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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
第四章 我が屍を越えて行け。
41/66

5.

※やや性的な表現を含みます。

 力ずくです。

 おかしい、構想だんかいじゃあ、もっと真面目な濡れ場だったはずなのに……

5.

 掌が熱かった。

 細波の様な震え。無闇と力が入っているのだ、しかし、掴まれた腕に痛みは無い。

 伝わる振動、自分の物ではない。男の手が震えているのだ。

 何を怖がっているのか。

 そんなに優しく触れずとも良い、力一杯握りしめても壊れはしない。

 男の力であれば、全力で握りしめた所で痛みはしないであろう。肉体強度がそもそも違う。

 だと言うのに、まるで触れるか触れないか、そんな程度の力で腕を掴まれている。

 男の手は大きかった。その手からすれば、私の腕など若枝の様なものであろう。

 その手が、まるで巣から離れてしまった子狐のごとく、かすかにかすかに震えていた。


「怖いのか」


 私の声は掠れていた。ひどく喉が渇いている。恐ろしくはないが、緊張はしていた。

 声に色は無い。今は、表情もない。

 男は言葉を発さなかった。発せなかったのかもしれない。

 怖いのか。と、もう一度問いかけた。

 下から手を伸ばす、無精髭の生えた頬にそっと触れた。

 少し、安心した。

 私の手は震えていない。


「そんなに泣きそうな顔をするなよ」


 男の顔は悲痛に歪んでいた。眉根を寄せて上げ、まなじりを落とし、食いしばった歯が見える。くしゃくしゃのそれは、同じ表情の中に幾つもの表情を混ぜ込んでいる。到底一つには絞れそうにない。

