38:ツンツン魔術師の花嫁探し(5)
大切な話とは何だろう。
気になるけれど、ひとまずハーブティーを入れるのに集中することにした。
リーニャは台所に立ち、ハーブが入った大きな瓶を並べていく。
「今日は疲労回復できるハーブティーを入れましょう!」
いつも仕事を頑張っているフェリクスに、元気の出る一杯を入れてあげたい。そう思ったリーニャは、ハーブをその場でブレンドしていく。
滋養強壮作用に優れたオートムギとシベリアンジンセン。それに、元気のもとになってくれるマテを加える。頭の中をすっきりさせてくれるゴツゴーラと、血液の流れを良くしてくれるホーソンベリーもほんの少し入れる。
ガラス製のティーポットの中にこれらを入れてお湯を注ぐと、爽やかな緑を思わせる香りがふわりと広がった。
「フェリクス様の心と体が、癒されますように」
リーニャは心を込めて祈り、そのハーブティーを応接室にいるフェリクスの元へと運んだ。
フェリクスはリーニャの姿を見ると、幸せそうに笑みをこぼす。リーニャも釣られて、にこりと微笑んだ。
「お待たせしました! 今日は疲れを癒してくれるハーブティーです! ちょっと苦みがあるんですけど……大丈夫ですか?」
「僕のこと、子ども扱いするのは止めて。平気だよ、苦いくらい」
少しムッとしながらも、フェリクスはハーブティーを口にした。本当に苦いのは平気だったらしく、おいしそうにこくこくと飲んでしまう。
「うん、やっぱりリーニャのハーブティーはおいしいね。……あ、それで、大切な話についてだけど」
ティーカップをテーブルに置き、フェリクスがすっと表情を引き締めた。リーニャに自分の隣に座るように、ぽんぽんとソファの座面を叩く。
リーニャは少しドキドキしながら、大人しくフェリクスの隣に座った。
「もうすぐ僕の十八歳の誕生日が来るんだ。で、その日にパーティーをするんだけど」
「伯爵家のパーティー……なんか、すごそうですね」
「うん、多くの人を招待するから毎年大変だよ。で、今年のパーティーではリーニャとの婚約を発表しようと思ってるんだ。だからリーニャ、僕と一緒に挨拶するの、頑張ってくれる?」
「……へ?」
婚約発表、というのはまあ分かる。リーニャにとっても嬉しいことだから、異論はない。
でも、そこで挨拶をするということは、大勢の初対面の人たちの前で話すということなのでは。
リーニャはぴしりと固まった。フェリクスが心配そうにリーニャを見つめてくる。
「リーニャがそういうの苦手なのは分かってるんだけど。……逃げないで、ずっと僕の傍にいてくれる?」
本音を言えば、逃げたい。だって、リーニャの人見知りは、まだ完全に直ったわけではないから。
でも、リーニャはぷるぷると震えながらも、なんとか頷いてみせた。
「だ、だだ、大丈夫ですよ。逃げたりなんか、しません。ご、ご安心を」
「声、震えてるよ。本当に大丈夫?」
「はい。に、逃げたらフェリクス様が、また不安になるでしょう? それは、嫌、なので」
フェリクスは一瞬ぽかんとした表情になったけれど、すぐに破顔した。
「良かった。まあ逃げられたら全力で捕まえにいこうとは思ってたけどね。……こんな風に」
「きゃあ!」
とん、と軽く押され、リーニャは長いソファの上にころんと仰向けに転がされた。
すかさず、その上にフェリクスが覆いかぶさってくる。一瞬にしてリーニャはフェリクスに閉じ込められた。
フェリクスの翠の瞳が、いたずらっぽくきらめく。と同時に、フェリクスがこらえきれないようにくすくすと笑った。その吐息がリーニャの耳をくすぐってくる。
「ひゃん! み、耳……やっ、です……」
「あはは! そのセリフ、初めて会った時と同じだね!」
フェリクスが楽しそうにそう言った後、リーニャの頬にひとつキスを落とした。
「あの時は、本当に十八歳までに花嫁が見つかるか半信半疑だった。でも……」
