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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
序章 竜王と戦王は出会う。
5/66

5.

5.

 殺せ、殺せと言う男を黙らせる為、思い切り腹を殴った。こちらの挙動で察したのか、厳のような腹筋が拳を阻む。呼吸のタイミングに合わせられず、何度も殴打するはめになった。

 せっかく無傷で男を捕らえられたと言うのに、肝心の最後で多少の怪我をさせた。あれだな、腹を殴って意識を飛ばす、なかなか物語のようにはいかないものだ。

 なにはともあれ、腹の傷に関しては、これでおあいこということにしよう。幸い、ざっくり切られた傷は癒え、黒曜石じみた色の瘡蓋が、薄氷に似た音を立てて剥がれていった。

 さて、腹を抱えて丸くなる男をどうしようか。


 男を縛る趣味もなし、そのまま放置することにした。痛みで動かないのか、気を失っているのか眠ってしまったのか。何にしろ、放って置いても死ぬことはあるまい。自動回復の呪式でも組み込んでいるのか、押さえた手の裏側から漏れる光が見える。

 そう言えば、私の剣は何処に行っただろう。

 見れば玉座の脇に転がっていた。薙ぎ払ったときに、どうやら衝撃でひしゃげたらしい。剣は中程から二つに曲がっていた。以前やってきた人間を返り討ちにした際、治癒の対価として巻き上げた物だった。結構な業物だったのだが、私の膂力には耐えられなかったらしい。

 男のそばに落ちている剣を拾い上げる。いったい何で造られているのか、私の鱗すら割る代物、当たったのが角で本当に良かった。余裕ぶっておいて、一瞬で殺されるとかあまりに情けない。

 どうしようか、貰ってしまおうか。

 駄目だろうな、養父の形見らしい。余程高名な騎士だったのか、あるいは、男が持ち続けたことにより、魔素をたらふく食らっているのか。この世界では武器や鎧も成長する、事がある、らしい。私も詳しく聞いた事がない。と言うか、そもそもそんな知識をもった知り合いが居ない。

 刃渡りは1m近い両刃の剛剣、肉厚で、そのくせ鋭く研ぎあげられている。棒状鍔に近い辺りは、多くの擦過痕がある。そこには刃がつけられていなかった。損耗を嫌っての事か、それとも対人の用法故か。重さも結構なものだ。下手な人間では、片手で持つことも出来ないのではなかろうか。

 見れば、私の脇腹に食い込んだ辺りが変色している。錆びたのか、軽く拭って目を見張る。汚れ、ではない。私の血を吸い込んだがごとく、半円の染みから、木の根の様に紋様が刀身全体に走っていた。

 成る程、魔剣の類いか。斬れば斬るほどに強くなる類い。男にはぴったりの武器だ、これは危うかった。私が手傷を負えば、それに比例して切れ味が上がっていくということ。早々に勝負が着いていなければ、殺されていただろう。

 ふむ、こんな物騒なものは早々に仕舞ってしまおう。

 鞘は、背負っていても抜けるように、中程で皮の覆いが、留め具で外れるようになっている。ため息をついて、男の背から剣帯ごと鞘を外した。そっとそれに納めると、とりあえず玉座の肘掛けに立て掛けた。


 さあ、この後はどうしよう。男の命は私のものだ。

 確かに星空は美しい、城中の庭園も、自信がある。

 だが。

 だが、いい加減、この玉座にも飽いてきた。来る日も来る日も、僅かに寝て、起きて、肉を捕らえて焼いて食う。たまに来る人間を尻尾で払い、光り物を巻き上げて放り出す。

 巻き上げた干し肉と干からびたパンが最高の料理、焼いた肉には塩味すらない。もう、こんな生活は飽き飽きだ。

 私は美味しいものが食べたいのだ。新鮮な果物とか、もう何年も食べてない。木苺にも風情はあるが、きちんと品種改良された、甘くて大きなヤツが 私は食べたいのだ。

 肉にしても、もっとこう、あるだろう。とろとろになるまでワインで煮込まれた奴とか、香辛料を効かせて、香ばしく焼き上げた奴とか。血生臭いのも悪くはないが、私の中の人間であった記憶が呟く。違う、こうじゃない。お肉はもっと美味しい。


「よし、決めた」


 男と共に、この土地を去ろう。

 そうして、まだ見ぬ世界を見て回るのだ。美味しいものを食べて、美味しいものを飲んで、美しい物を楽しむのだ。

 そう決めたら、俄然気分が上を向いてきた。


 唯一心残りになりそうなものは、私が城を離れたら、誰も庭を手入れできないこと。

 ここは古の都で、廃都で、廃城だ。人間はおろか、知性あるものは一切存在しない。死霊や亡者の類いは、私が住み着いた時に一掃してしまった。


 考え事をしながら歩く内に、水の音が聞こえてきた。

 中央にある噴水から、四方に小川となって流れるそれ。色とりどりの花と、珍しい枝振りの木が空間を彩っている。芳しい空気だ。噴水のある池には、明るい色の小魚が泳いでいる。お気に入りの空間だった。噴水は、地にある水脈から、直接引き込んでいる様子なので、枯れる事はあるまい。愛らしい小魚達も、苔や虫などを食んで生き延びるだろう。

 だが、木々はそうもいくまい。放って置けば無分別に伸び、葉を散らし、花を落とし、実を付けるだろう。植物とはそう言うものだ。やがて日の光を奪い合い、強いものだけが残る。小川もいずれ詰まらせてしまうだろう。

 まあ、いいか。形あるものはいつか滅びる定めだ。

 長い旅の後に、まだこの庭があれば、また手を入れれば良い。その時の楽しみだと思っておこう。

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