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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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最終話「その後の世界」

 レイたちが虚無神(ヴァニタス)に勝利したことで、洞窟の外の戦いも終わった。

 ハミッシュ・マーカットらと合流したレイたちは絶望の荒野(デスペラティオニス)と呼ばれている荒野から帰還した。

 鬼人族の都ザレシェで勝利を祝った後、レイとルナは西側に戻った。


 ルナは一度故郷に戻ったものの、すぐにソキウスに帰還し、月の御子として国の頂点に立った。

 しかし、それは彼女の本意ではなく、政治と宗教を分離することを決意する。


 イーリス・ノルティアら闇の神殿の神官たちはルナの考えに反対する。しかし、神官による統治は闇の神(ノクティス)の意志に反するとルナが強く主張したことから、首都をルーベルナからザレシェに移すことになった。


 ザレシェに首都を移したことで、鬼人族は歓喜する。

 しかし、ルナはそこでも一部の族長たちによる寡占政治を批判し、あらゆる種族の代表が等しく話し合える議会を作ることを提案した。


 鬼人族たちはルナの考えを理解できなかったが、絶対的な忠誠を誓う相手からの申し出に、反対の声を上げることなく賛成する。

 その結果、“ソキウス国民議会”という組織が作られ、少数民族に当たる人族や獣人族も政治に関与できるようになった。


 ルナは更に国家元首として、“執政官”という役職を作った。執政官は議会により選出され、初代執政官には当然のごとく、ルナが選出された。

 彼女は執政官に任期を設けたかったが、議会の圧倒的な反対にあい、断念する。

 そのため、ルナはその生を終えるまで、執政官の地位にあった。


 民主主義への移行は容易ではなかった。そのため、教育の充実などの施策を実行するが、その成果は彼女が生きている間に現れることはなかった。


 周辺国との関係修復は更に困難を極めた。

 特に直接被害を受けたカウム王国とラクス王国は多額の損害賠償を求め、ペリクリトル市を含む、都市国家連合もそれに同調する。


 ルナはトーア砦に出向き、粘り強く交渉を行った。しかし、その結果は芳しくなく、ある人物に助けを求めた。

 その人物は彼女の義理の兄ザカライアス・ロックハートで、彼はルナに対し、各国の情報を与え、交渉を有利に進める方策を秘密裏に授けた。

 その結果、各国も主張を穏やかなものにし、不可侵条約と協商協定の締結にこぎつけることに成功した。


 執政官として長年に渡って君臨したが、彼女は結局結婚することなく、生涯を終えた。

 その理由はノクティスに生涯を捧げたからとか、ある人物への想いが断ち切れなかったからなどと言われているが、本人の口から語られることはなかった。


■■■


 レイは草原に戻ると、草原の民たちに地の神(モンス)の神託は成就し、世界は滅びから救われたと宣言する。

 その言葉に草原の民たちは歓喜し、改めてレイに忠誠を誓った。


 レイはマーカット傭兵団(レッドアームズ)ら邪神討伐隊と草原の民の精鋭一万を率いて、ルークス聖王国に入った。

 その頃、聖王国の聖都パクスルーメンでは聖王アウグスティーノと総大司教ベルナルディーノ・ロルフォが激しく対立していた。

 アウグスティーノは獣人奴隷部隊を使って教団の不正を暴くが、総大司教派は築き上げた権力を最大限に使って抵抗していた。


 レイはアウグスティーノと合流すると、聖王の権限で聖騎士団の団長である“聖将”に就任した。これに対し、ロルフォはレイが正規の手順を経なかったことから、無効であると主張した。


 しかし、レイはそれに耳を貸すことなく、総大司教派に退場を迫った。

 ロルフォは当初激しく抵抗した。しかし、総大司教派の切り札である暗殺部隊がウノら獣人部隊によって殲滅されると、草原の民を擁する聖王派に勝てる見込みがなくなり、総大司教派は一気に崩壊する。


 光神教は廃されなかったものの、穏健な司教らを中心に本来の光の神殿としての機能を取り戻していった。


 国内の混乱は収まったが、カエルム帝国との関係改善が残されていた。

 レイは草原の民の力を背景に、国境線の確定と停戦協定の締結に尽力した。

 当初は帝国側も強硬な姿勢を見せていたが、皇帝の崩御による政争が起き、ルークスとの駆け引きを行う余裕がなかった。


 レイはその混乱に付け込むことなく、誠実な態度で粘り強い交渉を行った。彼の尽力と草原の民という強大な戦力によって、宰相エザリントン公爵を始めとした元老たちも停戦に合意せざるを得なかった。



 レイは聖将として聖騎士団の改革にも取り組んでいた。

 それまで特権階級として驕り高ぶっていた聖騎士に対し、世襲制を廃止し、厳しい訓練を課した。その訓練にはマーカット傭兵団(レッドアームズ)の精鋭たちが当たり、訓練についていけない者は容赦なく放逐していった。

