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37:ツンツン魔術師の花嫁探し(4)

 夕暮れの王都の街を手を繋いで一緒に歩いていると、不意にフェリクスが尋ねてきた。


「他に、何か不安なことはない?」

「へ?」

「僕との結婚に不安を抱いてるって言ってたでしょ。ルアンナのこと以外にも何かあるなら、早く教えておいてほしい。僕は、その、女性の扱いはまだまだ分からないことだらけで、察するとかできないから……」


 フェリクスが自信なさげにうつむいた。


「これでも、リーニャと結婚できるように必死にやってるつもりなんだけど。きっと、これからも気付かないうちにリーニャを不安にさせてしまうことがあると思う。だから、言って。言ってくれれば、僕はちゃんとその不安をなんとかしてみせるから」

「……フェリクス様?」

「年下だからって、頼りない男だとか思われたくないんだ」


 そう言って、フェリクスは不安げに瞳を揺らした。

 ここでリーニャは初めて、フェリクスだって不安を抱えることがあるんだという当然のことに気が付く。


 リーニャは十九歳。フェリクスはまだ十七歳。

 今はリーニャの方が、二歳も年上のお姉さんだ。

 なのに、フェリクスがしっかりしているものだから、ついリーニャばかりが不安を口にしてしまっていた。


 このままでは駄目だ。

 リーニャも、フェリクスの不安を取り除いてあげないと。


 リーニャはぎゅっと繋いだ手に力を込めた。


「頼りないなんて思ってないです。私の方こそ、頼りなくてごめんなさい。あの……フェリクス様も、不安なことがあったらすぐに言ってくださいね。私も、ちゃんとフェリクス様の不安をなんとかしてみせますから」


