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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第百六話「洞窟外の激戦:後篇」

 三月三十日の午前十時頃。

 絶望の荒野(デスペラティオニス)の深部において、邪神討伐隊はアンデッドの大群と激戦を繰り広げていた。


 大物の骸骨竜(スケルタルドラゴン)とデスナイトは倒したものの、百を超えるデュラハンと、剣と盾を装備した骸骨戦士(スケルトンウォーリア)が押し寄せている。

 マーカット傭兵団(レッドアームズ)や鬼人族戦士、獣人部隊に戦死者が出始めているものの、精鋭である討伐隊は押し寄せる敵と対等以上に戦っていた。


 前線で活躍していたセオフィラス・ロックハートたちも一時間を超える激戦に、休憩を取るため後方に下がってきた。

 彼らに代わり、後方で全体の指揮を執っていたハミッシュ・マーカットが前線に向かう。

 そのハミッシュにセオが警告する。


「敵の攻撃が単調です。何かあるかもしれません」


 ハミッシュはその言葉に思わず足を止める。


「どういうことだ?」


「後ろから奇襲されるかもしれません。今のところ前線の兵力は足りていますから、休憩を兼ねて洞窟付近の警戒をした方がよいと思います」


 その言葉に後ろを見るが、洞窟と深い裂け目が見えるだけで危険な感じはない。しかし、セオの助言を無視することなく、即断する。


「お前に獣人二十人を預ける。イーリス殿、翼魔族の一部を周囲の警戒に回してくれ」


「戦力を分散させることになりますけど、よろしいのですか?」というイーリスの言葉にハミッシュは表情を硬くし、


「嫌な予感がするんだ。こういう時は直感に従った方がいい。セオ、俺が前線にいる間、全体の指揮を任せる。緊急事態であれば俺に確認を取らずに最適だと思う対応をしてくれ」


 それだけ言うと、前線に向かった。

 本来なら総指揮官である彼が前線に出ることは避けるべきだが、セオたちが下がったことからその穴埋めが必要だった。また、彼が前に出ることで士気を上げるという効果も狙っている。


「任せてください」とセオは明るく答え、ハミッシュを見送る。


 その横ではイーリスが翼魔族のアスラ・ヴォルティに周囲の警戒の指示を出していた。


「周囲の警戒を。特に死角になっているところは重点的に確認するように……」


 その指示を受け、五名の翼魔族呪術師が空に舞い上がる。


 セオはハミッシュを見送った時の陽気さを消すと、予備兵力として待機している銀狼族の長セテに対して指示を出す。


「洞窟周辺の警戒をお願いします。もしかしたら亀裂部分から何か出てくるかもしれませんので、そちらにも注意を払ってください」


 セテは小さく頷くと、配下の銀狼族戦士が一斉に動き出した。


「本当に後ろから敵が来るの?」とセラフィーヌが聞く。


「そんなことは分からないよ」とセオは肩を竦めるが、すぐに真面目な表情に戻し、


ロックハート家(うち)みたいに指揮命令系がしっかりしていても二重影魔(ドッペルゲンガー)が現れて混乱しただろ。ハミッシュさんやレッドアームズがいくら凄くても、討伐隊はしょせん混成部隊なんだ。今の状況で後ろから襲われたら、大した戦力じゃなくても厳しいだろうね」


「そうね。それに相手がこの地形にしたのなら、それに適応した魔物が出てきてもおかしくはないわ……それにしてもハミッシュさんは凄いわね……」


 前線に出たハミッシュの戦いにセラが感嘆の声を上げる。


 スケルトンウォーリアたちはギリシャの重装歩兵のように密集隊形を取っており、突破力のある人馬族戦士ですら手を焼いていた。唯一、大鬼族戦士たちが膂力に任せた攻撃で隊列に穴を開けていたが、訓練が行き届いた兵士のようにすぐにその穴を埋め、逆襲に転じている。