 更に聖騎士に清貧を説き、自らもそれを実行していった。

 その姿を見た民衆から、“真の聖騎士”と呼ばれるようになる。


 十年後、レイはアウグスティーノから聖王位を禅譲された。アウグスティーノとしてはもっと早い時期に聖王位を譲りたかったが、レイが固辞したことと、改革による混乱が完全に収束していなかったことから、十年という時を要している。


 既にアシュレイと結婚しており、彼女と共に玉座についた。彼らの後ろには護衛兼侍女としてステラが立っている。

 更に彼は獣人部隊を近衛兵として採用し、その兵団長にウノと呼ばれていたアルドが就任している。

 ハミッシュ・マーカットは騎士団長の地位を提示されたが、「俺に騎士は務まらぬ」と言って固辞し、傭兵のまま、レイに仕えることになった。


 聖王となったレイは農地改革や商業改革などを進めた。既得権を守ろうとする勢力との抗争はあったものの、レイは硬軟織り交ぜた対応で改革を推し進めていった。

 その結果、ルークス聖王国は豊かな国に徐々に変わっていく。


 王位に就いてから三十年、“聖騎士王”と呼ばれた彼も退位を決意し、息子に王位を譲った。彼としては世襲制を廃したかったが、国内世論がそれを許さず、不本意ながらアークライト王朝が生まれることになった。


 レイはそうなることを予想し、立憲君主制となるように様々な制度を整えていた。

 最初に憲法の制定を行い、議会を発足させた。また、行政府である聖王府を改革し、行政と司法を分離した。

 これらの改革のために教育の充実も図っており、ルークス聖王国は豊かな国として完全に生まれ変わっていた。


 レイは退位後、アシュレイと共にパクスルーメン郊外の小さな離宮で過ごし、そこで静かに生涯を終えた。


■■■


 (ひじり)(れい)は夕日が差し込む自宅の部屋で目を覚ました。

 彼の前には下宿先に送る荷物が山積みになっており、データの整理をしようとしていたパソコンの冷却ファンの音だけが聞こえている。


(リアルな夢だったな。僕の書いた小説の中に入るなんて……)


 濃密な経験として残っていることに茫然とするが、リアルな夢であったと自分に言い聞かせる。そして、引っ越し作業を再開した。


 数日後、下宿先に向かうため、駅に向かった。電車の時間に余裕があるため、母校である高校に向かった。

 春休みということで人影は少なく、思い出深い校舎を眺めていた。


 彼の後ろから足音が聞こえてきた。振り返るとそこには月宮瑠奈が立っている。


「ル……月宮さん……」


 思わず“ルナ”と言いそうになり、慌てて言い換える。


「レイ……聖君、久しぶり。少し話をしたいのだけど付き合ってくれない?」


 そう言ってグランド近くにあるベンチに向かう。


 グランドでは運動部の生徒たちが練習に励んでいる。


「こんな話をしたら笑われるかもしれないのだけど……」と言ってルナが話し始めた。


「……あの世界のことを覚えているかしら? 虚無神(ヴァニタス)と戦ったあの世界のこと……」


 その言葉にレイは目を見開き、「もちろん覚えているよ」と大きく頷く。


「よかった……」とルナは笑みを見せ、二人は自分たちが経験したことを一時間ほど語り合った。


 レイは時計を見て、「残念だけど、そろそろ電車の時間だ」と言って立ち上がった。

 ルナも同じように立ち上がり、右手を差し出した。


「また、いつか話をしましょう。といっても私は京都の大学だし、あなたは東京だから、なかなか会えないと思うけど」


 レイはその手を取り、


「そうだね……ところで、あの人に会いに行くのかい? 京都なら近いんじゃなかったっけ」


「そうね。会いたいと思っているけど、当分会わないつもり」


「どうして? 前の世界でもなかなか会えなかったと聞いているけど」


「もう少し大人になってから会いに行くつもり。だって、まだお酒を飲める歳じゃないしね」


 そう言って笑い、くるりと回って背を向けた。そして、何かを思い出したように振り返る。


「それでは聖王陛下。陛下の未来に幸多からんことを」と言いながら胸に手をやり、大げさに頭を下げる。


 レイは噴き出しそうになるのをこらえながら、同じように真面目な表情を作る。


「執政官殿もご健勝で。再びお会いできることを楽しみにしております」


 その直後、二人は同時に笑いだす。


 校門まで一緒に歩くが、そこで二人は立ち止った。


「「それじゃ」」と二人は同時に言って、それぞれの道を歩き始めた。


 二人を祝福するかのように、陽気なひばりの鳴き声が響いている。



これで完結です。感想の受付は再開しました。

余韻をお楽しみいただきたいので、あとがきは明日投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 祝、大長編完結!酒物語(だけじゃないけど)の外伝と比べ、正統派な異世界ロマンを堪能させて頂きました。ここまでの物語が丁寧に描かれた分、自由になった彼らが幸福を満喫する後日譚も知りたいです。…
[一言] 一気に読んでしまいました とても良い作品、ありがとうございました。
[一言] お疲れ様でした。 一読者として嬉しく思います この作品と出会った時のことを懐かしく思います 歳をとるものですね最終回まで見ることができて良かったです
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