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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第九十三話「アルス到着」

 十一月一日。

 レイたちはカウム王国の王都アルスに到着した。

 ここでは王国の東の要衝、トーア砦を通過する許可を得るため、王国政府と交渉する予定をしている。


 魔族の地、西側の人々が言う永遠の闇(クウァエダムテネブレ)に入るためには、抜け道を使うか、トーア砦を通過する必要がある。

 抜け道は以前レイが使ったルートだが、獣道とすらいえないほど険しく、馬での通行は不可能だ。そのため、正式にトーア砦を越える必要があるが、王国では魔族が使う闇属性魔法を恐れ、斥候を含めて東側に入ることを許可していない。


 許可を得るためには、そもそもなぜ魔族の地に入る必要があるのかから説明する必要がある。

 しかし、カウム王国を含め、西側の国ではクウァエダムテネブレに魔族が住んでいるという事実以上の情報はなく、先行したセオフィラスはどこから説明していいのか悩みながら王都アルスに入った。


 説明方針はまとまらなかったが、王国の実質的な支配者であるカトリーナ王妃に謁見する必要があり、事前に当たりを付けておこうと考えた。

 しかし、鍛冶師ギルド総本部のドワーフたちと同じく、彼の故郷ラスモア村の戦勝記念祭に参加しており、謁見は叶わなかった。


 何とか王国の文官に会うことはできたが、レイやルナのことを伝えずに説明することが難しく、とりあえず王宮を後にしていた。


 レイたちと合流した後、ロックハート家が定宿にしている金床(アンヴィル)亭に入った。セオたちは最上級の部屋を与えられており、レイ、アシュレイ、ステラ、そしてルナたちを部屋に呼ぶ。


 セオから王妃がいなかったことを報告する。


「ウルリッヒさんたちの話を聞いて予想していたけど、やっぱりいらっしゃらなかったよ。まあ、あのカティさんがザック兄様が仕切るドワーフ・フェスティバルに行かないわけがないよな」


 その言葉にルナも「そうよね。待つしかないわね」と力なく頷く。


 二人のやり取りにアシュレイが疑問を口にする。


「他の人では駄目なのか。王妃一人で国が回っているわけではあるまい」


「確かに文官の方もいるんですが、今回のような重大な話だと、王妃様の決裁が必要になると思うんです」


「あの王妃様はザック兄様が警戒するくらいの政治家なんですよ。あの人抜きではこの国は回らないといつも言っていました」


 ルナとセオの答えにアシュレイは「噂通りということか」と納得するが、


「無為に時を過ごすのも惜しい。王妃が戻ってきた時のために準備をしておいた方がよいのではないか」


「僕もそう思う。セオさんに聞きたいんですが、王妃様を説得するのにどうしたらいいと思いますか?」


 レイの問いにセオは「難しい質問ですね」と答え、考え込む。

 セオが考え込むと、ルナが代わって答えていく。


「王妃様というか、カティさんには、ウルリッヒさんたちがいるところで正直に話したらどうかと思っているのだけど」


「といってもどこまで話すんだい」とレイが聞くと、


魔族の国(ソキウス)のことはこっちの人は全く知らないはずよ。まずはそこから説明して、私の立場を納得してもらったらどうかしら」


 ルナの意見にアシュレイが反対する。


「お前の立場を西側の国に伝えれば、不味いことになるのではないか? 神に等しいほど崇拝されている“月の御子”なのだ。人質に取れれば、魔族を屈服させることも可能だと考えるかもしれぬ」


「アッシュの言う通りだね。あの王妃様は信用できそうだけど、君の地位についてはできるだけ隠しておいた方がいい」


 レイの意見にセオが「そうでもないかもしれません」と反対する。


「どういうことですか?」


「ルナは鍛冶師方にとても気に入られています。そして、ウルリッヒさん、ゲールノートさん、オイゲンさんは既に秘密を知っているんですよね。だとしたら、ウルリッヒさんたちの力を借りて、“カティさん”とだけ交渉するんです。もし、ルナのことを利用しようとしたら、鍛冶師ギルドが動くと思ってくれたら、カティさんも無茶なことはできないはずですから」


 ステラが話に加わってきた。


「以前お会いした時、確かにあの方は二つの立場を使い分けていました。でも、最終的には王国のためになることしかしないという話ではなかったのでしょうか?」


 彼女の問いにセオが答える。


「その認識であっていますよ。でも、ウルリッヒさんたちを敵に回すこと自体、王国のためにならないんです。カウム王国から鍛冶師ギルドが出ていけばどうなるのか。そんなことはカティさんが一番分かっていることですから」


