表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/38

21:恋する舞踏会(3)

 その金色の光には見覚えがあった。リーニャはその光が生まれたであろう場所へと目を向ける。

 思った通り、そこにはフェリクスが立っていた。


 フェリクスは少女を羽交い締めにしている男を、冷たい目で睨んでいた。天使のような美少年が見せる冷酷な表情に、男がたじろぐ。


「な、なんだ、お前……!」

「それはこっちのセリフ。せっかく良いところだったのに邪魔されて、僕、今すごく機嫌が悪いんだけど」


 フェリクスは冷たい視線を男に向けたまま、金色の光を操ってみせる。光は男が生み出す黒いもやを次々と消し、更に男の体を拘束するように動いた。

 男の腕が金の光に絡めとられた瞬間、少女の体が自由になる。


「きゃああ!」


 少女がバランスを崩して転びそうになるのを、フェリクスがさっと支えた。

 一部始終を見守っていた貴族たちから、小さく歓声があがる。


 捕まえていた少女を逃がしたことに気付いた男は、チッと舌打ちをして、フェリクスの光を振りほどいた。そのまま身をひるがえし、バルコニーの方へと駆けだそうとする。

 けれど、フェリクスはそれを許さない。


「逃がすわけ、ないでしょ」


 フェリクスの指先から金色の光が新たに生まれたかと思うと、それは幾筋もの線となって男に向かって行く。光は男の手足に絡みつき、ぎちぎちと締め上げるように巻き付いた。痛みがあるのか、男の顔が醜く歪む。


「くそっ! 離せ!」

「静かにしてくれる? 周りに迷惑でしょ?」


 金色の光が容赦なく男の口を塞ぐ。低い唸り声しか出せなくなった男は、次第に勢いを失くし、うなだれた。

 そこを騎士たちが取り押さえにいく。


 そこからはあっという間だった。男は枯れ枝のようにひょろひょろしているので、屈強な騎士には敵わない。魔法を封じる枷を手首にはめられ、抵抗する間もなく連行された。


 リーニャは、このフェリクスの活躍を最後まで見守り、ぷるぷると震えた。


(フェリクス様、すっごく強かったです! かっこよかったです! さすが王都警邏隊のエリートさん……ああ、あの冷たい表情も魅力的でした……!)


 今まで知らなかったフェリクスの新しい一面を知って、リーニャは自分の恋心が加速していく予感がした。


 フェリクスが戻ってきたら、さっきの活躍について絶賛しよう。

 それから、今度こそちゃんと「好き」と伝えて、正式に花嫁候補にしてもらおう。

 いや、候補をすっ飛ばして婚約者にしてもらえるように頼んでみよう。


 リーニャはいろいろ妄想しつつ、フェリクスの方へと目を遣った。

 と、そこで全く予想外の光景を目にしてしまう。


 フェリクスの腕に、少女がしがみついている。その少女は、先程まで男に捕まえられていたご令嬢だった。彼女はくるくると巻いた薄紅色の髪を可愛らしく揺らし、フェリクスを潤んだ瞳で見つめている。


「助けてくださって、ありがとうございました。私、ずっとあの男につきまとわれていて、困っていましたの。何度お断りしても、交際を申し込むのを止めてくれなくて……」

「ああ。それは大変だったね」

「あの男、王宮魔術師だからといって、いつも偉そうにしていて。自分より優秀な魔術師なんていないって、自慢ばかりしていましたわ。もう、本当にうんざりしてましたの。でも、貴方は魔法であの男に勝った……私、本当に驚きましたわ!」

