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35:ツンツン魔術師の花嫁探し(2)

「本当にフェリクス様は、私のことを探しにきてくれるのでしょうか……」


 王都の街を歩きながら、リーニャはへにょりと眉を下げ、不安げに呟いた。

 大通りには、今日も人が多い。もふもふの上着や帽子を身に着けた人が、そこら中にあふれていた。


 フェリクスは王都の端で待機中だ。彼は十一時になったら、リーニャを探し始めることになっている。


「きっと必死になって探すはずですわ。リーニャ姉様を捕まえられなかったら結婚なんてさせない、と念押ししておきましたし」


 隣を歩く妹サーシャが、ふふふと楽しそうに笑った。その前を歩いていた兄イザークも、晴れやかに笑いながら振り返ってくる。


「俺たちの出す試練なんて、受けてもらえないかと思ってたんだけど。意外とフェリクス様も素直だよな。たぶん素直なリーニャに影響されたんだろう……うん、フェリクス様が義弟になるの、楽しみになってきた!」

「ちょっと、イザーク兄様。まだ私、フェリクス様に見つけてもらってません! 義弟っていうのは、気が早すぎです!」


 なんとなく恥ずかしくなって、リーニャは兄の肩をぽかぽか叩いた。兄は更に楽しそうに、明るい笑い声をあげる。


「でもリーニャ、やっぱり見つけてもらいたいんだろ? フェリクス様と結婚したいんだろ?」

「はい……」

「なら、約束だ。フェリクス様に捕まったら、その時はリーニャも頑張って、ルアンナ様との関係を聞いてみること! その覚悟ができるまでは、まあ捕まらないように逃げたら良い」


 兄の優しい眼差しに、リーニャはこくりと頷いた。


 兄妹が言い出したこの奇妙な試練は、フェリクスの覚悟を問うと同時に、リーニャの覚悟も問うているのだろう。

 これは、リーニャをまたひとつ成長させるために、兄妹が作ってくれた貴重な機会だった。


「……さあ、リーニャ、サーシャ。そろそろ十一時――フェリクス様が動き出すぞ。兄妹力を合わせて、全力で翻弄してやろう!」

「そうですわね! リーニャ姉様を捕まえようと必死になるツンツン魔術師……ふふっ、楽しみすぎますわ!」

「イザーク兄様もサーシャも、なんか生き生きしてますね……遊びではないですのに」


 そして、十一時がやって来た。

 三兄妹に緊張が走り、周囲をきょろきょろと警戒し始める。


(ルアンナ様のことを聞く覚悟ができるまで……捕まるわけにはいきません!)


 リーニャはドキドキする胸を押さえ、青く広がる空を見上げた。




 一時間後。王都の街の真ん中にある時計塔の鐘が鳴った。

 フェリクスとはまだ遭遇しない。はじめの十分ほどは、兄妹全員どこからフェリクスが現れるのかと身構えていたのだけれど、すぐに警戒を緩めてしまっていた。


「まあ、王都は広いから苦戦してるんだろ。いずれにせよ、見つかってからが本番だ。とりあえず今はしっかり食べておこう!」


 兄がそう言って、サンドイッチを買ってくれた。三兄妹は公園へ行き、空いているベンチを見つけると、そこに三人仲良く並ぶ。それから、揃ってサンドイッチを頬張った。


 もきゅもきゅと食べていると、王都警邏隊の白い制服を着た隊員が巡回している姿を見かけた。一瞬どきりとしたけれど、今日のフェリクスは普段着だった。

 ひとまず、ほっとする。


 早く見つけてほしいような、でももう少しだけ時間が欲しいような。

 リーニャは複雑な気持ちになりながら、はあと小さくため息をついた。




 更に一時間後。午後一時のこと。

 フェリクスはまだその姿を見せない。本気で探してくれているのか、少し不安になる。

 三兄妹は王都の街をいたって普通に歩いており、逃げも隠れもしていないのに。


 だんだん暗い顔になっていくリーニャを元気づけようと、サーシャが明るい声を出す。


「心配しなくても、日暮れまでには現れますわよ。あ、あちらの雑貨屋さんに寄りましょう! 可愛い小物を見るだけでも気分が上がりますわ!」


 妹が指さした先を見て、リーニャの脳裏にある光景がよみがえってきた。


 天使みたいな柔らかい笑顔のフェリクス。

 彼の腕にしがみつき、楽しそうに笑うルアンナ。


 そう、そこはフェリクスとルアンナが仲良さげに笑い合っていた、まさにその場所だったのだ。

 なんだか動悸がしてくる。こんな時に思い出したくなかった。


(フェリクス様に聞くの、やっぱりまだ、恐いです……)




 それからまた一時間後。午後二時のこと。


「リーニャ、見つけた!」


 とうとうフェリクスがリーニャの前に現れた。暗い気分でどんより沈んでいたところだったので、突然聞こえた想い人の声に必要以上に驚いてしまう。


 フェリクスは息を切らし、汗をぬぐいながら、リーニャを見つめていた。いつも整っている柔らかな金髪は、冬の風に弄ばれて乱れてしまっている。

 ものすごく疲れているように見えるのだけど、彼はなんとか笑みを浮かべて、リーニャに手を差し伸べてきた。


「リーニャ、こっちに来て」

「ま、まま、まだ駄目です! やっぱり恐いですー!」


 リーニャはぴょこんと飛び上がると、涙目で駆けだした。


 フェリクスのことが好きだから。だからこそ、恐い。もう少し、もう少しだけで良いから、覚悟を決める時間が欲しい。


「え、ちょっとリーニャ? 待ってよ、やっと見つけたのに!」

「ご、ごご、ごめんなさい!」


 リーニャを探して王都中を駆け巡っていたフェリクスと、のんびり体力を温存していたリーニャ。

 この状況下では、圧倒的にリーニャの方が有利だった。


 その上、リーニャは極度の人見知りのおかげで、逃げることに関しては玄人レベルといっても過言ではない能力を有していた。


 結果、あっという間にリーニャはフェリクスを()いた。


 まさか逃げきれるとは思っていなくて、自分でも驚いてしまう。

 ついでに兄妹も置いてきてしまったことに気付き、更に驚いた。


「あ……あわわ、どうしましょう……?」


 予想外の展開にリーニャはおろおろしながら、兄妹を求めて歩きだした。




 またまた一時間後。午後三時のこと。


 リーニャはようやく兄妹の姿を見つけた。二人はゆったりとカフェでお茶を飲み、ケーキを頬張っている。

 リーニャが半泣きで探していたというのに、なんて薄情な。


「イザーク兄様……ぐすっ、サーシャ……ひっく」

「泣くくらいなら逃げなきゃ良いのに……ああ、よしよし」

「リーニャ姉様、ここのケーキはとってもおいしいですわよ。ほら」


 リーニャは兄に頭を撫でられつつ、妹に勧められたケーキを食べる。


「……おいしいです」


 キラキラした苺とふわふわ甘いクリームが、口の中で幸せなハーモニーを奏でる。

 リーニャは少しだけ機嫌を直した。そんなリーニャを見て、サーシャが笑う。


「それにしても、リーニャ姉様の逃げ足はさすがですわね。ツンツン魔術師は呆然としてましたわよ。まあすぐにリーニャ姉様を追っていったみたいですけど」

「……撒いちゃいました」

「ふふふっ! そうみたいですわね。でも、あの調子じゃまだまだ諦めそうにはなかったですわ。よほどリーニャ姉様と結婚したいのでしょうね……。これが本当の『ツンツン魔術師の花嫁探し』ってやつですわね。ふふふっ!」

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