 フェリクスが顔を上げて、リーニャを見つめてくる。彼は数回目を瞬かせた後、ふにゃりと天使の笑顔になった。


「うん。……じゃあ、ひとつ質問して良い?」

「はい、もちろんです! なんですか?」

「リーニャは……その、僕のこと、好き……?」

「えっ」


 ついこの前、好きって言ったはずだけど。

 ぽかんと口を開けたままフェリクスを見ると、彼は口を尖らせつつ小声で言う。


「だって今日、僕から本気で逃げたでしょ……」

「え、あれのせいで不安になっちゃったんですか?」

「そうだよ……悪い?」


 気まずいのか、フェリクスは視線を外してツンとした表情をした。


 ああ、逃げたのは失敗だった。これはリーニャのミス。

 だからここは、リーニャが頑張って、もう一度気持ちを伝え直さないと。


 そう、リーニャはやればできる子なのだから。


「フェリクス様! 私は、フェリクス様のこと大好きですよ!」


 言葉だけでは足りない気がして、リーニャは行動も起こすことにする。ぐいっと繋いでいる手を引っぱって、フェリクスと正面から向き合った。

 そのまま少し背伸びをして、顔を近付ける。


 ちゅ、とフェリクスの頬に唇を触れさせた。

 その途端に、ばふっとフェリクスの顔が真っ赤に染まる。


「リーニャ、ここ街のど真ん中……! 人に見られたらどうするの!」

「お嫌ですか?」

「嫌じゃないけど! むしろ嬉しいくらいだけど!」


 なんだ、それなら良いではないか。

 リーニャはにこりと笑みを浮かべ、またフェリクスに顔を近付ける。


 今度は唇に軽く口づけてみた。フェリクスは全身を真っ赤にして、固まってしまう。


 なんだこれ、楽しい。リーニャはどんどん気分が上がってきた。

 もう一回やってみようとまた背伸びをした、その時。


「リーニャ姉様、駄目ですわよ!」


 後ろから妹が現れて、さっとリーニャの口を塞いだ。続いて兄が現れ、フェリクスに向かってひたすらぺこぺこ頭を下げ始める。


「すみません、すみません、フェリクス様! こら、リーニャ! こんなところでそんなラブラブなことをしない! ……ああもう、本当にすみません!」


 謝り倒す兄イザーク。口を塞がれたままジタバタするリーニャ。姉を必死に抑える妹サーシャ。

 なんとも騒がしい三兄妹を前にして、フェリクスは両手で顔を覆い、うめく。


「うわあ……もう本当、なにこれ……。恥ずかしすぎでしょ……」


 夕暮れ時の王都の街。行き交う人が、騒ぐ兄妹たちを目を丸くしながら見ていた。


 これ以上恥ずかしい真似をするわけにはいかない。三兄妹とフェリクスは、慌てて帰りの馬車へと戻ることにしたのだった。




 王都での追いかけっこで、改めて気持ちを確かめ合ったリーニャとフェリクス。

 ふたりは結婚の意志を固め、それぞれの親に報告をした。


 フェリクスの両親は、大喜びで結婚に賛成してくれた。心配性な彼らは、女性に振られ続けるフェリクスを見て、この子は一生結婚できないかもしれない、と思っていたらしい。


 だから、フェリクスが「この子と結婚する」とリーニャを紹介した時、彼らは狂喜乱舞した。

 リーニャとフェリクスが相思相愛なことを確認して、これで伯爵家も安泰だ、と大興奮していた。


 一方、リーニャの両親はというと。


「リーニャが嫁に行くなんて、やっぱり寂しい! 嫌だ! 嫁にはやらない!」


 と、父が思いきりごねた。あまりに反対するものだからリーニャも困ってしまったのだけど、最終的には母がなんとか父を説き伏せてくれた。

 母はいつだって、リーニャの味方でいてくれるのだ。


「本当におめでとう、リーニャ。逃げずによく頑張ったわね。リーニャなら、きっと、これからも自分の手で幸せを掴んでいけるわ」


 そう言って、母は祝福してくれた。そんな母に、リーニャはしっかりと頷いてみせ、心の中で誓う。


 ちゃんと前を向いて生きていく、と。

 何か辛いことがあっても、めげたりくじけたりせず、乗り越えてみせる、と。


 そう、リーニャはもう弱いままの人間ではないから。

 フェリクスのおかげで、少しだけど、確かに強くなれたから。

 これからは、もっともっと強くなって、自分の手でたくさんの幸せを掴んでみせる。




 それから、順調に時は過ぎ、三月になった。

 冬の寒さが和らぎ、温かな春の風を感じられるようになったある日。フェリクスがリーニャの住む屋敷にやって来た。


 リーニャは少し緊張しながら、フェリクスを応接室へと案内する。いつもは店で会っていたので、こうして屋敷に招くのは初めてだ。見慣れた屋敷の中に天使のような美少年がいるというのは、なんだか妙な感じがして、そわそわしてしまう。


 応接室の窓から見える景色は、すっかり春のものになっていた。花壇に並ぶ小さな花が、柔らかな風に揺れている。


「えっと、このソファに座って待っていてください! 私、ハーブティーを入れてきます!」


 春の景色を楽しめる位置にあるソファを、フェリクスに勧める。フェリクスは言われた通りにソファに腰を掛けた。そして、リーニャを上目遣いで見つめたかと思うと、ふにゃりと幸せそうに笑う。


「リーニャの入れてくれるハーブティー、久しぶりだね。すごく楽しみ。……あ、でも早く戻ってきてよね。今日はリーニャに大切な話があるから」

「大切な話ですか?」


 リーニャがこてりと首を傾げると、フェリクスは「うん」とひとつ頷いた。

次のお話が、最終回になります!

ブックマークが増えていて、ちょっとドキッとしてしまいました。

とっても嬉しいです♪ ありがとうございます!


さて、このお話を書くのに参考にさせていただいた本をご紹介しておきますね。

興味があれば、読んでみると面白いかもです♪


監修 エンハーブ 『エンハーブ式 ハーブティー Perfect Book』 株式会社 河出書房新社 2018年


おおそね みちる 『心と体の不調に効く ハーブティーブレンドBOOK』 株式会社 講談社 2014年


監修 伊嶋まどか 『知っておいしい ハーブ事典』 株式会社 実業之日本社 2018年

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