今度は額にキスが落とされる。続いて、鼻の頭にも。
「ちゃんと見つかった。こんな、可愛い花嫁が」
唇が重なる。とても、とても、甘いキス。
さっきフェリクスが飲んだハーブティーは、確かに苦みがあるものだったはずなのに、なんでこんなに甘いんだろう。とても不思議な感じがする。
春の花のようなフェリクスの香りが、そして甘いキスが、心地良くてたまらない。
リーニャはそのままフェリクスに身を委ねた。
春の日差しの差し込む部屋に、ふたりきり。
とろけるような甘い時間。
ふと唇が離れた時に、フェリクスが小声で囁いた。
「あの店は本当に『願いを叶えてくれるお店』だったね。あの日、あの時、店に行って良かった……」
そう、あれは運命の出逢いだった。リーニャにとっても、フェリクスにとっても。
フェリクスが優しく微笑んで、また顔を近付けてくる。リーニャは応えるように、そっと目を閉じた。
と、その時。
ばんっと勢いよく応接室の扉が開いて、兄イザークと妹サーシャが現れた。
「リーニャ、聞いてくれ、朗報だ!」
「うわあああ!」
兄妹の登場に驚いたフェリクスが、ソファから転がり落ちた。先程まで体の上にあった温かな重みが急になくなって、リーニャはきょとんと目を瞬かせる。
「え、イザーク兄様? えええ……今良いところでしたのに」
「あ、もしかして邪魔したか? 悪い! じゃあまた後で来る! フェリクス様、続きをどうぞ!」
「いや、この状況で続きは無理でしょ! もう、本当、なにこれ……」
フェリクスが嘆き、うなだれる。どうやらこれ以上のキスは、ひとまずおあずけらしい。
兄はもう一度「悪い」と謝った後、リーニャに白い封筒を見せてくる。そこにはルアンナの名前が書いてあった。
「さっき、この手紙が届いたんだ。ルアンナ様が、なんと壊れた店の修繕を手伝ってくれるって!」
ルアンナは、自分が訪れたせいで店が壊れた、とずっと気に病んでいたらしい。できる限り力になるから、何でも言ってほしいと手紙に書いてきたという。
サーシャはキラキラと目を輝かせながら、弾んだ声を出す。
「前よりもすごいお店にできるかもですわ! ワクワクしますわね、リーニャ姉様!」
リーニャはこくりと頷きかけたけれど、あることに気付いて固まった。
フェリクスと結婚したら、リーニャは次期伯爵夫人としての勉強をしなくてはならない。今までのように店に関わることなんて、できなくなるだろう。
しょんぼりとうつむくと、フェリクスにぽんと肩を優しく叩かれた。
「リーニャ、僕と結婚した後もお店に出て大丈夫だよ」
「え?」
「リーニャはあの店が好きでしょ? 僕もあの店でまたリーニャのハーブティーを楽しみたいし」
伯爵家をすぐに継ぐわけでもないから、勉強も焦らなくて良い。
結婚したからといって、好きなことを諦めなくても良いんだ。
そう言って、フェリクスは柔らかな笑みを浮かべた。優しい言葉が嬉しくて、リーニャの心の中がふわりと温かくなる。
「ありがとうございます! ……フェリクス様、大好き!」
ぎゅっとフェリクスに抱き着くと、フェリクスが笑いながら抱き締め返してくれた。
「僕も、リーニャのこと大好きだよ。愛してる」
王都の街の片隅にある、小さなハーブティーのお店。
そこで始まった花嫁探しは、こうして幸せな結末を迎えた。
半年後、たくさんの笑顔が溢れる結婚式で。
ツンツン魔術師とその花嫁は仲睦まじく寄り添って、幸せそうに微笑み合っていたという。
その幸せな話が広まって、この小さなお店は「願いを叶えてくれるお店」として、ものすごく有名になってしまうのだけど――それはまだ誰も知らない、未来のお話。
このお話は、これで完結です。
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