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竜は夜に飛ぶ  作者: dora
第一章 英雄の凱旋と戦利品。
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3.

3.

 歓待された夜も明け、再びの旅路につく。

 麦の畑や、果樹の林を過ぎ行き、丘を越えて行く。目的があるような、しっかりとした足取りだった。

 幾つかの村街を越えたが、男を知らぬ者は居なかった。いく先々で歓待の宴が催される。

 とは言え、そんな事も町の規模が大きくなるにつれて、徐々に少なくなっていった。どうやら、ある程度以上の地位の人間とは、積極的に交わらない主義らしい。なぜかを訊ねたら、とても嫌そうに顔をしかめて、かつての心傷だと男は答えた。


 いく先々で見かける吟遊詩人、当然の事ながら、私は実際にそれを見たこと聞いたことが無い。幼い頃は人里離れた山の奥で、そもそも人間なぞ存在しないと思っていた。と、なれば興味は幾らでも湧くと言うもの。広場では既にシルベスタ・サーガが唄われている。いったいどんなものなのか。途中、シルバが渋るのを引き留め、向かおうとする私を止めるのを押し留め、重い脚の彼の手を引き、群衆に紛れてその物語に耳を傾ける。

 聞き始めて早々に、おかしな声が出た。立ち聞きした話は、とんでもなく大きくなっていたのだ。


 どうやら私は、四元素の四天王、それぞれに六魔神、その部下に八部衆、さらには十万の配下。合わせて六百万の大軍勢を抱える大魔竜だったらしい。幾らなんでもサバをよみすぎであろう。

 更には雷光が雨の代わりに降り注ぎ、溶岩が縦横に流れる武き大地、そこに聳える、雲をつく黒き魔城を根城に、世界を滅ぼさんと狙っていたらしい。

 もっと静かで穏やかな所だったよ、綺麗な庭だってあったのに。そんな事を考えて唸っていたら、頭に手を置かれて、諦めろと言われた。

 調子が出てきたのか、吟遊詩人はいっそう高らかに魔王の脅威を唄う。なんでも今ここに居る私は、大陸をひっくり返す大魔法を使うための生け贄だったとか。

 そこに立ち向かうは、王国に名高い、敵わぬまでも魔王に立ち向かった、今は亡き聖騎士エーデルホフ・ラン・ガーデンツィオ卿を父に、舞い降りた天使が母であるとされる、天下無敵、古今無双、武威広大な王国の英雄。辺境を旅し、人々を救い続ける無類の聖人。父の仇討ちと正義を胸に、剣を掲げて単身必死の難業に挑む、孤高の勇者シルベスタ・ラン・ガーデンツィオ。

 口上の中、俺の村はもう無いからな、と、寂しそうに呟く姿が印象的であった。

 天使に導かれし英雄が手にするは、輝き眩い栄光の大剣グローカーセント。本人に言わせれば、黒い呪われた、どちらかと言えば魔剣の上に、どうやら無銘の剣らしい。どこからその名前が出てきたのか、発案者を実に問い詰めたい。

 これで名前が決まるかもな、などと言うシルバの顔は、獸が威嚇しているようにしか見えなかった。あ、これは笑っているのか。ここまで話が大きくなると、もはや他人事のように聞こえるものなのだな。

 戦いは熾烈を究めた。魔軍はあらゆる手段を以て、英雄を殺しにかかる。配下なぞ、それこそ十万の単位そのままに正面衝突だ。それを当たるを幸い薙ぎ払い、囲まれるをものともせず、英雄は魔城を目指して突き進む。

 四天王が支配する領域を、剣と鋼の体でくぐり抜け、立ち塞がるものは皆殺し、時に切り裂き、時に捩じ伏せ、時にくびり殺し、時に引きちぎった。男の戦いが凄惨であればあるほど、殺し方が残酷である程に群衆は沸いた。

 もう何が何やら。シルバが言うところによると、娯楽が少ない世界だから当然、らしい。

 人は解りやすい、強き者に憧れるものだ。

 気がつけば、私も周囲の群衆と一体になって歓声を上げていた。

 物語もいよいよ絶頂、シルバと私の決戦になる。


「おお英雄よ、貴様か、遂にここまで来たか」

「ああ来たとも、魔王よ、滅びをもたらすものよ。艱難辛苦の海を泳ぎ超えて、俺は貴様の眼前まで来たぞ。最早貴様の軍勢は存在せぬ。貴様の思い通りにはさせん、この俺が貴様を滅ぼして、世界に光を取り戻すのだ」

「思い直すがいい、英雄よ、辺境の聖者。貴様が我を滅ぼすことは決して出来ぬ。今忠誠を誓うのであれば、我は貴様に昼を支配する権利を授けよう」

「戯れ言を弄するか、魔王よ。恥を知れ。侮るなかれ、懐柔が出来るなどとは。俺はそんなものは求めぬ。俺が求めるのは貴様の首と、命と、その向こうにある人々の平穏だけだ。荒れ狂うこの暗雲を切り払い、太陽の恩恵を取り戻すことだ。ああもうなにも言うな。貴様を殺す。いいか、今一度言うから心して聞けよ魔王。貴様を、殺す。必ずだ。この身が露と消えようと、一握の灰と変わろうと必ず貴様を殺す」

