21:恋する舞踏会(3)
その金色の光には見覚えがあった。リーニャはその光が生まれたであろう場所へと目を向ける。
思った通り、そこにはフェリクスが立っていた。
フェリクスは少女を羽交い締めにしている男を、冷たい目で睨んでいた。天使のような美少年が見せる冷酷な表情に、男がたじろぐ。
「な、なんだ、お前……!」
「それはこっちのセリフ。せっかく良いところだったのに邪魔されて、僕、今すごく機嫌が悪いんだけど」
フェリクスは冷たい視線を男に向けたまま、金色の光を操ってみせる。光は男が生み出す黒いもやを次々と消し、更に男の体を拘束するように動いた。
男の腕が金の光に絡めとられた瞬間、少女の体が自由になる。
「きゃああ!」
少女がバランスを崩して転びそうになるのを、フェリクスがさっと支えた。
一部始終を見守っていた貴族たちから、小さく歓声があがる。
捕まえていた少女を逃がしたことに気付いた男は、チッと舌打ちをして、フェリクスの光を振りほどいた。そのまま身をひるがえし、バルコニーの方へと駆けだそうとする。
けれど、フェリクスはそれを許さない。
「逃がすわけ、ないでしょ」
フェリクスの指先から金色の光が新たに生まれたかと思うと、それは幾筋もの線となって男に向かって行く。光は男の手足に絡みつき、ぎちぎちと締め上げるように巻き付いた。痛みがあるのか、男の顔が醜く歪む。
「くそっ! 離せ!」
「静かにしてくれる? 周りに迷惑でしょ?」
金色の光が容赦なく男の口を塞ぐ。低い唸り声しか出せなくなった男は、次第に勢いを失くし、うなだれた。
そこを騎士たちが取り押さえにいく。
そこからはあっという間だった。男は枯れ枝のようにひょろひょろしているので、屈強な騎士には敵わない。魔法を封じる枷を手首にはめられ、抵抗する間もなく連行された。
リーニャは、このフェリクスの活躍を最後まで見守り、ぷるぷると震えた。
(フェリクス様、すっごく強かったです! かっこよかったです! さすが王都警邏隊のエリートさん……ああ、あの冷たい表情も魅力的でした……!)
今まで知らなかったフェリクスの新しい一面を知って、リーニャは自分の恋心が加速していく予感がした。
フェリクスが戻ってきたら、さっきの活躍について絶賛しよう。
それから、今度こそちゃんと「好き」と伝えて、正式に花嫁候補にしてもらおう。
いや、候補をすっ飛ばして婚約者にしてもらえるように頼んでみよう。
リーニャはいろいろ妄想しつつ、フェリクスの方へと目を遣った。
と、そこで全く予想外の光景を目にしてしまう。
フェリクスの腕に、少女がしがみついている。その少女は、先程まで男に捕まえられていたご令嬢だった。彼女はくるくると巻いた薄紅色の髪を可愛らしく揺らし、フェリクスを潤んだ瞳で見つめている。
「助けてくださって、ありがとうございました。私、ずっとあの男につきまとわれていて、困っていましたの。何度お断りしても、交際を申し込むのを止めてくれなくて……」
「ああ。それは大変だったね」
「あの男、王宮魔術師だからといって、いつも偉そうにしていて。自分より優秀な魔術師なんていないって、自慢ばかりしていましたわ。もう、本当にうんざりしてましたの。でも、貴方は魔法であの男に勝った……私、本当に驚きましたわ!」
「あいつ、王宮魔術師だったの。なるほどね」
熱心に話し掛けるご令嬢と、興味がなさそうな顔で適当な返事をするフェリクス。
なんだか妙な展開になっているみたいだ。
それにしても、あのご令嬢、フェリクスに密着しすぎではないだろうか。今日のフェリクスのパートナーはリーニャなのだから、少しは遠慮してほしい。
リーニャはむっとしながら、二人の方へ行こうと一歩踏み出す。
けれど、それより先にご令嬢がとんでもないことを言い出した。
「あら、よく見たら貴方は伯爵家のフェリクス様ではないですか! やだ、そうならそうと言ってくだされば良いのに……私、侯爵家のルアンナですわ!」
「うん、知ってるけど」
「フェリクス様は今、花嫁をお探しになっているのでしょう? ……ちょうど良いですわね。私、フェリクス様の花嫁になりますわ!」
「……は?」
ご令嬢――ルアンナは、目を丸くして驚くフェリクスに、ふわりと微笑みかける。
「私、フェリクス様の好みのタイプも把握してますわよ。自分を好いてくれる女性が良いのでしょう? なら、好都合ですわ。だって私は、貴方のことなら好きになれそうですもの」
「え、いや、ちょっと待って。僕はもう」
「これも運命だと思いますわ。ね、フェリクス様」
ルアンナが大きな瞳を潤ませて、フェリクスを見つめる。その表情はリーニャから見ても、綺麗で可愛らしくて、胸がぎゅっとなるくらいだった。
それを誰よりも間近で見たフェリクスは、動揺して視線を彷徨わせている。
あんなに可愛らしいご令嬢に言い寄られるなんて、すごい。
まあ、さっきの救出劇は少女の心を掴むには充分だったと思う。あんな風に助けてもらったら、リーニャだって一発で惚れるだろう。
金髪の美少年と薄紅色の髪の美少女。
見れば見るほどお似合いだ。
リーニャはフェリクスの方へ行くのを止め、後ずさりをする。
そして、くるりと踵を返すと、逃げるように駆けだした。
会場を出て、薄暗い廊下を走る。長いドレスの裾が足に絡みついてきて、とても走りにくかった。
とても素敵なドレス。なのに、今はただ、邪魔なだけ。
リーニャはスカートを少したくし上げ、転ばないようにしながら階段を下りていく。
階段の最後の一段を飛ばして着地すると、ふわりとスカートの裾が広がった。
と同時に、ゆるく結い上げていた髪がほどけて、リボンが床に落ちてしまう。
「あ……」
リーニャは足を止め、床に落ちたリボンを拾った。そして、そのリボンを両手でぎゅっと握り締めて、しゃがみこむ。
ほどけてしまった空色の髪が、リーニャの視界を塞いだ。
(私は、どうしたら良いのでしょう……)
フェリクスは伯爵家の嫡男。王都警邏隊のエリート。
性格は少し子どもっぽいけれど、とても温かくて、優しい人。
女性の扱いが下手という欠点のせいで、今までは良いご縁に恵まれていなかった。
でも、今は――。
フェリクスの花嫁になる、と名乗りをあげたルアンナは、フェリクスの隣が良く似合う女の子だった。
身分も高いし、裕福なお家のお嬢様。見た目だって、とても可愛らしくてうらやましくなるくらいだった。
それに比べてリーニャは。
極度の人見知りだし、世間知らずだし。何も勝てるところがない。
(フェリクス様にふさわしいのは、私じゃないです)
フェリクスには、幸せになってもらいたい。
彼の笑顔は本当に天使みたいで大好きだから、ずっと笑っていてほしい。
フェリクスの花嫁探しが始まって、三ヶ月。
期限内にルアンナという花嫁が見つかったのだから、上出来だ。
あんな可愛い子なら、フェリクスもすぐに好きになるだろう。
そう、あまりに突然のことでびっくりはしたけれど。
これもまた、運命というものなのだと思う。
しばらくそのままぼんやりとしていると、どこかから足音が近付いてきた。リーニャは震える息を吐き、視線を上げる。
その足音の持ち主は、息を弾ませ、声をかけてきた。
「探したよ、リーニャ。なんで、こんなところにいるの?」




