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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
第一章 英雄の凱旋と戦利品。
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5.

5.

 彼奴らを確保する。差し当たり、生死は問わない。

 しばらく考え込んだ後に、男はそう言った。

 それでは不味いのでは、と、首を傾げた。証人を確保したいと言うに、殺してしまっては話にならないであろう。疑問を抱きつつも、木箱から腰を上げた男の後に従う。歩みは遅い、また、何かを考えている様子だ。ふ、と、伏せていた顔を上げると男は言った。


「ティタ、お前に用意してほしい物がある」





 最初に向かったのは商業会館だった。しかし、すぐには中に入らない、何かを伺うように、水売りから水、屋台で串焼きなどを買い求めながら時間を潰している。文句はなかった。甘いタレに舌鼓を打ちながら時を待つ。

 中に入ったのは、日が地平に掛かるか掛からないか、といった頃だった。

 男は外套を被ったまま手配書に手を伸ばす。周囲の荒くれが、嘲笑うのが見えた。


 おい見ろよ、街道の徴税官を退治したいらしいぜ。

 バカな奴だ、返り討ちが関の山だろう。

 いや見ろよあの腕を、こいつはひょっとするかも知れねえぞ。

 賭けるか。

 賭けよう。


 ざわめきは露骨に盛り上がる。それらに一切意識を払わず、手配書を掲示板からむしり取ると、周囲の嘲笑を切り捨てるように、振り返り様に、勢いよく受付の長机に叩き付けた。

 ずしん、と、建物が揺れた。あの大きな手だ。音も相当に大きい。落雷を、間近で聞いたような音がした。びりびりと頑丈な机を震わせて、紙切れが存在を主張する。すわ何事か、と、窓からわざわざ覗き込む者も多くあった。

 その時、西日が群衆の後ろから室内に射し込んだ。狙っていたように、ちょうど具合よく男の全身を光が照らし出す。

 くさい演出だ。だが、効果は群を抜く。おもむろにシルバはフードをはね除けた。

 大袈裟で威圧的、無駄だらけな動きだ。だが、それでいい。立ち込めていた熱気が、男の眉間の皺に冷やされていく。ざわめきが一息に消え、静寂が 室内を撫でる。誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく響いていた。

 黄金の輝きに彩られ、墨色の外套から英雄が目前に現れる。

 外套の裾を翻し、肩に跳ね上げる。その太い腕が露になる。男はぐるりと一度周囲を眺睨し、その場にいる一人一人と目を合わせてから、拳を突き上げ大きな声で言った。


「聞こう。親愛なる王国の民よ、この町が、盗賊に脅かされていると言うのは本当であろうか」


 芝居がかった言い回し、この時点で私は気が付いた。彼は、これを物語にしてしまうつもりだ。

 視線を投げれば、そこにいるのは吟遊詩人。今日の仕事を終えて、税を払いに来ていたのであろう。運が良かったのか、それは違うであろう、男はこの時間をこそ狙っていたのだ。

 詩人からすれば降って湧いた幸運。今、まさに始まったサーガの新たな一節を、爛々と目を輝かせながら書き留めている。それだけで、今夜からの売り上げは確実だ。

 なるほど、ペンは剣よりも強し。一度味方につけてしまえば、これほど心強い味方もない。剣で殺せぬ英雄であろうと、一本のペンと詩人には敵わない。英雄とは名声と共にあるものだ。それが汚された時点で、もろともに奈落へ堕ちる。大衆は英雄の栄光と破滅を同時に望んでいる。光が強ければ、影もまた色濃い。落とし穴は大きい。だが、失敗さえしなければ、これほど大きな味方はない。

 とは言え、いったいどのように話を纏めて行くつもりなのだろう。


「誰か、このシルベスタの問いに応える者はいないか」


 朗々と男の声が響く。そんな中、顔をそっと伏せて部屋を出るものが居た。あれだけ堂々と町中に居るのだ、ここにも、情報収集の担当者が入り込んでいておかしくない。

 そもそも、そっと耳を傾けるだけで、この場では様々な情報が耳に入る。

 シルバに目を向けると、彼が僅かに頷いた。おそらくはあれが間者、格好に目星をつけて、出ていった男を追う。視界を光学視界から熱源視界に切り替えた。これで、転移でもされない限りは逃がさない。人波が途切れた瞬間に、屋根へと飛び移った。瓦を僅かにも鳴らさぬよう、慎重に慎重に、自分の気配を希薄にしていく。

 男は城壁を出て、森へと向かうようだった。門番の兵士には、体温の上昇が見られなかった。何も気にした様子が見えない、どうやら既に抱き込まれているらしい。それとも、正体がばれていないか、どちらにしろ私の動きには関係のないことだった。

 城壁のすぐ近くまで辿り着く、周囲に生き物の熱源は無い。そっと壁に取り付いた。人間からすれば僅かな凹凸も、私の握力からすれば滑り止め付きの梯子に等しい。それこそ、重力を制御して軽くすれば、四つん這いで地を這うのと何ら変わりはなかった。そっと鼠返しの上の通路を覗く、兵士が一人、物見台で街道を見張っていた。