 眉根を寄せて、私は苦く笑った。

 今にも泣き出しそうな子供を見ているようであったのだ。

 押し倒され、衣を引き裂かれた。驚きはしたが、特に嫌という訳でもない。

 その気になったのなら、抱けばいい。あの時から、この命は貴様の物だ。

 だが、男の顔に情欲は無い。

 だから苦笑い。子供の癇癪と同じだ。処理しきれなくなって、どうしたらいいのか解らないのだ。

 失う事を恐れている。失ったと諦めた物が、言葉を交わす事が出来る。

 それを、再び失うぐらいなら、自らの命を失った方がましだと考える。

 理解できない話ではなかった。それこそ、彼の命が失われるなら、私の命を捧げて構わない。

 泣きながらでも構わないさ、私が赦そう。


「大丈夫、私は、どこにも行きはしない」


 そう言って、一度目を閉じた。

 一つくらいあっても良い。絶対に失われない物があっても良い。

 命と比べれば、体など。

 否、それは本心ではない。抱かれても良い、ではなく、抱かれるならこの男が良い。

 強く猛々しく、情けなく弱く。如何にも人間くさくて良いじゃあないか。

 腕の力を抜く。自然、長い息が漏れた。

 我ながら艶っぽい声に、恥じらいを覚えて僅かに顔に血の気がさす。

 好きなようにすればいい。

 普通の人間であれば、それこそ突き殺されてしまうであろうが、私が壊れる事はまずないであろう。

 ……心配があるとすれば、生まれてこの方千六百年は使っていない事。それだけあれば、退化して無くなっていても不思議ではない。

 そもそも排泄孔は大小共に既に退化して失われていた。

 食した物は全て魔素に分解されて還元される。同族を滅ぼした頃に、排泄の煩わしさからは解放されていた。だから、上位存在へと進化しているのかもしれない。

 考えてみれば魔獣の類いは繁殖しない。彼等も私と同じく、生殖能力自体を失っているのか。

 自ら触れて確かめる事もない。月の障りもないこの身に、まだ残っていれば良いのであるが。

 色気のない事この上ないが、括約筋に力を入れて確認しておく。筋肉自体は様々使うため残っていた、戦うのにも此処は重要な筋肉である。

 問題は、そこに体腔として存在するかどうかであるのだが。

 抱けば良いと言ったのに、いざとなって抱けないでは冗談も過ぎると言う物だ。


 内心冷や汗を掻きながら、そんな色気もへったくれもない事を考えていると、上に乗った男が身じろぎするのが判った。

 先の勢いはどこへやら、視線は気まずそうに逸らされている。

 後先考えず動いたが、受け入れられるとは思わず水を浴びた心地になってしまったらしい。

 鏡を見るような物だ。人は、受け止められると自らの醜さを直視してしまう。

 後悔に、男の顔がくすむ。苛立ちが湧いた。

 だから、貴様がそんな顔をしなくても良いと言うに。

 自分が加害者である、だと? 思い上がりもはなはだしい。

 良いだろう、そんなに分からず屋であると言うならば、私が力ずくで思い知らせてやる。


「済まな―――ぬお!」

「逃ーげーるーなー」


 退こうとした頭を、裸の胸に抱え込んだ。

 巨体ではあるが、頭の大きさは人並みだ。抱え込む事に不自由は無い。

 男の手が離れ両手が自由になった今、遮る物は何もなかった。そのまま胸に引き寄せ抱き締める。息が出来ないほどには強くない、男は頭を引き抜こうと力を込める。

 馬鹿め、単純な力比べであれば私の方が遥かに上だ。それこそ巨人と小人位に違う。

 髭と髪がもじゃもじゃとする。男の息が熱くて身をよじった。くすぐったさに、余計に腕に力が入る。常人であれば既にトマトを握り潰したがごとくひしゃげているであろう。それでも私からすれば、軽く力を入れたか、程度の事に過ぎない。

 巧みに重さ自体も制御すれば、体が浮く事もない。地面に男が付いた手がめり込みそうになるが、私の張った障壁がそれを支える。

 そうだ、捕まえてしまえばこちらの物。

 そもそも私が最初に捕まえたのだから、逃げられる道理がない。

 ばたばたと暴れる男を御し、上下を入れ替えて組み伏せる。

 僅かに息が乱れた。頭を振って髪を後ろに送ると、しゃらしゃらと髪が鳴った。


「ふ」


 笑いがこぼれた。

 そうだ、勝てない道理がない。

 男の土俵で勝負するから勝てないのだ。自分の領域に引きずり込んでしまえばこんなにも容易い。


「ふ……ふっふっふっふっふ」

「……おい?」


 いや、実に良い気分だ。

 久し振りに男に勝った。なぜ勝てなかったのか不思議になる位簡単に捻じ伏せた。

 赤子の手を捻る様なものであった。


「ふっふっふっふっふっはっはっはっは、ははははははははは、あははははははは!」

「なんだよ!」


 男の声に焦りが混じる。

 そうかそうか、組み伏せられる生娘の声とはこんな感じなのかも知れぬ。

 お返しとばかりに男の胸元に指を這わせた、払いのけようとする手をやや強めに払いのける、ぱん、と空気が弾けて鳴った。男が痛みに顔をしかめ、痛みを感じた事に愕然とした表情を見せる。