「それはそうですが……」


「僕としてはソキウスという国と交渉が可能だと“王妃様”に思ってもらった方がいいと思っています」


「それはどうしてですか」とレイが質問する。


「カウム王国は今まで魔族に備えるために多くの犠牲を払っています。これはザック兄様から聞いた話ですが、バルベジーからトーアまでは豊かな土地なんです。だけど、魔族の侵攻があったら一番に被害を受けるから開発が進まないと」


 アシュレイは彼女の母が戦死したアグリーチェインの原野を思い出す。


「確かに。あの原野が放置されているのは不思議だと思っていた」


「そうなんです。バルベジー周辺だけでも本格的に開発できれば、穀物の生産量を一気に引き上げられて、その分、お酒の生産に回せるはずだとザック兄様はおっしゃっていたんです」


 アシュレイやセオが言う通り、トーア砦に向かう分岐点であるバルベジーは肥沃な土地だ。しかし、アシュレイの母アビーが戦死したアグリーチェインの戦いほどでないにしても、何度も魔族の侵攻を受けている。

 また、バルベジーからトーア砦までのトーア街道沿いも豊かな土地であるにも関わらず、開発されていない。


 そこでレイが再び話に加わる。


「セオさんの言いたいことは、ルナがソキウスの実質的な支配者だから魔族との交渉が可能で、上手くいけば不可侵条約のようなものも結べるかもしれないと思ってもらうことと、彼女の身の安全は鍛冶師ギルドがバックについているから大丈夫だということですか?」


「そうなりますね。僕としてはカティさんにカウム王国の利益になるか、王国に損害を受けるかもしれないと思ってもらうことが大事だと思っています」


 ステラはその議論を聞きながら、あることを考えていた。


(レイ様のことはどう説明したらいいのかしら? 多分、ここにも情報は来ているはず。草原の民の王で、帝国の次の皇帝を決める切り札になるかもしれない人だと分かっている。だとすると、ルナさんだけじゃなく、レイ様のことをどう説明するかが重要になる気がするわ……)


 ステラはそのことを話した。

 セオは考えをまとめるため、独り言のように話していく。


「ステラさんの言うことにも一理ありますね。確かにここアルスにも情報は届いていますが、帝国ほど詳細な情報は入っていないようです。ただ、カティさんはご自身の情報網を持っていますから、実際どの程度の情報を持っているかは分かりませんが」


「僕のことか……確かにそうですね……」


 レイは未だに自分が世界に大きな影響を与える重要人物であると実感していない。


「こういう時にザック兄様かシャロン姉様がいてくれたらいいのに」とセラが呟く。


「いない人のことを言っても仕方あるまい」とアシュレイは言うものの、自分にもいい考えがあるわけではなく、それ以上何も言えない。


「俺がしゃしゃり出るところじゃないんだが……」と言って、それまで黙っていたライアンが話に加わってきた。


「全部話しちゃいけないのか? 虚無神(ヴァニタス)が世界を滅ぼそうとしているって知ったら国がどうのって言っていられないと思うんだが」


 ライアンの一見乱暴に見える考え方にセオは光明を見出した。


「確かにそうだね。全部話さなくてもヴァニタスの侵攻のことと神々から聞いたことを話すだけでもいいかもしれない。レイさんの活躍を知っていれば、神々から力を与えられた人だって、カティさんなら何となく分かってくれそうな気がする」


 レイは懐疑的だった。


「分かってもらえるんでしょうか? 政治家にとっては荒唐無稽な話だと思うんですが」


「私は分かってもらえると思うわ」とルナが断言する。


「どうして?」


「カティさんはとても合理的な考え方をする人よ。レイがミリース谷、ペリクリトル、そしてラークヒルで起こした奇跡は一人の人間にできることじゃないと思っているはず。だとすれば、神々が関与していると言われれば逆に納得すると思うの」


「あまりに現実的じゃないから、逆に神様が関与していないとできないと思うってこと?」


「そうよ。それに合わせて私のことも話せばきっと分かってもらえるわ」


 レイとルナはそれで納得したが、セオが一言注意を促す。


「いずれにしても本格的な交渉は王妃様とウルリッヒさんたちが戻ってきてからです。それまでに王宮の文官たちと実務に関する協議をしておいて、鍛冶師ギルドでロックハート家の僕たちの歓迎の宴があるでしょうから、その場で説明すべきだと思います」


「それでは時間が掛かり過ぎるのではないか? こちらから向かえば、一本道のアルス街道ですれ違うことはあり得ない。時間を掛け過ぎるとアクィラを越える時に真冬になってしまうが」


 アシュレイの指摘にレイも「確かにそうだね」と納得するが、セオは首を横に振り、


「説明自体できると思いますが、手続きのためにアルスに戻る必要があります。なら、ここで準備をしていた方が効率的でしょう」


 カウム王国はカトリーナ王妃の独裁に近いが、それでも国王は健在であり、また王家が絶対的な権力を持っているわけではないため、上級貴族たちをないがしろにするわけにはいかない。

