14:魔法のキス(2)
植物園の中は、街中と比べると人も少なく落ち着いていて、とても居心地が良かった。見たことのない木や花がたくさんあってワクワクする。奥の方にはハーブが育てられているエリアがあると聞いて、思わず飛び跳ねて喜んだ。
リーニャはキラキラと目を輝かせながら、フェリクスを振り返る。
「フェリクス様! 私、ハーブを見てみたいです!」
「良いけど……毎日店で見てるんじゃないの?」
「見てますよ! でも、店にあるのは乾燥させたハーブばかりなので、新鮮なハーブも見てみたいんです! どんなものがあるのでしょうね……楽しみです! 興奮しちゃいます!」
繋いだ手をぶんぶん振ってはしゃぐと、フェリクスが「分かった、分かったから!」と焦ったように言った。彼は仕方ないなというそぶりをしつつも、リーニャの手を引いて、ハーブのエリアへと歩きだす。
リーニャは嬉しくて嬉しくてスキップしたくなるのを何とか我慢しながら、フェリクスを見上げた。
「あれ、フェリクス様。お耳まで真っ赤になってますよ?」
「あんなキラキラした顔でおねだりされて、平然となんてしていられないでしょ……。もう、さっきから心臓がうるさいし……。全部リーニャのせいだからね……」
「へ?」
「というか、僕がこんなにドキドキしてるっていうのに、なんでリーニャは平気なの? 会ったばかりの頃は、リーニャの方がよく真っ赤になってたのに」
ふてくされたような声で、フェリクスが呟いた。
そう言われてみれば、フェリクスを見てドキドキしたり、体が熱くなったりすることが減った気がする。
それはきっと、リーニャがフェリクスと仲良くなったからだ。
あと、フェリクスの美少年っぷりに慣れてきたから。
「えへへ、良い傾向ですね!」
「どこが! リーニャもちょっとくらいドキドキしなよ! 赤くなりなよ!」
「そう言われましても」
今までドキドキしていたのは、単にリーニャが慣れていなかったことが原因なので、慣れてしまった今、前と同じ反応をするのは難しい。
まあもちろん、急に抱き留められたり、満面の笑みを見せられたりしたら、さすがにドキドキすると思うけど。
どうしたものかと悩み、へにょりと眉を下げると、フェリクスが少し慌てた。
「そ、そんな顔しないでよ……。あ、ほら、ハーブを見に行くんでしょ? どんなものがあるか、楽しみなんだよね?」
リーニャはこくりと頷く。すると、フェリクスは安心したように息を吐き、そのままリーニャの手を引いて歩き続けた。
でも、途中でぽつりと独り言をこぼす。
「リーニャは僕のことを好きなはず……おかしいな、これじゃあまるで普通の友達みたいな扱いだよ……」
「え? フェリクス様、何か言いました?」
「……ううん、なんでもない」
フェリクスが繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
「ハーブ見るの、思いきり楽しんでよね!」
「はい!」
木製の白い柵が見えてきた。
その近くに立てられている小さな看板には『ハーブ園』と書いてある。文字を囲むようにして描かれているのは、薄紅色の花をつけたローズマリー。
リーニャはおしゃれな看板に目をキラキラさせながら、白い柵の向こう側を眺める。
そこには、リーニャの大好きなハーブの世界が広がっていた。
一時間ほど経ち、リーニャとフェリクスはハーブの世界から戻ってきた。
「フェリクス様、すごくすごく楽しかったですね! 新鮮なハーブにたくさん出会えて、私とっても幸せでした!」
レモングラス、ペパーミント、タイム。いつも触れているハーブたちの生き生きとした姿。
どれもリーニャにとっては貴重なもので、見るたびにほわほわと幸せな気分になった。
たくさんのハーブを見たけれど、特に心癒されたのは、看板にも描かれていたローズマリー。可愛らしい花を咲かせている姿に、つい頬を緩めてしまった。
「ローズマリーは集中力を上げてくれたり、血行を良くしてくれたり、いろんな効果が期待できて、とっても優秀なハーブなんですよ! そうそう、アンチエイジング効果もあって、『若返りのハーブ』って言われているんです! ああ、ローズマリーも良かったですけど、他のハーブたちも本当に元気で良かったですよね……。見ているだけで、心がぽかぽかになりました!」
興奮冷めやらぬまま熱弁をふるっていると、フェリクスが急に噴き出した。片手を口元に当てて、小さく震えている。
「ふっ……あはは! リーニャ、子どもみたい!」
「ええっ?」
年下の美少年に、まさか子ども扱いされるとは。予想外の展開に、リーニャは頬を膨らませる。
「わ、笑わないでください! フェリクス様だって、この前のデートで魔導具を見た時、こんな感じだったではないですか!」
「そうだっけ?」
「そうです! どちらかというと、私よりもフェリクス様の方が子どもっぽかったです!」
「ええ? それはないでしょ」
そう軽口を叩きながら、リーニャとフェリクスは仲良く並んで歩く。
と、ここで、繋いでいたはずの手が離れてしまっていることに気付いた。いつの間に離れたのだろう。リーニャがハーブに夢中になっていた時だろうか。
いけない、いけない。
今日はデートの練習をしに来たのに、危うく忘れて、普通に楽しんでしまうところだった。
そういえば、お手本にしようと思っていた恋人たちも見失ってしまっている。
「フェリクス様、大変です! 私たち、理想的な恋人さんたちの真似をしていたはずなのに、忘れちゃってますよ! これではデートの練習になりません!」
「ああ……そういえば、そうだね」
「ほら、フェリクス様、手を繋ぎましょう! それから、恋人さんたちを探さないと! 早く早く!」
リーニャが勢いよく手を差し出すと、フェリクスがまた噴き出した。
「あはは! やっぱりリーニャって子どもっぽい!」
「えええっ!」
笑いながらも、フェリクスはちゃんと手を繋いでくれる。なんだか完全に子ども扱いをされているような気がしなくもないけれど、まあ悪い気はしなかった。
フェリクスの隣は、とても心地良いから。
そうしてフェリクスに手を引かれつつ、植物園の中を歩いていると、バラのエリアでお手本にしていた恋人たちを見つけた。恋人たちはバラのアーチの傍で、楽しそうに何か話をしている。
さりげなく近づいてみると、ふわりとバラの香りが鼻をくすぐってきた。バラの香りは抑うつ、悲嘆といったマイナスの感情をほぐして、心を明るくしてくれる効果があると言われている。
思わずふんふんと匂いを嗅いでいると、隣にいたフェリクスがくすくすと笑った。
「リーニャって本当に面白いね。そんな風に一生懸命バラの香りをかぐ人、僕初めて見た」
「え、変ですか?」
「いや、変じゃないよ。僕はどっちかっていうと、そういう一生懸命な人の方が好きだし」
フェリクスの口から出た「好き」という単語に、少しだけどきりとした。
でも、すぐに首を振って思い直す。別にリーニャのことを好きと言ったわけではない。意識してどうする。
リーニャはこれ以上ドキドキしないように、話題を変えた。
「あ、フェリクス様、見てください! あの恋人さんたち、バラのアーチをくぐってますよ! とっても楽しそうです、真似してみましょう!」
繋いだ手を引っぱりながら「早く早く!」とぴょんぴょん跳ねると、またフェリクスに「子どもっぽい」と笑われた。