「吠えたな狩人風情が。良かろう、ならば地獄の業火をその身に浴びる栄誉に浴するが良い」


 戦いは熾烈を極めた。七日七晩に及び、英雄の剣は途中で折れて失われた。折れた剣を握り締め、その五体で立ち向かうも、拳は血を吹き出し、脚は萎えた。目は霞み、息は鍛冶屋のふいごのように荒い。頭を振って意識をはっきりとさせる、睨み付けるが武器は無い。魔竜の爪が迫る。絶体絶命の危機に英雄が陥ったその時だった。


「おお英雄よ、我が偉大なる勇者よ、この剣を御使いください、これこそは魔竜の心臓を止める事が出来る唯一の剣」


 あ。ここで今の私が出てくるのか。

 ほう、と、関心したのも束の間、英雄を庇い、竜の一撃を身に受け、心臓を貫かれたティタナ姫は命を失う。

 え。死ぬのか。

 え。どうなるのだ。

 展開が怒涛に過ぎる。

 血にまみれた微笑みと、共に託された剣こそ、黒き無銘の大剣。あらゆる魔を滅ぼすために作られ、その威故に魔竜に封じられていた剣。英雄は歯を食い縛って立ち上がる。負けられない。それまでも負けられない理由は多々あったが、ここまで来ては最早敗北など赦されない。

 魔竜の爪が迫る。振り上げ様にそれを切り飛ばすと、片腕を返す剣で切り落とす。先程までの苦戦はなんだったのか。一方的に切り刻むが如く、男は魔王を打ち倒さんと挑む。


「おお英雄よ、人のなかにあって人を超えし者よ、止めるのだ今ならまだ」

「聞く耳持たぬ。泣き叫ぶ事は許そう、だが此処で死ね」


 慈悲は無い。竜の額に、逆手に持った剣が突き立てられる。渾身の力を籠めて押し込まれたそれは、竜と大地を深く縫いとめ絶命せしめた。


「おお美姫よ、ティタナ姫よ。俺はそなたの恩に如何に報いれば良いか」


 死んでしまった我が身を抱き起こし、英雄が涙を流す。その時英雄の守護天使が現れ奇跡を起こした。らしい。傷を癒され起き上がる私ではない私、涙ながらに頬笑みあい、抱擁しあい手を取り合った所で物語は終わった。


 じゃらじゃらと、お捻りが帽子に投げ込まれる。結構な量だ、ほくほく顔で、吟遊詩人は二周目に入った。

 おお、これはなんだか凄かったな、と、興奮しつつ振り返る。シルバは黒い外套のフードを深くかぶり、樽に腰かけていた。

 心なしか肩が落ちている。どうしたのか、と、訝しみ、顔が割れているのは彼だけだと気がついた。なるほど、私の事は誰も知らないが、彼は有名な上に目立つ容貌だ。こんな所で正体が知れたら、それこそどうにもならなくなる。

 有名なのも考えものだな、と、感心していた所。ふ、と、意識に触れるものがあった。殺気程に強くはない、敵意、といったところ。

 さりげなく群衆を眺め回す。

 ―――居た。

 皮肉そうに笑う無精髭の男。外套のフードから見える、干し藁色の髪を短く刈り込んだ頭、明るい緑の瞳。女が騒ぎそうな容貌だった。左のまなじりに大きな傷がある。ともすれば幼く見えかねない男の顔を、これが実に悪そうに、かつ精悍に引き立てて居る。上背は私より僅かに高い程度、外套の膨らみかたからして、背に矢筒、腰に短剣を提げているだろう。細かい筋までよく鍛えられた腕だ。一見すると線の細い容貌だが、脂が無いだけで、覗く首は強い筋肉で鎧われている。背中が異様な発達をしていた。弓を引く体だ。体にかけているのは、弦を外した大弓であろう。素材自体が強靭、かつ魔素を重く含んでいる。相当な重量の筈だ、平然としている所からして、並大抵の鍛え方ではあるまい。

 見れば男の周囲には七人、それぞれに並み以上の鍛え方と思わしき人間が侍っている。思い思いの姿勢と格好だが、漏れ出る気配を隠しきれていない。その空間だけ存在質量が大きい。ゆらり、と、大気が揺らいでいる。

 ざわ、と、竜の戦を好む血が騒いだ。

 あれらは強い、あれは、私を殺しうる人間だ。

 気配の変化を察したのか、シルバがそっと同じ方向に視線を投げる。数秒見つめた後に、興味を無くしたように目を閉じた。


「……行くか」


 後ろ髪を引かれながら、その場を後にする。最後に僅かだけ、悪戯を。髪を一本引き抜き、魔素を籠めて硬くする。極細の針が出来た、振り返り様に、さりげなくさりげなくそれを投げる。音もなく飛んだそれであったが、大弓の男は、確かに右の籠手で受け止めた。驚愕が顔を彩っている、恐らく貫通はしているだろうが、痛みは無い筈だ。視線がぶつかった、艶然と微笑んで見せる。周囲の男達も、首領の異状に気がついたらしい。

 直感だった、あの男は我々の未来に必ずや関わってくる。それがいかなるものであれ、別に殺しあいから始まってもいいだろう、と。

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