 そんな事情をセオは説明していった。


「事情は分かりました。セオさんの言う通り、アルスにいて準備をしましょう」


 レイがそう言ってまとめる。


 セオとレイ、そしてルナは翌日から王宮に通い、若手文官の取りまとめ役であるオットー・エルウェスらと問題点の洗い出しなど、事前にできることを精力的に行っていった。


 ハミッシュたちは長旅の疲れを癒しつつ、この先のことを考え、装備の手入れや訓練に勤しんだ。また、ウノたち獣人部隊は連絡要員を除き、バルベジー付近まで情報収集の手を伸ばしている。



 十一月四日。

 カウム王宮では大きな混乱が起きていた。

 混乱の原因はレイたちがトーア砦を通過したいと言ってきたことではなく、人馬(ケンタウルス)族の存在だった。


 人馬族と遊牧民の戦士たちは石造りで半地下式の建物が多いアルスの街に入らず、城壁の外で野営をしている。

 このことはセオを通じて王国政府に連絡してあったが、初めて見る人馬族に街道を行く商人たちだけでなく、アルス市民も興味を持った。


 野営が一日、二日なら特に大きな問題になることはなかっただろうが、ウルリッヒたちはまだ戻らず、アルス滞在は既に三日が過ぎていた。そのため、噂が噂を呼び、多くの人が訪れるようになったのだ。


 見られる側の人馬族たちもフォルティス入国以降、自分たちが注目される存在だと認識しており、見世物になること自体は特に気にしていなかったが、一国の王都ということで今までとは比較にならないほどの人数が押し寄せていることに困惑している。


 また、レイたちもその数の多さに突発的なトラブルが起きるのではないかと不安になり、交代で野営地に入っていた。

 また、カウム王国政府も人馬族とのトラブルは帝国との関係悪化につながる可能性があること、更には彼らを連れてきたロックハート家との関係にも影響を及ぼす恐れがあるが、アルス市民に近寄るなとも言えず、警備強化を行うことしかできていない。


 内政の責任者でもあるオットー・エルウェス卿は痛む胃をさすりながら、対応に追われていた。


 セオたちが人馬族たちの野営地に頻繁に姿を見せるようになったため、ロックハートびいきのアルス市民は食料や酒を持って彼らの野営地を訪問するようになる。

 草原の民の代表であるソレル族の戦士長ギウス・サリナスは強面の風貌に似合わず、礼儀正しく市民たちに対応し、アルス市民たちは彼らを受け入れていった。



 十一月六日の午後。

 ウルリッヒたちを乗せた鍛冶師ギルドの馬車がアルスの城門に到着した。ウルリッヒと共にカトリーナ王妃も乗っており、城門の外の騒ぎに気づいた。


「何があったんじゃ」と御者に聞くと、出迎えのギルド職員が事情を説明していく。


「先日、ロックハート家のセオフィラス様たちがおいでになりました。そのお仲間に人馬族や遊牧民たちがおり、一目見ようとアルスの人々が押し寄せているのです」


「セオたちが人馬族と?」とウルリッヒは首を傾げている。


「ルナさんも一緒ですか」とカトリーナが聞くと、職員は「仰せの通りにございます」と頭を下げる。


「どうやらルナさんと白き軍師殿が一緒のようですね」


 職員の口からレイの名前が出なかったのは、ロックハート家の三男セオフィラスの方が鍛冶師ギルドにとっては重要度が高いためだ。


「今日はセオたちと宴会じゃ。人馬族たちが参加できるように中庭でやるぞ」


「承りました」と答えるものの、ウルリッヒたちの帰還が予定されていたことからギルド職員たちは既に準備を始めていた。


 また、人馬族を招待することも予想されていたため、中庭での屋外パーティ形式になることも想定内だ。


 そんな中、カトリーナは一人、物思いに耽っていた。


(あの人馬族をレイさんが従えたというのは本当のようね。ジルソールで何があったのかは知らないけど、ずいぶんと大きな力を手に入れたみたいだわ……王国としてどうすべきかよく考えないと……)


 カトリーナには定期的に情報が入っていた。

 レイが人馬族を掌握し、ルークス聖王国とカエルム帝国の戦争に介入し、開戦を防いだことやアルスに入ってからセオたちがトーア砦を通過するための交渉を行っていることも耳に入っている。


「でもまずは宴会ね。それから考えればいいわ」


 その独り言にウルリッヒが「何を考えるんじゃ」と聞く。


「いろいろとありますわ。でも、まずは宴会です」


「その通りじゃな」


 ウルリッヒたちを乗せた馬車はアルスの大門をくぐっていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「まずは宴会です」流石ドワーフ王妃!
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