 なんだか、かわいいな。

 体が熱くなってきたな。

 体毛は薄いな、もっと硬くてもじゃもじゃしているのかと思っていたが、触ると実に柔らかい。

 自分の体毛と比べてみても、と、そこまで考えて比較対象を間違えたと知る。

 どれほど巧みに人の姿をとろうとも、この毛だけは鱗の硬度を宿したままだ。

 唇を腹に這わせた、ぱんぱんに張った筋肉が、唇を当てた所だけ器用に収縮する。面白かった。

 そもそもあれだ、この男は、外面は如何にも強面であるのだが、その実人の思念や噂、己の立ち位置にひどく気を使う性質だ。

 今だって、私が良いと言うのに。己のその後の事を考えて萎縮してしまっている。

 小心者のええかっこしいめ。

 胸の上を這うように、顔をずい、と、近付けた。

 同じだけ仰け反ろうとした男が、めり、と、地面に後頭部をめり込ませる。

 実に鼓動がうるさい。どくどくと鳴る早鐘は耳元で鳴っている様だ。


「ふっふーん」

「な、なっ、おぃ、と、ちょ」


 鼻を突き合わせる距離で男を見つめる。

 顔をそむけようとしてもそちらに回り込む、軽く顎に唇で触れて、軽く軽く歯を立てた。

 男の胸が大きく上下し、声にならない声が喉を震わせている。それが面白くて繰り返した。

 男の息は荒い、こちらもそれは同じ、荒くて弾んでいる。カンテラの明かりがやけに眩しい所からすると、瞳孔が開いているに違いない。

 硬く、だがしなやかに歯をはじく皮膚の感触がたまらない。

 おっとこれはいけませんな、だんだんと歯止めが利かなくなってきた。


「今、私が勝ったな?」

「………………え?」


 一度深く呼吸して、男に問いかける。

 いきなり何を言うのかと、ありありと男の顔に書いてある。

 別に問いかけに意味などない。混乱する男に勝利を告げるのは、これから行う事への照れ隠しだ。

 そう言えば、以前もこんな具合に勝ち名乗りを上げた事がある。 

 半年も経たぬ、ほんの僅かな前の事なのに、随分と時が経っている気がした。


「私が勝ったな?」

「なぜいまそんな」

「勝 っ た な?」

「くそっ! だからどうした!?」


 よし、認めたな。

 よしよし。

 胸に手を突いて体を起こした。

 絡んでいた体温がほどけ、浮き上がっていた汗が湿り気を帯びた音を立てた。忍び込む湿った外気が腹と胸を冷やす。躰の芯が熱く疼いていた。

 カンテラの明かりに裸身が煌めく。

 鉛でも呑み込んだような表情をして、首を痛めそうな勢いで男が顔を逸らした。


「駄目だ許さん」

「ぐむっ」


 顎を掴んでこちらに向ける。ぐききと首が鳴った。痛めてはいるまい。

 目だけが必死に抵抗しているのがなんとも言えずかわいらしい。


「勝ったからには―――貴様を好きにしても良い訳だ」

「えっ」


 男にまたがったまま、生まれて初めて、自分でそこを確かめる。

 自然と熱いため息が漏れた。とても熱く潤って、敏感であった。

 きちんと胎内に通じていた。

 一度強く震えた後、寒気でも覚えたように全身が震えた。

 実際はあつくてしかたがないのに。

 ああ、大丈夫、きちんと使えそうだ。

 なんだ、おどろいた。どうやらわたしは、きちんと女であったらしい。


「だいじょうぶ」

「なにがだよ!」


 口から出た声は、自分でもぞくぞくするほど熱っぽい。

 下に敷いた男は最早、襲われる小鹿の顔をしている。

 私の言葉に返す言葉が必死の形相で、それがなんともかわいらしくて嗜虐心がくすぐられる。


「そもそも貴様は考え過ぎるんだ。男なんだからうじうじと悩まずに割り切ってしまえばいいのに」

「おい、おいよせ、それとこれと何の関係がある!」


 包帯をむしり取った。紙を破くよりもあっけなく千切れてとれた。

 関係も何も、すっきりすれば良い考えも浮かぶかもしれないじゃあないか。

 そも交わりとは最古の魔術だ。ひょっとしたら、大幅な強化も望めるかもしれないぞ。

 だが、そんなものは建前に過ぎない訳で。


「古来より、男を癒すのは女の役目と相場が決まっているじゃないか」

「ちょっ、ちょっとまて! 正気に戻れ!」


 鎧下の下半身を破り取った。縫い込まれた鎖が僅かに音を立てて千切れる。これまた糸を千切るよりも容易く切れて散った。


「こっちは正気だようるさいなあ、何を怖がっているんだ」

「怖、そういう問題じゃ……何処触ってんだ!」

「言わせたいのか?」

「うるせえばかやめろ、あ、ちょ」


 発情した。

 答えはそれだけで十分だ。

 潤っていた。男も体は正直であった。

 だから何も問題は無い。


「おねえさんにまかせなさい」

「や、お、おおい!」

「おー、立派立派」


 だって相手はたった一人の同族だ。

 人を憎み人に怒り、乗り越えて人を救うために人の枠を超え、人でなしになった元人だ。

 私だってそうだ。人に憧れて竜を殺し、竜の枠を超えて人の姿を得た人でなしの元人だ。

 たったひとりのもうひとり。

 だから、なにも、問題は、無い。

 

 いただきます。

 

「おっ、おいっ、やめ、場所を考え、いや、ちが、とにかくやめ―――」

「もうだまれ―――」


 四の五のうるさい口を塞ぐ。分厚くて、弾けそうな弾力。

 ぞくりとした。

 指先までちりちりとする。こんな感覚があったのかと驚かされる。

 最後の一枚、邪魔な下ばきを引き千切った。手応えすら感じない、男は下着の柔らかさにはこだわりがあった様子だ。

 知らなかった。

 ぬくもりが、こんなにもあつくしんけいをやくなんて。

 

 その後、三日の間発情期は続いた。

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