 更にスケルトンウォーリアの隊列の隙間からデュラハンたちがアンデッドの馬に乗って突撃してくる。

 騎馬突撃の速度と重い騎槍によって、多くの戦士が傷つき、討伐隊は押され始めていた。


 その状況を打開しようとハミッシュは前に出た。

 それまで闇雲に突撃していたアンデッドたちもその圧力(プレッシャー)に押され、思わず足が止まる。


 そんな中、一体のデュラハンが騎槍を構えてハミッシュに突っ込んでいく。その動きは人馬族戦士ですら目を見張るほど鋭かった。

 しかし、ハミッシュは槍を弾くことなく、無造作に剣を振った。風を切る音が周囲に響くほどの斬撃で、デュラハンは馬ごと両断される。


「さすがは団長だぜ!」という称賛の声が響き、レッドアームズの傭兵だけでなく、討伐隊の戦士たちの士気は一気に上がる。


 デュラハンを一閃で倒した後、ハミッシュは盾を構えたスケルトンウォーリアの隊列に突っ込んでいく。

 闘気を纏った剣はスケルトンたちを盾ごと斬り倒していった。


「人馬族は側面に回れ! 他の者は空いた穴を押し広げろ!」


 ハミッシュの言葉に戦士たちが雄叫びを上げながら突っ込んでいく。数十体のアンデッドが粉砕され、アンデッドたちに混乱が生まれた。

 その混乱に乗じ、討伐隊は次々とアンデッドを葬っていく。


 ハミッシュの超人的な能力で一時的に優勢になったものの、圧倒的な物量を誇るアンデッドたちは味方を踏み潰しながら再び前進を始めた。

 集団戦が苦手な鬼人族戦士が押され始める。


「小鬼族は敵の足を狙え! 中鬼族たちよ! 無暗に前に出るな!……」


 タルヴォの声が戦場に響くが、頭に血が上った鬼人族戦士たちはその指示に反応しきれない。

 見かねたセオは予備兵力として待機していた獣人部隊の一部に支援を命じた。


「白虎族と獅子族は鬼人族の側面から援護を! 倒す必要はありません! 敵の前進を妨害するようにしてください!」


 更にイーリスに対し、


「デュラハンに攻撃を。本体ではなく、馬を狙ってください」


「承りました」とイーリスは告げると、配下の月魔族と翼魔族の呪術師たちに魔法攻撃を命じた。


「上空からデュラハンの馬を狙いなさい!」


 空から炎の矢が降り注ぐ。

 耐久力の高いデュラハンを倒すことはできなかったが、馬にダメージを与えることで、敵の前進を止めることに成功する。


 午前十一時頃、戦いは一進一退を繰り返していた。


 定期的に前線の兵士が交代する形が出来上がり、討伐隊にこれなら何となるという雰囲気になりつつあった。


 しかし、その希望はあっけなく砕かれた。

 上空からアスラが焦りを含んだ声で報告する。


「後方の裂け目より蟹の魔物が上がってきています!」


 全体の指揮を執っていたハミッシュはその言葉に振り向いた。

 そこにはメタリックな甲羅を持つ蟹の魔物が続々と上がり始めていた。甲羅の幅は一メルトほどで、脚を広げると優に二メルトを超える。

 後方で警戒していた銀狼族戦士たちが蟹を裂け目に押し戻そうと奮戦する。


「待機中の者は後ろの蟹に対応しろ! 無理に倒さなくてもいい。叩き落とせ!」


 レッドアームズの三番隊と四番隊が休憩中であり、三番隊隊長のラザレス・ダウェルが跳ねるように立ち上がる。その横では四番隊のエリアス・二ファーも槍を手に立ち上がっていた。


「俺たちは北をやる! 四番隊は南を頼む!」


「了解!」とエリアスは答えると、そのまま走り出した。


 ラザレスはハミッシュに「退路の確保をしておきます」と告げると、答えを聞くことなく走り始めた。


 クロムメッキのような光沢のある金属でできた蟹は、シオマネキのように右の爪だけが異様に発達しており、日の光を煌めかせながら銀狼族戦士を牽制する。

 その間にも湧き上がるように続々と這い上がっており、北側だけでも既に十体以上になっていた。


 銀狼族は短剣(ショートソード)を巧みに使い、蟹の関節を断ち切っていく。しかし、スピードを重視する彼らの攻撃力では外骨格を持つ魔物には不十分で、徐々に押し込まれる。

