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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
第一章 英雄の凱旋と戦利品。
13/66

4.

4.

「……ふむ」


 路銀が心もとなくなってきた。

 村町を過ぎる内に、支払いが嵩む。開かれるのは自分の為の祝宴だ、それを奢られるまま、と言うのは心が腐る。二度三度、ならまだしも、人里を通る度に、となれば話が異なる。何しろ、その土地その土地の贅を尽くした一夜だ。それも関わった者全員。規模の小さな集落ならばまだしも、町となれば一夜で破産する。それは是非もなく避けたい。

 親交深き村で過ごしても、金は出す。習慣だった。受け取らなくても置いていく。自身の正義観、英雄観と言っても良い。負担になってはならないのだ。政治家や、やくざのようになってはいけない。かつての親の教えだ。大切なことであった。奢られるままでは、気が咎めて脚を向けられなくなる。 経験則だった。

 ともあれ路銀はない。吟遊詩人には、最初に権利ごと安く売った。大きな感謝と共に、金貨十枚になったのは記憶に新しい。銀貨一枚あれば、慎ましく暮らせば、一家が半年ほどは暮らせるだろう。それが一万枚分だ。充分だと思ったのだが……それが行くところ行くところ、銀貨十枚からかかる歓待をされたのでは、あぶく銭も良いところだった。

 今考えてみれば、安い売り物だったろう。彼等はそれで一生涯食うに困らない。

 何しろ自分の知る限り、魔王の一柱が下された事など、数百年はない。そもそも、前回、前々回は魔竜王が反目した魔王を滅ぼした話だ。

 人間が、と、なれば、千年は軽くあるだろう。

 金貨百枚でも、安かったかも知れん。

 ティタの興味に付き従い、芝居を眺めながら考える。苦く笑った。名声も過ぎれば邪魔になる。英雄のイメージはとても大切だ。それは人々の希望に直結している。こうなると、弁当屋で厨房、という訳には行かない。

 金がないと考えもさもしくなる。首が無いのと一緒だとは、良く言ったものだ。この調子で進めば、三つ先の村で資金がそこをつく。清貧であるのは構わないが、人間霞を食っても生きてはいけない。

 そろそろ、資金繰りが必要であった。


 ふ、と、空気が変わった。狩場の気配がする。見ればティタから武威が漏れ出でていた。未熟者め。内心で呟き、視線の方向を見やる。そこには八人の騎士崩れが居た。何処かで見た覚えがある、あれは確か、と、考え、じきに思い至った。

 筆頭は宰相派の貴族に仕えて居た騎士だ。残る七人はその配下だろう。皆、それなりに使えそうだった。血が騒いだのか、ティタはごく僅かに空気を揺らめかせている。ため息を吐いた。血の気の多いことだ。のそりと立ち上がり、ややうんざりとしながら出発を告げる。瞬間、一悶着あったようだ。もう一度ため息を吐いた。


「……嬉しそうだな」

「ふふん」


 あの夜に見た目だった。肌が、ぞ、と、粟立つ。根元的な、本能からの恐怖感。抑えることはできないであろう、生命に直結する恐怖だ。

 戦を好む血か。星読みのように、ティタは言った。


「彼奴らとは近く見えるぞ、必ずだ」





 商業会館に来た。大きな町であれば、ここのように商人の寄り集う場所がある。町で一番金が動く所と言ってもいいだろう。

 掲示板には、所狭しと書き付けが貼り出されていた。ちょっとした使いから、取引相手を求めるものまで。様々な内容が無頓着に存在した。

 薄い紙は未だ高価だと言うに、惜しみ無くそれが使われているのは、ここの出資者に紙商人が居るからであろう。ざっと目を通す。護衛の依頼はあるだろうか、と。


「ふふん」


 隣でティタが嘲った。

 ああもう、本当に嫌な気配がする。見たくなかった。自然と掲示板から人が離れていく。何かは解らない。が、商人は危険な気配に気が付けなければ一流とは言えない。

 剣呑そのものの気配を醸しながら、ティタが勝ち誇ったように言った。そこには、賞金首の手配書が貼り出されている。


「見ろ、シルバ。シルベスタ・ラン・ガーデンツィオ」

「……ああ」


 見知った顔がそこにはあった、正確には、先程覚えた顔であった。まったく馬鹿げている、賞金首であるならば、大人しく森にでも隠れておれば良いものを。


「ふ、はははっ」


 堪えきれぬ、と、ばかりにティタが嘲う。対するこちらの眉間には、皺が深く深く刻まれていく。考えることは多かった。

 金の為に、とは、我ながら浅ましいことよ。人の生き死にをそこにかけるとなればなおのこと。我が身が被害を受けた訳ではない、が、悪か。それとも何か理由があるのか。純粋に人を害し、己が享楽の為に、金品を強奪する者であるのならば、如何様にも剣を振るおう。だが。


「違うぞシルベスタ、ああそれは違う」


 何を知っているのか。ティタが託占じみた言葉を紡ぐ。


「目だ。貴様も見たであろう目だ。あの目を見れば解るであろう」


 充分であった。確かにその通りだ。彼の男の瞳は、皮肉と怒りを湛えていたが濁っては居なかった。ごうごうと燃える業火ではあったが、決して沈み込むような泥沼ではなかった。

 必ず、これには裏がある。勘が働いた。きなくさいのだ。それも感じた事が無いほど顕著に。これではまるで、脚の下を溶岩が流れていることに気が付かないまま、硫黄と火炎にまかれるようではないか。

