ、こんな偉そうなの」

「私だって嫌ですわよ、こんなツンツン魔術師」


 また二人が睨み合いを始めてしまった。リーニャはわたわたしながら二人の間に入って、さらに言葉を続ける。


「でも、サーシャは明るくて可愛くて、本当に自慢の妹なんです! それに、フェリクス様も言ってらっしゃいましたよね。花嫁さんはそれなりの身分のある人が良いって」

「うん、言ったけど……」

「サーシャは子爵令嬢ですから、ぴったりだと思うんです」

「……え?」


 ぽかんとフェリクスが口を開ける。信じられない、という顔だ。

 フェリクスはリーニャを見た後、ふんぞり返っているサーシャを見上げ、またリーニャに視線を戻す。


「え、え、ちょっと待って。リーニャの妹が、子爵令嬢?」

「はい。立派な貴族令嬢です!」

「いやいやいや、それなら、リーニャも子爵令嬢ってこと?」

「まあ、そうですけど」

「ちょっ……そういうことは、早く言ってよ……」


 フェリクスは片手で目を覆うと、天を仰いだ。ふわりと金の髪が揺れる。


 心地良い秋の午後。柔らかな日差しが窓から差し込んできて、フェリクスを照らし出した。

 そう、まるでスポットライトのように。


 店内の淡い照明よりも強く輝く光を受けた美少年は、とても絵になっていた。リーニャは神々しささえ感じるその光景に、感嘆のため息をつく。

 フェリクスはというと、そんな風に見られているとも知らず、険しい声で唸り始めた。


「貴族が集まる夜会や舞踏会で見かけたことがないから、全然気付かなかった……。しかも、貴族令嬢がこんなところで働いているとか思わないし……」


 リーニャたちが貴族の集まる場所になかなか顔を出さないのは、子爵家が貧乏だからだ。夜会や舞踏会に行くにはドレスなどが必要になるけれど、そのドレスを買うお金がないのだ。

 もちろん、着ていくドレスがあれば行ってみたいとは思っている。まあ、叶うことのない夢だけど。


「そっか……。それなら僕は、やっぱりリーニャのことが……」


 ぽつりとフェリクスが呟いて、リーニャをじっと見つめてきた。


 宝石のように綺麗に輝く翠の瞳に捕らえられ、リーニャの胸がどきりと鳴る。

 なぜそこでサーシャではなくリーニャを見るのだろう。


 頭の中が疑問符でいっぱいになったその時。

 店の扉が、勢いよく開いた。

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