 その戦いを見たラザレスは部下たちに声を掛ける。


「甲羅は堅そうだ! 狙うなら脚の関節だ! 槍術士は動きが鈍った敵を裂け目に叩き落とせ!」


 ラザレスは裂け目に到着すると、左手のサーベルで牽制しながら右手の長剣(ロングソード)で脚を叩き折っていく。


「思った以上に堅いな……」と呟くと、


「まともにやりあえば剣が折れる! 関節を狙えない奴は牽制だけして銀狼族に任せろ!」


 三番隊の傭兵の一人が蟹の爪に捕らえられた。太もも部分に深く食い込み、引き倒されてしまう。


「くそっ! 離せ!」と傭兵は叫ぶ。


 ラザレスが慌ててその爪を斬り飛ばそうとするが、数匹の蟹が手を阻むように現れる。

 ラザレスが排除しようと奮戦するが、その間にその傭兵は数匹の蟹にズタズタに引き裂かれ、裂け目に引き摺り込まれていった。


 三番隊と四番隊、そして銀狼族と妖魔族が連携して対応するが、蟹たちの侵攻を止めることができない。


「団長! こっちに増援を! そろそろ限界ですぜ!」


 ラザレスは救援を呼ぼうと叫ぶが、


「こっちも余裕がない! あとどのくらい持たせられるんだ!」


「十分が限界です! 洞窟に退避するなら早めに頼んます!」


 言葉は軽い感じだが、ハミッシュには限界が近いことが分かっていた。


「全員聞け! ゆっくり引く! 一番隊、二番隊は側面から回り込まれないようにゆっくり下がれ! イーリス殿は追撃してくる敵を魔法で牽制!……」


 ハミッシュは各隊に指示を出していく。


「一度攻勢をかけるぞ! アル! セオ! ギウス殿! 俺に続け!」


 それだけ叫ぶと、スケルトンウォーリアに向けて全力で剣を振るう。

 闘気を纏った斬撃は掠ってすらいないのにスケルトンたちを両断していく。


「セラ! ライル! 二人は僕に続け! ユニスとロビーナは退路の確保! 行くぞ!」


 セオは仲間たちに指示を出すと、ハミッシュの後に続いてアンデッドの中に踊り込んでいった。


「自分だけでいくなんて酷いわ! 私には文句を言ったのに!」とセラが抗議するが、彼女も双子の兄と同じように剣を振るいながら突撃していく。


「二人とも速過ぎますよ」とライルが苦笑しながら、その後に続いていった。


「僕たちもいくよ」とアルベリックがヴァレリアに声を掛け、


「そうね。若い子に負けないように頑張らないと」とヴァレリアも頷き、前線に向かった。


 五人の猛者がハミッシュの後に続くと、機械のように精密な動きをしていたスケルトンウォーリアたちの動きが乱れる。


「我々も突撃だ!」とギウス・サリナスが槍を掲げると、十九人の人馬族戦士も同じように応える。槍を突き出すように構え、スケルトンウォーリアの混乱に巻き込まれたデュラハンたちに突っ込んでいった。


 ハミッシュの強引な攻撃とギウスら人馬族の突進力でアンデッドたちは大混乱に陥った。


「この隙にゆっくり下がるのだ!」とタルヴォが叫び、獣人部隊もそれに倣うように戦線を下げていく。


 左右にいる一番隊と二番隊はハミッシュたちの間を抜けてくる敵を捌きつつ、負傷者たちを庇いながら同じように下がっていった。


「そろそろ潮時だよ」というアルベリックの声にハミッシュは剣を振るいながら、「分かった」と答える。


 そこで足を止めると、裂帛の気合と共に剣を振った。

 最初の一撃よりも強力な闘気がアンデッドたちを襲い、スケルトンウォーリアたちは吹き飛ばされていった。


「一気に下がるぞ!」


 それだけ言うと、草を刈るように残っているスケルトンたちを切り裂いていった。


「ヴァルマ! ハミッシュ殿たちに支援を!」とイーリスは命じ、自らも獄炎の槍(ヘルファイアランス)の魔法を放つ。


 それに合わせるように月魔族と翼魔族の呪術師たちも自分の得意とする魔法を放っていった。

 魔法が流星のようにアンデッドたちに襲い掛かる。ハミッシュたちを追っていたアンデッドたちもその魔法に次々とダメージを負い、動きを止めた。


 ハミッシュらの無謀ともいえる突撃により、討伐隊の主力は洞窟の入り口まで下がることに成功した。

 ハミッシュはガレスたちに合流すると、


「洞窟に撤退する! 少しずつ戦線を縮小するんだ!」といい、更に後方で退路を守っているラザレスに対し、


「もう少しだけ耐えてくれ! タルヴォ殿! 後方の応援を頼む!」


「承知!」とタルヴォは答え、「動ける者は儂に続け!」と言って巨大な斧を担いでラザレスらのところに走る。


「ありがてぇ」とラザレスは言いながらも蟹を寄せ付けないよう剣を振るっていく。


 退路の確保を確認したハミッシュはガレス、ゼンガ、アルベリックに殿(しんがり)を守るよう命じた。


「一番隊と二番隊で殿を頼む。アルが指揮を執ってくれ」


 三人は「了解」と答えると、再び近づいてきたアンデッドに武器を向けた。


 ハミッシュは洞窟の入り口に下がり、獣人部隊の白虎族の長ブラスと獅子族の長セサルを見つけると、


「すまんが、洞窟の奥に異常がないか確認してくれ」


「洞窟の奥? アークライト様たちが向かわれているが?」とセサルが確認する。


「敵は何をするか分からん奴だ。レイたちが通ったところとは別のところから魔物を送り込んでくるかもしれん」


「なるほど。了解した」というと、それぞれ十名の部下を引き連れ洞窟の中に入っていった。


 邪神討伐隊は洞窟内に撤退することに成功した。しかし、その代償は大きく、三十名以上の戦死者とそれに倍する負傷者を出している。更に傷を負っていない者も激戦により体力を大きく消耗していた。


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