 それでは、いかにすべきか。


「貧民街と、教会、病む者と孤児だ」


 解答は迅速だ、普段の筋肉思考の影もない。ずばりずばりと本質を見抜くように、ティタは何を知るべきかを伝えてくる。


「よし、手分けして調べよう。合流は太陽があの塔にかかる頃、場所はそこの路地。シルバは民を、私は盗賊の被害者についてを調べてくる」


 それだけ言うと、ティタは颯爽と人混みに消えた。止める間もない、不安に伸ばしたら腕が空を切った。





 結果から言えば義賊の類い、半年程前から、この辺りを根城に据えたらしい。富める商人を襲い、所持する一割の現金を奪う。密かにそれらは、この町の貧しき者に分け与えられていた。無論、男達が飲み食いした余りであろうが。

 商人の内では"アルマツィオの通行税"と揶揄されているらしい。

 懸賞金を掛けては見たものの、首領の腕が恐ろしく立つとかで、近隣の賞金稼ぎ程度では、返り討ちにあうのが関の山、だ、そうだ。

 この様子ではどうやら、討伐隊が組まれるのも時間の問題である。

 一応商人についても調べておくか、とも思ったのであるが、聞き込みに思ったよりも時間をとられてしまい、せいぜい商人の名が、アルマツィオと言うことぐらいしか解らなかった。

 さて、彼女の首尾はいかがな所か。

 不安に思いながら、落ち合う予定の路地に向かう。


「遅かったな」

「ほう、早いじゃないか」


 路地の木箱には、既に彼女が腰かけていた。

 驚いた顔もそのままに、対面に腰を下ろした。簡潔に此方の情報を伝えると、彼女の答えを促す。

 にっ、と、笑ってティタは言った。


「シルバ、被害者の商人は一人、噂のアルマツィオだけ。この数年で、急速に成長を遂げた商会らしい。仕入れ先は東の部族で、希少な香辛料を商いの種としているそうだ。卸先はここの郡爵、結構上の人間らしいな。規模は二頭立ての馬車が月に一台、現状で死者は無い、との事だ」

「……よく調べたな」


 正直に言って意外であった。交渉ごとは苦手、と思っていたが、なかなかどうして。

 欲しかった情報を、簡潔かつ明確に集めている。


「済まないな、侮っていた」

「仕方がないだろう、私が人間の常識を知らないからな。……さて、どうする?」


 面白がるようにティタが笑う。盗賊自体を捕まえるのであれば、誘き寄せて、一網打尽にするのが上策であろうか。

 口許に当てていた手を腰に添えて言った。


「そうだな、まずは商人と交渉する。調べた限りでは、賞金は一回に奪われる額より僅かに高いだけだ」

「ほう、つまり?」

「おそらくは自尊心から懸けられた金であろう。本気で仕留めたいならば、もっと高額でも良い筈だ」


 それにしたところで、金貨十枚とはなかなかに張っている。積み荷は香辛料だったらしい。香辛料は確かに金になる、が、それにしてはややきなくさい。


「これも推測だが……積み荷は香辛料ではなかったのではないか、と、考えている。具体的には禁制の品、例えば奴隷などではなかろうか」


 不意に視線を鋭くし、これまでは聞き役に徹していたティタが言った。


「奴隷、の線はないと思うな」

「ほう、何故だ?」


 自信がある様子に、興味を惹かれた。


「何を運んでいるか、なんてことは、その場で少し調べれば解る事だろう? 奴隷などという、嵩張るものであればなおのこと」


 尤もである。人間一人を運ぶのには、相応の金が動く。荷馬車の大きさもまた、相当な物になるであろう。


「然り、それから?」

「と、なれば、金貨よりも金貨を産む物。絹や香辛料などとは比較にならない黄金の雌鳥と言えば?」


 嗜好品。それも、おおっぴらに出来ない類いのそれ。薬草や香辛料に混ぜて運べば発覚もし難いそれは。


「……麻薬、か」

「おそらくな」


 中毒起こして死んだ人間でもいれば、話が早いのにな。

 そう嘯くティタを睨み、ふ、と、思考に沈む。

 推測に過ぎない。

 推測に過ぎないが、確かに彼の土地の民は、戦士の決闘に麻薬を用いる。痛みを忘れ、不安を忘れ、何処までも昇るような心地のなか、彼等の信じる神に、己と決闘相手の心臓を捧げるのだ。


 ぞくり、と、した。

 そうなれば何処までこの悪は蔓延るのか。郡爵程度で終わり、と言う事はあるまい。そこから貴族に、販路が作られているのであろう。

 そうだとすれば、何故賊が消されないのか。

 秘密を知る者は少ない方が良い。と、なると、まだ賊の詳細な情報を、組織、今はあえて組織と呼ぼう。その上層部は、まだ手に入れていない。或いは、いつでも消せるとたかをくくっているのであろう。この場合、人数が少ない事が幸いしている。これ以上多ければ、郡爵が治安維持を名目に兵を出せるだろう。

 証人の確保が必要だ。

 大きな事件である。粛正の嵐が吹き荒れるのは間違いない。こうして考えてみると、件の騎士達が宰相一派の庇護から外れ、野盗に身をやつしたことすら繋がって見える。

 ふ、と、思考に何かが引っ掛かった。何かを忘れている、大事な事であると思うのであるが……




「……しかし、これは傑作だな」

「何がだ?」

「ふと思い出したのだが、今考えてみれば魔女エソも、魔狼フルトも、かつて私が滅ぼした魔王共は、自身も配下もそんな類いを用いてなかったぞ? 奴等を怖れた人間の方が、よほど不健康な趣味をしているらしい」

 

 返す言葉もなかった。

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