8.
さて。これをお前が読んでいるのであれば、俺はさぞいい気分を最期に出来たことであろう。
お前のお陰で良い人生になった事を感謝する。
伝えたいことは山ほどあったのだが、いざとなってみると何も思い付かぬ。
よって簡潔に伝えることにする。
早速だが、お前の背負った剣を見るに、お前の敵は最古の魔人王と呼ばれる魔王の復活を目論む悪魔崇拝者の一派だ。
奴等は主信教の影と言っても良いであろう。
古の魔法王国に出現し、その滅びをもたらした魔人王と、かの魔王を討ち果たした英雄を主として崇めている。
断言しよう、魔王と英雄は同一の人物だ。
悪魔と融合し、古の記憶を受け継いだ俺にはそれが解る。
彼の人格は二つに分かたれていたのだ。全てに絶望し、全てを滅ぼそうとする一方と、それを食い止めんとする一方に。
そして、魔王は七つの悪魔と、五つのレイマルギアと呼べる器物に別れた。器の内、二つは俺が破壊している。残りはお前の物と俺のそれ、あと何処かにある一つ。
頑張れ、お前にしか出来ぬ。
長くなった。筆無精の俺からすれば考えられぬ。
我が最愛の息子、その未来に。
8.
「裏付けはとれた、か」
絞り出した声は震えていた。瞬きの数が無闇と増える、どういう訳か、酷く目頭が痛むのだ。
堪えきれず、羊皮紙を焚き火にくべた。皮の焦げる臭いと共に、父親の遺言が天に却って行く。彼の名誉の為にも、残しておくことは出来なかった。
「そうだな。我が父は、悪魔と交戦、敗北こそすれど、その命を以て進行を食い止めていた。そう、報告しよう」
英雄の物語には幕引きが必要だ。その様が悲劇的であればあるほど、人々は冥福を祈る。
真の英雄であった男だ。優しく、強く、露悪主義者であった。
その最期を看取るのが、闇に飲まれる魂を救うのが息子であるならば、彼の物語に傷は付かない。ましてや、命懸けで悪魔を封じていた、となれば、民草は感謝こそすれ厭いはしまい。
「ああ、ついでに雨を祓ったのも押し付けよう」
この雨のせいで、この土地には長らく人が根付けなかったのだ。太陽の指す今、湖沼の魚影はやがて色濃く、多くの麦を育てられる一大食糧供給地となるであろう。
足音がした、焚火に背を向け、ぐっと顔を拭う。いつの間にか雨でも降ったのか、顔が僅かに濡れている。
周辺を警戒に見回っていたティタナが戻ってきた。
「なんだ、どっち見ているんだ」
「腰が冷えた」
は、と、短く笑うと女は焚火の向かいに腰を下ろした。見てはいないが、気配でなんとなくそれが伝わる。
「貴様はさ、冷徹に見えるが熱い男だよな」
「うるせえ」
「まあそう言うな。そもそも、如何に怒りが勝っていたとしても、あの距離を踏破して、私を殺しに乗り込む、だなんて事はなかなか実行できるものじゃない」
「何が言いたい?」
「別に泣いているのを隠さなくても良いという事さ」
思うに、と、前置いて、女は独白じみた言葉を続けた。
「私達は失敗したんだ、せっかく生まれなおしたのに、以前できなかった事、例えば、正しく甘える、なんてことをやらずに育ってしまった。今思い返せば、親にはきっとそんな事も望まれていたのにな」
「そんなものか」
「ああ、きっとそんなものだ。だから―――だから今、貴様がそうして涙するのも、決して恥じる様な事じゃあないんだ」
良かったじゃないか、貴様は最後に孝行できたんだ。そういうと女は仰向けに寝転んだ。
「見ろよ、あの星空を。あれは貴様と貴様の養父殿が取り戻した空だぞ。経緯はどうだって良いじゃあないか。結果だけ見れば、ガーデンツィオ家は千年近い間誰にも出来なかった偉業を成し遂げたんだ。それは、誇って良いだろう」
遠回しな気遣い、とは言い難い、不器用で直球な気遣いであった。
「おい、ティタ、お前」
「なんだ?」
「それは、慰めているつもりか?」
「ああ、そうだ」
「話があっちこっち行き過ぎて解り辛い、まとめろよ」
「貴様なぁ……」
憮然とした気配が伝わってくる。
唇を尖らせて笑うと、続けて言った。
「悪いな、冗談だ。ありがとう」
「よせ、みずくさい」
返る声は平坦だ。どうやら照れているらしい。向きを変えつつ寝転がった、焚火で足の裏をあぶりながら、星空を見上げる。
黒いびろうどに、色とりどりの宝石を砕いて撒き散らした、金銀の粉を更に振りかけた。そんな満天の星空であった。
「願わくば―――」
そう、願わくば。
我が父に安らかな眠りの訪れん事を。