「あいつ、王宮魔術師だったの。なるほどね」


 熱心に話し掛けるご令嬢と、興味がなさそうな顔で適当な返事をするフェリクス。

 なんだか妙な展開になっているみたいだ。


 それにしても、あのご令嬢、フェリクスに密着しすぎではないだろうか。今日のフェリクスのパートナーはリーニャなのだから、少しは遠慮してほしい。


 リーニャはむっとしながら、二人の方へ行こうと一歩踏み出す。

 けれど、それより先にご令嬢がとんでもないことを言い出した。


「あら、よく見たら貴方は伯爵家のフェリクス様ではないですか! やだ、そうならそうと言ってくだされば良いのに……私、侯爵家のルアンナですわ!」

「うん、知ってるけど」

「フェリクス様は今、花嫁をお探しになっているのでしょう? ……ちょうど良いですわね。私、フェリクス様の花嫁になりますわ!」

「……は?」


 ご令嬢――ルアンナは、目を丸くして驚くフェリクスに、ふわりと微笑みかける。


「私、フェリクス様の好みのタイプも把握してますわよ。自分を好いてくれる女性が良いのでしょう? なら、好都合ですわ。だって私は、貴方のことなら好きになれそうですもの」

「え、いや、ちょっと待って。僕はもう」

「これも運命だと思いますわ。ね、フェリクス様」


 ルアンナが大きな瞳を潤ませて、フェリクスを見つめる。その表情はリーニャから見ても、綺麗で可愛らしくて、胸がぎゅっとなるくらいだった。

 それを誰よりも間近で見たフェリクスは、動揺して視線を彷徨わせている。


 あんなに可愛らしいご令嬢に言い寄られるなんて、すごい。

 まあ、さっきの救出劇は少女の心を掴むには充分だったと思う。あんな風に助けてもらったら、リーニャだって一発で惚れるだろう。


 金髪の美少年と薄紅色の髪の美少女。

 見れば見るほどお似合いだ。


 リーニャはフェリクスの方へ行くのを止め、後ずさりをする。

 そして、くるりと踵を返すと、逃げるように駆けだした。


 会場を出て、薄暗い廊下を走る。長いドレスの裾が足に絡みついてきて、とても走りにくかった。

 とても素敵なドレス。なのに、今はただ、邪魔なだけ。

 リーニャはスカートを少したくし上げ、転ばないようにしながら階段を下りていく。


 階段の最後の一段を飛ばして着地すると、ふわりとスカートの裾が広がった。

 と同時に、ゆるく結い上げていた髪がほどけて、リボンが床に落ちてしまう。


「あ……」


 リーニャは足を止め、床に落ちたリボンを拾った。そして、そのリボンを両手でぎゅっと握り締めて、しゃがみこむ。

 ほどけてしまった空色の髪が、リーニャの視界を塞いだ。


(私は、どうしたら良いのでしょう……)


 フェリクスは伯爵家の嫡男。王都警邏隊のエリート。

 性格は少し子どもっぽいけれど、とても温かくて、優しい人。


 女性の扱いが下手という欠点のせいで、今までは良いご縁に恵まれていなかった。

 でも、今は――。


 フェリクスの花嫁になる、と名乗りをあげたルアンナは、フェリクスの隣が良く似合う女の子だった。

 身分も高いし、裕福なお家のお嬢様。見た目だって、とても可愛らしくてうらやましくなるくらいだった。


 それに比べてリーニャは。

 極度の人見知りだし、世間知らずだし。何も勝てるところがない。


(フェリクス様にふさわしいのは、私じゃないです)


 フェリクスには、幸せになってもらいたい。

 彼の笑顔は本当に天使みたいで大好きだから、ずっと笑っていてほしい。


 フェリクスの花嫁探しが始まって、三ヶ月。


 期限内にルアンナという花嫁が見つかったのだから、上出来だ。

 あんな可愛い子なら、フェリクスもすぐに好きになるだろう。


 そう、あまりに突然のことでびっくりはしたけれど。

 これもまた、運命というものなのだと思う。


 しばらくそのままぼんやりとしていると、どこかから足音が近付いてきた。リーニャは震える息を吐き、視線を上げる。


 その足音の持ち主は、息を弾ませ、声をかけてきた。


「探したよ、リーニャ。なんで、こんなところにいるの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] わわ、フェリクス様がカッコいい……! 脱・可愛いですね。でも、いい所を邪魔されてご機嫌斜めなところはやっぱりまだまだ『可愛い』ですね。 ちなみに前回の寸止めは、2人ともとっても可愛かったで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