33:諦めたくない(6)
狭い部屋の中。リーニャとフェリクスは、床に座っている状態で向かい合っていた。
「……状況を整理しておきたいんだけど」
フェリクスの顔はまだ赤いままだ。耳まで赤くして、翠の瞳も少し潤んでいる。
今の彼は、最強の照れ天使と呼びたいくらいに可愛かった。
「はい、今は大事な話をしているところですよね。フェリクス様の花嫁さん探しについての話です!」
「まず、そこから違うし」
「え、花嫁さんの話ではないのですか! もう私を口説くのを諦めたという意味で、『ごめん』って言ったのでは? 私、振られたんですよね?」
フェリクスは大きくため息をついた後、両手で顔を覆って小さくうめいた。
「違う……全然違うよ、リーニャ。僕が謝りたかったのは……」
顔から手を離したフェリクスは、リーニャの方へと手を伸ばしてきた。そして、低い位置で二つに結っている空色の髪に、そっと触れた。
その毛先は、焦げてちりちりになっている。
そういえば、ルアンナをかばった時に炎の玉に焼かれたのだった。すっかり忘れていた。
「僕が謝りたかったのは、この髪のこと。もっと僕が早く助けに来ていれば、リーニャの髪はこんな風に傷つかなかったはずでしょ。恐い思いだってすることもなかった。リーニャのことをちゃんと守ってあげられなくて、本当にごめん」
「これくらい大丈夫ですよ! ちょっと毛先が焦げただけですし」
「大丈夫なわけないでしょ! 髪は女の命だよ?」
フェリクスは辛そうに眉をきゅっと寄せ、リーニャの焦げた髪を指で撫でる。ちょっと切ってやれば、これくらいはすぐに何とかなるレベルだというのに、少し大袈裟だ。それに、放っておいても髪なんてそのうち伸びてくるし。
でも、こんな風に心配してもらえるのは、なんだか嬉しかった。心の奥がぽかぽかと温かくなってくる。リーニャはつい、へにゃりと笑みをこぼしてしまった。
「リーニャ、なに笑ってるの。今は笑うようなところじゃないでしょ」
「えへへ、だってフェリクス様が私を心配してくれたから、嬉しくて」
「リーニャの考えていることはよく分からないよ……」
フェリクスが呆れたように脱力し、天を仰ぐ。けれど、すぐにはっとした顔をして、リーニャの方へ視線を戻した。
「それなら、さっきのリーニャの暴走は一体何だったの? 抱き着いてきたり、キ、キキ、キスしてきたり……振られたと思う人間がすることとは思えないけど」
先程のことを思い出し、またも真っ赤になるフェリクス。そんな彼を見ていると、リーニャも釣られて恥ずかしくなってきてしまう。冷静になって考えてみると、さすがにキスはやりすぎだったような気がする。
リーニャは顔が熱くなるのを感じつつ、小声で白状した。
「イ、イロジカケをしようと思ったんです……」
「え?」
「振られても、イロジカケをすると恋が叶うって聞いたんです! だから、フェリクス様にイロジカケを……」
しん、と部屋が静まり返る。
恥ずかしい。なんてことをしてしまったのだろう。フェリクスの顔が見られない。
リーニャは全身を赤くしながら、ぷるぷると震えた。
その沈黙を破るように、フェリクスがゆっくりと息を吐く。
「あのさ、ひとつ確認しても良い?」
「は、はい、なんでしょう!」
「リーニャは……僕のことが好きなの? その、恋愛的な意味で」
思わずぽかんと口を開け、フェリクスを見てしまう。フェリクスは顔を赤らめたまま、言い訳でもするように話し始めた。
「僕は最初の頃、リーニャに惚れられたって本気で思ってたんだけどね。その話を先輩にしたら、『それは勘違いだ』って言われたんだ。で、よく考えてみたら……うん、確かに勘違いだったなって思った」
フェリクスの言う通り、最初の頃のリーニャは恋なんてしていなかった。少しずつ、本当に少しずつ、彼に惹かれていったのだ。
「はじめは、リーニャが僕のことを好きなんだから、前向きに考えようかな、くらいの気持ちだった。でも、勘違いに気付いたその時に、本当は僕の方がリーニャに惚れてたんだって分かった。もう、他の女性を花嫁に、なんて考えられないくらいに」
フェリクスが姿勢を正して、リーニャに再度尋ねてくる。
「もう勘違いしたくないんだ。だから、ちゃんと本当のことを教えて。リーニャは、僕のことが好き?」
フェリクスの真剣な瞳と目が合う。リーニャの心臓がどきんと跳ねた。
ばくばくと大きな音を立て始めた胸にそっと手を当てつつ、リーニャはこくりと頷いてみせる。
「私はフェリクス様のことが好きです。本当は、ずっと、フェリクス様の花嫁さんになりたかったんです!」
言えた。逃げたりせず、ちゃんと自分の気持ちを言うことができた。
まだまだ自信はないけれど。リーニャはこれからも成長する。
ひとつひとつ、できることを増やしていく。
「リーニャ……ありがとう」
リーニャの返事を聞いたフェリクスが、へにゃりと微笑んだ。
「僕も、リーニャのことが大好き」
フェリクスがリーニャをぎゅっと抱き締めてくる。リーニャもフェリクスに甘えるようにぎゅっとしがみついて、くすくす笑った。
フェリクスの腕の中はとても温かくて、安心できる。これからもずっとこうしていたい。
そんなリーニャの気持ちに応えるように、フェリクスが耳元で囁く。
「リーニャのことが、本当に大好き。愛してる。だから、僕と結婚して?」
とろけるような甘い声色で囁かれ、リーニャの心臓が飛び跳ねた。
ドキドキしながら何度もこくこくと頷くと、フェリクスは柔らかな笑みを浮かべた。
ちゅ、とひとつ、耳にキスを落とされる。続いて、額にひとつ。頬にもひとつ。
「フェリクス様……?」
「僕にキスされるの、嫌?」
「嫌じゃないです。む、むしろ嬉しいくらいです……」
なんか、さっきと逆だ。フェリクスもそう思ったのか、ふっと笑いを漏らした。
リーニャの頬にフェリクスが手を添える。そして、ゆっくりと顔を近付けてくる。
フェリクスの熱い吐息が、リーニャの唇をくすぐった。
そして、唇が重なる。リーニャはそっと目を閉じ、フェリクスにそのまま身を委ねた。
甘い。とろけてしまいそう。温かくて、柔らかくて、気持ち良い。
一度唇が離れたけれど、フェリクスはまたすぐに二回目のキスをしてきた。今度は少し長く、よりとろけるような熱いキスを。
指を絡めるようにして、フェリクスが手を握ってくる。彼の想いに応えるように、リーニャもその手を握り返した。
(フェリクス様、大好きです……)
そんな風に、リーニャとフェリクスは甘い二人だけの時間を過ごした。
いつまで経っても部屋から出てこない二人を心配した兄妹とミロスラフに声をかけられるまで、ずっと、ずっと――。
こうして、二人の気持ちは通じ合った。
けれど、まだひとつだけ、不安のかけらが残っていた。
そこから兄妹の悪ふざけが始まることになるのだけど――この時のリーニャは幸せいっぱいで、そんなこと予想すらしていなかった。
ブックマークが増えていて、本当に嬉しいです♪
幸せをありがとうございます!
残り、あと5話。
最後まで毎日更新、頑張りますね!




