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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
序章 竜王と戦王は出会う。
3/66

3.

 3.

 男が握りしめた剣を額にかざす。騎士の礼か、こちらの言葉を待たずに始めるつもりらしい。

 対する私は大いに戸惑っていた。確かに私はこの城に住まう者だ、近隣の生物はすべて餌かそれ以外だと思っている。

 無論、人間は餌ではない。

 そもそも魔物を率いたこともない。

 配下の軍勢など考えたこともない。

 ただ、空腹に獲物を仕留め、竜の性にしたがってこれを食し、本能にしたがって輝くものを集めた。この城は、その拠点にちょうど良かっただけだ。

 確かにまれに人語を解する者もいる、いくらかほかの魔物に比して知能がある、らしい。とはいえ、わざわざそんなものを使役する理由がない。

 人間の武器では私を傷つけることができず、魔法も目くらまし程度にしかならない。そもそももともと同じ姿をしていた生き物を殺す、ことがどうしても私にはできなかった。

 これはあれか、人違いで私はこの男に憎まれているのだろうか。

 そう思うと、なんだか心の底から悲しくなってきた。


「ひとつ訊ねておく」

「なんだ」

「それは、本当に私のなしたことか?」

「戯言をぬかすな」


 男の両目に火がともる。先ほどまで、こちらの姿におびえていた男は何処にもいない。

 明確な殺意と憎悪が、種族間の越えられぬ壁を乗り越えさせている。

 こうなっては仕方がない、ひとつ短いため息をつくと、玉座に立てかけた剣を持ち上げた。

 今の姿のままでは、おそらく一合と持たずに首を刎ねられるだろう。目前の男から感じる武威は、何に大抵のものではない。同族の者からですら、感じたことのない脅威だ。

 殺されるわけにはいかない。できれば誤解も。おそらく彼は同郷だ。時代と国は違うかもしれないが、爆弾を知っていた。吠えると吼えるのニュアンスの違いも察していた。現代日本人、たぶん平成の人間であっただろう。

 話がしたい。そのためには、生き残らなければ。

 急所を守るように鱗を生やす、できれば互いに無傷でありたい。私は彼に含むところなどなにもないのだ。城に集う有象無象など物の数ではないのだ。

 確かに気ままな竜も良い。だけれど、私は人の心を持ち続けたい。彼がこの天蓋を吹き飛ばした玉座の間にやってきた時の、この胸の高鳴りを彼に伝えたい。

 

「さあ来い人間、貴様が勝てたら、この命をくれてやる。私が勝ったら貴様をいただくぞ!」

「望むところだ!」


 古びた外套を翻し、男が走る。地を這うように低く、滑るように速く。

 達人だ。それも、彼の年齢からすると、ちょっと考えられないレベルの。

 緩急の付いた歩法は距離感を狂わせるし、まるで蛇のように左右に揺れて、どこから来るのかつかめない。残り数mで動きが変わった、一足に踏み込まれる距離、左わき腹に悪寒。咄嗟に右にかわして―――右側頭部に轟音を聞いた。視界に火花が散る。角を生やしておいてよかった、さっきのままならこの一瞬で決着が付いている。何をされたかがわからない、こんな相手を抑え続けられるのか?

 全身に悪寒、向けられる殺気の量が半端じゃない、膾に刻まれる幻視、吐き気を伴うそれを、薙ぎ払って振り払う。

 ――― 一秒。

 轟音、私の剣と彼の剣、当たるとは思わなかった。腕力ではこちらに分がある、弾き飛ばしていったん距離をとる。人型ではだめだ、もっと竜に近づかないと。背中から翼を、口元から牙を、強くしなやかな尾が地面を叩く。

 知覚範囲は広く、速度も、五感以外の感覚も研ぎ澄ます。魔素を感知、全身が目になったみたい。彼が地を駆けるなら私は空を行く。翼に魔素を受け、襲いかかる。掬いあげるような一撃、狙いは翼だ。皮膜は弱い、ただ斬らせるほど私は弱くない。足の爪で受けた、その勢いで高く、短いが詠唱が聞こえた、ハッとしてみればいくつもの魔法陣。複雑で、精緻なそれは見るだけで高威力と知れる。

 ―――二秒。

 魔素が渦を巻いて収束する、雷撃か、生物である以上、確実に有効だろう。この場では逃げ場もない。遮蔽物も雷撃には意味をなすまい。当たれば数秒の拘束は免れない、一秒もあれば彼は私を殺すだろう。判断は瞬間に、障壁で防いだら、動けなかった次の瞬間に剣が来る。前へ。だったら前へ。

 雷撃が発動する、加速した、狙いは彼の懐。一気に宙を駆けてそこに飛び込む。驚愕の表情、覚悟は瞬時に、こうなれば体力勝負、いいだろう、私と貴様のどちらがタフか、貴様の呪文に訊ねてみるがいい!

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