 これは厄介だ。

 そっと通路に躍り込んだ。物音は立てない、兵士の意識の裏側に滑り込む。少し隙を伺っていると、交代の兵士がやってきた。これは幸運。先の兵士を見送ると、新たに来た男は一つ気合いを入れて壁の外に目を向けた。薄く笑った。十秒程で真後ろに。髪を一本引き抜くと、魔素を流して硬くする。後ろからそっと口を塞ぐと、躊躇なく頭蓋の隙間に突き立てた。びくり、と、兵士の体が痙攣する。殺す気はない。魔力を流した、視野と記憶野を真っ先に掌握する。


「貴様には、私が、見え、ない」

「さ、わた、わさたた、みえなた、たた」


 びくり、びくりと動きながら、両の目をでたらめに動かす兵士に囁く。

 しばらくは発覚することもない。

 交代までには戻してあげるから、と言い残して、壁を飛び降りた。


 本隊との合流はすぐであった。都合八名、全員が馬を持っている。鞍の数も同じ。根城にしているのは天幕のようであった。この装いからするに、移動は素早いであろう。今襲うのは容易いが、殺さずに確保となれば、一人では難しい。首領と他の実力差が大きい、他を威圧しても、首領には逃げられるであろう。


「シルベスタ・ラン・ガーデンツィオがアルマツィオにくみした」

「なんだと」


 間者の言葉に、首領が苛立った声を上げた。


「どうする、ランバー」

「その場にいたのは?」

「商人と傭兵と詩人だ」

「……なんてこった、詩人が居たのか」


 首領は顔を手で覆うと、天を仰いだ。


「……くそ、潮時か」

「どうする?」


 配下が重ねて聞いた。

 苦虫を噛み潰した顔で、だがさっぱりとしたように男が言う。


「汚名に生きるか、名誉に死ぬか。相手は辺境の勇者、最期の戦いには不足ない」


 立ち上がって男は続けた。


「無理に死ねとは言わん、その気のあるものだけ来い」

「水くさいぞ、ドン・ランベルテ。あの戦いからずっと俺達の命はお前のものだ」


 首領の言葉に、男達は男くさく笑った。どの顔も覚悟に青ざめている。だが、絶望に、ではなく、希望に輝いている。


「その通りだ、これこそ神のお導きよ。草木に死せず、戦場に死ねとのな」

「相手は英雄。我等の名は未来永劫語り継がれる」

「彼は心持ちの清い男だった。なに、心配は要らん。戦った相手の事を悪く言うほど腐った人間なら、英雄などとは呼ばれまい」

「我等には大義があった、それを果たせずして果てるのはいかにも無念だが、託せる相手がガーデンツィオ卿の遺児であるならばこれほど心強い事もない」

「然り、なんと嬉しい事か。これで父祖の御霊に顔向けが出来ると言うもの」

「おお、まったくその通りだ。むしろ父祖に自慢をしてやろう。我等は竜殺しの勇者と戦い、そして散ったのだとな」

「それがいい、ああ、むしろそれでいい」

「そうとなれば、どうする」

「知れたこと。計画は変わらん、いつも通り口上を上げ、真っ正面から荷車に当たる。そこで散るならばそれでよし、一矢酬いたならば千年の誉れよ!」


 逃げも隠れもしない、か。それが解れば充分だった。来た道を最短でとって返し、男と早々に合流する。気持ちの良い男達であった、失われるのは惜しい、と伝えたが。男の返事は、そうか。と、素っ気ないものであった。






 商人の屋敷は、思っていたよりも簡素な佇まいだった。

 外門から玄関まで、敷き詰められた煉瓦の上を歩く。左右には、それこそ左右対照になるよう、同じ草木が植えられている。この辺りでは見掛けない、珍しい種類の木々が育っている。良い庭園であった。洒落ているが、奇をてらっていない。王道の庭であった。


「流石だな、香辛料の木々か」

「へえ、よくわからないが、そうなのか」


 生憎この姿では鼻が利かない。

 そも、この世界の植生など詳しくは知らない。シルバが道すがら野草を摘むのに感心した程だ。

 知っているのは私の庭にあった木々だけで、それも枝振りだとか、より大きな花の付け方だとか、そんなことだけである。

 やがて庭を抜け、屋敷に着いた。ノッカーを三度扉に落とす。使用人らしき男が顔を出した。


「シルベスタ・ラン・ガーデンツィオだ、主人に取り次ぎを願いたい」


 すっとんきょうな声を上げて、男は屋敷の中に駆け出した。





 アルマツィオの言い分によれば、賊は毎度毎度、訳のわからぬ口上を述べ、攻めかかってくるらしい。彼は、我々が荷車に同行することを、ひどく慌てたように拒んだ。裏がとれたも同然であろう、シルバが言葉巧みに追い詰めると、項垂れながら承諾した。

 ちょうど、明朝郡爵の元へと出発するらしい。好都合であった。


 同行するに当り、街の門近くに宿を借りた。往来を監視するためと、いつも通りに、アルマツィオが荷を積み込めるようにである。

 護衛をするのであるから、お泊まり下さいとすがるアルマツィオに、凄味で出来た笑みだけで返答した。曰く、歓待は心の緩みになる。我等はその瞬間に至るために、心掛けなければならない。

 呆けたように、アルマツィオは返事をした。

 宿への途上で、先程頼まれていたものを渡す。どうしても気になったので、ついでとばかりに訊ねてみた。


「シルバ、先刻の言葉はどういう意味だ?」

「ああ、煙に巻く為で意味はない」


 名声の有効利用だ、と、男は言った。

 私から見ると、ただの無駄遣いだった。

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